それからというもの、私は学園長の指示の元、丹後について学園内を回った。この数日間、彼が付き添っていてくれて幾分か気を楽に過ごせた。
にしても驚いた。皆、丹後の横を通り過ぎると静かに頭を下げながら去っていくのだ。ーー尊敬の目、信頼の目、期待の目。その全ては彼に向けられていた。それは主に下級生だったが、だとしてもだ。丹後は随分と慕われているようだった。その理由が明るみになったのは、彼が同学年の生徒から「学級委員長様」と揶揄うように呼ばれているのを見て理解したのだ。
然し、彼は、「いやァ……学級委員長なんて言ッてもね、この春だけで、は組の生徒は半分も減っちゃって。もう、学級委員長なんてのは、肩書きでしかありませんのよ」と謙遜をなさった。生徒が半分減るというのは少々引っ掛かりのある言葉だったが、忍びの道は厳しいもので、向き不向きがわかりやすく、主に、気持ちの持ちようだと聞く(これは私の知人の言葉だが)。それはそうと、私の所属する「は組」だが、午前中演習があり、私は遠くから見学をさせてもらった。まあ、良い経験にはなった。
演習が終わって、再び私の元へやってきた丹後は、目の前で結び目が緩んだ髪紐を解くと、陽の光にあてがわれ深く青みがかった艶めかしい黒髪を軽く左右に振って靡かせた。そうして、もう一度髪を結い直すと手櫛を通し、満足気にパッと手を離す。綻ぶように笑い私に向き直る(この一連の行動が私にはどうも不思議に思えた)。
「藤ノ木さん。この後のことなんですが……。実は私、学園長先生に頼まれごとをされていまして、お付きになれないんです」
『左様でしたか。では、ここまでお世話になりました』
「こちらこそ、ですよ」
私が軽くお辞儀をすると丹後は意外にも焦るような反応をしたが、続くようにお辞儀をした。ううんッと咳払いを一つ挟んで、
「……なので、この先は一年生の"良い子たち"に案内を託そうと思います」
そう言って丹後は少し顔を上げ、誇らしげに笑う。どうやら同じく学級委員長をやっている一年生たちが、丹後に代わって私の案内をしてくれるようだ。
彼は午前中の授業や委員会の仕事などの合間を縫って学園内の各場所を案内してくれていただけであって、暇というわけではないのだ。
「それでは、また後ほど……藤ノ木さん」
『ええ、お気をつけてくださいね』
丹後は踵を返すと、こちらは振り向くことはなく行ってしまった。何度も云っては飽きるだろうが、本当に品のある人だ。姿勢が良くて、後ろ姿だけでもそれがわかるほど、何だろう。このオーラというべきか。いや、やめておこう。下手に綴るのはやめにした。私は話に聞いた学級委員長の一年生の"良い子たち"が一体どんな子らなのかといった興味に意識を向けた。
時刻は昼。ほどほどに空腹を覚えて、食堂へと誘われるように歩みを進めていた。できれば、温かい物が食べたいと内心思いつつも、食堂のおばちゃんが作るものはどれも美味しいことはわかっているので、言ってしまえば何でもいい。
少し話は変わるが、私が一人で学園内を出歩くたび、視線や噂が後をついて回る。それは、私という本人がそこにいようがいなかろうが関係ない。やはり編入生という肩書きは好まれたものじゃないようだ。
そもそも、この学園は上級生になるにつれ生存率は下がっていき脱落者も増える。私というイレギュラーな存在は神経質だったり、プライドが左右する年頃の子ら……。つまり、同年代たちとって私は"邪"なのだ。
決して強要するわけではない。ただ、ここで受け入れることができる人間とそうでない人間で既に大きな差はできる。胸中に否を留めておく分には構わないのだが、私に向けた邪が顕になっている時点で「負けている」と私は言いたい。邪に当てられるのはとうに慣れている。それに、剥き出しの感情の方が何かと扱いやすくて都合が良い。あとは、私が見て見ぬふりをしてやればいいのだ。
ーー江戸から来たポッと出の奴。
ーー彼、以前まで商人だったらしいよ。
ーーありゃ、逃げてきたに違いない。
そうやって、耳障りの良い戯言が私を歓迎する。だが、案外それを見過ごさない御人好しもいるのが学園というものだ。
「さッきから態度悪いぞお前たち。五年生にもなって陰口なんて、プライドがないな」
それは、他者を叱り、余所者に敬意を払うような、ただ、振りかざすだけの正義ではなく、その正当なる行動は賞賛にも値する。そんな人間がごく稀に潜んでいるということ。