ゆっくりと深く沈んでいた意識が表層へと浮かび上がってくる。
「…ん、あぁ。そういえば…」
重たい瞼を開けば意識を手放す直前に見た白い天井があった。入学式を終えて、初めましての人達に囲まれて、初めて会った人に助けられて…。
「──あの子の名前、聞けるかなぁ」
独り言、そんな中に混じる規則的な寝息が二つ。自分以外に誰か居るの?と思い視線を動かせば右には青髪の女の子。
左側には白髪の女の子が自分を挟むように横たわっていた。なんで、寝る前には居なかったのに?そんな心中を見透かしたかのように保健室の先生がカーテンの隙間から顔を出した。
「あらぁ、おはよぉ。よく眠れたかしらぁ…気分は大丈夫?」
先生の言葉でふと窓の外を見れば既に日も暮れかけ。
窓から吹き込む風に、消毒液の匂いがほのかに混じる。
揺れるカーテンの向こうから、運動部の掛け声が聞こえてきた。
「はい…大丈夫です。あの、先生…」
「羊子先生で良いわよぉ、どうしたのぉ?」
「えと、羊子先生…この人達は?」
目元が隠れる程に伸びた前髪の隙間から目配せをすると、羊子先生はあぁと頷いた。
「アナタから見て左に居るのが海深音夢ちゃん、逆が白智白ちゃんよぉ」
「カイシンネム、シラトモツクモ…」
羊子先生から告げられた名前を辿たどしく反芻する、その言葉に反応したのか左右の二人が静かに起き上がった。
「………ねむ」
「呼んだ…?」
「…あ、いえ」
起き上がったままの空気感で凝視して来る二人、気付けば羊子先生はカーテンの向こうから戻っていた。
二人に挟まれて思い出すのは保健室に連れて来て貰う前の教室の記憶。
──あぁ、あの視線に晒され続けるのか。
「ひゅっ」
そんな声が漏れ出た瞬間響き渡る声が聞こえた。
「つくしちゃーん!迎えに来たよ…ってお姉ちゃん!?」
保健室へ私を連れて来てくれた女の子は、白さんを見た瞬間、目を丸くする。
私は二人の顔を見比べながら口から漏れる声を抑えられなかった。
「えっと…白さんがお姉ちゃんで、貴女が妹さん?」
「そうだよー。あ、ちなみに私の名前は千房 百!改めてよろしくね!」
「あ…よろしくお願い、します」
無邪気な大型犬のような、とにかく勢いが凄いなぁと感じながら白さんを横目で見る。
「百」
「なぁに、お姉ちゃん?」
「五月蝿い」
「…え、可愛い妹に向かって酷くない!?」
白さんの一言に数秒沈黙した後、百さんは目を見開いて叫んだ。思わず笑みが溢れる、仲が良いんだなぁと感じる。
「あ、笑った!良かったー、朝は体調悪そうだったから心配してたんだ。慣れない場所って大変でしょ?」
私の顔を見ていたのか百さんは私のベッドへと腰掛けてくる、明るい笑みが今の私には少し眩しい。
「つくしちゃんって、結構周り気にするタイプ?」
百さんからの言葉に肩が跳ねる、返す言葉を探すべく頭が回転を始める…気まずくならない返答を探さなきゃ───
「いや、ごめん。急にグイグイ行っちゃった…またやっちゃった」
「百、イノシシみたい」
「いや、だからさぁ…お姉ちゃん妹に対して辛辣過ぎない!?」
白さんと百さんのやり取りにまた笑ってしまう、数秒前の陰鬱な気持ちが嘘の様に晴れてゆく。
「すっかり仲良しねぇ、やっぱりお昼寝部にぴったりだわぁ」
不意に羊子先生の声が挟まる、にこにこと私達を眺めていた。
「つくしさん、お昼寝部入部おめでとぉ。よろしくねぇ?」
「え、と…お昼寝部入部って?」
急に部活動に入れられてしまった事に驚きながら私は羊子先生へと問い返す。百さんもキョトンとしながら羊子先生を見つめている。
「好きな時に寝るだけの部活動よぉ、白さんと音夢さんは先輩になるわねぇ」
私は左右に居る二人へと視線を向ける。
白さんは静かにこちらを見つめ、 音夢さんは今にも眠ってしまいそうな目をしていた
「よろしく、つくし」
「…ん、ねむ」
羊子先生は優しく微笑みながら頷いた。
「よろしくねぇ」
有無を言わさない雰囲気に包まれて私は百さんを見る、当の百さんは──
「まぁ、お姉ちゃんが居るなら大丈夫だよ!」
窓の外では、運動部の掛け声がまだ響いていた。
夕暮れは少しずつ校舎を橙色に染めていく。
こうして、私の新学期は静かに始まった。