【完結】厩所の安息処(ボクマダネムイヨ) 作:Doro
選別の日が近づき、俺達討伐隊は
イカルゴとメレオロン。それぞれキメラアントでありながら、人としての記憶を持ち、王に反旗を翻した者達だ。そんな俺達は一堂に会しいよいよ作戦会議に入るところだったのだが……。一つ、深刻な問題が発生していた。
「『発』が機能しなくなった?」
「ああ……」
申告を
「さっきゴン君を俺の念空間に入れてみたんだが、普通にオーラが出ていてな。試しに右拳を打って貰ったら受け止めた掌にも衝撃があった。俺の『発』の防衛機能のうち『絶』と『攻撃無効』が機能しなくなっている」
この土壇場に来てまさかの弱体化。俺のメイン能力が失われていく。その事実は俺だけでなく、討伐隊の全員に少なくない衝撃を与えていた。
俺の
「となると、オレの
煙草を我慢しながらちょっとお道化てそう答えるのは、カメレオン型のキメラアント、メレオロン。彼の持つ強力な念能力〝
そしてメレオロンにはもう一つ切り札がある。
メレオロンの自己紹介と念能力の開帳があった直後に、この場の全員が思っただろう。「
まあ、念空間を発動した瞬間に強制的に俺以外は『絶』になるから、すぐに外へ出しても一瞬だが能力解除されたメレオロンの姿も見えてしまうのは欠点だし、次の一手も考えて動かないと、王を外へ出した瞬間に俺が消し飛ばされてジ・エンドの可能性も大だ。
たった今、それも出来なくなったわけだが。
最近、言われて考えるようになったのだが俺の『発』強い……のか? 確かに積極的に敵対存在に使えば強いか……。直近まで戦闘に使おうとか考えなかったからな。そんなことをするくらいなら敵対そのものを避けたい。逃げの一手だ、戦闘にはしない。……もしかして『発』の話でキルア君が微妙な顔していたのってそういう意味?
「なんだってまた急にそうなった?」
首を傾げるモラウの声に非難の色は無い。純粋に疑問なのだろう。原因の解明をしたいのは当然だ。俺はこめかみを抑えながら何とか考えを巡らせる。
「……心当たりはある。この能力は最初から動物の安全な輸送を目的として作ったものだ。断じて異種の討伐や捕獲、拘束が目的ではない。これまで戦闘に使ったことはなかった。……こっちに来てからはネフェルピトーを始め、様々なキメラアントを倒すのに使い続けた。当初のコンセプトから用途がズレたことで、何かが正常に機能しなくなった可能性はある」
「戦闘には使わないと決めていたのか?」
「はっきりと決めたワケじゃない……が、避けてはいた。
「…… 戦闘行為の一切を禁ずる理由は?」
「お互いに事故で怪我を負わないようにするためだ。馬が興奮するなりして人馬のどちらか、もしくは両者が怪我を負えば、それは管理する者の責任だ。安全第一だ」
「強制的に絶にするのは何故だ?」
「知っての通り、絶は体を休めるのに最も効果的な状態だからだ。全身の
続けて質問するモラウに、俺も思ったままを答えていく。
「あ~……なるほど、な。つまり、お前さんの『発』は徹頭徹尾、戦闘目的のモノじゃねェと」
「…………そうなるな。むしろ戦闘しないためのものだ」
やがてモラウは頭の後ろを掻きながら、何やら得心がいったという顔になった。
「―――
そうして、衝撃的な言葉を残した。
「完全に、か」
「それだけの『発』だ。そしてその念能力を支えているのはお前さんの
かなり危険な状態。それは、俺の念能力者としての終わりを意味するもの。思った以上に深刻だった。ここまで来ておきながら……。
俺自身の明確な弱体化。それはどうしようもない事実。実質、
そして何より、
「……。突入は一旦考えさせてくれ」
俺は。
すぐには答えが出せなかった。
こうして前途多難な空気の中で、作戦会議は幕を開けるのだった。*1
◇
「これが護衛軍よ」
