ヨハネ四姉妹の黙示録   作:深紫Sιn姉

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第6話

 本日の東京には厳戒態勢が敷かれていた。

 数多くの警察に軍人やデビルハンターが、街を見渡せばそこら中にいることが分かるだろう。

 

 ——異例中の異例の光景。

 

 それは、今日この日に。

 世界を代表するトップが集っているからである。

 

 USA・アメリカ合衆国・大統領。

 USSR・ソヴィエト社会主義連邦・書記長。

 EU・ヨーロッパ連合・欧州理事会議長。

 JPN・日本国・内閣総理大臣。

 

 彼らが一堂に会するこの『G4サミット』の会場に選ばれたのは、日本の中心地である宮殿——皇居。

 歴史上類を見ない、超大国トップたちの直接会談。

 ニュースキャスターたちは興奮気味に「世界の歴史が動く日」などと書き立て、国民は固唾を飲んでテレビの中継を見守っている。

 表向きの部屋——『豊明殿』では、眉間に皺を寄せたオジサンたちが、数々の外交員を引き連れて、食事を楽しみながら、会合をしていることだろう。

 

 だが——そんなものはただの『茶番』に過ぎない。

 大国のトップとはいえ、彼らは所詮、人間の代表。

 

 世界の本当の歴史が動く場所は、フラッシュの焚かれる大広間ではない。

 

 皇居のさらに奥。

 外界の喧騒から完全に遮断された、いと神聖なる『松の間』——純和風のVIPルームにこそ、この世界の真の支配者たちが集っていた。

 

 米国の『死』・長女、シー。

 ソ連の『飢餓』・次女、キガ。

 EUの『戦争』・三女、ヨル。

 日本の『支配』・四女、マキマ。

 

 ヨハネの四騎士、ここに堂々の全員集合である。

 

 ——そして。

 そんなバケモノ四姉妹が車座になっている欅材……ケヤキの部屋で、膝をガクガクと震わせながらお茶を淹れ続けている哀れな存在が一人。

 

「……はい、どうぞ。静岡県産の最高級玉露です。そちらは虎屋の羊羹になります……」

 

 そう、俺である。

 ……どうしてこうなった?

 誰も答えてくれる人間はいない。

 だって俺以外みんな悪魔だもん。

 

「ふむ。この黒い塊はなんだ。土泥か?」

「シー姉さん、それは羊羹といって日本の伝統的なお菓子です。とても上品な甘さですよ」

 

 マキマさんがニコニコと解説する横で、シーさんが怪訝そうな顔で羊羹をフォークでつついている。

 彼女がフォークを動かすたびに、部屋の空気が絶対零度まで下がるようなプレッシャーが放たれ、俺の胃壁をキリキリと削っていく。

 

「……モグ。……モグ、モグ」

「キガ姉さん。それはお茶っ葉です。食べるものではありませんよ」

「お湯をかければそれなりに……美味しい」

 

 その対面では、初顔合わせとなるソ連の『飢餓の悪魔』ことキガさんが、俺が急須に入れるはずだった最高級茶葉を、袋ごとむしゃむしゃと咀嚼していた。

 

 金髪に、首元が傾いた独特の姿勢。

 感情の読めない緑青の瞳。

 

 というかさっきからこの人、出された茶菓子はおろか、飾ってあった生花や、果ては木製のコースターまでかじり始めている。

 まさに底なしの胃……飢餓の名とは伊達ではない。

 

「…………」

 

 俺は冷や汗を流しながら、予備の茶葉とお茶菓子を猛スピードで補充していく。

 

「おい、シキ! 私の分のお茶が遅いぞ!」

「ひゃい! ただいま!」

 

 そして、俺を鋭く睨みつけてくるのは、EUの『戦争の悪魔』ヨルさんである。

 ベルギーの一件(ホテル大槍事件)でシーさんに全財産を没収され、はい関係は終わり……かと思いきや、彼女の瞳にはまだ俺への謎の信頼(?)がある。

 

「お前、こんなところでお茶汲みなどさせられて……不本意だろう! 私の『軍師』としての誇りを取り戻すためにも、今すぐこの急須を『手榴弾』に変えてやるから、マキマの顔面に投げつけろ!」

「え、ええ……?」

「ヨル姉さん。私の犬を困らせないでください」

 

 マキマさんが冷たい微笑みを向けると、ヨルさんは「チッ」と舌打ちをして引き下がった。

 

 姉妹のヒエラルキーはどうやら、死>支配>戦争、といった感じらしい。

 飢餓はひたすら食べているのでよくわからない。

 

