全方位勘違いお嬢様 ~彼女が勘違いするたびカップルが成立する~   作:鹿山_osc

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密偵と乙女

 夕暮れの魔法学院、空き教室にて……。

 

 その日、辺境伯子息であるクイン・イーストバーグは窮地に立たされていた。

 

「アンナ様? これは一体……」

 

 そこに立っていたのは、リリア・イングスター伯爵令嬢。

 

「あうあうあう……」

 

 目の前には錯乱しているアンナ・グレイブ公爵令嬢。

 

 そしてクインは、アンナに壁ドンしていた。

 

 ――どうしてこんなことに。

 

 クインの胸中には疑問符が数多浮かび上がっていた。

 

 どうしてこんな事態になってしまったのか、クインは自分に与えられた任務を思い出していた。

 

 

 

 

 

 帝国領、廃教会にて。

 

 コツ、コツ、コツ、と足音がする。

 

 その教会は寂れて久しく、窓板は外れ、天井の割れ目から薄い光が差し込んでいる。

 その中を、長身の男がゆっくりと歩いていた。

 奥の椅子には、青年が一人、腰掛けている。

 

「やぁ、調子はどうかな? 十一番」

 

 長身で糸目の男、一見すれば壮年に見える。廃教会には不釣り合いな上等な外套をまとい、まるで夜会の待ち合わせにでも来たような顔をしていた。

 男は、座っている彼を見下ろしながら言った。

 

「あんたの顔を見たら最悪になったよ」

 

 十一番と呼ばれた方は若く、暗い瞳の色をした青年だった。糸目の男とは反対に、襤褸切れのような外套にすっぽり身を包んでおり、顔以外には特徴が見えない。

 彼は椅子に座りながら、鋭い眼差しで男を貫いた。

 

「何か気に障ることでもしたかな?」

 

「惚けるな。前回はよくもやってくれたな」

 

「人聞きの悪いことを。聞かなかった君が悪いんだろう」

 

 おどけたように肩をすくめる。

 

「女学院への潜入、とは聞いていたが、女装とは聞いていない」

 

「適性を鑑みれば、悪くなかっただろう?」

 

 上司はにやにやと笑って十一番を見下ろした。

 

 十一番は否定できなかった。

 顔立ちが中性的であることは自覚している。身なりを整えられれば、女学生に紛れ込むことくらいはできてしまうのだ。

 

 己の内心に腹を立て、一つ舌打ちをして視線だけで上司を睥睨したが、男はそんなもの意に介さずといった具合で説明を始める。

 

「さて、今回の任務は少々ややこしくてね。君以外に適任がいなかったため急遽の抜擢となった」

「まず第一に、名簿を奪取すること」

 

 上司は指を立てて言った。

 

「名簿? 何の名簿だ」

 

「簡単に言えば顧客リストさ」

 

「誰の」

 

「わが帝国と、王国貴族の」

 

 そこまで言われれば察しはつく。

 十一番は一つため息をつき、自分の予想を口にする。

 

「密輸か」

 

「何の、とは言わないけれどね」

 

 王国と帝国は今、危うい状況にある。

 いつ何がきっかけでそうなったのかは、十一番の預かり知らぬところではあるが。

 

「政治には興味がない」

 

「そういった背景があるということだけ覚えておけばいい。それで、取引を仲介している輩が今回ヘマをやらかしてね、治安部隊に追われ逃げ帰ってきたわけだ」

「そいつは顧客リストを王立魔法学院に隠したと言っている」

 

 今までの話と全く結びつかない単語が出てきて、十一番は困惑した。

 ――魔法学院? 何の関係がある。

 

「理由は、君が困惑していることがその答えさ」

 

「盲点、ということか」

 

「誰も考えないだろう? それにあそこは貴族の子女が集う場所だ。治安部隊が踏み込んでくる心配もそうそうない」

「あとは自分で考えたまえよ、私もこれで忙しい身なのでね」

 

 十一番からしてみれば、わざわざ片田舎の寂れた廃教会を密会の場所に選ぶ男に忙しさがあるとは思えない。

 呆れて、それに触れることもなく嘆息する。

 

「そうかい。しかし聞く限りではそう難しい話でもないと思うが」

 

「ここからが問題さ、第二に向こうに先に放った草がしばらく連絡を寄こさない」

 

 なるほど、確かに厄介だ、と頷く。

 草はその性質上、常に連絡が取れるわけではない。

 潜入先で不審を買わぬため、報告の機会は限られる。

 決して裏切りだと今確定で言えることではない。

 

「学院内部に潜入させるのは初の試みだ。状況がどうなっているかも定かではない。場合によっては……」

 

「始末、か」

 

 上司は大げさに拍手した。

 

