全方位勘違いお嬢様 ~彼女が勘違いするたびカップルが成立する~   作:鹿山_osc

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片思い令嬢と呪われ男と

 魔法学院、医務室にて。

 時は夕刻、窓から温かい日差しが差し込み、周囲には薬品と、何かの香草を焦がしたような甘苦い煙が立ち込めている。

 

 そこには二人の男女がいる。

 

 一人、伯爵令嬢リリア・イングスターは座り、対面している青年の左腕を取っていた。

 

 青年は左の袖を肘まで捲り上げていた。

 その腕は根のように張り巡らされた浅黒い痣に覆われており、時折脈打つように蠢く。

 

 リリアは不気味な痣などどこ吹く風といった様子で、躊躇いもなく青年の腕に触れた。

 その掌から溢れ出した柔らかな光の粒子が、蠢く浅黒い筋の奥底へと吸い込まれるように染み渡っていく。淡い輝きが拍動を繰り返すたび、青年の肩は寄る辺なく小さく震えていた。

 

「……今日はここまで、ですわね」

 

 目を開き、一息つく。

 青年もそれに合わせ手を緩め、捲っていた袖を元に戻す。

 

「いつもすみません」

 

 短く謝意を述べる青年。

 

「構いませんわ」

「それより、体調は如何ですか、デックス様」

 

 デクスター・バレンシア男爵子息。

 

 成績は目立つことはないが、剣術に関しては現役の騎士から賞賛される腕前と聞く。

 バレンシアは元々が魔物討伐で功績を上げた武勲の家柄であるため、それも自然なことであろう。

 

 リリアからしてみれば、何がそんなにすごいのかは定かではないが。

 

 デックスは上着を取って羽織り、眉根を下げた。

 

「良くも悪くも、いつも通りですね」

 

 呪いの影響が強い左腕を軽く回して見せる。

 

「血呪……私も初めて見ましたが、これほど強い呪いは他に類を見ませんわ」

 

「そんなに強いんですか? 父も私も、それほど日常生活に支障は来していませんが」

 

 血呪は名の通り、血に宿る呪いのことだ。

 末代まで祟る、などという言葉のように、文字通り血を介して受け継がれる呪い。

 いったいどれほどの怨念を受ければ何世代にもわたり呪うことができるのだろうか。

 

 体に出る影響は人によりまちまちで、デックスの場合は既に世代を重ねすぎて薄れ始めており、体が重くなる、腕が痛む等の軽い症状で済んでいる。

 

「表に出ている症状だけで見れば、確かに軽いですわ」

「ですが、呪いは言い換えれば強い想いですのよ」

「それがどんなに強くとも、常人であれば数年持てばいい方……百年以上も世代をかけて受け継がれるなんて、どんな恨みだったのかも考えられません」

 

 沈痛な面持ちで語るリリアは、一つため息をついた。

 

「やはりもっと腕の立つ方に診ていただいた方がよろしいのではないでしょうか? 私のお師匠様ならきっと……」

 

 デックスは逡巡し、少しして首を振る。

 

「もとより根治は期待していません」

「それに、リリアさんの見立てでは私の代で終わるのでしょう?」

「週に一度、こうして診ていただけるだけで十分です」

 

 そういって力なく苦笑し、立ち上がる。

 

「そうですか……アルベルト、見送って差し上げて」

 

 医務室の外で待機していたアルベルトが姿を現し、一礼する。

 デックスはアルベルトについていこうとして、ふと、リリアを見る。

 

「来週は茶菓子でも持って伺います」

「礼としては、ささやかではありますが」

 

「楽しみにしていますわ」

 

 リリアは手を振って見送った。

 そして、一人になって、また一つため息をつく。

 夕焼けに照らされた右手を見て、また淡い光が溢れる。

 

「お師匠様に相談すべきでしょうか……」

 

 独り言ちて、肩を落とす。

 

 リリアにとって、こういった患者の治療は珍しいことではない。

 

 学生の身分としては稀であるものの、解呪というのは稀有な才能だ。

 それを頼まれることも、実際に解呪することができる者も、そう多いわけではない。

 

 治せない患者は、初めてだった。

 これまで幾人も診てきたが、こんなことは一度もなかった。

 自分が解呪を行うよりも、他の人に任せた方がいいのではないだろうか?

