Epics of the sky ~天空の叙事詩集〜 作:skyminstrel
ドドドドドッ!
「撃墜」
クーアフルストの声に、爆発音がかぶさる。撃ちぬかれた敵機が作り出す炎の中を突っ切り、彼とラファエル、マーティンは上空へと舞い上がる。
「よし……」
愛機の操縦桿を握りしめながら、ラファエルはつぶやいた。
この戦いを始めて、十分ほどたっただろうか。敵機の動きが、しっかりと見えてくるようになってきていた。
「ラファエル、マーティン、見事だ。大分、狙いが定まってきているではないか」
満足げに言うクーアフルストの言葉も、それを示している。
「敵機、三割以下に減少。対地攻撃部隊、飛行場をやってくれ!」
「こちら爆撃隊、了解した。目標は敵対空陣地、突っ込むぞ!」
「こちら地上部隊E班。五のB地点にて敵の攻撃を受けている、天空騎士団の援護を頼む」
「了解。これより掃射をかける!」
戦いは、一層エミトリア軍が優勢になっている。空域の大半はエミトリア軍の戦闘機マーリンが埋め尽くし、敵機シュライクは数えるほどになって逃げ惑うのみになっていた。
そんなまばらな敵機の間隙を突き、爆弾を装備した機体たちが低空で侵入。飛行場の対空砲火を侵して突撃し、腹に抱えた爆弾を一斉にばらまく。火柱が上がり、吹き飛ぶ敵の対空陣地。
また、敵機を押さえていない味方機は地上の敵軍に向けて攻撃をかけ、地上軍の進撃を援護する。
お手本通りの戦いの進め方で、エミトリア軍はリグジェリア軍を掃討していく。
「よし……そろそろ、か」
戦場全体の状況を俯瞰し、クーアフルストはつぶやいた。
「ラファエル、マーティン」
「はい!」
ふいに名前を呼ばれた二人は、背筋を伸ばして答える。
「今までお前たちの飛行を見せてもらっていたが、見事なものだ。しっかりと、私の動きに付いてきているな」
そう言い、微笑むラファエルの師匠。
「これから、お前たちには先頭に立ってもらう。そして……お前たちの手で、敵機を仕留めて見せよ」
「えっ」
予想外の指示。ラファエルは一瞬、思考が固まった。
だが、すぐにその意味に気が付く。そして……
「……分かりました!」
断る理由はない。
「おう、やってやります!」
マーティンも即座に答える。戦いが始まったときの不安はどこへ、やら、今や二人とも、この場の他の騎士たち同様、闘志をたぎらせていた。
「よし。では、ラファエルには私が付く。マーティン、お前は……スコット、いるか?」
「こちらスコット。いよいよ、ですか」
一機のマーリン戦闘機が、ラファエルたちの上空から近づいてきた。マーティンの隣に並ぶと、編隊飛行を始める。
「彼はスコット。私のかつての弟子の一人だ。マーティンは彼に援護してもらい、獲物を狙え」
「よろしく、な、新入り! 背中はしっかり守ってやるから、好きにやれ!」
マーティンに似て、気さくな騎士だ。きっと、彼とは気が合うことだろう。
「さて、では行くとしよう。マーティンはスコットの選んだ敵を狙え。ラファエルの敵は、私が選ぼう」
「幸運を、ラファエル!」
「ああ、マーティンも!」
クーアフルストとラファエル、スコットとマーティンに編隊を分離。それぞれ、狙うべき敵を選定に入る。散開する直前、マーティンがこちらに手を振っているのが見えた。
師匠に従い、ラファエルは戦場を俯瞰する。エミトリア軍が押しているとはいっても、未だ適当に下を見れば数機は目に入るくらい、敵戦闘機シュライクが飛び交っている。
「……ラファエル、十一時下方、右旋回中の敵機が見えるか」
