全方位勘違いお嬢様 ~彼女が勘違いするたびカップルが成立する~   作:鹿山_osc

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呪われ男とお兄様と

 魔法学院、医務室にて。

 

 週に一度の、いつもの光景。

 

 窓から差し込む午後の日差し、薬品の匂い、そして淡い光を注ぐリリアの掌。

 

 デックスは、その横顔を盗み見ていた。

 

 ——言うなら、今日だ。

 

 告白は練習として処理された。

 

 ならば次は、外堀からだ。

 

 二人きりで、治療でも茶会でもない時間を作る。

 

 話はそれからだ。

 

「リリアさん」

 

「あら、どうかなさいまして?」

 

「その、今度の休日なのですが……もしお時間があれば、私と」

 

「相談事ですわね! よろしくてよ!」

 

「そうではあるんですが、そうではなくて……」

 

「遠慮なさらないで。私、相談事は大歓迎ですのよ」

 

 太陽のような笑顔だった。

 

 ——違う。違うんだ。

 

 デックスの言葉は、喉の奥で行き場を失った。

 

 考えてみれば当然の帰結である。

 

 告白を「練習」と受け取る相手に、誘いの言葉が正しく届く道理がなかった。

 

「では、詳しいお話は歩きながら伺いますわ」

 

 治療を終え、二人は医務室を後にした。

 

 

 

 

 回廊にて。

 

「それで、ご相談というのは——」

 

「リリアではないか」

 

 低く、よく通る声が回廊に響いた。

 

 振り返れば、そこには長身の男が立っていた。

 

 仕立ての良い旅装に、無造作に流した黒髪。

 

 鍛え抜かれた体躯は服の上からでも見て取れ、佇まいだけで歴戦とわかる。

 

 顔立ちは彫りが深く、精悍。

 

 要するに、偉丈夫であった。

 

「お兄様!」

 

 リリアが駆け出した。

 

 ——お兄様!?

 

 デックスの心臓が、嫌な音を立てた。

 

 リリアは脇目も振らず加速し、そのまま男の胸へ飛び込んだ。

 

「お久しぶりですわ!」

 

「おお、大きくなったなぁ。俺の小さなお姫様はどこに行った?」

 

 男は危なげなくリリアを受け止め、軽々と一回転させてから下ろした。

 

 ——……。

 

 デックスは無言だった。

 

 無言だったが、その左腕の痣が、心なしかいつもより脈打っている気がした。

 

「まぁ、私ももう子供ではありませんのよ」

 

「そうか? 背後から人を驚かせる癖は直ったのか」

 

「そ、それとこれとは話が別ですわ」

 

 じゃれ合う二人。

 

 仲が良い。

 

 実に、仲が良い。

 

 ——兄。

 

 兄と言ったな。

 

 イングスター家に男子はいなかったはずだが。

 

 デックスが記憶の家系図をめくっていると、リリアがくるりと振り返った。

 

「ご紹介いたしますわ、友人のデックス様です」

 

「……デクスター・バレンシアです」

 

 友人。

 

 その二文字を胸の内で租借しながら、デックスは礼をとった。

 

「バーナード・ロージアだ、従兄妹がいつも世話になっているな」

 

「バーナード・ロージア……」

 

 どこかで聞いた名だ。

 

 いや、どこかどころではない。

 

「あの、竜殺しの!?」

 

 バーナード・ロージア男爵。

 

 三年前、南部国境の村を襲った飛竜を、たった一人で討ち取った男。

 

 竜種の討伐は本来、騎士団が一個中隊を編成して当たる大事業である。

 

 それを、当時たまたま村に居合わせただけの男が、槍一本で成し遂げた。

 

 三日三晩の死闘の末、最後は折れた槍を竜の喉へ突き立てたという。

 

 武門の家に育ったデックスにとって、それは英雄譚そのものだった。

 

「所詮はデカいトカゲよ。褒められることでもない」

 

 バーナードは事もなげに肩をすくめた。

 

「三日三晩の死闘と聞いています」

 

「あれは半分は追いかけっこだ、足が速くてな」

 

「折れた槍で喉を……」

 

「新品の槍が先に折れた。あれは職人に文句を言うべき話だ」

 

 ——すごい。

 

 語られる言葉は全て謙遜の形をしていたが、その一つ一つが「飛竜と三日間戦い続けて生きている」という事実を裏書きしている。

 

 武人としての格が、違う。

 

「そうでしょうそうでしょう」

 

 リリアは後方で腕を組み、我が事のように何度も頷いていた。

 