「そろそろ本題に入りましょうか、姉さんたち」

 

 マキマさんが、空気を切り替えるように凛とした声を出した。

 

「シキくん、例のものを」

「……はい、ただいま」

 

 俺が世界地図を取り出して、部屋の中央の机——そこにさっと広げた。

 姉妹たちの視線が、極東の大陸に注がれる。

 

「中国の『租唖』についてです。言葉と理解を奪う概念兵器。彼らは台湾に勢力を広げ、ついに先日、ソ連のウラジオストク方面にも眷属を散布し始めました」

「……ま、不味い」

 

 キガさんが、五個目の大福を丸呑みして呟いた。

 

「はい? 大福が口に合いませんでしたか?」

「ち、違う。中国のこと。租唖の眷属は食べても何の味もしない。だから私は、嫌い。お、美味しくない」

 

 ……キガさんは、おどおどした性格のようだ。

 

「アメリカとしても、あれ以上太平洋側に進出してくるのは看過できない。近くにはフィリピンもある」

 

 シーさんが、退屈そうに長い脚を組み替えた。

 プラチナブロンドが、さらりと流れている。

 紫紺の瞳は、どこか面倒そうに眺めていた。

 

「だが、私がわざわざ大統領に『死』の権能を使わせてやる義理もない。アメリカ人の寿命を削ってまで、極東の土を綺麗にするのは割に合わないからな」

「なら私に行かせろ!」

 

 ヨルさんがバンッと机を叩いた。

 黒い髪が勢いよく、さらりと靡く。

 紅焔の瞳は、爛々と輝いている。

 

「私が中国全土を更地にしてやる! ……と言いたいところだが、キガ! お前の国が天然ガスを渋るから、私の軍隊が動かせないんだぞ!」

「……チャイ、おかわり」

「聞いてるのかキガぁ! ちっ、まあいい……。私も本当は、こんな面倒ごとゴメンだ」

 

 誰も彼も、自分からは動きたがらない。

 マキマさんの言っていた通りだ。

 

 中国の『租唖』は確かに脅威である。

 だが、自分が真っ先にカードを切って消耗すれば、他の三姉妹に足元をすくわれるかもしれない。

 これが、四極による冷戦のジレンマだった。

 

「ふふっ。皆、困っているようですね」

 

 マキマさんが、悪魔的な……いや正真正銘の悪魔なのだが……笑みを浮かべた。

 紅い髪がふわりと揺れる。

 黄金の瞳は妖しく光っていた。

 

「なら、私が中国を『支配』して管理してあげましょうか? 日本に極東の全権を任せていただけるなら、すぐにでも——」

「「「却下」」」

 

 シー、キガ、ヨル。

 三姉妹の声が見事にハモった。

 

「それは先の大戦で日本が失敗したことだろう?」

「あら、残念。ではどうしましょうか? 私たちは誰も直接手を下したくない。でも、放っておくわけにはいかない。でしょう?」

「……誰か、都合のいい使い走りが居ればな」

 

 シーさんがため息をついた。

 その瞬間。

 

 ——ピタリ、と。

 部屋の空気が、止まった。

 

 マキマさんが、ゆっくりと振り返る。

 シーさんが、紫紺の瞳を向けてくる。

 ヨルさんが、ハッとした顔でニヤリと笑う。

 キガさんが、もぐもぐしながら見てくる。

 

 四つの多重同心円の双瞳が。

 部屋の隅で、冷や汗を流しながら玉露を丁度いい温度に準備していた『俺』に、一斉に突き刺さった。

 

「……えっ?」

 

 俺は、嫌な予感しかしないその視線に、思わず急須を取り落としそうになった。

 マキマさんが、手をポンと叩く。

 

「そうですね。私たち四姉妹が直接的に動けば角が立ちます。ですから、私たちが共通で認識している一つの『駒』を、中国(租唖)にぶつければいい」

「ふむ……なるほど、悪くない」

「ははは! いいぞ! それなら、あの意味不明な連中を一網打尽にできるはずだ!」

「……わ、わたしたちが『上』を通して間接的に『契約』をすれば。も、問題はおそらく起きない」

 

 待て待て待て待て待て。

 なんだそのこちらに集まる視線は。

 やめてくれやめてくれ。

 

「ちよ、ちょっとおトイレに行ってきますね……」

 

 紫紺、緑青、紅焔、黄金。

 

 ——俺は逃げるように松の間から抜け出した。

 

 

■ ■ ■

 

 

 御東所——という名のトイレにて。

 

「はぁぁぁ……。生きた心地がしねぇ……」

 

 俺は個室ではなく、横に広く並んだ小便器の前に立ち、大きく息を吐き出しながら用を足していた。

 

 皇居のトイレは、便器までピカピカに磨き上げられており、ほのかに高級な白檀の香りがする。

 だが、そんな雅な空間であっても、俺の荒んだ心は一向に癒やされなかった。

 

 まずい、冗談じゃあない。

 あの流れだと俺は確実に何かをさせられていたぞ?

