全方位勘違いお嬢様 ~彼女が勘違いするたびカップルが成立する~ 作:鹿山_osc
魔法学院、研究棟の一室にて。
「セーム君、そこのポーション取ってきて」
「はい」
「セーム君、お腹空いた。食べさせて」
「はい」
「セーム君、あれは——」
「イヴ様」
「何?」
「暇を乞いたく思います」
☆
「うちの助手がやめたいって言ってるんだけど、どうすればいいと思う?」
放課後、魔法学院の教室にて。
周囲の人はまばらで、帰宅する者もいればその場で雑談する者もいる。
リリアはその日、珍しい人物からの相談を受けていた。
イヴ・マンスター。伯爵家令嬢にして学院が誇る天才少女だ。
どう天才なのか?
彼女は、三大属性だと思われていた属性を、四大属性に拡張したのだ。
基本的な属性とは、動力・物質・精神の三つを指す。
動力は熱や風といった自然現象に関わり、物質は物の変形や移動に関わり、精神は占星や呪いに関わる。彼女はそこに生命を加えた。
生命、すなわち生命力、人の怪我を治したり、植物の成長を促すことができる。
かつての人々も考えはしたものの、理論にまで到達することはできなかった。
それを、彼女はやってのけたのだ。
「まぁ、珍しく教室に顔を出したと驚いていましたが、御相談事でしたか」
だからこそ、イヴ・マンスターはこの学院において特別視される存在であり、学業も免除されるほどの人物なのだ。
本人ですらそれを自認しており、自分が他者とは相容れない、考え方の違うものだとして人を遠ざける人物だ。
そんな彼女にも例外はいる。
一人はリリア。
彼女は呪いと解呪において優秀な成績を収めているどころか、幾人か難治性の患者を完治させている。
能力と実績のある人物をイヴは好んだし、何よりもその人柄は善良の一言に尽きる。
もう一人はセーム・ノーマン。
男爵家の三男だ。
成績は中の上、真面目な性格で教師からの覚えもめでたい。
だが目立つ人物ではなく、リリアはその名前から顔を思い浮かべることができなかった。
「助手、ですか。私は交流がない方なのですが、どのような方なのですか?」
「そうだねぇ、まず、忍耐力はあると思うよ」
「これまで何人か助手はいたんだけど、どの人も数日でやめちゃってさ」
「一年もずっと務めてくれたのはセーム君だけだね」
「頭の方は、まぁ普通かな?」
「ちょっと口うるさいところはあるかも」
「あと繊細なんだよねぇ、細かいところを気にしすぎなんだ」
「僕の論文を清書させてるときも、全然手が遅くってさぁ」
「この間なんておつかい頼んだだけで全然帰ってこなくて――」
リリアが口を挟む間もなく、イヴはセームについての愚痴を語り続ける。
酷評だった。
しかし、本人に酷評している様子はなく、ありふれた日常を語っているような様子である。
またそのほとんどは具体性がなく、リリアはいまいちセームの人柄を掴み切れないでいた。
「イヴ様」
「何? まだ途中なんだけど」
「正直に申し上げますと、イヴ様の所感だけではセーム様がどのような方かイメージが湧きません」
「そうかなぁ? 大分、詳しく言った気がするけど」
「私の力不足で申し訳ありませんが、一度、セーム様とイヴ様の様子を見させていただけませんか?」
☆
「というわけで、今日は僕の友達が来ています」
翌日、研究棟にて。
リリアとアルベルトは、イヴの研究室まで来ていた。
研究室は一見すると、物が散乱していた。
床には毒々しい色をした液体がまき散らされており、薬瓶や羊皮紙があちこちに散らばっており、棚にはうねうね動く植物が這っている。またどこかから何かのうめき声のようなものが聞こえる。
いかにも研究室、といった風体だ。
「よろしくお願いいたします、リリア様。お噂は兼々伺っております」
セームは恭しく頭を下げる。
そんな様子にリリアは、くすりと笑って、
「そんなに畏まらなくてよろしくてよ。同じ学生ではありませんか」
「はい」
セームは表情を固くして頷いた。
初見ではあるが、生真面目な性格なのだろう、とリリアは察した。
