このお話は、本編完結後の完全な【IF(蛇足)】の世界線です。
本編の余韻をそのまま大切にしたい方は、ブラウザバックを推奨します。
何でも許せる方向けの、頭を空っぽにして読むバカンス回です。
それでは、どうぞ。
南の島の狂想曲(カプリッチォ)
青い空! 白い雲! 透き通るような海!
波の音はどこまでも優しく、肌を撫でる海風はしょっぱくもどこか南国特有の甘い香りを運んでくる。
そう、ここは。
選ばれし者だけが足を踏み入れることを許される、一泊数十万円はくだらない。
超高級プライベート・リゾートアイランド。
配当金生活という人生のゴールテープを切った俺が、これまでの血反吐を吐くような労働の対価として得た——文字通りの『楽園』である。
「……美味い」
俺はデッキチェアに深く腰掛け、手元にあるグラスを傾けた。
カラン、と涼しげな音を立てる氷。
グラスの中に注がれているのは、世界中どこにいても変わらない、資本主義が産み出した最強にして至高の清涼飲料水——コークだ。
シュワシュワ弾ける黒い炭酸が、南国の熱気で火照った喉の渇きを暴力的なまでの爽快感で潤していく。
株価のチャートも、経済新聞の小難しい活字も、今はもう俺の視界にはない。
ただ、この甘ったるくて刺激的なチェリーブラックの液体だけが、俺の平穏の象徴だった。
……そう、本来であれば。
俺の視界の端で、信じられないような光景が繰り広げられていなければ、最高の一日だったのだ——。
■ ■ ■
「おい! シキぃッ! 見ろ、私が『ビーチボール手榴弾』を作ってやったぞ! これで今からあの忌々しい海原に宣戦布告だ!」
俺の鼓膜を劈くような快活な(そして物騒な)声と共に、白い砂浜を蹴立てて走ってくるのは、三女である『戦争の悪魔』ことヨルだった。
彼女が身に纏っているのは、その瞳の色——『紅焔』を思わせる、鮮やかでアグレッシブな真紅のスポーティ・ビキニ。
健康的に引き締まった腹筋と、顔や体に刻まれた十字の傷跡が、不思議と南国の太陽の下ではワイルドな魅力として輝いている……のだが。
右手に握られているモノからは、ピンを抜かれた手榴弾と同じ「カチッ」という嫌な音が鳴っていた。
「す、ストーップ! ヨルさん! そのボールはリゾートの備品なんです、だから勘弁してください!」
「うるさーい! 私の軍師なら黙って見ておけー!」
どっかーん! という派手な水柱がエメラルドグリーンの海にぶち上がる。
透き通るような美しい海に、数匹の哀れな熱帯魚がプカプカと腹を上にして浮き上がった。
「……あ、お魚。シキ、これ、食べていい?」
その浮き上がった熱帯魚を、浅瀬でじっと見つめていたのは、次女の『飢餓の悪魔』キガだ。
彼女のチョイスした水着は、彼女の『緑青』の瞳と同じ、深いティールグリーンを基調としたフリル付きの両肩の露出してある、ワンピース。
どこかあどけなさを残しつつも、布地から零れ落ちそうな豊かな胸元がひどくアンバランスで目を引く。
しかし、その両手には、すでにホテル側のビュッフェから強奪してきたであろう「山盛りのトロピカルフルーツ」と「特大のローストポークの串焼き」がしっかりと抱えられていた。
「キガさん、ダメです! ここらの魚はどれも食えません! というかお昼前なのにもう何食目ですか⁉︎」
「ん……水泳は、カロリーを消費するから。まだ、胃袋の三パーセント……モグモグ」
言いながら、キガはスイカほどの大きさがあるヤシの実を、殻ごと「バリバリ」と咀嚼し始めた。
……悪魔の消化器官は一体どうなっているんだ?
「あー……全く、本当に鬱陶しい。太陽の奴め、自己主張が激しすぎるのだ。いっそあの恒星そのものを『死』の概念で強制終了させてやるべきか……」
そして、俺のすぐ真横。
特大のパラソルの下で、最も深い影の中に身を沈めながら、煌めく太陽を呪うように氷のような視線を放っているのは、長女である『死の悪魔』シーだった。
彼女が選んだ水着は、威厳と絶対性を体現するような、『紫紺』なるヴァイオレットのモノキニ。
ウエスト部分が大胆に抉られ、豊かなバストと滑らかな腰のラインを過激なまでに強調したハイレグ仕様のデザインは、もはやスーパーモデルのようだ。
プラチナブロンドの髪が、紫紺の布地と恐ろしいほどのコントラストを生み出している。
「シ、シーさん。太陽を消したら地球が滅亡しますから、それだけはご勘弁を……」
「なら、私を扇ぐことだ。一秒でも止めれば、お前の心臓も止まると思え。……ほら、早くしないか?」
「はい、喜んで!」
俺はチェリーコークの入ったグラスを置き、傍らにあった巨大なウチワで必死に両手を使い扇ぎ始めた。
リゾートに来てまで、俺は肉体労働をしている。
……いったい、どうしてこうなった?
