全方位勘違いお嬢様 ~彼女が勘違いするたびカップルが成立する~ 作:鹿山_osc
魔法学院、中庭にて。
今日も空は青く、周囲では噂話に花が咲いている。
はずだった。
「な、なんだ……これは」
呼び出されたデックスとコーデリアは、目の前に広がる光景に開いた口が閉まらなかった。
敷き詰められた薔薇の花弁。
どこからか運び込まれた白亜のテーブル。
その脇で構える、正装の弦楽団。
頭上を旋回する白鳩の群れ。
そして何故か、仁王立ちしているリリア。
「ようこそ、私企画の会場へ」
――止めるべきだったか? 否、止められるはずもなかろう。
アルベルトは内心で嘆息した。
「ささ、お二人とも席について」
リリアは圧倒されている二人の背を押して、席に座らせる。
諦めたように側のティーセットを粛々と用意しているアルベルト。
未だに状況を飲み込めないデックスとコーデリア。
「では後はごゆっくり」
そして、立ち去った風に見せかけて物陰からしっかりと監視しているリリア。
四者四様の混沌の茶会が始まった。
☆
先手、意識を取り戻したのはデックスだった。
「あの、失礼ですがお名前は」
「あっ……コーデリア……です」
たどたどしく答えるコーデリア。
そう、彼女にとってこれは二度目の邂逅。
一度目が運命的だった故に、相手も覚えているものだという前提で考えていた。
それだけに、現実を目の前にしてしまうと沈鬱になってしまうのも仕方ない事だった。
「……もしかして、入学式の日に襲われていた?」
そのデックスの言葉に、沈んでいた瞳に光が灯る。
「はいっ! あの時はありがとうございました!」
思わず声まで弾み、勢いよく頭を下げる。
直前までの諦観が覆され、頬まで紅潮してしまう。
「いえ、当然のことをしたまでです」
苦笑して、頭を上げるようにと促す。
「その後、お怪我などは」
「は、はい! おかげさまで、かすり傷ひとつなく!」
「それは何よりです」
「…………」
「…………」
会話が、ぷつりと途切れる。
そして二人の思考が、一致した。
——気まずっ!
憧れの人が目の前にいる。
名前も呼ばれた。
夢のような状況のはずだった。
だというのに、この沈黙。
それもそのはず、二人は今日初めてまともに会話するのだ。
しかも、共通の友人もいなければ、趣味趣向の一つも知らない。
場だけ用意されていても、会話が弾む道理はなかった。
コーデリアの視線は、ちらちらと薔薇の花弁の向こう――物陰へと吸い寄せられてしまう。
「……あの、バレンシア様は、本日は何と言われてここへ?」
「『ご期待に添えるものを用意しています』と、それだけ」
「わ、私は『全ての準備が整いましたわ』と……」
「…………」
「…………」
もはや語ることもない。
目線を交わすだけで気付いた。
二人とも説明は、何一つ受けていないのだ。
だが目の前の光景と、物陰から溢れ出る期待に満ちた視線が、全てを物語っていた。
コーデリアは、恋敵が何故か自分の恋の往路を手助けしていることへの不安感があった。肝心のリリアはあの様子だが、デックスの矢印は確かにリリアへ向いているのだ。なるべく避けて通りたいところである。
一方のデックスも、多少回りくどいとはいえ告白したのがスルーされてしまったうえ、よく知らない相手とのセッティングをしようとしているリリアは捨て置けるものではなかった。
ここに一方通行だった矢印の者たちが、共通の意思を持つ。
リリアの好きにさせてはいけない。
「……コーデリア様」
「折り入って、ご相談が」
「奇遇ですね。私も、です」
デックスはティーカップを口元に運ぶふりをして、声を潜めた。
コーデリアもそれに倣い、カップの陰で囁き返す。
傍から見れば仲睦まじく語らう男女であり、物陰のリリアが「順調ですわ……!」と拳を握ったのは言うまでもない。
「単刀直入に申し上げます」
「この状況、放置すれば、月に一度は鳩が飛ぶことになります」
「そ、それは困ります」
コーデリアにとって、デックスを遠くから見つめるだけでも至福である。
だがこうして茶会の席を用意されて初めて思う。
あまりにも急すぎるのだ。
これが文通ならばよかった。
文字の上では、いくらでも飾ることも、距離を測ることも容易だっただろう。
少なくとも、会話にすら困る今の状況が続くのは本意ではなかった。
「私に考えがあります」
「どうなさるおつもりですか?」
視界の端、物陰に隠れているつもりの彼女を見つめ、デックスは言う。
「――直接、話をつけます」
「誤解の余地なく」
コーデリアの手の中で、カップがかたりと鳴る。
直接、話をつける。
それが何を意味するのか、わからないほど彼女は鈍くなかった。
この作戦が成功するということは、恋敵に塩どころか本丸を送るということ。
けれど。
——このままの方が、苦しい。
想いも届かないまま、鳩だけが飛び続ける茶会よりは。
「……はい」
一拍おいて、コーデリアは頷いた。
「それが、一番いいと、思います」
その一拍に、デックスは気付かなかった。
気付けるようなら、そもそもこんな事態にはなっていないのだが。
「では、手筈通りに」
デックスは頷き、そして、すぅと息を吸った。
「…………っ、ぐうう!」
左腕を押さえ、前のめりに俯く。
——すっごい棒読み!