パームが水晶玉に自身の血を垂らすと、俯瞰視点で大柄な異形の姿が映し出される。
「デケェな。こいつはモントゥトゥユピーってヤツか」
「そう見ていいだろう。コルトからの報告にあった特徴とも一致する」
パームの能力は、己の目で見た相手を水晶玉に映し常に監視することが出来るというもの。パームはこの能力で、キメラアントの王や側近を見るのが任務だった。そのため長官のビゼフと接触し、秘密裏に地下から宮殿内部に侵入。単身、王の下へ向かった。しかし一階大階段前で、階上にある禍々しく漂うオーラを見てそれ以上先へ進むのを断念。その時近づいてきた、オーラの持ち主とは別のキメラアントを物陰に隠れて目撃し、その後宮殿から無事脱出。討伐隊と合流して今に至る。
「護衛軍が玉座の間に居ないだと……? 二人とも王のすぐ傍。それ以外ねえと思ってた」
「入念に準備をして想定してた事態とまるで違うケース。こういうのが意外とあるんだよな」
直属護衛軍の忠誠心を知るからこそ驚くイカルゴと、したり顔で頷くキルア。事情も背景も違う二人は、戦いの中で出逢った。詳細は省くが、この二人の間に奇妙な友情が生まれたのはキルアの成長によるところが大きい。
「滅多にないことがその日に限ってよく起こる。前の仕事じゃ何度もあったんだ」
だから今の内にあらゆるケースを想定しておくんだ。そう続けるキルアに皆が頷く。決行の日時は、選定が行われる当日の0:00。その時は近い。
「市街地に大きな動きはない。あるのは各地から続々集結している人民のみだ。国民大会に向けて敵方も着実に準備を進めてきているな」
暫くすると、一時偵察に出ていたノヴが戻り定時報告を行う。現在の討伐チームは、パームが宮殿、ノヴが主に市街地などの外部監視を担当し、何か異変があれば即座に報告する体制だ。
斥候役であるノヴの頭髪は、色が抜け落ちてしまっていた。顔色もどこか白く、頬もこけている。『マンション』の出口を設置するため敵の本拠に潜り込み、護衛軍のオーラを見た結果心が折れてしまったのだ。よって、ノヴは宮殿への突入を辞退している。
「オレも街に入った*2んスけど、ディーゴの映像、あれ静止画じゃないスか。あの感じだと音声も合成。民衆は疑問に思わないものなんスかね」
「洗脳教育だね。東ゴルトーでは大総統の言動や思想に疑問を持つことそのものが禁止されているんだよ、ナックル。過去に入国した"どうしてなんだろう"で有名なタレントが
市街地の様子を直接見たナックルが抱いた当然の疑問に答えるノヴ。高級官僚以外に見せる分には
「指導者を失った事実の露呈はもはや時間の問題だ。近々、諸外国からの干渉を受けるのはどのみち不可避……! それならば兵の確保が先決と見たか」
ノヴの語りにシュートも賛同する。選別が済んでしまえば一握りの精鋭と夥しいほどの屍が生まれる。絶対に阻止せねばならない。
―――その時だった。
「宮殿に動きがあったわ、見て……!」
パームの呼び掛けに皆が再び水晶玉に注目すると、そこに映っていたのは―――
「大量の……」「蟲……!」
モントゥトゥユピーの周囲のみならず、辺り一面を埋め尽くすと思われるほどの、一様に同じ姿をした小さな羽虫型のキメラアント。
「コイツは……シャウアプフってヤツか? 報告にあったのとは姿が違うようだが」
「自分自身を無数に小さく分けることが出来る―――それが奴の能力か!」
「サイズから推察するに、宮殿のフロア一帯を見張るくらいは出来そうだな。実質『円』みたいなものか」
口々に敵の新たに判明した能力の解明に乗り出す面々。そうなると、当然。
「どうして『円』を使ってたんだろう」
今し方ゴンが言ったような疑問が全員の頭に浮かんでくる。そうなのだ。〝
故に浮かぶ疑問は。
「或いは何らかの理由があって能力を使えなかった。維持するのにかなり集中力が要るとか」