 どうにかして逃げる口実を作らないと……。

 そうだ、腹痛にしよう!

 急性胃腸炎ということにすれば——。

 

 そんな現実逃避の言い訳を脳内でこねくり回していた、その時だった。

 

 ——ガチャリ。

 

 トイレの重厚な扉が開く音がした。

 コツ、コツ、コツと、複数の革靴の足音が、磨き上げられた床を鳴らして入ってくる。

 SPか誰かだろうか。

 俺は特に気にも留めず、視線を前に向けたまま「相棒」を握りしめていたのだが。

 

「——やあ。君が、『優秀な犬』だね」

「Oh, Exactly. なかなか良い面構えだ、Boy」

「……Да。大陸に送り込むには、ちょうどいい」

「Oui。私たちの『代理人』としては合格点だろう」

 

 右二つと、左二つの両隣。

 俺の左右のトイレに、四人の男たちが立っていた。

 

「……えっ?」

 

 俺は、用を足すのを途中で止めるわけにもいかず、首だけをぎぎぎ、と左右に向けた。

 

 右隣の小便器に立ち、悠然と用を足しているのは、恰幅の良い白髪のアメリカ大統領。

 左隣には、氷のように冷たい目をしたソ連書記長。

 また彼らそれぞれ隣には、EUの欧州理事会議長と、我が国日本の内閣総理大臣。

 

「な、な、な……っ!?」

 

 俺の相棒が、恐怖でヒュンッと縮み上がった。

 尿意など完全に吹き飛んだ。

 

 テレビのニュースで何度も見たことのある顔。

 表向きの会議室『豊明殿』で、今まさに世界の歴史を動かしているはずの、人間界の最高権力者たち。

 

 それがなぜ、連れ立って皇居のトイレに現れ、仲良く用を足しているというのだ⁉︎

 

「ど、どうも……お疲れ様です……」

 

 俺はとりあえず、チャックを光の速さで引き上げ、手を洗うことも忘れて直立不動の姿勢をとった。

 

「緊張しなくていい。ここはただのトイレだよ」

 

 日本の総理大臣が、人の良さそうな笑みを浮かべてそう諭してくる。

 ……緊張して出るもんも出ないわ!

 

「手短に話そう」

 

 アメリカ大統領が、ズボンのチャックを下げながら低い声で言った。

 先程までの表向きの顔とは違う。

 超大国のトップとしての、冷酷な眼差し。

 

「分かってはいるだろうが、彼女たち——『四姉妹』は、自分からは決して動こうとしない」

 

 EU議長が、直立不動の体勢のまま同調する。

 

「だが、我々『人間』の国としては、中国の『租唖』をこれ以上野放しにするわけにはいかないのだ。経済も、軍事も、根底から破壊される」

 

「だからこそ、我々『G4』は一つの合意に達した」

 

 ソ連の書記長が、ぼろんと堂々と立って言った。

 

「彼女たち四人の力が混ざり合う『特異点』……つまり、彼女たち全員から『使い走り』として認知された君に、我々から特別な権限を与える」

「えっ……? 権限、ですか?」

 

 俺が間の抜けた声を出すと、皆が重々しく頷いた。

 

「そうだ。我々『国家元首』が代理人として、一時的に君と四姉妹の『サブスクリプション』を結ばせる」

「サブスク……『契約』?」

 

 気づけば、俺は四人の権力者たちに囲まれていた。

 世界の総理と大統領と議長と書記長に、皇居の男子トイレで完全に退路を塞がれている。

 自動水洗の小便器が「ジャーッ」と無機質な音を立てて水を流す音が、やけに大きく響いた。

 

「どういう、ことですか……? 俺が、あの四姉妹全員と契約するって……悪魔の契約は当事者同士の合意が——」

「HAHAHA! Boy、君は少々真面目すぎるな」

 

 アメリカ大統領が、俺の肩をガシッと掴んだ。

 分厚い手から、強烈な威圧感が伝わってくる。

 

