資本主義の総本山と言えば、アメリカである。
また、世界中から資金が集まる市場もアメリカだ。
『死の悪魔』はもちろん、『銃の悪魔』の肉片も。
東西を海に守られ、南北は実質的な庭。
最初に核兵器を作ったのも、月に行ったのも。
それこそが最強の名を冠する、アメリカ合衆国だ。
つまり……何が言いたいかというと。
「アーメン。今日もダウ平均が上がりますように」
公安本部の給湯室。
俺は備え付けの安っぽいインスタントコーヒーを啜りながら、小さな声で祈りを捧げていた。
台湾海峡での一連の騒動で一時的に暴落した相場だったが、やはりアメリカ経済は強かった。
最強の概念兵器『死』を保有しているという絶対的な安心感が、世界中の投資家たちに「まあ結局アメリカが勝つっしょ」という信頼を与えているのである。
「シキくん。ご機嫌のようですね」
背後から、ふわりと柑橘系の優しい匂いがした。
振り向かなくてもそれが誰かなどわかる。
「ええ、マキマさん。おはようございます」
「うん。もう『こんばんは』の時間だけどね」
「おっと、それは失敬。訂正します」
窓の外を見てみると、確かに太陽は沈んでいる。
夕焼けも、もうすでに営業終了といった感じだ。
「こんばんは、マキマさん。一体何用で?」
ニコリと優しい微笑みがこちらに向けられる。
誰しもが、その魅惑的な表情に心奪われるだろう。
しかし、俺は知っている。
こんな不気味で優しそうな顔には裏があることを。
「……用がなければ来てはダメでしたか?」
「大体の場合、厄介ごとというのがセオリーでして」
「あらそれは残念、バレてましたか」
「はい。なので今すぐお帰りいただけると幸いです」
マキマさんの瞳が、すっと細められた。
「シキくんは優秀な犬ですから。期待していますよ」
「……念の為聞きますが、断ったら?」
「もちろん、自由です」
「それなら、聞けば聞くほど怪しいですね」
「ただ、シキくんの預金通帳と証券口座は、公安のシステムで管理されている。とだけ」
「うーむ、最初から拒否権はないようだ」
「ふふっ、話が早くて助かります」
俺は踵を揃え、見事な敬礼をキメた。
口座凍結という物理的な『死』を突きつけられて、逆らえるわけがない。
「では、やってくれますね?」
「喜んで! 星条旗よ永遠なれ!」
……ところで。
「結局のところ、俺は何をすれば?」
不思議そうにマキマさんにそう問うてみれば。
彼女は空遠くを指してこう言った——。
「ニューヨークに行ってもらいます」
■ ■ ■
空の旅路から、およそ十三時間。
ビジネスクラスの座席で雲海を眺めながら、寝ては食ってを繰り返し、到着するはアメリカ合衆国。
現地の空港からタクシーに乗り、俺は現在。
「ここが聖地……ウォール街!」
ニューヨーク市、マンハッタン島南部にある。
世界経済の中心地たる金融街に訪れていた。
「どの建物もすっげえデカいなあ」
高層ビルが立ち並ぶ姿はまさに摩天楼。
この景色が第二次世界大戦前から、ほぼ完成していたことを考えると、その経済力は文字通り最強。
そんな国と雌雄を決する争いを、どこかの国がしていたことは、なるほどこの地に来てみれば理解する。
勝てない、強すぎる、無茶苦茶だ。
「流石アメリカ様……恐ろしや」
今は、仕事が始まるまでの合間ということで、ここウォール街にて俺は観光をしていた。
とはいえ完全なる自由行動ではない。
俺の半径三十メートル以内には、複数人の護衛……いや、正確にいえば監視員が立っている。
彼らは普通の警察ではない。
日本でいうところの公安、米国でいえばFBIだ。
なーんでそんなことをされているかと言うと。
「シキくん、どうですか? ニューヨークは」
「うーむ。将来ここで暮らしてみたいですねえ」
「そうですか。それほどですか」
俺の上司、マキマさんが付いてきているからだ。
……もっとも、相手は逆で認識しているだろうが。
「その時は公安を辞めてついていこうかな?」
「日本政府が許さないでしょう」
「それは問題ありません。なんとかしてみせます」
「いえ、なんとかしないでください」
マキマさんがアメリカに渡る。
それはつまり、日本の『支配』が米国の『死』へご機嫌伺いに行くという、極めて政治的で重要な外交的イベントを意味していたのだ。
——数時間後。
マンハッタンの中心にそびえ立つ摩天楼の象徴、エンパイアステイトビルの一階——。
一般客の立ち入りが制限されたレストランで、俺はぎこちなくナイフとフォークを握りしめていた。
右手がナイフで、左手がフォークでいいんだよな?