「ご明察」

「ああちなみに、彼女は潜入に関してはプロだ。使用人なのか、学生なのか、こちらでも把握はしていない」

 

「杜撰だな」

 

「それだけ信頼できる人物なのだよ、君と違ってね」

 

 いちいち嫌味な奴だ。

 また一つ舌打ちして、十一番は立ち上がる。

 

「シナリオはこちらで用意した。あとは君の腕次第というわけだ」

 

 そう言って、上司は十一番に分厚い封筒を投げて寄こした。

 

 

 

 

 十一番は自分の立ち位置を思い出しつつ、学院の中を歩いている。

 

 クイン・イーストバーグ。

 それが十一番に与えられた役だった。

 

 辺境伯の庶子。

 長らく領地の外れで育てられていたが、最近になってその存在が公になった。

 それまでは辺境で魔物討伐に明け暮れていたということになっている。

 

 よくもまあ、これほど面倒な筋書きを用意したものだ。封筒を読んだ十一番は、呆れてものも言えなかった。

 だが同時に、都合も良かった。

 誰も顔を知らず、誰も深く踏み込めず、多少の無作法も「育ちのせい」で片がつく。

 

 編入はあっけなく済み、それからひと月、クインは学院に溶け込んだ。

 学友の名前、教師の癖、警邏の巡回、使用人の交代時刻。

 それらを頭に叩き込みながら、彼は辺境育ちの無愛想な庶子を演じ続けた。

 

 顧客リストの在処はある程度あたりがついたが、ついぞ先行して潜入した草については一片の情報もなかった。

 

 そしてその日、クインは顧客リストを探すため、あての一つである資料室の前にいた。

 

 通常は限られた人物しか出入りができない場所であり、鍵もかけられている。

 だが彼にかかれば錠前破りも難しい話ではない。

 

 警邏のルーティーンを把握し、誰も通りがからない夕刻を狙って、クインは資料室の扉をピッキングしている。

 

 ――かちゃり。

 

 あっけなく扉の鍵は破られ、そのままクインは資料室の内部に潜入した。

 扉は建付けが悪いのか、開けると嫌な音を立てる。

 

「こんなところに機密情報を隠すなんて、気が知れないな」

 

 思わず皮肉を呟き、嘲笑する。

 

 資料室は薄暗く、明かりの一つすらない。

 クインは用意してきたろうそくに火をつけて資料室を照らした。

 普段から使われていないのか、床も、書類整理用の机も、本棚ですら埃が積もっている。

 

 ――これはハズレかもしれん。

 

 とは言うものの、全く調べないわけにもいかない。

 三ヶ月前に隠されたものなら、埃を被ったこの場所に眠っていてもおかしくはない。

 

 そして小一時間、埃っぽい資料室に籠って調べてみたものの、顧客リストは見つからなかった。

 

「気長にやるしかないな」

 

 こういった調査に焦りは禁物だ。

 一つあてが外れただけで落胆していては身が持たない。

 

 ろうそくを消して、扉を開ける。

 

 ――ギィ。

 

 開けた時と同じように、嫌な音を立てる。

 

「誰だ!?」

 

 曲がり角の奥で誰かが声を上げた。

 

 ――まずい、警邏だ。

 

 時間をかけすぎたか? 否、クインは決して警邏のルーティーンを誤ってはいなかった。

 その日の警邏はずぼらな男で、今の今まで寝こけていたのだ。

 それを上司に叱責され、罰として周囲一帯の警邏に回されたのだ。

 

 だが、そんな事情をクインは知らなかった。

 慌てて反対方向へ走り出し、学院の教室棟まで駆けていく。

 

「待て!」

 

 幸い、クインは顔を見られる前に走り出すことができた。

 後は追っ手を撒くだけ。

 

 階段を全速力で駆け上がり、三階の教室の一つに駆け込む。

 

「……えっ!?」

 

 扉を開ける。

 

 窓から差し込む赤い日差し。

 

 目の前には女生徒。

 

 一拍、止まる呼吸。

 

 視線が合う。

 

 追手の声。

 

 すかさず、彼女の肩を掴む。

 

 壁に寄り、片手で扉を閉めた。

 

「静かに……!」

 

 悲鳴を上げられないようにしっかりと空いた手で口をふさいで、息を押し殺す。

 警邏の足音が近付き、しばらくすると離れていった。

 

「行ったみたいだな……」

 

 クインはほっと一息ついて、目の前の女生徒を見た。

 教室では見かけたことのない女生徒で、どんな立ち位置の娘なのか一瞬では判断がつかなかった。

 

「悲鳴は上げるな」

 

 短く言うと、女生徒はこくこくと頷いて応じる。

 一旦、手を放すと、彼女は息が詰まっていたのか、頬を赤くして呼吸をしている。

 

 壁に手をつき、クインは言った。

 

「ここで見たことは忘れろ、いい……な……」

 

 そこで、視線を教室の奥から感じた。

 振り返るとそこには、

 

「アンナ様? これは……一体」

 

 リリア・イングスター伯爵令嬢が、そこにはいた。

 

 

 

 

 クインの思考は恐ろしい勢いで回転している。

 

 見られた?