「我々『国家』は、彼女たちと直接契約を結んでいる大元(ホスト)だ。国家元首たる我々の特権を使えば、末端の公務員である君に、一時的に彼女たちの権能を『間接供与』させることができる。まあ、クレジットカードの家族カードを渡すようなものさ」

「か、家族カード……」

「そうだ。中国の『租唖』を更地にするための、期間限定の特例措置だ。光栄に思いたまえ」

 

 大統領はそう言うと、ふいに自分の親指をガリッと噛み切り血の滲んだ指先を俺の『額』に押し当てた。

 

「——合衆国の名の下に。【死】の権能へのアクセスを許可する。契約の代償は『アメリカ』だ」

「なっ……あ、がァッ!?」

 

 額から、アイスピックを脳髄に直接打ち込まれたような激痛が走った。

 心臓が一度完全に停止し、そして無理やり再起動させられたような、究極の『死』の疑似体験。

 視界が明滅し、紫紺色のノイズが視界で弾ける。

 

「……Да。次だ」

 

 息を呑む暇もなく、ソ連の書記長が一歩前に出た。

 彼は銀色のスキットルから、強烈なアルコール臭のする無色透明の液体を俺の口に無理やり流し込んだ。

 

「——連邦の名の下に。【飢餓】の権能へのアクセスを許可する。契約の代償は『ソヴィエト』だ」

「ごふっ、げぼぁッ……!!」

 

 喉を焼くようなウォツカと共に、腹の底——いや、胃袋そのものがブラックホールに裏返ったような、凄まじい『飢え』が襲いかかってきた。

 胃酸が沸騰するような異常な衝動。

 俺の喉元に、緑青色の不気味な痣が浮かび上がる。

 

「さあ、息を吸うんだ。次は私だ」

 

 EU議長が、俺の『右手』を強く握りしめた。

 

「——欧州連合の名の下に。【戦争】の権能へのアクセスを許可する。契約の代償は『ヨーロッパ』だ」

「ぁ、あああああああッ⁉︎」

 

 右手の甲の皮膚が裂け、そこからボコボコと血が泡立ち、赤黒い『十字の傷跡』が刻み込まれる。

 脳内に、銃声、悲鳴、爆撃音、そして純粋な殺意の概念が洪水のように流れ込んでくる。

 

 そして最後。

 日本の内閣総理大臣が、俺の首筋に、そっと優しく手を添えた。

 

「——日本国の名の下に。【支配】の権能へのアクセスを許可する。契約の代償は……『日本』だ」

 

 カチャン、と。

 音など鳴っていないはずなのに、俺の首に重く冷たい『見えない首輪と鎖』が繋がれた感触がした。

 黄金の光が網膜を焼き、俺自身が、国家という巨大なシステムの一部として組み込まれていく感覚。

 

「あ……あ、アアアァァァァァァァッッ!!!」

 

 皇居のトイレで、俺は床をのたうち回った。

 

 死、飢餓、戦争、支配。

 ヨハネの四騎士、世界を終わらせる四つの概念。

 その全てが、たった一つの矮小な人間の器に、無理やり詰め込まれたのだ。

 四つの異なる悪魔のプレッシャーが内臓をミキサーにかけているように暴れ狂う。

 

「ぜぇっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 数分の地獄の苦しみの末。

 俺は、震える手で洗面台を掴み、そしてゆっくりと立ち上がった。

 

 鏡を見る。

 そこに映っていたのは、もはや俺ではなかった。

 

 右目には死を象徴する紫紺の光が宿り。

 喉元には飢餓の緑青の痣が脈打ち。

 右手には戦争の十字傷が刻まれ。

 首には支配の不可視の鎖が巻かれている。

 

「あの……」

 

 俺は、鏡越しに四人の権力者たちを睨みつけた。

 

「——トイレでやることじゃないでしょうがあ⁉︎」

 

 

■ ■ ■

 

 

 俺はふらふらと、松の間に戻ってきた。

 そこは先ほどと変わらず、四極を司るバケモノ姉妹たちが車座になってくつろいでいる。

 だが、四姉妹が一様にニヤリと微笑んでいた。

 

「おかえりなさい、シキくん。とてもよく似合っていますよ」

 

 マキマさんが立ち上がり、俺の首元——見えない鎖が繋がれているであろう場所を、指先で愛おしそうになぞった。

 