 

 思い悩んでいると、突然医務室の扉が開かれる。

 

「お邪魔いたします!」

 

 扉を開けたのは、小柄な少女だった。

 まだ幼さの残る顔を険しく歪め、刺すような視線をリリアへ向けている。

 

 つかつかとリリアの座っているところまで歩いてきて言った。

 

「バレンシア様とご一緒でしたが、どのような関係の方ですか!?」

 

 リリアが口を開く間もなく勢いよく聞いてくる。

 

「あの、失礼ですが貴女は……」

 

「コーデリアです! それよりもバレンシア様についてお聞かせください!」

 

 名乗った彼女は烈火のごとく迫り、呼吸音が聞こえるほど寄ってきた。

 珍しく、リリアがたじろぎ、少し椅子を引く。

 

「患者、ですわ」

「どういった疾患であるかは、ご本人に聞いてくださいまし」

 

「患者……そうですか、私てっきり……」

 

 てっきり、なんであろうか。

 いまいちどういう想像をしているのか、リリアは思いつかなかった。

 

 彼女は自分の勘違いに気付き、ほっと胸をなでおろした。

 かと思えば勢いよく顔を上げ、リリアを見た。

 

「あのあの! もしよろしければ、その……ご相談に乗ってはいただけないでしょうか!」

 

 その顔は夕焼けよりも赤かった。

 

 

 

 

 聞いてみると、話は単純だった。

 彼女はコーデリア・ローマン。

 男爵家の次女で、今年入学してきたらしい。

 

 その、入学してくるまでの道中で魔物に襲われているところをデックスが颯爽と現われ、討伐せしめたという。

 

『お怪我はございませんか、レディ』

 

 一目ぼれだった。

 窮地を救われて、あまつさえ手を差し伸べられて、コーデリアにとっては初めての体験ばかりであった。

 

『あのっ! 私はコーデリアです。貴方のお名前は……』

 

 デックスは華やかな美男子ではない。だが細身の体躯と、時折見せる憂いを帯びた表情は、十四歳の少女には十分すぎるほど物語めいて映った。 無論、その憂いは呪いのせいもあったであろうが。

 

『名乗るほどの者ではありません、それでは』

 

 身を翻して去っていくその姿に見とれ、以来、コーデリアはデックスの影を追いかけるようになったという。

 

「まぁ……! 恋ですわね!」

 

 コーデリアは年相応に、小さく頷いて答えた。

 

 ――今日は的外れではないな。

 

 いつの間にか戻っていたアルベルトはリリアの考えに同意した。

 

「それで、バレンシア様の好みや、どのようなことに関心があるのかを知りたくて……」

 

 視線を揺らしながら語る彼女は、まさしく恋する乙女だった。

 

「噂に聞くリリア様なら、なんとかしていただけるのでは、と」

 

 どんな噂だろう? そもそも、噂になるようなことをしたのだろうか?

 覚えがなく少しの間、思考が停止してしまうが、もとより頼まれごとはどんなものでも歓迎だった。

 

「そういうことならお任せください! このリリア・イングスターにかかればどんなことでも解決いたしますわ!」

 

 立ち上がり胸を張って、高らかに宣言する。

 

「そうと決まれば善は急げ、ですわね。アルベルト、よろしいかしら」

 

 そういって、リリアはアルベルトにある頼みごとをした。

 

「明日、デックス様を呼び出しますわ」

 

 

 

 

 魔法学院、校舎端にて。

 

 そこは開けた平地に、一本の巨木が立っていた。

 日は天高く上り、木漏れ日は真下にいるリリアを優しく照らしている。

 向こうの校舎の陰にはアルベルトとコーデリアが隠れており、リリアを見守っていた。

 

「大丈夫でしょうか……なんだか気が早すぎるような……」

 

 コーデリアが想像していたのは、紅茶の席でさりげなく聞く、とか授業の後軽く聞いてみる、とか、そういったものであった。

 それがいきなり、人気のない場所へ呼び出して、などというのは、展開が早いような気がしていた。

 そのように気をもんでいると、向かい側から人影が見える。

 デックスだ。

 

「お話とはなんでしょうか、リリアさん」

 

 表情はいつもより固く感じる。

 それはそうだろう。

 このように呼び出されることは初めてであった。

 まして、普段よく話す異性が相手とあれば尚更だった。

 

「ずばり、聞かせていただきますわ」

「今、お付き合いしていらっしゃる方はいますか?」 

 

 コーデリアは壁に頭を打ち付けた。

 

 ――違う違う違う! 直球すぎる! それだと貴女がバレンシア様を好きみたいではないですか!