数秒の後、師匠がその空域の一角を指示した。すっかり慣れたラファエルの目は、すぐにその敵を捕らえる。
「確認しました、師匠!」
「よし。それがお前の第一の獲物だ。私がまず攻撃をかけて態勢を崩す。その隙に食らいつけ!」
言うとともに、クーアフルストが急降下。ラファエルも素早く身をひるがえし、それに続く。いつしかその動きの激しさは、周りを飛ぶ一人前の騎士たちのそれに遜色ないものになっていることに、ラファエルは気がついていない。
ぐんぐん加速していく愛機。シュライクの灰色の翼が、照準の中で大きくなってくる。
先を行くクーアフルストが発砲。敵機はそれを避けるべく大きく機体を振り、そして攻撃をかわし切って一度まっすぐ飛ぼうとした途端、その背中にラファエルがぴったりと張り付いた。
「とらえた!」
目の前に見える敵機のエンジンを睨みつけながら、ラファエルは叫ぶ。
敵機、慌てて再度の急旋回で、後ろについたラファエルを振り切ろうとする。だが、ラファエルもすぐさま強く操縦桿を引いて旋回し、敵を決して逃さない。
「その調子だ! 後ろは気にしなくてよい、今は前だけを見るがいい!」
「はいっ!」
叫び声で師匠の声にこたえる。アドレナリンが噴き出し、体中が熱い。だが決して平静さを失うことなく、眼前の相手の動きをしっかりと見極める。
敵が右に横転する。こちらも操縦桿を右に払って横転。続けて敵は旋回。その向きにこちらも機首を巡らせる。変なことは考えなくてよい、ただ相手の先へ先へと少しずつ、確実に動けばいい。
左右に逃げ回る敵を、ラファエルの愛機は一羽の鷹となり、猛然と追い立てていく。
*
「こちら第五小隊。敵の正門にたどり着いたが、攻撃が激しい!」
「第六小隊だ、援護位置についた。任せろ!」
リグジェリア軍の秘匿基地の正門までたどり着いたエミトリア軍の地上部隊は、敵の激しい反撃にあって足止めされていた。
が、程なく斜め後ろの高台から援護射撃が降り注ぎ、リグジェリア軍の守備隊はあわてて身を隠す。その隙に、正面の部隊は一気に肉薄し、門をこじ開けた。
「援護感謝する。的確な位置取りじゃないか、よくこの短時間でそこを見つけたな」
「はは、そうだな……かわいい妖精さんに導かれた、と言っておこう」
「正門突破に成功。君の言う通り、門を見下ろせる場所があったよ、クリス」
前線から少し下がった場所。地面に広げられた地図の周りに数人の無線手と、そしてこの場にはおよそ似つかわしくない服装と容姿の少女が立っていた。
「やった! 思った通りね」
攻撃成功の報を聞き、その少女――クリスはにっと笑う。
「本当に村の娘か? 君のような賢い娘は初めて見たよ」
「ありがとう。リグジェリアの奴らには、よく飛行場周りの掃除もさせられたから。地形はよく覚えているわ」
兵士の一人の感嘆の声に、クリスは笑って答える。
「せっかく学んだこと、しっかり活かさないとね……そうだ、ここから西の方に行ったところに裏口があったはず。だいたい、このあたりよ」
もう一つの門の存在を思い出したクリスは、地図の一か所を指でさす。
「よし、分かった……第八小隊、五のF地区へ移動。敵の裏門に回り込む!」
それをすぐさま無線手が見、手空きの部隊へ連絡する。リグジェリア軍は地の利を生かして戦っているつもりが、悉くそれを上回られていた。
「あとは、飛行場の中の勝負か……私にできることはここまで、かな」
そう思い、クリスがほっと一息ついた時。
キイイイイ……
戦場の喧騒の中から、ひときわ大きい音が響いてきた。
「あっ」
彼女がそれにつられて空を見上げた、その時。
ゴオオッ!