「それこそ『円』は集中力使うぜ。あるとしても別の条件。オーラの消費量か?」
「実は探索や索敵に不向きな能力の可能性はない……よな」
「それじゃ小さくなってる理由が不可解だ。分散して一体あたりは弱くなるリスクがある代わりに監視範囲内に敵がいたら即刻発見、報告するための能力だよ。戦闘面はユピーってヤツで十分なんだろ」
「……ああも満杯だと突入した瞬間に発見される危険がデケェな。オレが真っ先に入って煙幕を撒くか?」
ある者は意見を交わし、またある者は冷静に分析を行う。その中で徐々に見えてくる王周辺の動き。
「王自身の命令で人払いがされている、か」
「護衛軍も含めてな。王への忠誠心MAXの連中が玉座の間に近寄らねえなんざ、他に納得に足る理由がねえ」
「最初は王の傍で『円』を使っていたんだ。*3けど何らかの理由があって、プフは退去させられた。念能力者が『円』の中に入ると、誰かが『円』を使っているのが分かる。あの感覚が苦手なのだとしたら……」
「つまり今の王は『円』の外にいるも同じ。下手したら奴等でさえ正確な動向は知らないことになる」
「王は一匹で何してんだろうな。オレ等が集合してからこっち、ずっと上にいるんだろ?」
そこはこの場の全員に共通する疑問。一人だけ例外はいるものの、確信に至ることはない。
「本当に
やがて誰からともなく、そんな説がふっと湧き起こるのも必然で。同時に、いるとしたら何者なのかも不明瞭で。そうなると目的も不明。
結局、この話題に関しては答えが出ず、他の話題へと移行するのであった。
◇
「宮殿近くに続々と人が集まっているな。あれもシャウアプフの能力か」
ノヴの定時報告。シャウアプフは民衆の上方を翔びながら鱗粉を散布していた。鱗粉には広範囲に亘って相手を操る効果があるようだ。対峙した際は要注意。討伐軍各員は敵の能力に警戒を強めた。
一方、パームの水晶玉は、ユピーのみの姿を映していた。
「シャウアプフが分身を解いて宮殿を立ち去った……!」
「つまりヤツは鱗粉を撒いている間、分裂は使えない! これはいいことを知ったぜ」
二人の報告からの情報を合わせることで得られた新たな情報。ノヴとパームの能力は師弟だけあってか親和性が高く、連携はハマると極めて強力であった。
◇
突入の時は刻一刻と近づいている。何度かマンションの内外を仲間たちが出入りしていたが、今は全員がこの場にいる。
俺は臆病だ。
俺は、死にたくないという思いが強すぎる。
だからこそ、俺の意思が反映されてあんな発になった。
だというのに、戦いに身を投じている。死にたくないクセに死ぬかも知れないことをしている。酷い矛盾だ。そして矛盾すれば「戦闘」と「発」の両立は出来ない。俺の発が破綻するのは当然だ。
シュートを見た。その顔にはこれから行われる作戦への緊張や恐れが見える。だがそれ以上に仲間への信頼や己自身の決意といったものがある。彼も臆病な性質だが、既に覚悟は決めているようだ。
そんなシュートと目が合った。彼は、ほんの僅かにだが笑みを浮かべてきた。俺が不安な顔をしているのが伝わってしまったかな。だが、おかげで俺も決意が固まった。
「今の内にもう一度確認だ。まず、予定より5秒早くオレとメレオロンが宮殿に入る。煙幕をばら撒き、十分に周囲へ行き渡ったらメレオロンはオレから離れる。煙幕が立ち込め敵の視界を奪い、集中力が途切れた瞬間を狙って突入。メレオロンはナックルに付く」
モラウが全員に作戦の確認を行う。幾度かのシミュレートで作戦開始時の最適な動きを話し合い、決まったことだ。俺は挙手して、全員の注目を集める。
「提案がある。聴いてくれ」
皆が俺を黙って見ている。続きを話して良さそうだ。一度、深呼吸をして頬を叩き、気合いを入れ直す。
「モラウから離れた後のメレオロンは俺に付いてくれ。いや、俺だけじゃない。俺と―――
