ナザリック地下大墳墓。
シャドウデーモンが、廊下を全力で駆け抜けていた。
(た、大変です!)
(デミウルゴス様ぁぁ!)
執務室の扉が勢いよく開く。
書類に目を通していたデミウルゴスが、ゆっくり顔を上げた。
「……どうしました。」
その慌てぶりを見た瞬間、嫌な予感が胸をよぎる。
(ま、まま、牧場が!)
「牧場が?」
「まあ落ち着いて話しなさい。」
デミウルゴスは眼鏡を押し上げる。
「順番に。」
シャドウデーモンは大きく息を吸った。
ブル
「ふむ 武蔵が南西へ向かった。」
ブルブル
「途中で幼女を拾って。」
ブルブルブル
「その幼女が牧場を発見。」
ブルブルンブルン
「悪魔と戦い。」
ブルブルブル
「空へ飛ぶと。」
ブルブルンンンン
「光が降って。」
ブルブルブルルルルン
「牧場が消えたと。」
一瞬。
部屋が静まり返る。
デミウルゴスは数秒間、完全に固まった。
「……。」
「……は?」
眼鏡がずり落ちる。
「はぁ!?」
珍しく大きな声が部屋に響いた。
「牧場が……消えた?」
ブル……。
「両脚羊牧場が?」
ブルル……。
「壊滅?」
ブルルン……。
デミウルゴスは額に手を当てた。
「…………。」
「そんな大事なことを。」
ゆっくり顔を上げる。
笑顔だった。
だが目だけが笑っていない。
「なぜ。」
「早急に。」
「報告しなかったのですか?」
シャドウデーモンは震えながら答える。
ブルブル
「もしかしたら途中で武蔵が進路を変えるかもと……。」
ブルブルル
「確認してから報告した方が……。」
デミウルゴスは深くため息をついた。
「君は。」
「本当に。」
「ぐずですね。」
一歩近付く。
「そして。」
「のろまです。」
さらに一歩。
「報告は遅い。」
「内容は要領を得ない。」
「しかも重要事項を後回し。」
「情報伝達の基本がまるで理解できていません。」
そこから始まる説教。
「報告とは何ですか。」
「連絡とは何ですか。」
「相談とは何ですか。」
「優先順位とは。」
「危機管理とは。」
「情報の鮮度とは。」
延々と続く。
シャドウデーモンはただ縮こまるしかなかった。
30分後。
ようやく説教が終わる。
デミウルゴスは眼鏡をかけ直した。
「……ともかく。」
「この件は直ちにアインズ様へ報告します。」
ブル……。
「君は。」
「反省文百枚。」
「提出期限は明日の朝です。」
「百ま――」
シャドウデーモンは絶句する。
「何か不満でも?」
デミウルゴスがにこりと微笑む。
ブルブルブル!
かぶりを振るデーモン
「では。」
「今すぐ取り掛かりなさい!」
ブルブルブルルルン!
シャドウデーモンは涙目になりながら執務室を飛び出していった。
その後ろ姿を見送りながら、デミウルゴスは小さく独り言を漏らす。
「……やはり。」
「武蔵殿は、私の計画と相性が悪すぎますね。」
そう言って、アインズへの緊急報告書を書き始めた
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ナザリック地下大墳墓。
アインズの私室。
ノックの音が響く。
「アインズ様。」
「失礼いたします。」
「入れ。」
扉が開き、デミウルゴスが足早に入室した。
その表情は、普段の冷静さを保ちながらも僅かに焦りを含んでいる。
「珍しいな、デミウルゴス。」
「何かあったのか。」
「はい。」
「緊急事態です。」
一呼吸置いて告げた。
「両脚羊牧場が、一つ消滅しました。」
「……。」
アインズは一瞬言葉を失う。
「消えた?」
「はい。」
「完全に。」
「原因は……。」
デミウルゴスは静かに続けた。
「武蔵殿です。」
「武蔵……。」
アインズの頭に、豪快に笑う剣豪の姿が浮かぶ。
(また武蔵さんか!?)
内心では大きく動揺する。
しかし――
感情抑制。
緑色の光が身体を包み、すぐに平静を取り戻した。
「武蔵さんが何をしたと?」
「正確には。」
「武蔵殿が連れていた幼女の仕業と思われます。」
「幼女?」
「シャドウデーモンの報告によれば、その幼女は空高く飛翔し、天から強力な攻撃を放ちました。」
「その結果。」
「牧場一帯が消滅。」
「巨大なクレーターだけが残ったとのことです。」
「……。」
アインズは腕を組む。
(幼女?)
(また新キャラ!?)
(しかも空から一撃で牧場を吹き飛ばすって何者なんだ?)
思考は止まらない。
しかし外見は威厳そのもの。
「ふむ。」
短く頷く。
デミウルゴスは続けた。
「このままでは残る牧場も危険です。」
「私は直ちにアベリオン丘陵へ向かい、防備を固めます。」
「また、聖王国作戦も前倒しを検討すべきかと。」
「武蔵殿がさらに介入すれば、計画そのものが成立しなくなる恐れがあります。」
アインズは静かに頷いた。
「……よかろう。」
「お前に任せる。」
「はっ。」
デミウルゴスは一礼すると、ほとんど駆け足で部屋を後にした。
扉が閉まる。
静寂。
アインズは誰もいなくなった部屋で、ゆっくり天井を見上げる。
「武蔵さん……。」
ぽつりと呟く。
「どうして、行く先々で事件が起きるんですか……。」
もちろん口には出さない。
心の中だけの悲鳴だった。