一機のリグジェリア軍機が、木々の梢を掠めて現れた。高度二百フィートほどの超低空を、風を巻き起こしながら飛んでいく。周りの兵士は一瞬警戒したが、彼らを狙っているわけではないようだ。むしろ、何かから逃げているよう。
そして直後、再びの轟音。やや異なるエンジン音とともに、一機のエミトリア騎士団の戦闘機がすぐ後ろから敵機を追っていった。
敵機、左へ旋回すると見せかけて逆に旋回。追跡する味方機はそのフェイントにわずかにふらついたものの、すぐに態勢を立て直して右旋回。敵機を追って、木の陰に消えていった。
クリスはその背を、ずっと見つめていた。
――どこの誰だか、知らないけれど。
そして、応援するように手を振る。
「頑張ってね、誰かさん!」
*
「うお、っと!」
操縦桿を引き、倒し、ペダルを踏みこみ。
ラファエルは高度二百ほどの低空で、敵機を追い続けていた。
左旋回に見せかけたフェイントにより、一瞬距離が開いてしまった。だがすぐに敵機の動きに合わせ、取り逃がすことなく追いかけていく。
右にちらりと目をやれば、すぐそこを地面が流れていく。わずかでも操縦を誤れば、敵機に落とされなくとも地面とキスして昇天するだろう。低空での空中戦では、ほんのわずかなミスも許されない。
追跡を開始してからまだ一分ほどしかたっていないが、ラファエルには一時間に等しく感じる。振り回される体は急速に疲労し、旋回の荷重で垂れ下がった頬を汗が流れていく。
「ふう……ふう」
腹に力をこめ、荷重で血流が下半身に集中するのを防ぐ。さらに対Gスーツも着ているが、それでも頭部に流れる血は少なくなり、その影響で視界が狭まる。だがその狭い視界の中に、ラファエルは敵機の後姿をとらえ続ける。
「ここだ!」
狙いすまし、引き金を引く。
だが、弾はすべて敵の通った後を追うのみ。それとわかる回避機動を相手はとっていないのに、未だ一発も当たらない。
「くそ!」
毒づき、すぐに次の一撃を撃とうとした。が、
「落ち着くのだ、ラファエル!」
師匠の声が、焦りかけたラファエルの意識を平静に戻す。
ずっと、少し離れたところからラファエルを見守ってくれている師匠。実際、ラファエルは何度か敵機に狙われかけたが、そのたびに敵はクーアフルストの槍を受け、悉く落とされるか、退散を余儀なくされていた。
改めて、師匠の技術を実感する。
その弟子として。何としても、目の前の敵は落とす!
「見越しが少し足りていない。あと一目盛分、敵の前を狙うのだ」
「はい!」
答え、狙いを修正。旋回で逃げる敵機の鼻先の、そのもう一歩前の空間に狙いを合わせる
敵機は、そのほとんどがこちらの機首の下に隠れて見えない。これで当たるのか、と一瞬戸惑ったが、すぐにそれを振り払い、機銃を放った。
振動とともに、放たれた弾が弧を描いて飛んでいく。その飛ぶ先は、機首の下で見えない。
――当たったか?
一瞬、祈るような気持ち。直後に、敵機は再びこちらの視界に入った。
未だ、傷一つない姿を見せて。
「ダメだ……!」
「いや、その調子だ」
歯噛みするラファエルを、師匠が諭す。
「今の攻撃は、敵機の右翼を掠めていた。わずかにずれていたら、翼をへし折っていただろう。もう修正は良い、そのままの狙いで行け!」
その言葉が本当かどうか分からない。だが師匠を信じ、自らの心の不安の芽を踏み潰す。
再び狙いを絞った、その時。
敵機が一瞬急上昇、ラファエルの狙いを外したところで降下し、旋回を逆へ切り返す。複雑な機動にラファエルの追随は遅れ、一時的に敵を射程から逃してしまう。
そして、
ドドドドッ!