 いつからそこにいた?

 リリア・イングスターが何故。

 何を?

 騒がれるようなことはしていないはずだ。

 どうする?

 逃げるか?

 

 否、多少怪しい場面ではあるものの自分は決定的なミスは犯していない。

 犯罪を犯したわけではなく、女生徒を壁に寄せているだけだ。

 

 ――いや待て、アンナ? まさか、アンナ・グレイブか!?

 

 アンナ・グレイブ公爵令嬢。

 中央貴族の筆頭にして宰相であるオーソン・グレイブの子女の一人。

 まずい相手だ。もし下手なことをすれば打ち首は免れないだろう。

 

 ここは慌てず、騒がず、冷静に対処するのだ。

 

「二人だけの教室、夕暮れ時、迫る殿方、なるほど……」

 

 ――何がなるほどなんだ?

 

 問い詰めたいが、クインは今、下手なことを喋れば危うい立場になりえる。

 グレイブ家を敵に回すことはできるだけ避けたい。

 この場において沈黙は金だ。

 

「逢瀬、というやつですわね」

 

 逢瀬。

 辞書によれば、特に、愛し合う男女がひそかに会う機会。

 そこまで考えて、クインは言葉が出そうになった。

 

 ――違う! 断じて違う!

 

 だが、否定すれば今度は別の説明をしなければならない。

 ある意味好都合ではあるか? 否、あのグレイブ家だぞ、許嫁・婚約者の類は存在しているはずだ。

 こんなことが知れれば調査どころの話ではなくなってしまう。

 

「お、逢瀬……はわ……」

 

 アンナは動揺していた。

 そもそも彼女は男性に耐性がない。

 近しい殿方と言えば家族くらいのもので、触れられることすらほとんどなかった。

 それが、ここまで近付かれ、あまつさえ逢瀬などと、思考が止まるのは致し方ないことであった。

 

「ええ、私、その手の話には理解がある方ですの」

 

 ――どの手の話だ!?

 

「アンナ様、先ほどの件は後日……では後はお二人でごゆっくり……」

 

 と、立ち去ろうとするリリア。

 

「待て!話を……!」

 

 リリアが扉を開けると、そこには

 

「失礼、怪しい人影を見ませんでしたか?」

 

 先ほどの警邏がいた。

 振り切ったと思ったが、詰めが甘かったか……。

 

「どうもこの辺りに潜り込んだようなのですが、見当たらず……」

 

 じっとりとした汗が、頬を伝う。

 なんと説明すればいい?

 この状況をクイン自身も完全に理解できてはいないのだ。

 逡巡している間に、リリアが答える。

 

「いいえ、ここにいるのは密やかに語らう二人の男女だけですわ。お邪魔してはいけませんのよ」

 

 ――だからそうではない……!

 

「殿方と、私が……」

 

「なんと……失礼しました」

 

 ――何故そこで納得する!?

 

 クインはあずかり知らぬことだが、警邏は真面目とは言い難かった。

 元がずぼらな男であり、先ほど見た人影も見つからなければまぁ見間違いかもしれない、と勝手に一人で納得する程度にはいい加減なのだ。

 大体、貴族の子女に深く突っ込めば何を言われるかわかったものではない。

 

 誰かまともに脳が機能している奴はいないのか? クインは胸中で零す。

 ここで下手な発言をすれば問い詰められることになる。

 だが黙っていれば怪しまれる。何か言葉を紡がなければ。

 

「彼女に用がある。下がっていてくれ」

 

 ――ボッ。

 

 瞬間、目の前でそんな擬音が弾けたような気がした。

 アンナは固まった。頬は窓から差し込む夕焼けの紅より赤く染まっている。

 

「ええ、それでは失礼いたします」

 

 立ち去るリリアと警邏。

 

 ――何とかやり過ごせたか。

 

 一息ついて、アンナを見る。

 傍から見ても、彼女は今動揺しているのが見て取れた。

 今何を言っても誤解されそうだ。ここは一旦仕切り直すべきだろう。

 

「このことは内密に。明日早朝、第二寮裏手で待つ」

 

「そ、それって……」

 

 クインは足早に立ち去り、そして一人取り残されたアンナ。

 早朝。

 第二寮裏手で待つ。

 それは殿方との初めての待ち合わせ。

 高鳴る鼓動。

 頬に手を当て呟いた。

 

「これから私、どうなってしまうんでしょう……」




ガイ・リッチー、いいですよね
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