ちらりと横を確認する。
「緊張していますか?」
「それなりに、はい」
右隣の席に座るマキマさんは、イブニングドレスのようなシックで上品な黒の装いで、グラスに注がれた光色のシャンパンを優雅に揺らしている。
なるほど、美人の夜会服は絵になるなあ。
「二人は、仲がいいんだ」
そして、『第三者』の声に俺は背筋を正す。
なぜなら、我々が座るこの円卓の、もう一つの席。
そこに、座っている『存在』がヤバすぎるからだ。
「マキマ。日本(そっち)の調子はどう?」
気怠げに、だが圧倒的な覇気を纏ってそう言い放ったのは、プラチナブロンドの髪を流す女性だった。
その瞳は同じ多重同心円状の模様を描いている。
見つめられるだけで、本能が警鐘を鳴らす。
心臓が鷲掴みにされるような、根源的恐怖。
いつも俺に力を貸してくれるはずの『狐の悪魔』ですら、さっきから契約の繋がりを通じて「絶対に呼ぶな」と震え上がっているのが分かる。
ヨハネの四騎士、長女。
アメリカ合衆国が保有する、世界最強にして最悪の概念兵器。
——『死の悪魔』、シー。
「まあ、ぼちぼちですよ。シー姉さん」
「姉さん、か。相変わらず可愛げのない妹」
シーが薄く笑うと、それだけで周囲の温度が数度下がったような錯覚に陥る。
なぜ、平のデビルハンターである俺が、ぽつんと同席させられているのだろうか。
出された最高級の熟成肉のステーキも、口の中ではダンボールの味しかしなかった。
「……で? その男の子は一体?」
シーの紫紺の瞳が、俺をスッと射抜いた。
ヒュッ、と喉の奥で息が詰まる。
危うく、この無味乾燥な肉が気管に入りかけた。
盛大にむせてみせる。
「この子はシキくんです。私の、一番のお気に入りです。先日も、福建省で中国の『租唖』のデータ取りに貢献してくれまして」
「ああ……あの『租唖』ね」
シーはうんざりしたように顔を振った。
そして、血のように赤いワインを煽った。
「最近のあれらは本当に鬱陶しい。香港を飲み込んだと思ったら、今度は台湾ときた」
「ええ。脅威は日に日に増すばかりですね」
「いっそ、北京に私の権能をプレゼントすれば解決すると思うんだけど」
「大統領が許さない、と?」
「そう。米国人の寿命をたかだか数年使用するだけだというのに、今のリーダーはガッツが足りない……そう思わないか? そこの少年」
突然の視線をこちらに向けられたと思えば質問。
シーのそれに、俺はナイフを落としそうになった。
「え、いやー? 俺はその……うーん確かに?」
「ほらマキマ。この男の子も私を肯定している」
マキマさんはすっとこちらを一瞥すると、首をゆっくりと横に振ってから答えた。
「それはお勧めしませんよ、姉さん。もしアメリカが直接『死』のカードを切れば、今度はソ連が黙っていません。彼らの『飢餓』が、ヨーロッパ全土のエネルギーバルブを完全に閉ざします」
「分かってる。あの食い意地の張った次女のせいで、ヨーロッパは直接的には動けない……」
シーは不機嫌そうにフォークで肉を突き刺した。
今、世界はこの四つの極大の概念兵器によって、絶妙な、そして最悪のバランスの上で成り立っている。
誰か一人が技を放てば、連鎖反応で世界が終わる。
核抑止力ならぬ、悪魔抑止力。
「だからこそ、私がいるのではありませんか」
マキマさんが、ふんわりと微笑んだ。
「アメリカの『死』という絶対的な傘の影から、私が彼らの手足を一本ずつ縛っていきます。中国からの租唖への防諜網も、ソ連の飢餓への対応も、すべて日本がアメリカの盾として請け負いましょう」
「日米同盟、か」
シーは鼻で笑った。
「便利な言葉だな。ウチがカネと武力をバックアップする代わりに、お前たちは最前線で泥水をすすって、ウチの利益を守る。まさに主従関係といえる」
「ええ。日本はアメリカの忠実な同盟国ですから」
マキマさんの声は限りなく甘く、従順に聞こえる。
だが、俺は知っている。
この人が、誰かの下につくことなど絶対にあり得ないということを。
彼女はアメリカの『死』を利用して、自分の『支配』の及ぶ範囲を世界中に広げようとしているのだ。