突然、その敵機が発砲。狙いは当然ラファエルではなく、地面の一点だった。
「えっ」
急いで再び敵を追いかけながら、その着弾点を見る。
「あ!」
そして、視界にとらえた。
必死に逃れようとしている、数人の人々を。
*
クリスは、作戦場の隅の椅子に腰かけていた。
すでに戦いは飛行場の建物の中に移っており、あとはこの「本丸」を落とせば戦いは終わる。
「お嬢さん、喜んでくれ!」
無線から何かを聞いた兵士の一人が、彼女に話しかけた。
「えっと、何でしょう?」
「建物の中で、捕らえられていた村人たちと合流したと連絡が入った。奴ら、建物ごと爆破して証拠をなくそうとしていたらしいが、村人たちは自分で脱出し、戦っていたらしい」
「よかった!」
ぱっと笑顔が浮かぶクリス。
「みなさん、本当に感謝しています。おかげで、私たちは……」
「何、国のために戦うのが俺たちの仕事だからな」
無線兵はそう言うと、ぐっと親指を立てる。
「腹がへった奴には、パン屋はパンを売るだろう。同じさ、侵略者に困ったときは、俺たちが追い払う。それが軍人ってものさ」
冗談めかして言う無線兵。その言葉に、クリスもそっと口元を押さえた時だった。
「な……伏せろ!」
突然、その兵士が空を見たと思ったとたん、クリスを突き飛ばした。
「えっ……」
驚く間もなく、その場からクリスは吹っ飛ぶ。
瞬間、
バリバリバリバリ!
雷鳴のような音が響き渡り、同時に周囲の空気が、地面が震える。視界の隅を巨大な光の束がかすめ、それは大地を深くえぐった。跳ね飛ばされた石が、クリスの頬を掠めて柔肌を切り裂く。
「何なの……!」
背中から地面にぶつかったクリスは、すぐさま空を見上げる。同時に、
ゴオオオッ!
今日何度も聞いた、腹の底まで響く爆音。それがひときわ大きく、頭上から降ってきた。
リグジェリア軍戦闘機。灰色の翼ががクリス達のいる場所の頭上を掠め、舞い上がっていくところだった。
「くそ、機銃掃射だ! 攻撃を受けた!」
「逃げろ! すぐにまた来るぞ!」
兵士たちの叫び。はっとして周りを見渡す。
周囲にいた兵士たちは、奇跡的に一人残らず無事だった。だが、
「無線手さん! 大丈夫?!」
「なんとか、な……くっ」
先ほどクリスを突き飛ばして助けた兵士は、顔をゆがめながら答えた。下腹部を真っ赤に染めながら。
「逃げろ、お嬢さん……すぐにまた撃たれる」
「無線手さんは?!」
「俺はもう動けない……ほかの奴らも、同じだろう」
全くの奇襲だったそれに、気がつけたものいなかったらしい。ほかにも数人その場にいた兵士たちは、そろって体のどこかから、おびただしい血を流していた。
「っ……」
そのおぞましい光景に、さしものクリスも身がすくむ。
森の中、戦場のはずれで安全だと思っていた場所だったが、敵に場所が割れてしまったようだ。作戦を少しでも妨害すべく、先ほどの敵機に攻撃をかけさせたのだろう。
そしてその敵機は、攻撃を終えた後旋回し、再度機銃をこちらに向けようとしていた。
「逃げるんだ!」
兵士の一人が叫ぶ。だが、クリスは動けなかった。この場から動けないほかの人たちのことを考えると、背を向けて動き出せなかったのだ。
そんな彼女の視線の向こう、第一撃で折れた木の上で、敵機はこちらに向き直ろうとしている。もう数秒もすれば、再度銃弾の豪雨がここに降り注ぐだろう。
――お願い、だれか!
「あれを止めて!」
誰にでもなく、クリスが叫んだ、その時。
キイイン!