「まぁ、二人の事は気にせずいつも通りにね」
言って、リリアはいつものように机に向かって、何かを書き始めた。
するとセームも、掃除道具を取り出して床の清掃を始めた。
……30分後。
「セーム君」
「はい」
イヴが声をかけると、セームはすかさず、クッキーを手元に用意する。
イヴは、手を止めず、口だけ開けて待機している。
そこへセームは、イヴの口元にクッキーを運び、イヴはそのまま齧りついた。
……更に30分後。
「セーム君、アレ」
「はい」
アレとはなんだろうか、とリリアが疑問を挟む前に、セームは棚の本のうち、一冊を手に取って机の上に置いた。
「血液の循環……呼吸との関連性……あーどこだっけ」
イヴは独り言を呟きながら、頭を掻いてはページをめくる。
「ここです。75ページ」
「ん? あっ、そうそうこれこれ」
セームは、イヴの独り言からどこを探しているのか言い当てた。
イヴは特に気にする様子もなく、本の世界に没頭している。
……更に一時間後。
「違うなぁ。なんか違うなぁ」
イヴはこめかみを押さえて唸っている。
「セーム君はどう思う? 僕は増血でいいと思うんだけど」
と、今まで書いていたであろう論文をセームに読ませる。
リリアは何が書いてあるのか気になり、後ろから覗き込んだ。
しかし、それは文字というにはあまりに冒涜的で、みみずがのたくったような、解読不能な暗号のようにも思える。
だがセームは数分の間に答える。
「同意見です」
「遅いよ。そんなに考えるほどだった?」
読めただけでもすごいのでは?
リリアは疑問に思ったが、口にはできなかった。
二人の話の展開が早すぎるのだ。
「すみません。ただ、場所は問題かと」
「場所? そうか……なるほどね、やるじゃん」
二人は二人だけで納得し、会話を終える。
……そして二時間後。
「セーム君」
イヴは机に突っ伏していた。
体力の限界だったのか、疲れて動けないでいたのだ。
呼ばれたセームは、片付ける手を止めて、イヴの身体を抱き上げ、ソファに寝かせた。
「二時間」
「はい」
何が? リリアは一瞬疑問符が頭に浮かんだ。
「リリア様、イヴ様が休憩に入られたので、一旦出ましょう」
「あ、はい」
なるほどあれは二時間休憩するから出て行ってくれということか、と遅れて気付いた。
――言語、圧縮されすぎでは?
リリアは訝しんだ。
☆
日は天高く真上にあり、空は青く澄み切っている。
三人は魔法学院、中庭にて休息を得るため食事を採っていた。
「いつもあのようなやり取りをしていらっしゃるのですか?」
リリアは呆気に取られて、今まで一切口を挟めなかったため聞いた。
「あのような、とは」
「阿吽の呼吸……圧縮された言葉……まさに一心同体でしたわ」
それはそうだ。
アルベルトからしても、ただ一言で全てを察することはできない芸当だ。
何をすればそこまでわかりあうことができるのだろうか?
「ありがとうございます。まだまだ至らぬ身ではありますが、面映ゆいばかりです」
古風な言葉遣いで謝辞を述べる。
事前にイヴから聞いていた話と比べると、その人物像は異なるようであった。
頭の回転は速く、察しも良く、人柄も良い。
会って間もないが、好人物であることは疑いようもなかった。
だからこそ、不思議ではある。
「どうして暇乞いなどと仰ったのか……私から見ればセーム様以外、イヴ様の助手が務まるとはとても思えません」
セームは一呼吸おいて、
「必要なことですので。それに――」
「セーム様」
と、誰かが向こうからセームを呼んでいた。
それは軽装の鎧を着ており、見た目には兵士といった風体で、書簡を携えているのが見えた。
「失礼、実家からの伝令のようです。すぐに戻ります」
と言って席を立つ。
何の用だろうか? リリアは疑問に思い、少し近づいて聞き耳を立てた。
――そろそろ 旦那様
――わかっている しかし
――縁談 近い
――仕方 明日
ほとんどは聞こえなかったが、重要な言葉が聞こえてきた。
「縁談……」
――縁談!?