 ——なぜ貴女が誇らしげなのですか。

 

「時に、君はバレンシア卿のご子息だな?」

 

「父を、ご存知ですか」

 

「狩猟仲間でな。よく自慢話を聞かされたものだ」

「『うちの息子の剣筋は儂を超えた』と、猪を追いながら三度は聞いた」

 

「父が、そのようなことを……」

 

 初耳だった。

 

 家では口数の少ない父である。

 

 褒められた記憶など、数えるほどしかない。

 

 まんざらでもない顔になりかけて、デックスは慌てて表情を引き締めた。

 

「それで、お兄様はどうして学院に?」

 

「野暮用でな。詳しくは話せんが」

 

「まぁ、勿体ぶって」

 

「仕事の話だ、諦めろ」

 

「では、お仕事が終わりましたら遠乗りに出かけましょう! ね!」

 

 リリアはバーナードの腕を両手で掴んで、ぐいぐいと引っ張った。

 

「わかったわかった」

 

 ——……。

 

 デックスは無言だった。

 

 目の前で繰り広げられる気安いやり取り。

 

腕を引く細い手と、それを鷹揚に受け止める大きな背中。

 

 従兄妹。

 

家族も同然。

 

わかっている。

 

頭ではわかっているのだ。

 

 だが、片思いの相手が竜殺しの英雄と楽しげにしている光景は、理屈とは別の場所に突き刺さる。

 

「デックス君も連れて行ったらどうだ?」

 

「えっ」

 

 思考を読まれたかのようなタイミングだった。

 

「まぁ、素晴らしいですわ!」

 

 リリアが手を打った。

 

「でしたらコーデリア様もお誘いしましょう! 馬上こそ、恋を育む絶好の舞台……!」

 

「えっ、えっ」

 

 ——話が急すぎる!

 

 こうして、翌日の遠乗りが決まった。

 

 デックスの意思は、最後まで確認されなかった。

 

 

 

 

 翌日、学院を出て、街道を東へ。

 

 抜けるような青空の下、四人と従者数名の一行は、馬を並べて進んでいた。

 

 先頭にバーナード、その隣にリリア。

 

 少し離れてデックス、その背にはコーデリアが乗っている。

 

「あ、あの、失礼します……」

 

「揺れますから、しっかり掴まってください」

 

「は、はいぃ……」

 

 コーデリアは、デックスの背中に額がつきそうな距離で、顔を真っ赤にしていた。

 

 ——で、でっかい……背中、でっかい……。

 

 憧れの人と、相乗り。

 

一月前の自分に教えたら、泡を吹いて倒れるだろう。

 

 だが、当のデックスの意識は前方にあった。

 

「——それでな、こいつときたら木に登ったはいいが降りられなくなって」

 

「お兄様! その話は禁止と申しましたわ!」

 

「泣きもせずに一晩籠城する構えだったのだ。五つの子供がだぞ? 肝が据わっているにも程がある」

 

「降りたら負けだと思っただけですわ」

 

「そういうところだ」

 

 バーナードは呵々と笑った。

 

 リリアの昔話。

 

 デックスは、気付けば手綱を握る手も忘れて聞き入っていた。

 

 お転婆で、負けず嫌いで、泣かない子供。

今の彼女に、まっすぐ繋がっている。

 

 知らない彼女を知れることが、こんなにも嬉しい。

 

 ——我ながら、重症だな。

 

 自嘲しつつ、デックスはもう一つのことに気付いていた。

 

 バーナードの語る昔話は、どれも当たり障りのない範囲で選ばれている。

 

何かを、丁寧に避けている。

 

武人の勘が、そう告げていた。

 

 

 

 

 湖畔に到着した。

 

 風が水面を撫で、細かな光が散っている。

 

リリアとコーデリアは敷布の準備へ、デックスとバーナードは従者と共に馬を繋ぎに向かった。

 

 手綱を杭に結びながら、バーナードがふと口を開いた。

 

「デックス君。リリアといると大変だろう」

 

「そんなことは……」

 

 ——あるかもしれない。

 

 告白は練習にされ、想い人の企画で別の令嬢との席を設けられ、今もこうして振り回されている。

 

 言葉に詰まったデックスを見て、バーナードは笑った。

 

「顔に出ているぞ」

 

「……失礼しました」

 

「責めてはいない。あれの周りは、昔からああだ」

 

 バーナードは馬の首を叩いてやりながら、湖の方へ目をやった。

 

 敷布の上で、リリアが何やら大仰な身振りでコーデリアに語りかけているのが見える。

 

