全方位勘違いお嬢様 ~彼女が勘違いするたびカップルが成立する~ 作:鹿山_osc
伯爵令嬢、リリア・イングスターには悪癖がある。
それは人のもめごとに首を突っ込むというものだ。
そして、そのもめごとは必ず当人たちの思惑からは外れていくのだ。
☆
王立魔法学院、食堂にて。
リリアとその執事、アルベルトはその場にいた。
「退屈ですわねぇ」
リリアは紅茶に口を付けながら言った。
「ねぇアルベルト。何か面白い話はないかしら」
突然の無茶ぶりにアルベルトは冷や汗をかく。
お嬢様は基本的には良識的だが、退屈が過ぎると突然こうなってしまうのだ。
どうしたものか、とアルベルトが悩んでいると、
「なんだこれは!」
突然、男の叫び声が聞こえる。
なんだなんだと周囲の視線が集まる。
そこにいたのは、
ガイ・スプラウト伯爵子息。
アルベルトはその顔と名前に覚えがある。
――彼は確か、リリアお嬢様の御学友だったはず。
しかし、そこまで親交は深くなく、お互いに顔見知り程度のものだったはずだ。
それに、彼の評判はそこまでよろしくない。
曰く、理由もなくメイドを解雇した。曰く、些細なミスをした召使を酷く殴りつけた、など。
いつも眉間にしわを寄せて、人を寄せ付けないため言われたい放題であった。
だが、リリアの目は興味津々とばかりにきらきらしていた。
「おい、この料理を作ったのは誰だ」
そうガイが言って立ち上がり、辺りを見回す。
するとおずおずとエプロン姿の少女が前に出た。
アルベルトはその容姿に覚えがある。
確か先週入りたての……クレアという名前の少女だ。
「わ、私でございます」
「スープは甘い、肉は焼きすぎ、パンはコマ切れ。なんだこれは!」
どうやら朝食の内容に問題があったようだ。
ガイは憤怒の形相でクレアを睨みつけ叱責する。
「すみません、失礼しました!」
クレアは何度も頭を下げ、謝罪を口にする。
ガイはクレアを一瞥し、腕を組んで言った。
「お前がどこの誰かは知らないが、こんなものを食わせて、ただで済むと思っているのか?」
話の流れを聞けば、そこまでおかしい話でもない。
声を荒げて怒鳴りつけるほどか? と聞かれればそうではないが、それだけおかしな料理を出されれば多少は怒りを覚える。
誰が聞いてもそうだ。実際、周囲の空気も納得の一色である。しかし、
「お待ちになって!」
リリアが首を突っ込んだ。
「リリアか、邪魔をするな」
「いいえ、あなたは勘違いしていらっしゃるようだから教えて差し上げようと思って」
「勘違い?」
一拍置いて、リリアは宣言する。
「その子は、あなたのことが好きなんですわ!」
アルベルトは思った。
――絶対違う。
「なん……だと」
しかしガイは眉根をひそめ、周囲も耳をそばだててリリアの話を聞いてしまう。
「スープは甘く、肉は焼けすぎ、パンはコマ切れ。料理としては個性的ですわね」
「個性的だと、随分甘い見立てだな!」
「ええ。ですが、考えてみてくださいませ。普通に美味しい料理なら、あなたの記憶には残りません」
「残す必要があるのか?」
「ございますわ!」
リリアは高らかに声を上げた。
「彼女は身分も立場も違うあなたに、どうしても自分を覚えてほしかった。だからこそ、すべてを料理に込めたのです」
アルベルトは思った。
――絶対違う。大体覚えてもらうなら美味しい料理で唸らせた方が良いだろう。
だが周囲も、ガイすらもリリアの迫真の言動に息をのむ。
「いえ……私は……」
クレアは否定したかった。
スープについては、砂糖と塩を間違えただけだった。
肉は焼き加減を間違えて出してしまった。
パンのそれは、小鳥にあげる餌だった、と。
しかし、言ってしまえばどんなことが待ち受けているか、想像に難くない。
逡巡しているうちに、リリアの唇が先んじて動き出した。
「焼きすぎた肉は、想いが燃えすぎた結果」
「パンはあなたが食べやすいようにと細かく刻んだ優しさ」
「スープは、あなたを想うあまりのときめきの強さが、甘さとなってあなたの舌が勘違いした」
「この俺が、たかだか一人の料理人にそんなことを……?」
ガイは思う。
例え動物一匹、メイド一人であろうと執着することのなかった自分にそんな余地があったのか、と。
母が不幸にも先立ってしまって、それ以来誰にも心を開かなかった自分が。
そうだ、あのスープの甘さ。
いつから忘れていたんだろう。
あれは母が亡くなる前の話、一度だけ、熱を出した自分のためにスープを作ってくれたことがあった。
『母様、このスープ、おいしくないです』
『ごめんなさい、失敗してしまったようね。すぐに取り替えさせるわ』
母はそれまで料理などしたことがなく、砂糖と塩を間違えて甘いスープを自分に飲ませた。
ガイは母との記憶が少なかった。
病弱で、いつも寝室に籠っているため、話をする機会自体がなかった。
それゆえに、あの時のことは少年時代の唯一と言っていい思い出だった。
『……いえ、最後までいただきます』
いつかの記憶を掘り起こされ、ガイはかつてないほど震えていた。
ガイの内心を知っていれば、アルベルトはこう思うだろう。
――そうはならんだろ。
「そうでしょう、そこの料理人さん?」
「えっえっ」
「そうですわね?」
リリアが、太陽の如く溢れんばかりの輝く目でクレアを見つめる。
クレアはちらりとガイを見た。
先ほどまで怒りに歪んでいたガイの目が、優し気に見える。
「……俺のために、そこまで?」
その様相に本心を打ち明けることができず、
「じ、実は……そうなんです」
クレアは自分を捻じ曲げた。
周囲は「おお」「リリア様、慧眼ですわ」「流石イングスター令嬢」と囃し立てる。
「ふっ。俺の目が曇っていた、ということか」
ガイは自嘲気味に笑い、己の間違いを認めた。
「それに、あなたも本当はわかっているのでしょう?」
「なんだと? 何のことだ」
「本当にどうでもいいなら、あなたは黙って下げさせればよかった」
「けれどあなたは彼女を呼び、誰が作ったのかと問いただした」
「それは当然だろう。あんなものを出されて黙っていられるわけがない」
「まだおわかりではありませんのね」
――私もおわかりではありません、お嬢様。
「あなたも、彼女が気になっているのですわ!」
「俺が……彼女を?」
「ええ、テーブルを見れば一目瞭然」
リリアはガイの座っていたテーブルを指さして、
「この料理、肉とパンは見た目からして、明らかに妙であると感じられますわ」
「ですが、あなたはいずれも一口つけてから彼女を呼び出した」
「最初こそミスだと間違えてしまったものの、あなたはその時点で興味を惹かれていたのだと考えられます」
無理筋だった。
パンはともかく、スープは飲まなければ味に違和感を感じないし、肉は焦げ目もよく見なければ目立たない。
一度は口にしないとはっきりおかしいと感じるには決め手に欠けるのだ。
しかし、人というものは不思議なもので、一度納得させられると次の論法もなんとなくあり得そう、と考えてしまう。
ガイはクレアを見た。
「女、名前は」
「く、クレア……でございます」
「クレア。その名前、覚えておこう」
こうして勘違いは加速する。
アルベルトは思う。
――絶対違う。