俺から出た提案にパームが息を呑む音が聞こえた。無理もない。パームは非戦闘員だ。突入のメンバーには含まれていない。死ぬような思いで脱出をしたのにもう一度入れ、というのは心理的な負担が大きいだろう。パームの師匠であるノヴの顔にも影が差した気がする。
「護衛軍の大きな情報は得られた。次は王だ。この作戦の目的は王の打倒。故に
パームの最初の潜入時にはメレオロンはいなかった。あの時とは状況が違う。今度はより確実に、より多くの情報を手に入れる。
「そいつは確かにデカい情報だな」
「より詳細な情報は生死に直結する。その案に異論はない、が……」
「但し、より万全を期すには目標達成後、パームの安全確保のためノヴによる回収が必須となる」
「オレが出るのは構わない……だがオレは
顔面蒼白のままのノヴが答えるが、踏ん切りがつかないのはパームの身を案じているからのようだ。まあそうなるよな。
「パームは?」
「……いいわ。もう一回いきましょう。ここまで来たら一蓮托生、私だって討伐隊よ」
パームは凄いな。戦闘能力がないのに本当に覚悟が決まっている。その様子を見たノヴは唇を強く噛んでそれから重々しく頷いた。
「やるさ。オレだけ指を咥えて見てなんかいられるか……!」
「パームは分かった。お前さんが行くのは?」
皆を代表してモラウが訊いてくる。パームはいい。俺が行く理由は。
「理由は二つある。一つは護衛。メレオロンとパームではフィジカル面で厳しい局面があると予想する。だから俺が足になる。何だったら盾にも。『堅』は得意だしな。直接戦闘では役に立てないが運ぶだけなら行ける。最悪、三人全員が見つかりそうになった場合は俺が囮になる」
出口の先は一階の大階段横。宮殿に突入したらすぐ目の前に護衛軍がいるからな。ユピーが適当に振り回した腕がまぐれ当たりする可能性だって無いわけじゃない。……俺だけ体を張らないわけにはいかない。
「二つめの理由だが……これは『念のため』としか言えない」
「…… どういう意味だ?」
皆が首を傾げる。まあ仕方がない。これは俺の視点だから見える、あり得る可能性の話だ。
「王の傍に誰かが居る。そんな話が出ただろう?」
「それはあくまで仮説で、信用に足る話じゃないっつー結論出たろ。突入までは二時間弱。今その極小の可能性を持ち出すのか?」
「極小かどうかはこの際問題じゃないんだ。俺がしているのは、
詳しい説明は出来ない。それでも説明するなら「勘」。何とも頼りない。
「……作戦が始まって真っ先に王の元へ向かうってことは、分断に支障が出るかも知れねェ。そう言いたいのか?」
こちらの言いたいことを察してまとめるモラウに頷き、言葉を返す。
「分断するからには、何か狙いがあるんだろ? 出来なければその場で開戦だ。そうなったら作戦は半ば失敗じゃないのか? この作戦にやり直しは効かない。なら万が一を考えておく意味はある。不確定要素を消しておくだけでも無駄にはならない」
俺の発言に全員が暫し沈黙し、それから意見交換を行う。
コムギの存在には皆さすがに思い当たらない。俺も居るのか分かっていない。居ることをアテにしてはいけないが、居るなら居るで放置は出来ない。悩みの種だが、同時に彼女は王にとっての
◇
時刻は0:00。モラウとメレオロンの突入から5秒ジャスト。俺もパームを背負って宮殿へ入る。辺りは一面のスモークで視界は悪い。だが、これが護衛軍への目眩ましになっている。
ふと、背中の右半分に重みを感じる。俺の右手を、特徴的な形の手が握っている。メレオロンだ。〝神の共犯者〟発動。続けてパームを認識出来るか確認する。問題なし。これで、俺達はメレオロンが呼吸を止めている間は誰からも認識されない。
大階段の左上方にはきっとユピーがいるのだろう。横をすり抜け、思い切って階段を駆け上がる!