「あの子と付き合う気なら、相応の覚悟がいるぞ」

 

「——」

 

 心臓が跳ねた。

 

 付き合う。

 

 それが交友の意味でないことは、声の調子でわかった。

 

「……気付いて、おられましたか」

 

「竜の尾を踏む前に気配で気付く。それで生き延びてきた」

 

「私は竜ですか」

 

「リリアに関しては、竜の方がまだ隠し事が上手い」

 

 冗談めかした言葉に、しかし目は笑っていなかった。

 

 デックスは一呼吸置いて、正面から問うた。

 

「相応の覚悟、とは、いったいどういうことですか」

 

 血呪のことか。

 

 いや、それは自分の側の話だ。

 

 彼が言っているのは、リリアの——。

 

「いずれ、リリアが話したいと思えば話すだろう」

 

バーナードは手綱の結び目を確かめ、立ち上がった。

 

「一つだけ言うならば」

「あの子の鈍さには、理由がある」

 

「……」

 

 鈍さ。

 

名指しの告白を受け流し、向けられる想いのことごとくに気付かない、あの異常なまでの。

 

あれは天然などではなく、理由がある、と。

 

デックスは、それ以上聞けなかった。

 

聞いてはいけない気がした。

 

風が、二人の間を抜けていった。

 

 

 

 

 同時刻、湖畔の敷布にて。

 

「さぁ、作戦会議ですわ!」

 

 リリアは拳を握って高らかに宣言した。

 

「馬上での密着は既に完了。次なる一手は湖畔の散策ですわ」

「二人きりで水辺を歩き、頃合いを見て私が従者に合図を送ります。すると対岸から花火が——」

 

「あ、あの、リリア様」

 

「花火はやりすぎかしら。では白鳩を——」

 

「リリア様!」

 

 コーデリアは、意を決して声を上げた。

 

 リリアがきょとんと目を丸くする。

 

「……私、思ったんです」

 

 一度俯いて、それから顔を上げた。

 

「私、バレンシア様と一緒になりたいんじゃなくて——推したいんだ、って」

 

「まぁ」

 

「あの日助けていただいてから、ずっと目で追ってきました。それは本当です」

「でも、お側にいたいのとは、違ったみたいなんです」

「あの方が誰かを想って、報われて、幸せになるところを、遠くから見ていたい」

「だからその、恋愛とかじゃなくて……遠くから眺めているだけで、十分です」

 

 一息に言い切って、コーデリアは肩の力を抜いた。

 

 茶会の日、遠ざかっていく二つの背中を見送ったときから、ずっと胸の内にあった答えだった。

 

 あの光景を「悔しい」ではなく「尊い」と感じてしまった時点で、この恋の形は決まっていたのだ。

 

十四の少女なりの、精一杯の整理だった。

 

「そうでしたか……」

 

 リリアは、しばし黙った。

 

 そして、ふわりと微笑んだ。

 

「わかりました」

 

 ——あれ?

 

 それ以上、何も言わなかった。

 

 作戦の続きも、説得も、「本当によろしいの?」の一言すらも。

 

 コーデリアは少し意外に思った。

 

 この令嬢のことだ、てっきり「それも恋の一形態ですわ!」と何かしらの暴論が飛んでくるものと身構えていたのに。

 

 リリアはただ、湖面に目をやった。

 

 想いには、成就だけが正解ではない。

 

 それを、この令嬢は令嬢なりに知っているのかもしれなかった。

 

「……あの」

 

 だから、だろうか。

 

 コーデリアの口から、ずっと呑み込んでいた問いが零れたのは。

 

「どうかなさいまして?」

 

「リリア様は——バレンシア様が、リリア様を慕っているとは、思わないのですか?」

 

 言ってしまった。

 

 心臓が縮み上がる。

 

 デックスの視線の先を、言い回しを、あの告白めいた言葉たちを、コーデリアはずっと見てきた。

 

 気付かないはずがないのだ、普通なら。

 

 差し出がましいことは百も承知だった。

 

 それでも、身を引くと決めたからこそ、聞かなければならない気がした。

 

 リリアは目を丸くして——、

 

 それから、あっけらかんと笑った。

 

「それは、あり得ませんわ」

 

 迷いのない、いっそ清々しいほどの即答だった。

 

「ど、どうしてですか?」

 

 コーデリアの問いに、リリアは湖面を見たまま、なんでもないことのように答えた。

 

 まるで、明日の天気の話でもするように。

 

「私には、人に好かれるだけの資格がありませんの」

 

 風が、水面を渡っていった。

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