「ふふっ……。シキくんは働き者で、良い犬ですね」
そして暫くが経ち。
俺の背後から、ふわりと柑橘系のシャンプーと、ココナッツオイルの甘い香りが混ざり合った、極上の匂いが漂ってきた。
振り返ると、そこには——。
「どうですか? 似合っているでしょうか?」
四女『支配の悪魔』こと、マキマさんだった。
彼女が纏うのは、その『黄金』の多重同心円の瞳と同じ、神々しいほどに鮮やかなイエローゴールドのホルターネックビキニ。
腰には透け感のある白い巻き布をふわりと、歩くたびにその妖艶な太ももがチラチラと覗く。
普段の黒いトレンチコート姿からは想像もつかないほど無防備で、それでいて、息を呑むほどに美しい。
「……あ、えと、その。めちゃくちゃ、似合ってます。最高です。はい、絵画みたいです」
俺が素直に——というか本能のままに、そう答えると、マキマさんは満足そうに目を細めた。
「ありがとうございます。でも、困りましたね。日差しが強いのに、背中に日焼け止めが塗れなくて。……シキくん、手伝ってくれますか?」
「は、はい……ッ!」
マキマさんが俺の目の前で、水着を少しずらし、デッキチェアにうつ伏せに寝転がる。
俺は震える手で日焼け止めのボトルを受け取った。
柔らかく、ひんやりとした白い背中に手が触れた瞬間、脳がショートしそうになる。
「……んっ。そこです」
「はい、はい」
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
ならばこそ今の俺は『賢者モード』だろう。
自分の行っている妖艶な光景から現実逃避をするために、俺は日焼け止めを塗る手を動かしながら、視線を別の方向へと向けた。
ビーチの端のほう。
木陰が一番濃く落ちている、静かな特等席。
そこには、このカオスな空間から完全に独立した、二人の『大人』が並んでビーチチェアで涼んでいた。
「……岸辺隊長。クァンシさん。アンタらまでなんで来てるんですか……」
俺が恨めしそうにそちらを見ると、岸辺隊長はどこで買ったのか、アロハシャツをだらしなく羽織った姿で、ヤシの実のジュース……ではなく、ヤシの実の殻に直接注いだウィスキーを煽っていた。
……なんて酒カスなんだ。
リゾート地に来ても、この男のアルコール依存症は全く治る気配がない。
グラサンがなんとも、それは凄く似合っている。
その隣。
黒のビキニトップに、ラフなボードショーツを合わせただけのスポーティな水着姿のクァンシ。
右目には相変わらず眼帯をしており、銀髪を後ろで無造作に束ねたその姿は、やはり同性すらも魅了するようなクールな色気に満ちている。
クァンシは無表情のまま、豪快にロブスターの殻を素手でバリッと叩き割っていた。
「食うか……?」
「……いいのか?」
「たまにはな」
「そうか……なら食う」
二人が遠くで何やら会話しているようで、ロブスターの身を分け合っては、互いに頬張っていた。
最初のデビルハンターと最強のデビルハンター。
彼らには、深い縁があるのだろう。
少なくとも、今このプライベートビーチを楽しんでくれているということは、確かであった。
■ ■ ■
「おいシキ! 今度はパラソルを剣にしたぞ!」
「シキ……あそこに生えてる木、食べていい?」
「ふむ、シキとやら。扇風機とは便利なものだな」
「シキくん。今度は前の方もお願いしますね?」
紅焔、緑青、紫紺、黄金。
四つのあな恐ろしい瞳と声が、一斉に降り注ぐ。
空はどこまでも青く。
海はどこまでも美しく。
視界には、世界中の誰もが羨むような、完璧なプロポーションの水着美女たちがひしめき合っている。
「ああ……なんというか」
俺は、ぬるくなりかけたグラスのコークを一気に喉に流し込んだ。
甘さと炭酸が、ピリリと俺の身体を駆け巡る。
資本主義の勝利者になったはずの俺のゴールは、しかしどうやらまだまだ先があるようだ。
いや、もしかすると、この理不尽で、美しくて、恐ろしい悪魔たちに振り回され続けることこそが、本当の幸せというものなのかもしれない。
目の前に広がる絶景——水着姿の眼福。
俺は、悟りを開いたように天を仰いだ。
「——ワン!」
南国の青空に響き渡った俺の元気な鳴き声は、さざ波とともに、海の彼方へと消えていった——。