全方位勘違いお嬢様 ~彼女が勘違いするたびカップルが成立する~ 作:鹿山_osc
「リリア、ちょっと相談があるんだけど……」
その日は麗らかな春の日差しに包まれていた。
リリアは穏やかな気候の中、魔法学院の中庭にて午前のティータイムに勤しんでいた。
そこへ、リリアの友人の一人であるエレナ・ローズウッド侯爵令嬢がやってきた。
「エレナ様、如何なさいましたか」
「その……これなんだけど」
と、エレナは懐から一通の手紙を取り出した。
「あら、宛名がありませんわ」
リリアはその真っ白な便箋を見て言った。
「そう、差出人も不明で、ちょっと不気味なのよ」
「それで、そのまま捨てようか、読んでみようか悩んでたの」
席に座り、神妙な面持ちで語るエレナ。
すかさず、そばに待機していたアルベルトがエレナのために紅茶を注ぐ。
「妙ですわね」
リリアは言いつつも、口角が上がっていた。
「どちらでこの手紙を?」
「教室の私の席に……」
「ということは、エレナ様が宛先で間違っていなさそうです」
「そう、だから怖いの。呪いの手紙だったとしたら大事だわ」
呪いの手紙。
それは字面そのまま、呪いが振りかけられた手紙だ。
開けるだけでカエルやナメクジが飛び出す呪いや、何週間も悪臭が身に降りかかるといった悪戯もあるが、中には攻撃魔法が飛び出すなど直接的で悪質な呪いが込められている場合もある。
そう考えるとエレナの不安は尤もだった。
「いえ、そう考えるのは早計ですわ」
しかしリリアはそれを否定する。
「白紙の手紙、見た目からして確かに怪しいですわね」
「でも相手に呪いをかけたいのなら、呪いだと悟られず開けてほしいはず」
「そう考えると、怪しまれないものこそ警戒すべきで、あからさまに怪しさを表意するのはおかしい」
一息にリリアは自分の推論を語った。
アルベルトは隣で聞いていて思う。
――いつもこうであれば、私も気が楽なのだが。
「うーん……でも、犯人がそこまで考えていなかったら?」
それもあり得る話だ。
犯人が巧妙に罠を仕掛ける、というのはあくまでフィクションでの話だ。
現実にはそんなに考えてないことも多いのだ。
だが、リリアはくすりと笑い、
「私、こう見えて呪いとその解呪は専門分野ですの」
「勘ですが、ここからは悪意は感じられませんわ」
そして、まるで紅茶を飲むかのように、さも当たり前のように手紙を開いた。
☆
エレナ・ローズウッド
今までの敗北、全て返させてもらう。
いつまでも自分が上だと思いあがっているだろうがそれも今日まで。
貴様の命運はもはや尽きた。
放課後、約束の地にて待つ。
☆
エレナは、リリアが開いた手紙を読んでみて、思った。
「あの馬鹿――!」
エレナには差出人に心当たりがある。
「ご存知なのですか?」
「ええ、マックスと言って、所謂幼馴染ね」
「まぁ……!」
マクシミリアン・フューリー侯爵子息。
成績では目立たないが、研究分野に役に立つ魔法薬学に秀でており、その界隈では名の知れた人物だ。
そんな彼には幼馴染がいる。
エレナ・ローズウッド侯爵令嬢。
父方が兄弟で、従姉妹にあたる。また乳母兄妹でもあった。
彼女と彼の関係は、幼少期までは微笑ましいものであった。
しかし、いつの日からか、
マックスのお気に入りの玩具をエレナが自分のものにする、マックスの好物をエレナが食べる、など、エレナが優位のものとして過ごしていた。
あまつさえ、マックスが淡い恋心を抱いていたメイドのお姉さんに対して「あの子、×歳までおねしょしてたんだよ」などと言いふらしていたのだ。
エレナからしてみれば、マックスはかわいい弟、という認識だったのだが。
マックスは激怒した。
必ずこの邪知暴虐の徒を滅さなければならないと決心した。
マックスの反逆への道が始まった。
あくる日は剣に明け暮れ、あくる日は魔法の鍛錬に打ち込んだ。
しかし、何をしてもエレナには勝てなかったのだ。
魔法ではエレナは四大属性を全て扱えるのに対し、マックスは微風を起こす程度だった。
学業においてもエレナは学年最優秀を修めたのに対し、マックスは平々凡々。
唯一魔法薬学においては同等の戦いを繰り広げることはできたものの、剣術の実技ではいつも負けていた。
その関係性は、言ってみればマックスからの一方通行であり、周囲には知られていなかった。
エレナも、何が気に入らないのかはわからないが、自分が嫌われているようには感じていた。