―――その時、凄まじい衝撃や轟音と共に、天から無数の念弾が降り注いだ。
こ、れは……! 来るのは予想が出来ていたが、視界が悪いせいで避け難い……! 皆は無事だろうか。などと心配ばかりもしていられない。これは確かゼノの技だから、この後ネテロ会長が王の元へ向かう筈だ。俺も急がなければ。
だが、メレオロンに肩をタップされた。え、もう……!? 玉座の間は目の前だが、急ぎ二階横の通路へ。ここなら大階段からも少し離れている。
「よし、息継ぎしていいぞ。……大丈夫か?」
「悪りぃ、今のはテンパっちまった。落ち着いて吸えば次からは一分は保つ」
メレオロンは呼吸を落ちつけ、再度〝神の共犯者〟を発動する。タイムロスは5秒ちょっとか。
だが、玉座の間はみるみる内に煙の檻で覆われた。これは……モラウの
大階段の方からは破壊音や叫び声が聞こえてくる。皆がユピーと戦っているのだ。消去法で檻の中にいるのはプフか。
先行していたモラウが俺達より先んじて玉座の間に突入したのは、プフが分身を解いて戻るのを確認したからだろう。俺達が向かう予定だったが、元々モラウの役割はプフの足止めだ。そして玉座の間に入ったモラウはプフのみが部屋にいるのを確認し、仮に俺達がそこへ来ても留まる理由がなく、すぐに部屋を出たと判断し封鎖した。
だが、そうなると王はどこだ? 中央宮殿の三階にいないとなると、左か右の塔? 宮殿の二階以下にはさすがにいないと思いたい。何か手掛かりは……。
一つ心当たりがあった。ネテロ会長とゼノは王と倒れるコムギの場面に居合わせていた。二人は王の居場所を『円』で特定していたのだ。*5なら、あの二人を捜せばその先には王がいる……! 俺は通路の奥にある窓から外、右の塔方面を見る。会長達がいたら右。いなかったら左の塔に向かう。
果たしてそこには、手練れの老人の影が二つあった。二人は足早に駆け、右の塔へと廻り込み二階を目指していく。
「窓から降りるぞ、追い掛ける!」
言うが早いか、二人の確認も取らずに飛び降り、着地。地を駆け、助走の勢いのまま跳躍し、直接右の塔の二階部分へ。数メートル前方に会長達の姿を認めると、部屋の入口付近で二人は立ち止まった。……思わず、足が止まりそうになる。
この先に、王がいる。ヤバい。足が竦みそうだ。念空間もなしに、あの王の前に立つ。そう考えるだけで足が鉛のように重くなる。腹に力を込めていないと何かがせり上げてきそうだ。
……ここまで来たのだ、行くしかない。俺の予想通りなら、あまり猶予はない。メレオロンは大丈夫だろうか。……肩は叩かれていない。
会長とゼノの隙間を通り、部屋の中の様子を伺う。
そこには―――
床には真っ二つに割れた軍儀の盤が転がり。
腹部を貫かれて意識を失った人間の女性と。
俯いたまま女性を優しく抱き留める蟻の王が。
いた。本当にいた……! 来て正解だったと思うしかない。これで目的の一つは達成出来るか。
「パーム!