大気を切り裂く音とともに、別の影がクリスの頭上を横切った。
エミトリア王国の紋章を描いた戦闘機が、一機。翼から雲を引きながら、まっしぐらに、敵機へと向かっていく。
それがフルーレという名の機体であることは、クリスは分からない。だが、今、そこにいる敵機を止められるのはあの味方機だけだということは、彼女にもわかった。
息を止めて、クリスは目で追う。今この瞬間、彼女を、彼女たちを守りうるただ一人の騎士の姿を。
*
「前線作戦室が攻撃を受けた! 敵機を落としてくれ!」
入った無線に、ラファエルははっとする。タイミングからして、たった今攻撃を受けた地面の一区画が、その作戦室に間違いない。
「人員は負傷し退避不能! 繰り返す、退避できない! 助けてくれ!」
「ラファエル、緊急だ! 私がその敵機に向かう!」
珍しく慌てたクーアフルストの声。ちらりと上空を見ると、師匠の機体がこちらへ向けて翼を翻すのが見えた。だが、
――間に合わない。
ラファエルは直感した。師匠も、ほかの味方も、今ラファエルのすぐ近くにはいなかった。
眼前の敵機は、たとえ自分が落とせなくても程なく誰かに落とされるだろう。だが、再度地面への攻撃態勢に入ろうとしているそれを、攻撃前に止められるのは。
先ほど助けを求めた人たちを、救えるのは。
「僕が行きます!」
自分のみ。
ラファエルは言うが早いか、思い切り操縦桿を倒し、引いた。
ギュン、と翼を翻す愛機。失速ギリギリを恐れぬ急旋回で、急ぎ敵機へと向き直る。翼端付近の水蒸気がその勢いに押しつぶされ、二筋の雲となってラファエルの航跡を彩る。
わずかな後、ラファエルは敵機をしっかりと照準に捕らえる。
再攻撃のため、旋回中の敵機。その針路と直交するように、ラファエルは突っ込んでいく。
攻撃前に落とすには、ここで敵機が眼前を横切る一瞬に、一撃で当てるしかない。
「無理するな、ラファエル!」
師匠の声。
確かに、無理かもしれない。今までずっと追いかけていて、弾をまったく当てられていないのだ。今はこれまでよりも、はるかに難しい狙いが求められることは、よくわかっている。
慎重に、だが大胆に。ラファエルは愛機を操り、来たる一瞬に備える。
敵機、ラファエルの狙いに気が付いたらしい。こちらの狙いを外すべく、旋回を強くし、より急激なターンに入る。
だが、ラファエルは素早くその針路上に照準を合わせた。
このくらいか。いや、今一つ前を狙って。先ほどからの教訓を活かせ。
――決して、自分は上手くなんてない。
ぐんぐん距離が狭まる。敵機の翼に描かれたリグジェリアの紋章が、はっきりと見えた、その時。
――だけど。今は、この一撃に他人の命がかかっている。
――だから!
ラファエルは、息を止め。
「当てる」
決して力まず、ほんのわずかな力で……引き金を引いた。
ドドドドッ!
機首から放たれる、二筋の光の剣。緩やかにしなって、敵機の前へと振るわれる。
その弾道の中を、一瞬で敵機は横切った。
文字通り、「瞬き一つ」のうちにそれは終わった。当たったか、確認する余裕もなかった。
左へ流れていく敵の機影を目で追う。敵機は何事もなかったかのように、そのまま旋回を続け……
「……駄目か」
ラファエルが歯噛みした、次の瞬間。
パッ、と何かが敵機から外れ、宙に舞った。
同時に、敵機はいきなり機首を垂直にあげ、もだえるようにくるくると回転を始める。直後、そのコクピットから人影が飛び出し、上空に落下傘が開いた。
「え……っ」
一気に速度の落ちた敵機にぶつからないよう、ラファエルは寸前で身をかわす。
追い抜きざまに見ると、敵機の垂直尾翼が根元から断ち切られていたのがはっきりと見えた。
身を動かす腱に等しい尾翼を失った敵機は、回復不能のきりもみに入り、ゆっくりと高度を下げていき……
ドオ……ン
しばしの後、灰色の機体は同じく灰色の地面に吸い込まれ、そして火の玉に変じた。
今の今まで飛んでいた敵機は、今やこの空にはいない。
その事実を、ラファエルが認識するよりも早く。
「見事だ! ラファエル!」
クーアフルストが叫んだ。
そうだ。自分はたった今、ついに敵を倒したのだ。敵機を撃墜したのだ。
「……やった!」
一気に喜びがこみ上げる。だが、無線で答えるよりも早く。
「おお!」
ボワッ!