コーデリアは愕然とした。
剣を握らせれば騎士も唸る男であったが、演技の才は壊滅的だ。
これで騙せる者などいるはずが、
「デックス様!!」
いた。
薔薇の花弁を蹴散らして、物陰からリリアが飛び出してきた。
隠れていたとは思えないほどの加速。
思わずデックスも息をのんだ。
「腕ですのね? 発作ですのね!?」
「あ、はい……面目ない……」
「医務室へ! 立てますか、私に掴まって!」
リリアはデックスの右腕を肩に回し、脇目も振らず歩き出す。
その動作には迷いの一つもなかった。
「アルベルト、後はよろしくて!」
「かしこまりました」
残されたのは、楽団と、鳩と、薔薇と、アルベルトと、コーデリア。
「皆様、本日はこれにて解散となります」
アルベルトが恭しく一礼すると、楽団は顔を見合わせ、粛々と楽器を仕舞い始めた。
鳩が数羽、名残惜しそうにテーブルの菓子をつついている。
コーデリアは、遠ざかっていく二つの背中を見つめていた。
支えられて歩く広い背中と、それを支える小さな肩。
あそこにいるのが自分だったなら、と思わなかったといえば、嘘になる。
だが、リリアの必死な姿、あの人を助けることに迷いのない彼女を、コーデリアは嫌いにはなれなかった。
「……さようなら、バレンシア様」
☆
魔法学院、医務室にて。
窓から差し込む日差しと、薬品の匂い。
いつもの、週に一度の光景。
違うのは、今日が予定にない日だということだけだった。
「袖を、お願いしますわ」
「……はい」
言われるがまま、デックスは左の袖を肘まで捲る。
根のように張り巡らされた浅黒い痣。
リリアは躊躇なくそこへ触れ、掌から柔らかな光を注いでいく。
淡い輝きが、痣の奥へと染み渡っていく。
静かな時間だった。
「……妙、ですわね」
ふと、リリアが眉を寄せた。
「発作と伺いましたのに、痣がいつもより落ち着いていますわ」
「っ」
「もしや新種の症状……いえ、それとも呪いが弱まる兆し……?」
真剣な顔で考え込むリリア。
良心の呵責が、デックスの胸を刺す。
彼女は、いつだってこうなのだ。
人の痛みに、まっすぐで。
だから——。
デックスは、痣に添えられたリリアの手に、そっと自分の手を重ねた。
「デックス様? まだ治療の途中……」
「もう、回りくどいことはやめます」
一歩、距離を詰める。
「週に一度、貴女に腕を診ていただく時間が、私の一週間のすべてでした」
「呪いが治らなくてもいいとすら、思ってしまうほどに」
「私が想っているのは――貴女です、リリアさん」
触れ合う視線。
軋む心。
そしてリリアは、目を輝かせた。
「まぁ、告白の練習、ですわね!」
「そう……えっ?」
呆気にとられるデックスは、彼女の笑顔に当てられて、声も出なかった。
「大変お上手でしたわ」
「でも本番ではコーデリア様について語らうべきですわね」
——これで気付かない……!?
否、気付かないという言葉では済まされない。
名指しで告白したのだ。
それをいともたやすく受け流した。
それをなんと呼ぶべきか?
勘違い、それも——超ド級。
「それにしても変ですわね……症状は落ち着いていますわ」
デックスは悟る。
——自分はとんでもない人に恋したのでは?
デックスの受難は続く。