1話
齢14、男。
名は
職業-元・商人。
これは私の簡単な自己紹介。難しいのはこの先だ。
江戸の地を離れ西に流るるは、これまで寺小屋で知識を流し込まれ、お墨付きの客にチョイと稽古をつけられただけの一般人が、突如として学園に編入したという。
言えば、ポッと出。それが私です。そんな感じで、私は名を呼ばれず、「ポ戸」と、"ポッと出の江戸"を縮めた呼び方をされていました。これは嘘ですが。
この学園はどこに居ても、まあ、五月蝿いので、今は木に登ってこれ書いています。自室の机に着いてもよかったのですが、人が来ると思うと、どうにも集中できる気がしない。
いや、集中できない事はないのだけれど、それを念頭に置かなければならない、という不安の要素になるくらいなら……。ねえ、場所を選べばいいじゃありませんか(結局どこにいても、声をかけられる時はかけられるものですが)。
それはそれとして、此処は江戸と大違いです。ここは山の麓にある学園で、地味に雰囲気が良くて困ります。雨とか泥とか、焼け焦げた炭臭い江戸の繁華街を、長屋の二階の窓から眺めていた景色の方が慣れ親しみがあって、今は、まだ、そんなに居心地が良いとは言い切れませんな。
ーー私が越してきたの部屋は、ズラリと並んだ長屋の一番奥の、右から一と数えていくですが、左から数えた方が早いところにあった。
この学園は全寮制だと話には聞いていたのだが、ひとり部屋かと思いきや、それが全くの知らない人と同室になったのだ。(初めてでした。父以外の生身の人間と同じ空間を余儀なくされるというのは)
「はじめまして、
名は丹後。癖ひとつない長い髪を下の方で結んでいて、人の良さそうで品のある淑やかな男。ーーこれが、私の同室だ。
私は此処へくる前に父に分けれを告げた後にそのままやって来たもので、大雑把な地図を頼りに知らない土地を半日ほど歩いていたせいで、すっかり到着が遅てしまった。
学園への入学の手続きを終えた頃には既に夜の帳が下りていた。そんな半日ほど歩いてやってきた私はやっとの思いで落ち着くと、えらく腹が空いていることに気づいてしまうのだ。
彼もまだだったらと思い、初めましてながらに夕飯を誘ってみたところ是非にと。
「ちょうど、お夜食を作ろうと思っていたんです。私の作ったもので良ければ、如何ですか」
『まあ、いいんですか?』
「もちろん」
『では、お言葉に甘えて』
私の言葉に頷き、丹後は行灯を手にすると、「行きましょう」と和かに微笑んだ。その後ろをついて行く中で私はふと思ったのだが、彼は言葉遣いもだが、どことなく身なりに気を遣っているように見受けられたのだ。ところどころの所作にも家柄なのか、丁寧な面がある。何より、此奴からは私と同じニオイがするのだ。
此奴は道化だ。いわゆる、私と同じ道化面を持っている。
だが、丹後のその面には相手への遠慮が見える。一歩引いて、相手の顔色を伺うようなところがある。怯えたようにも見え、見下したようにも見えーー。兎に角、彼の道化は私からすれば少々不気味な感じだ。私の洞察力はただ物を売っているだけの話し上手、聞き上手な喧しい商人程度のものではない。人を視るのも仕事のうちである。それから、おそらく、丹後も私の道化に気づいているし、私が丹後の道化に勘づいていることに、丹後自身も気づいているに違いない(だからだね。きっと、相手がそういう奴だと勘づいた奴は無闇に踏み込んでこないものだ)。ーー見破ったぞ!と私は胸中に叫ぶ。
私たちの関係は最初からそんな感じだった。初対面の筈なのだが、まるで互いを理解したような、ずっと前から知っていたような。相手がそうだと初めからわかっていれば、幾分か気が楽になる。丹後は私にとって、人生で初めての同室相手だったが、適当で丁度よかった。
私たちは学園の厨房を借り、そこで夕飯にした。丹後が振る舞ったのは、山菜と米を合わせ、そこに頂き物の芋が入った彩りの良い釜飯だ。来て早々に、知らないやつと同じ釜の飯を食うなどとは如何なものかと思ったが、先ほども言ったように私たちは非常に適当だった。
「東の国からいらしたとか」
『ええ、東の……江戸から一月ほどかけて』
「江戸からですか……!それは、随分と長旅でしたね。江戸でも此処のような学園で過ごされていたんですか?」
『それが、ごく普通の寺小屋に通っていただけでしてね』
「左様でしたか。それでは、つかぬことをお聞きしますが、忍術は?」
『そこだけは、知り合いに稽古をつけてもらいました』
「おお。良いことですなァ。どれほど動けるんですか?」
『さァ……稽古をつけてくれた彼には「鈍い、鈍いぞ」と言われるばかりで、これがわからないんですわ』
丹後は、知りもしない男の真似にキョトンとしたかと思えば、ブワァッと笑い声を上げた。自分から寄せていったものの、我ながら気恥ずかしかった(丹後にやっても分かるわけがないのに)。そもそも、私が真似をするなんて思わなかったから不意を突かれて可笑しいのだろう。
丹後は目を細め、口元をお上品にも両手で隠しながら肩を振るわす。そうして息を整えて、
「では……、では、そのうち私と手合わせをいたしましょう。これから共に過ごす仲間となれば、実力を知っておかないといけません」
『もちろん良いですよ。でも、貴方と手合わせをしたら、後ろから首を突かれそうですね』
「なぜ分かるんです?」
『勘ですよ』
丹後はちっとも驚かない様子だが、その目には期待と好奇心がないまぜになって、実に道化だった。