「ふぅー…よし。頑張るぞ」
入学式を終えて私は割り振られたクラスの扉の前に立つ。
既に入室を終えた人達の楽しそうな声が聞こえる。
怖い…本音を言えばもう帰りたい、けれどもそれを言い訳にしたくない。
意を決して扉を開くと賑やかな声はより鮮明になった。
クラスメイト達はそれぞれ席に座り、既に楽しそうに話している人もいれば、私と同じように一人で窓の外を眺めている人もいる。
「えっと…」
人の座っていない席を探す。
窓際、教室の中ほど。
そこが私の席だった。
隣はまだ誰も来ていない。
「うぅ…意気込んだは良いけどやっぱり怖いよ」
明るい教室の空気に溶け込めず、私は鞄から本を取り出した。
仲良くなれるかな?友達出来るかな?
頭の中はぐるぐると落ち着かない。
本を開いていても内容は頭に入らず、ただ時間が過ぎるのを待つことしか出来なかった
「はーい、皆さん揃いましたか?」
不意に先生が教室に入って来た、その声に驚きつつ私は本を慌てて仕舞う。
「改めて入学おめでとうございます、深昏学園の新入生として我々はアナタ方を歓迎致します」
先生は教壇に立つとクラスメイトを見ながら祝辞を述べる。学園の歴史、成り立ち、部活動…そんな話を聞いていると突然教室の扉が勢いよく開いた。
「すみませーん!遅くなりました!」
明るい声が教室に響く。
張り詰めていた空気が一瞬だけ和らぎ、何人かのクラスメイトが思わず笑った。
肩を震わせながら音の方向へと振り向くと、小麦色の肌の女の子が居た。後ろで結んだ髪は腰まで垂れてスポーティな雰囲気。
「初日から遅刻とは……気を付けなさい」
「すみませーん!」
「席へ」
「はーい!…よいしょっと」
自然と残っていた席へと勢いよく座る彼女、勿論それは私の隣の席。どうしよう…本当に帰りたい、そんな事を考えながらちらりと横を見たら目が合ってしまった。
「あ、よろしく!」
「ひゅっ」
「…ん?」
クラス内で初めて発した言葉、自分自身情けないけどそれ以外出てこなかった。
隣の女の子は数秒黙ったまま、そっと視線を逸らした。
あぁ…やっぱり引かれた、そんな思考が頭を埋める。
「…こほん、では改めて。本校では───」
さっきよりも先生の話が頭に入ってこない。
何を話しているのか。
何の言葉なのか。
もう何も分からなかった。
あぁ、どうしよう──初日から迷惑かけちゃう。
「先生、隣の子体調悪そうなんですけど保健室に連れて行っても大丈夫ですか?」
不意に耳に入って来た言葉、ちゃんと聞き取れたなら私の事を言っているんだろう。
「あら、顔色が悪そうですね。お願い出来ますか?」
「はーい、行ってきまーす」
隣の子が私の肩へ手を伸ばし、ゆっくりと立ち上がらせる。
「歩ける?」
「……う、うん」
「無理しなくていいから」
優しい声に少しだけ落ち着きを取り戻すと、支えられながら保健室へと連れて行ってもらう。
「すみませーん、先生居ますかー?」
保健室の前へと来ると扉をコンコンと叩いてくれる、間もなく扉が開くと目の前に現れたのは柔らかな雰囲気の女性だった。
「あらぁ、大丈夫かしらぁ」
保健室の先生らしい人は私を見るなり声を掛けてきた、間延びした喋り方と優しい声に少し心が和らぐ。
「あの…すみません」
入学式初日に色んな人にお世話になる罪悪感に押し潰されそうになっている。
「良いのよぉ。今年は保健室に来る新入生、少ない方だからぁ。」
「もうちょいだから頑張って、まだ歩ける?」
暖かい言葉、そんな感情が心に湧く。少し歩いて漸く椅子に腰掛ける。
「立ちくらみかしらねぇ、ベッドに横になって休んでねぇ」
額に触れた手は温かかった、先生と目が合う。
吸い込まれそうなくらい黒い瞳…なのに、不思議と怖くはなかった。優しいお母さんの様なそれに静かに頷く。
「よし、んじゃ私は一旦教室戻るね。また後で!」
私を連れて来てくれた女の子は颯爽と帰って行った。
「あ…名前聞きそびれちゃった」
「大丈夫よぉ、お友達ならちゃんと教えてくれるわぁ」
三つ並んだベッドの真ん中に横たわると先生からそう言われた。
友達。
その言葉を胸の中で繰り返す。
緊張の糸が切れたからだろうか。
強い眠気がゆっくりと私を包み込んでいく。
「……この子は?」
つくしが眠りについて少しした後、保健室に入って来た二人の少女。
片方はストレートヘアーの白髪を腰まで垂らした女の子、片方は少しウェーブの掛かった碧髪を伸ばした気怠げな女の子。
言葉を発したのは白髪の方だった。邪険にするでも無くただただ気になっている様子。
碧髪の女の子は欠伸を一つすればベッドへと躊躇無く寝転ぶ。
安らかな寝顔のつくしを眺めながら先生は微笑んだ。
「新入生の子よぉ、お昼寝部候補…かしらねぇ」