突如、リリアの脳内に閃きの光が溢れた。
☆
研究棟、イヴの研究室。
リリアは扉を勢いよく開けて、大声で言った。
「縁談! 縁談ですのよ!」
「ほわああああ!?」
イヴはうとうととソファで考え事をしながら寝転んでいたため、驚いて床に転がってしまった。
四つん這いになって辺りを見回し、周囲を確認している。
「何!? 敵襲!?」
「イヴ様、全てわかりましたわ。セーム様は縁談のためにやめようと考えていらっしゃるのよ」
「……え?」
寝起きに突然、予想外のことを言われて固まるイヴ。
えんだん。普段あまり聞かない言葉に、うまく言葉を飲み込めない。
「縁談っていうのはつまり……縁談ってこと?」
「そのようですわ」
「……は」
言われ、理解し、頭が真っ白になった。
どういう言葉を発すればいいか、思考が止まってしまう。
「そっか、なるほどね。そういう理由だったか。なら、仕方ないね」
家の意向。
一言で言えば、それだけで済む。
イヴにもその手の話は来たことがあったが、全て断っていた。
自分の研究の方が大事だからだ。
それに加え、あまりの功績が故に下手な縁談は来ず、またイヴ自身が望まなければ断れるほどの才覚があったのも理由だった。
予想外とはいえ、仕方ないことだとイヴには理解できた。
「じゃあ、また助手を探さないとね。一人じゃ流石に手に負えなくなってきたし」
立ち上がって、ソファに座り直し、ぎゅっと手を握る。
そうだ。たかだか助手一人いなくなるだけ。また新しい人をつければいい。
今回は長かったが、いつものことだ。
だから、諦めてしまえば――、
「――本当にそれでよろしいんですの?」
リリアはイヴの思考を遮って、言った。
「何がさ。あんな奴、いなくたって僕は……」
「数時間とはいえ、イヴ様とセーム様の様子を見させていただいてわかりました」
「たった二言、三言で通じ合える人が、この世にどれだけいることでしょう?」
「ただ名前を呼ぶだけで、何が欲しいのかがわかる人なんて、私は今日初めて知りましたわ」
そう言ってリリアは、片膝をついてイヴの手にそっと触れる。
「イヴ様。あなたはどうなさりたいんですか」
「そんなの関係ないだろ。あいつが、離れたいって言ったんだ。僕がどうなんて」
「イヴ様」
俯いていたイヴは、呼ばれて顔を上げ、リリアの目を見た。
「大事なのは、あなたが今どうしたいかですわ」
「本当に、これでよろしいんですの?」
言われて、イヴは思い出す。
『ねぇ、セーム君。君は忍耐強いね、僕といて嫌にならないの?』
『確かに、我儘で言葉足らずで、ずぼらなところはありますね』
『あははっ、ひっどーい。これでも女の子なんだけどなぁ』
『ですが、あなたと一緒にいて、辛いと思った事はありません』
『ふーん、変な奴。ま、僕は助かるんだけどさ』
そんな風に言われた事はなかった。
家族以外は皆、イヴが何を言っているのか理解できず離れていった。
家族ですら、イヴが何の話をしているのかわからず困らせてしまった。
「……嫌だ」
だから、自分と対等に言葉を交わせる人がいるとは思わなかった。
セームに限らず、リリアとの出会いもイヴにとっては幸運だった。
理解はできずとも、話を聞いてくれる人は貴重なのだ。
そんな当たり前を一年も享受して、この当たり前の幸せに慣れてしまっていたんだろうか。
「嫌だ、よぉ」
セームがいなくなった研究室を思い浮かべ、零す。
同時に、自分がセームをどう思っているかもわかってしまった。
