だが、その世界はある転生者によって滅ぼされる。
SF世界の兵器。
和風世界の式神。
その他諸々のクロスオーバー能力。
まるで多重クロス二次創作のオリ主が現実に現れたかのような存在だった。
敗戦後、私はレジスタンスとして戦い続ける。
そして一度だけ、その転生者に痛手を与えることに成功した。
結果。
なぜかヒロイン認定された。
故郷を滅ぼした相手に好意を向けられても困る。
私は生き残るため、そして地雷オリ主のトロフィーにされないため、現地人として培った魔法と知識を武器に抵抗を続ける。
「待ってくれ!」
聞こえた瞬間、私は反射的に加速した。
誰が待つか。
私は森の斜面を滑り降りながら、背後へ向けて魔法を発動する。
「《氷結散布》!」
空気中の水分が一斉に凍りつき、地面を覆った。
普通の人間なら転倒する。
騎士でも足を取られる。
だが。
「おっと」
背後から聞こえた声は、あまりにも軽かった。
振り返る余裕はない。
なくても分かる。
どうせ突破された。
いつもそうだ。
いつだってそうだった。
「君、本当に魔法の扱いが上手いな」
「黙れ!」
思わず叫んだ。
心臓がうるさい。
息が苦しい。
それでも足は止めない。
「私はお前と話すことなんてない!」
「そんなこと言わないでくれ」
どこか傷付いたような声。
ふざけるな。
私は木々の間を縫うように走りながら、歯を食いしばった。
故郷を滅ぼされた。
家族を失った。
友人も師も死んだ。
全部こいつのせいだ。
なのに「君だけは特別なんだ」などと言いながら追いかけ回してくる。
意味が分からない。
「見つけた時は嬉しかったんだ」
「私は嬉しくなかった!」
「そうかな」
「そうだ!」
即答した。
それ以外あり得ない。
私がレジスタンスとして戦っていた頃。
一度だけヤツに傷を負わせたことがあった。
王国軍でも成し遂げられなかったことを。
私は成し遂げてしまった。
その結果、なぜか気に入られた。
人生で最悪の戦果だった。
「君は他の人とは違う」
「当たり前だろう! 私は被害者だ!」
「そういう真っ直ぐなところも好きだ」
「気持ち悪い!」
全力で叫んだ。
心の底からの本音だった。
すると背後が少し静かになった。
ようやく諦めたのか。
そう思った瞬間。
「……好き?」
「違う!」
思わず振り返ってしまった。
そこにいた。
銀色の装甲。
背後に浮かぶ無数の砲門。
足元を護衛する和紙の式神。
剣と魔法の世界にいるはずなのに、どう見ても場違いな存在。
私の世界を滅ぼした男。
その男は少し照れたような顔をしていた。
「いや、まだそこまでは求めてないから」
「求めるな!」
反射的に魔法を叩き込む。
閃光、爆発、土煙。
そして私は再び逃げ出した。
後ろから楽しそうな声が聞こえる。
「やっぱり君は面白いな!」
最悪だ。
ヤツは諦める気配がない。
木々の間を駆けながら、私は半ば現実逃避するように過去を思い出していた。
◆
そもそもの始まりは数年前。
私はこの世界に転生した。
地方貴族の令嬢に生まれ、裕福で平和だった。
前世でプログラミングをしていたこともあり、魔法の術式研究は驚くほど楽しかった。
魔法陣の構造を解析し、効率化し、新しい組み合わせを試す。
毎日が充実していた。
少なくとも、あの日までは。
最初に現れたのは空飛ぶ鉄の船だった。
誰も理解できなかった。
私だけは前世のSFを思い出して嫌な予感がした。
王国の観測魔法にも引っかからず、突然空に現れた巨大な構造物。
やがて降伏勧告が届いた。
もちろん誰も従わなかった。
そして王国は滅んだ。
空から降り注ぐ光。
城壁ごと消し飛ぶ騎士団。
飛竜部隊の壊滅。
伝説級の魔術師すら一方的に撃ち抜かれる光景。
今でも夢に見る。
あれは戦争ではなかった。
一方的な虐殺だった。
さらに悪いことに。
ヤツはSF兵器だけではなかった。
最前線では巨大な式神が暴れ回り、別の戦場では聞いたこともない超能力が使われていた。
世界観という概念が死んでいた。
明らかに、いろんな世界の力を組み合わせている。
意味が分からない。
分かりたくもない。
ただ一つ分かったことがある。
アイツだけおかしい。
王国は一年持たなかった。
私の家も滅びた。
父は戦死。
母は避難中に行方不明。
弟は最後まで見つからなかった。
私は生き延びた。
生き延びてしまった。
だからレジスタンスに入った。
勝てるとは思っていない。
だが何もしないまま終わるのは嫌だった。
どうせ死ぬなら、一発ぐらい殴り返してやろう。
そんな気持ちだった。
前世の知識がある上に、私は魔法研究者だった。
侵略軍の兵器を解析し、弱点を見つけることができた。
誰も見向きもしなかったエネルギー供給機構。
誰も気付かなかった防御システムの隙。
転生者だからこそ見える穴。
私はそれを利用した。
レジスタンス総出の決死作戦。
成功率は一割未満。
生還率はもっと低かった。
結果だけ言えば成功だった。
私たちはヤツの旗艦に損傷を与えた。
初めて。
たった一度だけ。
世界を蹂躙していた怪物に傷を付けた。
そして、それがいけなかった。