「人間たちの浅知恵なんて、所詮こんなものです。自分たちでは絶対に泥をかぶりたくないから、抜け道を使って末端の犬に首輪を増やし、特攻させる。……ええ、全て私たちの『想定通り』ですね」

「想定通りって、アンタら……まさか俺がトイレでオジサンたちに囲まれるのを分かってて……⁉︎」

「ははははッ! 傑作だ!」

 

 ヨルさんが机を叩いて爆笑し立ち上がると、俺の右手首をガシッと強引に掴み上げた。

 

「人間どもが勝手に『代償』を肩代わりしてくれるなら、こんなに都合のいい話はない! いいかシキ! お前のその右手の十字傷、それが『直通回線』だ!」

 

 ヨルさんの紅焔の瞳が、爛々と輝く。

 

「いつでも、どこにいても、ただ『戦争』と叫べ! お前がそう呼べば、いつでも私の力がそこに出向いて、お前が自分の所有物だと認識したものを最強の殺戮兵器に変えてやる! 遠慮はいらんぞ、代償はEUのバカどもが血と鉄で払うんだからな!」

「……わ、私のも。同じ…………」

 

 いつのまにか、キガさんが俺の目の前にしゃがみこみ、俺の喉仏の緑青色の痣をツンと突いた。

 その口元には、俺がストック用に置いていた茶葉の袋の切れ端がくっついている。

 

「いつでも、好きな時に『飢餓』って呼んで。……呼べば、あなたの目の前にいるヤツらを、私がいつでも狂わせられる……から」

「フン。小賢しい手品だな」

 

 シーさんが、退屈そうにプラチナブロンドの髪をかき上げた。

 俺の右目に宿る紫紺の光が、彼女の冷たい視線と呼応してズキズキと疼く。

 

「シキとやら。お前が真に命の危機に瀕し、その薄汚い肉体が肉片に変わる寸前……いつでもいい、その右目をよく意識してから『死』と呼べ」

「呼べば……?」

「いつでも駆けつけて、文字通り『死』をもって敵を葬り去ってやる……」

 

 いつでも呼び出せる、理不尽なまでの概念。

 もはや恐怖を通り越して吐き気しかしない。

 

「そして、最後は私ですね」

 

 マキマさんが、俺の耳元で甘く囁いた。

 ふわりと柑橘香る、シャンプーの良い匂いが、逆に俺の背筋をピンと張らせる。

 

「いつでも『支配』と命じてください。私があなたの声を通じて、立ちはだかる全ての敵を平伏させてあげましょう……」

 

 ——戦争、飢餓、死、支配。

 

 いつでも呼び出せる。

 いつでも使える。

 四人のバケモノたちの口から、その絶対的なルールが直接突きつけられた。

 

 ゲームで言えば、最強のアイテムを四つ同時に装備し、MP消費ゼロ(支払いは全て国家持ち)で撃ち放題という、チートの極みみたいな状態である。

 

 だが、俺の気分はひどく憂鬱だった。

 この『ぼくのかんがえたさいきょうのちから』みたいな状態は、四カ国の国家と命を担保にした、人間には手に余る概念兵器そのものなのだから。

 

「……ははっ」

 

 俺の口から、乾いた笑いが漏れた。

 

「シキくん? どうしましたか?」

 

 マキマさんが不思議そうに小首を傾げる。

 俺は両手で顔を覆い、ゆっくりと立ち上がった。

 

 なぜだろう、恐怖はもう麻痺していた。

 

 右目の死が、喉の飢餓が、右手の戦争が、首の支配が、俺の身体の中でドクドクと熱い脈を打っている。

 

「……いえ。なんでもありませんよ」

 

 俺はスーツの埃を払い、四姉妹を順番に見回した。

 

 彼女たちは、悪魔だ。

 人間のことなんて、自分たちの暇つぶしとゲームの駒くらいにしか思っていない。

 だが、その強大な力は今、俺の手の中にある。俺の「声」一つで起動できるのだ。

 

 世界最高の四極。

 最悪の四姉妹。

 

 ——見とけよ。

 俺はただの使い捨てで終わるつもりはない。

 このふざけたバケモノどもの力を全部叩きつけて、必ず生きて帰ってくる。

 そして、全てが終わった暁には。

 …………絶対に、絶対に‼︎

 

(特大の有給休暇を取ってやるからな……ッ!)

 

 かくして。

 一人の平デビルハンターは、四極の最強なる概念をその身に宿した。

 

 ——かつてない未知の概念兵器『租唖』。

 

 人類の命運は、この男に(勝手に)懸かっている。

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