マーティンの援護役、スコットの声とともに、視界の隅で、赤い閃光が走った。
そちらを見ると、空中に一つ、爆炎が巻き起こっていた。その脇を通り抜けて飛んでいくのは、マーティンの機体。
「やった、やったぞ……見ていたか、ラファエル!」
派手に翼を振るマーティン。
「ああ、見事だったよ!」
ラファエルも声を張り上げて答える。そしてその喜びは、彼も同じだった。
「ラファエル、敵機撃墜!」
「マーティン、同じく撃墜!」
新入り騎士二人の歓声が、無線通信に相次いで響く。
「やったな、初陣さん!」
「見ていたわよ、坊やたち!」
続けて、騎士たちが口々に彼らをほめたたえた。すぐそばで彼らの勝利を見ていたものはいないが、地面から立ち上る二筋の黒煙が、二人の戦果を明確に表していた。
「こちら第三飛行隊。国境手前で逃げようとしていた敵機、数機を撃墜。騎士の脱出を確認した。一人はどうやらここを不法占拠していた主らしい。あとでしっかり尋問させてもらうとしよう」
間髪おかず、この戦いの勝利を意味する無線が入る。敵の首領を叩き、捕らえたのだ。
「よし……リグジェリアの者ども、よく聞け!」
それを確認したゴルディア辺境伯は、国際無線に高々と言い放つ。
「お前たちの仕える者は、我々エミトリア騎士団が捕らえた。これ以上の戦いは無意味である、無用の流血を望まぬものは、直ちに投降せよ! 繰り返す、直ちに戦いをやめよ!」
壮年の騎士の大声が、無線を通してこの場の皆に伝わる。エミトリアの兵士たちは歓声を上げ、頑強に立てこもっていたリグジェリアの兵士は白旗を掲げた。
そして敵の戦闘機も、国境の方へと逃げだすか、逃げられないと観念したものは降伏を示す白いスモークを吐き出し、エミトリア軍機の誘導に従う。
国境で起こった小さな戦いは、完全勝利と言っていい形で終わろうとしていた。
「よかった……」
ラファエルは地面を見下ろして旋回しながら、ほっと胸をなで下ろしていた。
――これで、クリスは、皆は助かる。
――約束は、果たせた。
そう思い、深い満足感にひたっていた。それは、この場の皆が同じだった。
ベテラン中のベテラン、クーアフルストでも、ひそかに弟子のひとりに忍び寄る影に気が付かないほどに。
*
立ちすくむクリスの身に向けて、まさに敵機が弾を放とうとした、その時。
ババババッ!
その前の空間に、一筋の光が走った。
「っ!」
クリスが驚くよりも早く、光の剣は彼女に迫る敵を、たがわずに切り裂いた。
真二つ、とは行かない。だが、脆弱な尾翼部分を切り捨てるには、その一撃は十分だった。
クリスの眼前で、敵の尾翼が吹き飛ぶ。敵機は足を切り飛ばされた人間のようにガクリとよろめき、そして、
グワッ!
クリスを、その場の兵士たちを撃つことができぬまま、頭上を飛び越えていった。そして再び機首を上げることは叶わず、ふらふらと高度を下げていく。
「……助かった、の?」
そのエンジン音が遠ざかり、クリスが我に返ってつぶやいた直後、
ドオン!