 

 リリアに乙女心はわからない。

 常に直球、常に前のめり。

 良し悪し以前に、猪突猛進するきらいがある。

 

 デックスはそんなリリアに面を食らったが、一つ咳ばらいをして落ち着いて言った。

 

「……いえ、いません」

 

 ――よしっ!

 

 コーデリアはぐっと両手を握って口角を上げる。

 

 何はともあれ、重要な情報は聞き出せた。

 そう、結果が重要である。過程にいささか問題はあったが、デックスに付き合っている人がいないというのは幸運だった。

 

「では、気になる方はいらっしゃいますか?」

 

 ――あああああ!! それもなんか聞き方! 聞き方がぁ!

 

 コーデリアは髪を振り乱し目を回す。

 リリアの聞き方は明らかに恋する乙女の聞き方である。

 本人にその意図がないとはいえ、コーデリアからしてみれば狙っているようにも思える。

 

 デックスは目をそらし、

 

「……それは、お答えしにくいですが、いいえ、と言っておきましょう」

 

 と零した。

 

 ――よしっ! よしっ!

 

 コーデリアは髪を振り乱して何度も腕を振った。

 否、自分が相手ではないことはもちろん残念だが、特定の誰かがいるというわけではないというのはこれもまた幸運だと思えた。

 

 しかし、そんなコーデリアの胸中などつゆ知らず、リリアは言う。

 

「ふっ、このリリア・イングスターの目は誤魔化せませんわ」

「あなたは今、恋していらっしゃいますわね!?」

 

 ――はぉぁあああああ!?

 

 声にならない絶叫が、コーデリアの脳内を駆け巡る。

 あまりの展開の速さについていけなかった。

 ただただ、狼狽するばかりであった。

 

「人が突然、目を離すときは、たいてい隠し事をしているときですわ」

 

 デックスは観念したように苦笑する。

 

「貴女には嘘はつけませんね」

 

 リリアは口元を緩め、自分の推論が当たったことに頷いた。

 

「どのような方ですの?」

 

 リリアは興味津々といった次第で、目を輝かせて問うた。

 

「一言で言い表すのは……難しいですね」

 

 デックスは憂うように顔を伏せて、顎に手を当て言葉を選ぶ。

 

「とても優しい人で」

「ちょっと暴走しがちで」

「困っている人を放っておけない」

 

 そして、デックスはリリアの目を見て言った。

 

「……そんな方です」

 

 コーデリアの視線が、デックスとリリアの間を往復する。

 

 ――!?

 

 瞬間、コーデリアに閃きが走る。

 

 ――あ、あの目、目線の先……リリア・イングスター!?

 

 そう、デックスは遠回しにではあったが、気の付く人であればわかるような言い回しと仕草で、リリアのことを語っていた。

 

 ――ほあああああ!? 恋敵になんて頼み事を!?

 

 頭を抱え、歯を噛みしめ、目は血走っている。

 恐ろしい形相で、二人を見つめていた。

 アルベルトは思う。

 

 ――この子、ずっと百面相している。

 

 そして、そんな、告白ともとれる言い方をリリアはこう解釈した。

 

「ええ、わかっていましてよ」

「コーデリア様、ですわね」

 

 わかっていなかった。

 わかるはずもなかった。

 

「そう、あ……えっ誰?」

 

 デックスは思いもしない返事をされて、思わず首をかしげて聞き返した。

 

 ――誰……誰!?

 

 コーデリアの頭の中で言葉が反響する。

 そう、たった一度とはいえあの運命的な出会いをして、わからないはずないだろう、そんなことがあり得てしまうのか? あまりの動揺に手を震わせ、膝をついた。

 

「私、その手の話には理解がありましてよ」

「後日、完璧なセッティングというものをお見せいたしましょう」

 

 リリアは高笑いを上げて立ち去って行く。

 

「????????」

 

 残されたデックスは、ただ呆けるばかりであった。

 

「????????」

 

 残されたコーデリアも、ただ呆けるばかりであった。

 

 ――この惨状、どうすればよいのか。

 

 アルベルトは心中穏やかではなかった。

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