作戦終了後に、逃走中の私の前にヤツが現れた。
周囲には誰もいない。
私は死を覚悟した。
だが、ヤツは私を見るなり、妙な顔をした。
驚いたような。
感心したような。
「君だったのか」
そんなことを言った。
意味が分からなかった。
「まさか現地人にここまでやられるとは思わなかった」
じっくりと視線で私を値踏みをする。
気持ち悪い。
「なるほどな——やっと見つけた」
その瞬間。
私は本能で理解した。
あ、これダメなやつだ。
戦闘能力とか。
侵略とか。
そういう話ではない。
もっと根本的に。
人としてダメなやつだ。
「君は特別だ」
嫌な予感しかしなかった。
「俺の隣に立てるのは君だけかもしれない」
全力で逃げた。
人生で最も正しい判断だったと思う。
私は森を抜けた。
「待ってくれ!」
後方から声が飛ぶ。
無視した。
もはや返事をする価値もない。
◆
もう何年もこうだ。
私が逃げる。
追いかけてくる。
その繰り返し。
普通なら諦める。
だがこいつは普通ではない。
だから今日で終わらせる。
今いる場所は王都だ。
いや、正確には王都跡地。
かつて王城が存在した場所だ。
私は懐から小さな水晶を取り出した。
そして握り潰す。
ぱきり、と音が響く。
瞬間。
遠く離れた地面が輝いた。
「……え?」
後方から間抜けな声。
初めて聞いたかもしれない。
戸惑った声だった。
当然だ。
これは数年かけて作った。
私の全財産と人生を注ぎ込んだ。
最後の切り札だ。
王都跡地の地下。
そこには巨大な魔法陣が埋設されている。
王国が滅びたあとも。
誰も気付かないように。
少しずつ。
少しずつ。
組み上げ続けた。
「君、何を——」
「さようなら」
私は初めて振り返った。
そして笑った。
数年ぶりだったかもしれない。
「現地人を舐めるな」
光が走った。
大地を埋め尽くす術式。
幾重にも重なる魔法陣。
王国魔法、帝国魔法。
失われた古代術式。
私が集めたすべてを積み重ねた。
ただ一つの目的のために。
「《次元位相固定・世界座標封鎖》」
世界が軋んだ。
空間が悲鳴を上げる。
転移不能。
召喚不能。
空間跳躍不能。
異世界接続不能。
世界そのものに蓋をする魔法。
私にしか作れなかった。
必死に逃げたい一心だからこそ。
この世界の法則を理解し、作れた術式だった。
「これは……」
さすがに笑顔が消えた。
初めてだった。
私は少しだけ胸がすく思いだった。
「君、ずっとこれを準備していたのか」
「そうだ」
「俺のために?」
「違う」
即答した。
「お前から逃げるためだ」
沈黙。
数秒。
あるいはもっと長かったかもしれない。
やがてヤツは苦笑した。
「そんなに嫌われていたとは思わなかった」
「思え」
何を言っているんだこいつは。
国を滅ぼしておいて。
家族を奪っておいて。
仲間を殺しておいて。
なぜ好かれていると思った。
「君のことは本気なんだ」
「知るか」
「幸せにしたい」
「知るか」
「俺となら——」
「知るか!」
叫んだ。
魔法陣が完成する。
光が収束する。
あと少し。
あと少しで終わる。
「君は理解してない」
ヤツが一歩前に出た。
「俺たちは運命なんだ」
気持ち悪い。
本当に気持ち悪い。
吐き気がした。
「私は違う」
私は杖を握る。
そして最後の魔力を流し込んだ。
「私はお前の物語の登場人物じゃない」
世界が光に包まれる。
「私は私だ」
轟音。
空間が閉じる。
裂け目が消える。
異界との接続が断たれる。
ヤツを支えていた無数の世界との回線が切断される。
術式成功。
完全成功。
私はその場に崩れ落ちた。
そして。
目の前からヤツの姿が消えた。
◆
数年後。
私は辺境都市で教師をしていた。
名前も変え、身分も変えた。
誰も私を知らない。
追跡もない。
空には平和があった。
あの日から五年。
私は辺境都市の魔法学院で教師をしている。
侵略軍の残党も見つからない。
あの男の消息も聞かない。
たぶん終わったのだろう。
そう思うことにした。
◆
「先生ー!」
教え子の一人が駆け寄ってくる。
今日は休日だ。
授業ではない。
私は招待客として来ている。
「急いでください! 始まっちゃいますよ!」
「分かってるわよ」
苦笑しながら足を速める。
街の教会。
今日は私の元教え子の結婚式だった。
戦争孤児だった少女。
泣き虫だった少年。
そんな二人が夫婦になる。
歳を取るはずだ。
私も。
式は穏やかだった。
神官の祝詞。
拍手、笑顔。
幸せそうな新郎新婦。
誰も死なない。誰も戦わない。
ただ平和な時間が流れている。
それだけで十分だった。
披露宴も終わりに近づいた頃。
私は少し空気を吸おうと席を立った。
会場の外。
夜風が心地良い。
街の灯りが遠くに見える。
平和だ。
本当に平和だった。
「やっと見つけた」
背筋が凍った。
聞き間違えるはずがない。
何度も夢に見た声だった。
ゆっくりと振り返る。
そこにいた。
あの日と変わらない姿で。
まるで数日ぶりに再会した友人を見るような顔で。
「会いたかった」
私の手からグラスが落ちる。
硝子が砕ける音が響く。
終わっていない
何一つ、終わっていなかった。