「いつも事あるごとに勝負を挑んできては捨て台詞を吐いて逃げられていたけど」
「まさか果たし状とは思わなかったわ。そんなに嫌われていたなんて」
嘆息する。
あの頃はかわいかったのに、どうしてこうなってしまったんだろうと、心の中で零す。
だが、そんな様子のエレナにリリアは言った。
「エレナ様ともあろうお方が、こんな簡単なこともわからないとは思いませんでしたわ」
――あ、始まる……。
アルベルトは身構えた。
「これは果たし状ではございません」
「これは」
「恋文、ですわ」
「ええ? 恋文?」
エレナは飛んできた推論に思わず聞き返した。
「これ、どこからどう読んでも果たし状にしか見えないんだけど」
「いいえ、よく読んでご覧ください」
そしてリリアは手紙を読み上げる。
「まず、『今までの敗北、全て返させてもらう』」
「正しく解釈すればこう読めますわ」
『今までの敗北』→『これまでの日々は君にずっと言えなかった』
『全て返させてもらう』→『だけどそれも終わりにしようと思う』
「彼は素直になれない心を打ち明けていますのよ」
「そう言われれば、そう……かも?」
マックスはある意味で、心を打ち明けている。
「次に、こちらですわ」
『いつまでも自分が上だと思いあがっているだろうがそれも今日まで』→『君は僕をいつまでも子供扱いしていただろうけど、僕も今は大人になったんだ。だから伝えよう』
「そう、彼はあなたとの関係性を思い悩んでいたのです。そしてあなたに伝えたかった」
「確かに、悩んでいそうではあったかも……いつも険しい顔をしていたし」
確かにマックスはエレナとの関係性に思い悩んではいた。
「そしてこれが決定的……!」
『貴様の命運はもはや尽きた』→『君と一緒に歩めない未来なんてごめんだ。僕は君と運命を共にしたい』
『放課後、約束の地にて待つ』→『あの時の約束を覚えているよね、そこでずっと待っている』
「恋文などと、浅慮を申し上げました。これは婚姻を申し込んでいるも同然――!」
アルベルトは思う。
――耳がおかしくなったかな?
だがエレナには約束に覚えがあった。
☆
剣錬所にて――。
『おいエレナ、今度こそ勝たせてもらうぞ』
『またぁ? いい加減諦めたら?』
『そんなことを言っていられるのも今のうちだ! それより約束、覚えているだろうな』
『はいはい、私が勝ったら何でも言う事一個聞くって話ね』
『雑に扱うなぁ!』
☆
エレナは考える。そして考えれば考えるほど、そうだとしか思えず、頬が赤くなっていく。
「そんな、まさか。でも、それなら何であそこまで執着しているのかわかって――」
「灯台下暗し、とはよく言いますわね。近くにいればいるほど気が付かないものですわ」
――お嬢様の場合、全部暗いのでは?
アルベルトは訝しんだ。
「でも私、そんな急に受け入れられないわ。マックスのことは、確かに昔は仲が良かったけれど……」
エレナはマックスのことを嫌ってはいない。だが、言ってみればそれだけなのだ。
今まで意識したことはなかった。それはそうだ、兄弟同然に育っていたのだ。
それに、今さっきまで好かれているとすら気付いていなかった。
「お気づきではないのかしら。エレナ様もマックス様を想っていらっしゃいましてよ」
リリアは断言した。
「なんで?????」
「事あるごとに勝負をしかけられて、あまつさえそれを全て受け入れ、自分でも嫌われているかも……と思い悩む」
「本当に嫌われていると感じている人は、何も言わずそっと去っていくものです」
「それでも側にいて、仲睦まじくも会話を続けている」
「それは想いなどという言葉では測れない……」
「愛、ですわね」
暴論だった。根拠も乏しかった。
エレナとマックスの付き合いは、ほとんどマックスが一方的に突っかかっているだけなのだ。
エレナも昔馴染みのよしみで、義理で付き合っているだけにすぎなかった。
だが、今のエレナは正常ではない。
今までのリリアの推論はどこかエレナの中で腑に落ちるものがあった。
義理で付き合っているだけとはいえ、確かに嫌われていると感じているなら避ければよかったのだ。
それに加え、初めて恋文を受け取ったという事実にちょっとしたときめきもあった。
思い返せば思い返すほど、エレナには確信に思えて仕方がなかった。
☆
「遅かったな。エレナ、さぁ今日こそ勝たせて……」
「その、不束者ですが、よろしくお願いします」
「???????????」
このあと滅茶苦茶婚約した。