「なら、伝えましょう」
リリアは笑って、両手でイヴの手を包んだ。
☆
魔法学院、中庭にて。
アルベルトは困っていた。
『アルベルト! しばらくセーム様を引き留めてくださいませ! 絶対離れてはいけませんのよ!』
そう言って主人であるリリアは駆けていった。
「……」
ほぼ初対面故に何を話していいかわからず、お互いに沈黙していた。
「……」
セームも、何を話せばいいかわからず、無言で紅茶を飲み、ぼうっと青空を見上げるばかりであった。
――お嬢様、早く帰ってきてください。
アルベルトの祈りが通じたのか、視界の端、中庭入り口で、リリアが手をこまねいているのが見えた。
「セーム君」
ふと、反対側、セームのすぐそばに、いつの間にかイヴがいた。
アルベルトは何かが起こることを察し、すぐに気配を消してリリアの下へ去っていった。
「イヴ様? お休みになられていたはずでは」
イヴは目元をこすって、呼吸を整える。
鼓動が、これでもかというほど高鳴る。
本当にこれでいいんだろうか、失敗しないだろうか。
普段なら絶対に考えないであろう言葉が、頭の中に過る。
「セーム君。君が好きだ」
それでも、伝えないよりはマシだと思った。
「いつも僕を助けてくれる君が好きだ」
「ご飯を食べさせてくれる君が好きだ」
「研究を手伝ってくれる君が好きだ」
「酷いこと言っても、許してくれる君が好きだ」
「だから、やめないでくれ……!」
言い切って、俯く。
ちゃんと伝わっただろうか? やめないでいてくれるだろうか?
心臓が口から飛び出そうだ。
「はぁ、やめませんが」
瞬間、空気が止まる。
「……はぇ?」
変な擬音が、口から零れた。
何? 何が起きた? 何て言った?
やめない?
やめないってこと?
というかこの男、一世一代の告白をさらっとスルーした?
「いや、でも、やめるって」
「暇乞いは申し出ました。しばらく実家に戻る必要がありますので、そうなると助手も休業せざるを得ません」
暇乞い。
即ち、休業。
なんというすれ違い、イヴは愕然とした。
「じゃ、じゃあ縁談っていうのは……」
「何故それを」
「あ、じゃあやっぱり縁談は本当の……」
「ええ、妹の縁談に付き添えという話でして」
「妹?」
「ええ、何でも――」
『いーやーでーすーわー! 見知らぬ殿方と二人っきりなんて絶対嫌ですわ!』
『どーしてもというならお兄様を! お兄様を連れていらしてください!』
つまるところ、こういう話だった。
彼の妹は度を越したブラコンで、どうしても縁談をするなら兄を連れてこいと、そういう話だったそうな。
「じゃあ、つまりやめるっていうのは間違いで、縁談なんてなくて……」
全部、勘違いってこと?
イヴの頭は真っ白になってしまった。
「そもそも、あなたの助手が他の誰に務まりましょうか。私ですら苦労しているというのに」
「はー!? 聞き捨てならないね。こんな美少女の隣にいて誰が苦労するっていうの?」
「そうですね。では作業に戻りましょうか」
「おい待て! 逃げるんじゃない!」
セームはそそくさと立ち去ろうとして、イヴは背中からがっしりセームを捕らえた。
「返事、聞いてないんだけど」
「……イヴ様はいつから私の事を?」
「そんなのわかるわけないじゃん、だって気付いたのはついさっきだし……」
「私は、最初からでした」
「は!? そ、それって……」
日は天高く上り、空は青く澄み切っていた。