確認のためパームに声を掛ける。が、反応がない。
「ええ……今視たわ。
一瞬遅れてパームから返答がある。今の間はなんだ? 分からないが、正気に返ったならそれでいい。何しろ、王から漂う雰囲気はいつ全てを滅ぼしてしまってもおかしくないくらいだ。
「俺はここに残る。二人は戻ってくれ」
「ええ。……気をつけて。本当に―――!」
パームの言葉を最後に、二人の気配が完全に消えた。
〝神の共犯者〟解除。
俺の姿が現れ、会長、ゼノ、王に認識される。僅かな驚きが背後から感じられたが、俺は無視して言葉を紡いだ。
「提案がある。
「治療―――だと」
王が。
メルエムが。
何の感情も浮かべていない顔でこちらを見た。
一体、何を思っているのか。俺から全てを推し量ることは到底出来ない。この場で俺に出来るのは問い掛けに応えることだけだ。そう思い、肯定しようとして
「貴賓室に土足で踏み入る逆賊の分際で、言うに事欠いて提案だと? 言葉を弄して懐柔する腹積もりか? ……何とも拙い、児戯に等しい自作自演もあったものよ!」
哄笑が響き渡る。笑い声からはそれとは裏腹に、強い負の感情が感じられる。王の怒りに呼応するように
まずい、本格的にまずい。何か言わなくてはいけない。この状況を覆せる一言を。何を言えばいい? どんな話題がいい? 原作知識も総動員して頭から最適な言葉を検索する。王。やるべきことが生まれた時から決まっている者。自分がやりたいことは分からない者。義務と望み。彼の名前。メルエム。女王蟻の遺言。コムギの存在。軍儀。これまでの日々。蟻の拠点。護衛軍。喰われたもの。殺されたもの。生き残ったもの。戦い。最強の生物と最強の念能力者。この先に待ち受ける物。何か、何か、何か―――。
―――およそ1秒後に死ぬことが確定した俺が取った行動は、自分でも信じ難いものだった。
極度の緊張と焦燥によって頬から顎へと伝う汗の粒さえゆっくりと知覚出来る、圧縮された時間の流れの中で。頼みの綱としてきた発を失い、初めて真に追い詰められ、一種の諦めや開き直りに近い感情へと至った俺が選んだのは。
絶
呼吸を整え、
背筋を伸ばし、
自然体で腕を下ろし、指はぴんとまっすぐに。
足幅はさほど広くなく、指と足裏で軽く地を掴むように立ち。
これまでの人生で最も理想的なオーラの流れで極めて迅速に淀みなく行われた『絶』だった。選んだのは、言葉ではなく。戦闘へ突入しようとした三者とは全く逆の行動。
心臓は未だに早鐘を打ち続けているが、感情はもう波打っていなかった。
俺が
「……背後の二者との連携性のなさ。己が身命を賭して尚、他者の助命を願い出たのは真実か―――ならば」
殺気が収まり、王が女性をそっと床へと下ろして数メートル距離を置き、悠然と胡坐をかき頬杖をつきながら俺を睥睨し。
「業腹だが貴様の奸策に乗ってやる。一手たりとも過たず、
王の側から折れた。
……通った。首の皮一枚繋がった。予断を許さない状況ではあるが、なんとか踏み止まったのだ。しかし気を緩めている暇はない。王が見ている。ここからが肝心だ。
俺の
決意と共に、俺は
◇
宮殿三階、玉座の間。
対峙するのは、モラウとシャウアプフ。
鱗粉を撒き終え、繭に閉じ籠り、シャウアプフはモラウとの長期戦に入る構えを見せるが、モラウは動じなかった。繭の中身、モラウの
(鱗粉の散布は終わった。今なら分裂が出来るハズだ。テメェがオレに合わせて付き合う道理なんざ一ミリたりともねェ。ちょっとずつ……オレに気取られねえよう、煙の僅かな隙間を縫って抜け出る。オレを足止めし出し抜きつつ、自らは王の元へ。それがテメェの狙い! 不審に思ったオレが
(自信に溢れた強い性格……。いえ、強い、の一言で済ませるにはあまりにも謎。そう、目の前の彼には
檻の中は心理戦になるかと思われたが、シャウアプフには徐々に焦りが見え始めていた。敵に自分の能力の詳細を知られている。自身が敗北するかなり最悪に近い可能性。だが、気づいたところで動けない。盤面をモラウが完全に掌握すれば逃れることは敵わない。プフが今考えているのはその時が来るまでに要する時間の計算と、その間に外の分身で何が出来るかだった。