表向きは従順なポチを演じながら、裏では飼い主の首輪をすり替える機会を虎視眈々と狙っている。
腹の中は真っ黒だ。
「でも、マキマ。気をつけておきなさい」
シーが、テーブル越しに身を乗り出した。
「中国もソ連も、もう昔みたいな土地と資源を奪い合う戦争なんて古いことは考えていない。あいつらは、人間の『認識』を書き換えようとしてる。飢餓で満腹中枢を壊し、租唖で言葉と理解を奪う。……最終的に狙っているのは、人類の『恐怖』のすり替えだ」
「恐怖の対象の、すり替え」
「そう。人間が最も恐れるのは、いつだって『死』。だから私が長女であり、頂点。でも、もし世界中の人間が、死ぬことよりも『飢えること』や『言葉を奪われること』を恐れるようになったら? 私たちの力関係は、あっさりとひっくり返る」
悪魔の力は、人類が抱くその概念への恐怖の総量で決まる。
死の悪魔が最強である理由は、生きとし生けるものが本能レベルで『死』を恐れるからだ。
しかし、ソ連や中国が人為的に地獄のような環境を作り出し、人間の精神を新たに蹂躙し続ければ……。
「だから、せいぜい頑張りなさい。マキマは私の可愛いい妹なのだから」
シーはそう言って、グラスのワインを飲み干した。
マキマさんも、同じく空にすると微笑んで言った。
「……ええ、もちろんです。すべては、偉大なるアメリカ合衆国の平和と繁栄。そして姉さんのために」
極上の笑みを浮かべる両者。
だが、しかし。
その瞳の奥で、どんな冷酷な計算が弾かれているのかは、人類にはきっと、到底理解できないのだろう。
「……ふぅ。はぁぁぁ…………」
地獄のディナータイムが終わり、シーが去った後。
俺は、椅子の上でぐったりと溶けていた。
それはそれは、寿命が十年は縮んだろう。
いや、下手すればもう死んでいるかもしれない。
「お疲れ様、シキくん。少しは楽しめましたか?」
マキマさんは、まるでちょっとしたお茶会が終わったあとのような、のんびりとした口調で食後のコーヒーをすすっている。
「楽しめるわけないでしょう! なんですかあのバケモノ⁉︎ プレッシャーだけで細胞が破裂するかと思いましたよ! なんでこんな所に俺を連れて……?」
マキマさんは、こくんと首を可愛らしく傾げた。
「姉さんに、シキくんの顔見せをしたくてですが?」
「顔見せって……俺、めちゃくちゃビビりましたよ」
「ふふっ、無事で何よりです。さて、ホテルに戻ってゆっくり休みましょうか。明日は忙しくなりますから」
「明日? あれ、明日の朝イチの便で日本に帰国じゃないんですか?」
「ええ。明日は三人で、デートをします」
「…………はい?」
■ ■ ■
翌日の朝。
雲ひとつない快晴のニューヨーク、マンハッタン。
そのど真ん中に広がる巨大なセントラルパーク。
「……これは一体どういう状況?」
緑豊かな道を歩きながら、俺は『両手に』抱えきれないほどの『花』を抱え、自問していた。
「ふふっ……」
「……ふんっ」
右を見れば、春めいた白いワンピースに身を包み、機嫌良さそうに微笑むマキマさん。
左を見れば、黒の高級そうなトレンチコートを羽織り、プラチナブロンドを風になびかせるシー。
ウォーキング中の、すれ違うニューヨーカーたちが、男女問わずあまりの美貌に次々と振り返る。
彼らが振り返るのは美しさからだけじゃない。
この二人の女性から無自覚に漏れ出ている、生物としての圧倒的な「格の違い(プレッシャー)」を本能で感じ取っているからだ。
「…………」
そんな歩く概念兵器二発に挟まれて歩く俺の心境たるや、想像してみて欲しい。
「シキ。そこの屋台でホットドッグを買ってきてくれ。飲み物はブラックのコーヒーだ」
「あ、はい! かしこまりました!」
「シキくん。なら私はカフェラテと、甘いチュロスをそれぞれお願いします」
「ワン!」
俺は光の速さで屋台へと走った。
ニューヨークのホットドッグは一つ5ドルもした。
今の円相場なら日本の牛丼が二杯近く食えるぞ。
これってアメリカ政府が払ってくれるんですよね?