敵機が梢の向こうに消えた先から、轟音が響いた。同時に、空に向かって立ち上る火柱。
「おお……」
傷ついていたエミトリア兵の一人が、小さく歓声をあげた。
「やってくれたぞ……助かった!」
「危なかった、今の騎士様に感謝だ!」
すんでのところで死神の鎌を受けずに済んだ兵士たちは、心からの喜びの声を上げていた。
その気持ちはもちろん、クリスも同じ。
「ありがとう、誰かさん!」
自らの戦果を確かめるように旋回する味方機を見ながら、クリスは大声で叫んだ。命の恩人の騎士に向けて。
「敵の将が捕らえられたようだ。戦いは終わりだ」
連絡を受けた無線手の一人が、クリスの頭に手を置いて言った。
「君たちは自由だ。勇敢なお嬢さん」
「うん! 本当に、ありがとう……」
込み上がる喜びをこらえて、クリスが答えようとしたとき。
視界の隅に、何かが見えた気がした。
同時に、ぞくり、と不穏な感覚が彼女を襲う。
説明などできない。ただ、感じた。
反射的に、そちらを振り向く。そして、見えた。
木々に隠れるほどの低いところを、何かが飛んでいるのを。
「あ……」
ボロボロに傷ついた、リグジェリアの戦闘機。もはやまともに高度を取ることもできず、低空を這うように飛んでいた。
だが、その牙は折れていなかった。クリスが見る中、突然機首を無理やりに持ち上げる。
突然、谷の中から虚空に踊りだした敵機。誰もが気が付くのが遅れ、そして気付いたものも一瞬、取るべき行動が遅れた。
そして、その敵が最後の力で噛みつかんとしていたのは……
クリスがずっと目で追う、先ほど彼女を助けた味方機だった。
「騎士様、後ろ!」
誰も動けない中、だがクリスは動いた。
「逃げて!」
隣の無線手の手から送信機をひったくり、声を枯らさんばかりに絶叫した。
*
「騎士様、後ろ!」
全くの不意に飛び出したその声に、とっさに動けた騎士はいなかった。この場、この時に全くふさわしくない、幼さも残した高い少女の声は当然ながら、誰も予期せず、そして知らぬものだったからだ。
ただ、一人を除いて。
――クリス?!
ラファエルは即座にその声の主を脳裏に浮かべた。その結果、誰よりも早く振り向いた。
そして……今、まさに自分に向けて襲い掛からんとする、敵機一機を認めた。
「っ!」
心臓が跳ね上がる。一瞬で、自分の首を今、敵の剣が切り飛ばそうとしていることを理解する。
思考が、停止しかけた。予期せぬ突然の恐怖には誰であっても、ましてや未熟な若者であれば当然のように、体を凍らせる。
その結果、何をすればいいのか思い出すことすら許されず、命を握り潰される……それが、狙われた新人騎士の九割の迎える末路だ。ラファエルもまた、その運命に髪をつかまれていた。
だが……
「逃げて!」
彼は、違った。
わずか数日前、互いに励まし合った声が、ラファエルにはあった。
それだけではない。この恐怖は、初めてではなかった。
クリスと出会うきっかけになった被撃墜。その記憶を乗り越えるべく、昨日は訓練に励んだ。そのために、回避機動をしっかりと練習した。
その記憶が、その努力が、そして何より、共に力を合わせた人の存在が。
「了解、クリス!」
ラファエルに、動く勇気を与えた。
素早く操縦桿を倒し、引く。機体は彼の決断に応えるように、その場から飛びのくように旋回を開始。敵機の針路と直交するように飛ぶ。
同時に、ラファエルの視線の先で、シュライクの機首が光を放つ。
撃ちだされた銃弾。それは正しく、こちらの旋回の未来位置を狙ってきていた。
それを確認した途端。
「今だ!」
ラファエルは思い切って、旋回をやめた。
間髪おかず、今度は腹に食い込まんばかりに、一気に操縦桿を引く。
フルーレが、翼をきしませながら急上昇。
横に回り続けていると想定していた敵の弾は、そろって下にそれていく。
それを、いっぱいに頭をひねって視認し、さらにラファエルは相手の背中に回り込むように、上空で機体をひねり込んだ。
敵からはラファエルは機首の下に隠れている。そのため射撃を止めた時、初めてその動きに気付く。
その時には、遅かった。ラファエルはすでに、頭上をぐるりと回って相手の後ろに回り込みかけていた。
「……」
神経を集中させ、ぐるりと回る世界の中で敵を目にとらえ続ける。
ラファエルに後ろにつかれる寸前、ようやく敵は己の状況を理解したようだった。たった今叩き切ろうとした敵に、逆に懐に入り込まれ、剣を突き立てられそうになっているのを。
慌てるように旋回し、ラファエルの狙いから外れたが……
ドドドッ!