◇
「終わったな」
俺が一息吐くのを見逃さず、王が言った。
傷を塞ぐのにそれほど時間はかからなかった。間違いなく重傷だったが臓器などの損傷は無事修復した。あとは安静にして快復を待つだけだ。治療中、王から威圧や殺意を感じたりすることは一切なかった。治療行為に支障が出ると判断したためだろう。だが、それも済んだ。
俺が止める間もなく、王は女性を再び抱き上げる。どこかへ移すつもりなのだ。……その時。
「王よ―――――――――――――――――ッ!!」
叫びと共に凄まじい速度で何かが飛来し、俺達の前に現れた。
「ご無事ですか!」
「プフ」
「はっ」
王はこのタイミングで、更には異なる形態で駆けつけた部下に動じることなく命じる。
「
「仰せのままに……」
抱えた女性をプフに託し速やかに指示を下す。プフは俺達を一瞥すると、女性を抱えてどこかへ飛び去った。
これは……これは仕方が無い。俺の任務はあくまで分断の手助けだ。治療が済んだ今、王もこれ以上敵に彼女を任せたりはしない。だが俺もこうなることは見越して手は打った。
「
言うが早いか、王や会長達は一瞬にして目の前から消えてしまった。後には、俺一人が残される。
一人になった途端、再び全身から汗がどっと流れ出る。全身が酷い倦怠感に包まれている。マジで死ぬかと思った……。腕で流れ出した額の汗を拭い、立ち上がる。なんとか体に力は入る。
三者が去った方角を見ながら、俺はある一つの推測をしていた。
俺の治療を受け容れたのも、分断の真意にどこか気づいていたのも、プフが持つ対象の感情を読む能力を持っていたからではないのか。
そうなるとこちらの考えはかなり筒抜けだが、どうやら最悪のケースは避けられたようだ。王はこちらの狙いを企みと言っていた。悪意には気づいていたが王が読めるのは感情であって、流石に「爆弾」までは読めなかったと見える。会長側からの場所指定を拒んだのも誘導先に罠がある可能性を考慮してのものだ。尤も、コムギがいなければ場所を替えすらしなかっただろうが。しかし、コムギを遠方へか。かなり鋭い読みと言っていい。
兎も角、俺の目的は果たした。戦闘用の『発』を持たない俺が理由もなしに残るのは下策だ。マンションに戻るのが正解だろう。
……いや、ダメだな。俺はプフに姿を見られている。奴は分身を使ってこの場へ駆けつけた。もしプフが目に見えないくらいに小さくなれるなら、俺にこっそり着いて情報を得ようとすることだって考えられる。そして俺自身にはプフが着いているかを判断する術がない。このままマンションへ戻って、もしプフが着いていればプフの本体にノヴの存在と能力がバレてしまう。距離の関係でその情報が王に届くかは分からないが、十分脅威となり得る。好材料があるとすればパームは恐らく認識されていないこと。
俺がマンションに入れるようになるのは、
1.プフが鱗粉を散布していて分身を使えないとき。
2.仲間に頼んで分身を潰してもらった後(キルア君の電気など)。
3.プフ本体の死亡。
こんなところか? いずれにせよ今、
◇
中央の宮殿は建物ごと崩壊していた。治療に集中していたためか崩落する音には気づけなかった。壁も柱も折れたり罅割れたりして原型を留めていない。皆の姿も見当たらない。そんな中にあって、ちょうど天辺にあたる三階部分は折れて落下したのかそれだけが単体で煙に包まれていた。
プフは散布した鱗粉に対象を操作するオーラを付着させる。モラウは鱗粉を吸い込まないよう、呼吸を止めている。モラウの肺活量は鯨並みらしいので、そういう意味では途中リタイアは要らぬ心配だろう。分身が俺に着いていない場合、ここで徐々に外へ出ていると思われるプフに発見されると厄介だ。確認は出来たので一旦離れよう。戦闘になれば不利だ。
俺には攻撃用の『発』がない。正確には半島へ来て戦闘に使える『発』の必要性を感じ密かに開発していたのだが、上手くいかずに断念した。能力名は『