「Have a great day!」
「サ、サンキューナイスガイ!」
両手にジャンクフードを抱えて戻る。
するとそこには、二人が並んでベンチに座り、セントラルパークののどかな景色を、まるで虫かごの中を観察するような冷めた目で眺めている光景があった。
「はい、お待たせしました」
俺がよそよそとホットドッグを差し出すと、シーはそれを軽く受け取り、ケチャップのかかったソーセージを一口かじった。
「……悪くない。ジャンクだが、味覚を刺激するには十分といえよう」
「お気に召して光栄です」
「それに比べて、モスクワの飯は最悪だろうな。毎日毎日、ジャガイモと冷え切ったボルシチばかり。あの食い意地の張った次女……キガは、今頃さぞかし不機嫌にしているはずだ」
シーは鼻で笑いながら、コーヒーをすすった。
「ソ連の『飢餓』……キガって言うんですね」
「ええ。私たち四姉妹の次女です」
チュロスを上品に齧り、マキマさんが補足する。
「キガ姉さんは、文字通り底なしの胃袋をしていました。今頃、クレムリンの食糧庫を文字通り食い尽くしているかもしれませんね」
「は、はあ……」
「あいつは『飢餓』の悪魔だからな。自分が常に飢えている。だからこそ、他人の満腹中枢を壊して駒にする権能は厄介極まりない。……ソ連が万年食糧難なのも、半分は国家の計画経済の失敗だが、もう半分はあいつのせいにしても文句は言われまい」
「なるほど……大食いなんですね」
つまり、現在ニュースで報道されている「ソ連の東欧侵攻」の裏には、身近な姉妹が絡んでいるらしい。
世界の真実なんて知るもんじゃないな。
「キガは厄介だが、頭は回る」
シーはホットドッグを食べながら、空を見上げた。
「エネルギー資源を人質にして、ヨーロッパ全土の首を真綿で締めている。おかげで、三女のヨルは完全に身動きが取れず、発狂寸前だろうな」
「あー、EUの『戦争』の悪魔ですか」
「ヨルは……まあ、端的に言ってアホですからね」
マキマさんが、身も蓋もないことを口にした。
ヨハネの四騎士たる大悪魔に対して「アホ」って。
「あいつは『戦争』の悪魔のくせに、短絡的すぎる。隙あらばミサイルを撃ちたがるし、すぐに第三次世界大戦を起こそうとする。だが、今のEUは加盟国同士の足並みを揃えるだけで一苦労の、泥舟みたいな官僚機構だ。例えヨルが『戦争しよう!』などと叫んでも、ドイツが『ソ連の天然ガスが止まったら冬を越せないんで無理』と宥めているワケだ」
「なんか思ってたより元気はつらつな娘ですね……」
「ヨルは昔から、私に勝負を挑んでは負け、泣きながら逃げていくような負けず嫌いの馬鹿だ。まあ、だからこそ扱いやすいが」
『死』『飢餓』『戦争』『支配』。
ニュースでしか聞かないような存在たちが、この姉妹の「愚痴」や「身内いじり」として語られている。
俺はなんとも言えない渋い気持ちになった。
と、その時——俺に天啓走る。
……待てよ?