直後、横合いから機銃弾が敵機に襲い掛かった。寸分たがわずすでに傷ついていたエンジンを貫き、爆発させる。無数の金属片を空中にまき散らし、敵機はバラバラに砕けた。
「あっ……」
「無事でよかった、ラファエル!」
敵機を撃墜したクーアフルストが、すぐさまラファエルにそう言った。
先ほど敵機に狙われているのに気が付いてから今まで、おそらく五秒もなかっただろう。
だが、ラファエルにはそれはとても長い時間に感じられていた。
「私の一生の不覚だ。この距離まで、敵が近づいてくるのに気が付かないとは……だがそれよりも早く、お前が避けてくれた。見事だったぞ、今の機動は……」
昨日、クーアフルストが教えた回避機動。それを、ラファエルは教えの通りに実践してみせたのだ。
「今のは、ヒヤリとしたが……なんとか助かってよかった」
「危なかったな、ラファエル!」
スコットにマーティン、さらにほかの騎士たちも次々に無線を入れてくる。もちろん、油断なく周りに目を光らせながら。
だが、今度こそもう、この場に敵は全くいなくなっていた。
「よく回避が間に合ったものだ。気が付いていたのか?」
クーアフルストが、ラファエルに問いかける。
「いえ……僕も気が付いていませんでした。ですが……」
ラファエルがそう答えようとしたとき。
「……エル。ラファエルなのね?」
一瞬の混信音の後、再び聞こえた。
先ほど、ラファエルを導いた声が。
「クリス!」
すぐさま、ラファエルはそれに答えた。
「やっぱり! ラファエル、無事でよかった!」
「さっきの声は君だったのか!」
顔こそ合わせていないが、少年と少女は再会を、そして今の生存を喜び合う。
「ラファエル……約束、果たしてくれたのね。ううん、それ以上のことを」
「約束、か……ははは、言っただろう? 約束を守るのが、騎士だって」
地面に広がる森と平原を見ながら旋回する。戦いは完全に終わり、たくさんの人々が空に手を振っていた。
あの中のどこにクリスがいるかは、分からない。でも、彼女は今、自分を見てくれているのは間違いないだろう。
「クリスこそ、どうして無線を?」
「それはね、えっと……」
さらに、会話を続けようとしたとき。
物音とともに、クリスの声が途切れた。そして、
「こちら作戦室。えー、お二人さんの事情はよく分かったから、いつまでも通信回線を占拠することはやめてくれたまえ」
「あっ……すみません」
はっと我に返り、謝るラファエル。横を見ると、クーアフルスト師匠が苦笑していた。無線は必要以外のことは話さないのが原則。これは降りたらきっと、説教だな。
「それに、だ。そんなに熱い会話を交わされたら、聞いているほうの居心地が悪くなるぜ、騎士さんに姫さん」
別の誰かが指摘した言葉に今度は、ラファエルはどきりとした。
今交わした短い会話は、決して恥ずかしいことを話してなどいない。だがそれでも……
この場のすべてのエミトリア軍に聞かれていたと思うと、顔が赤くなるのは防げなかった。
「……さて、こちら地上部隊。飛行場修復完了、着陸可能です」
「よし、飛行場の修復が終わったようだ。着陸するとしよう。新入り、彼女との会話は、降りてからたっぷりとしてくれ」
ある種異様な空気は流れ去り、ゴルディア辺境伯が指示を下す。だが、しっかり最後にラファエルをからかうのは忘れなかった。
――これは、降りてから大変そうだな。
なんとなく、ラファエルはそう予感した。新人をからかうのが好きな陽気な騎士たち、そして同年代だがその手の話が大好きなマーティンからは、これでもかと質問を浴びせられそうだ。
だが、それ以上に喜びがあった。
クリスを、皆を助け出せた。一人の従騎士にすぎない自分が、これだけのことをできたのだという、大きな満足感。
そして……クリスに、また会える。
胸を高鳴らせながら、着陸前点検のチェックリストを取り出すラファエルだった。