ソ連のエネルギー供給に依存しているせいで、ヨーロッパ(戦争)が身動きを取れない。
ということは、EUは早急にソ連からのエネルギー依存を脱却する必要がある。
代替エネルギー……風力? 水力?
いや、アメリカからのシェールオイルや液化天然ガスの輸入拡大に踏み切る可能性が高いのでは?
うん、きっとそうに違いない!
「よし……アメリカのエネルギー関連株と、海運系の銘柄を買い増しだ……!」
俺が小声でブツブツと呟きながら、脳内で証券口座のポートフォリオを組み直していると。
不意に、横からスッと、冷たい指先が俺の顎を掬い上げた。
「……ふゃっ⁉︎」
見れば、シーの紫紺の多重同心円の瞳が、俺の顔を至近距離で覗き込んでいた。
息が止まる。
心臓が跳ね上がり、血液が逆流するような感覚。
「お前。昨日から思っていたが、本当に奇妙な人間だな。シキとやら」
「な、なにがでしょうか……ッ」
「普通、私を前にした人間は二種類の反応しか見せない。恐怖で泣き叫んで命乞いをするか、あるいは発狂して自死を選ぶかだ」
シーの顔がさらに近づく。
プラチナブロンドの髪から、冷ややかな冬の雪のような匂いがした。
「だが、お前は違う。私に恐怖しながらも、その脳味噌の半分以上は『どうやってこの状況から金儲けをするか』で埋め尽くされている。……ヨルの馬鹿さ加減を聞いて、株がどうとか計算していただろう?」
「……読心術まであるんですか、死の悪魔様は」
「顔に書いてある。マキマがわざわざこんな平のデビルハンターを連れて歩く理由が、少し分かった」
シーは顎から手を離し、面白そうにフッと笑った。
俺は肺に残っていた空気を一気に吐き出し、ぜぇぜぇと肩で息をする。
「それは、その……。俺の目標は、株の配当金で一生ぬくぬく暮らすことなんで」
「死を遠ざけるために金を積み上げる……その滑稽な足掻き、私は嫌いじゃない」
シーは立ち上がり、残ったコーヒーをゴミ箱へと正確に投げ捨てた。
「マキマ。この犬には、せいぜい上等な首輪をつけておくことだ。飢餓や戦争のつまらない盤面に、少しは面白いノイズを混ぜてくれるかもしれない」
「ええ、もちろんです。私の可愛い犬ですから」
マキマさんも立ち上がり、俺の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「さらばだ、マキマ。精々、ウチの国益のために日本で防波堤として働いておけ。お前が私の妹たりえる限りは、助けてやってもいい」
「姉さんも、お気をつけて」
振り返ることなく歩き出すシーの背中。
その背中が人混みに紛れて完全に見えなくなった瞬間、周囲の空気が一気に軽くなり、セントラルパークの小鳥のさえずりがようやく耳に戻ってきた。
「……終わった、のか?」
「お疲れ様でした、シキくん」
マキマさんが、俺の頬を指先でそっと撫でる。
「さて。今回の働きには、私からも特別手当を出しましょう。米国防関連のインサイダーまがいの情報も手に入りましたし、あなたのポートフォリオもずいぶんと潤うはずですよ」
「マジですか⁉︎ 一生ついていきますマキマさん!」
俺は尻尾を振る勢いで立ち上がった。
大国の悪魔に振り回されようが、地獄のダブルデートに付き合わされようが、口座の残高が増えるなら全てチャラだ。
「さあ、日本に帰りましょうか。まだシキくんの『お仕事』は、山のように残っていますからね」
「……え?」
「次は、ヨーロッパに飛んでもらおうかと」
「えええええええ⁉︎」
ニューヨークの青空に、俺の悲鳴がこだまする。
どうやら、配当金生活への道に辿り着くには、まだまだ世界中を飛び回る必要がありそうだ。
「ワンって言ってごらん?」
「……ワオーン(泣)」
しかし残念、シキはいつか気づくのだろう。
ヨーロッパでは、フランスが原発大国であるということに——。