手順としては、
①予め移動後のポイントを指定(マーキング)する。
②次に移動させる対象への通り道を念空間で作る。
③そのまま通り道を移動させる対象に(遠隔でエイムして)マーキングを行い、転移。
まず①のワープ先を、例えば宮殿内に立つ天然大理石の柱などに指定しておく。レオリオやジンがやってみせたような方法で、柱内部にワープポイントを作り出すことは可能な筈だ。②と③は場合によっては順序は逆になるが、理屈としては通常の空間転移と変わらない。通常の転移との相違点は、一つだけ空間内に特殊なルールを設けること。それは、中に入っている間だけ相手を極端に小さくするというもの。少し小さくするどころではなく、それこそプフの分身並に極小サイズにする。空間そのものは攻撃には一切使わない。そうして転移を行い、特殊な空間から出た相手は元のサイズに戻ろうとして、コンクリート以上の密度を誇る天然大理石の中に入れられ、オーラによるガードも間に合わず、潰れる。……というものだ。失敗に終わったが。*6
失敗の理由は俺の中では概ねはっきりとしていて、対象を小さくするのが無理、或いは非常に難しいのだ。それは空間内のルールというよりは
空間を操る操作系、対象を小さくする強化系。それに加えて遠隔で行うので放出系の能力。全部を使いこなすなら、放出系の達人が何らかの制約を付けて行使するのが最も現実的か? 俺は少し試してみて、これは無理だと感じたのですぐにやめた。俺自身が
そうなると、やはりというかシュートのカゴの中にある物は、本当に小さくなっているわけではないのだろう。他に似た例はあっただろうか。確か、陰獣の一人である
シュートは一定以上のダメージを与えた対象を、具現化したカゴの中に閉じ込める。
梟は具現化した風呂敷で包んだ対象を中に閉じ込める。
こうして比較すると、操作系より具現化系の能力のほうが、より簡単に発動条件を満たせているのが分かる。同時に俺の『発』のおかしさも。……出来るものは出来るのだから仕方がない。
念空間を直接攻撃に使う例はノヴの〝
念空間のオンオフを戦闘に転用するには、素早く正確なマーキングが必要になる。
だから俺が念空間を攻撃に使うなら、少し離れた敵にも瞬時に狙いを定めノヴと同様のことが出来るのではないか、と考えた。時速100キロ以上のハコと並走するピトーを一瞬で捕捉する、これを狙って出来るのは俺だけだ。尤もこれを実戦で使うとしても、護衛軍ではなく師団長までになりそうだ。俺は疑問に思う。果たして空間による切断は護衛軍以上に通用するのか。
◇
「あああああアアア!!!!!!
―――なので戦い方は、必然こうなる。
マンションへ戻るのは現状不可能と判断した俺は、間接的に戦闘へ参加することを決めた。破壊の跡と物音を頼りに移動すると、遠くに異形の影が見えた。モントゥトゥユピーだ。俺は物陰に隠れ、様子を窺った。
ユピーの攻撃はまともに食らえば命はない。そんな奴を相手に立ち回るなら最も適しているのはメレオロンを除けば煙で大量のダミーを作れるモラウだろうが、今ここに来られないのは分かり切っている。ゴン君やキルア君も参戦してはいる筈だが、ユピー相手に苦戦は免れないだろう。モラウがプフを抑えてくれている今、俺達は多勢で以て残るユピーを全力で足止めする。
原作で具体的にどんな戦いを繰り広げていたかは憶えていない。ユピーが肉体を変形させられるのはコルトからの情報で知っているので、ある程度広範への攻撃も警戒しつつ少しずつ距離を詰め、戦況の確認に努める。
……崩れた瓦礫の中心に居るのはユピーのみ。
ユピーの最優先は王だ。誰も仕掛けてこなければここを去るだろう。足を止めたければ常に誰かが注意を惹かなければならない。皆がこの場に居ないのは、負傷による戦線離脱か、もっと別の理由なのか。それは現時点では不明。
俺は短距離転移を連続使用し、障害物―――ユピーの死角から死角へと移動しながら瓦礫を投擲するなどの牽制を行う。奴の視界には入らない。ユピーは飛来する瓦礫に反応して破壊しつつ、発射地点と思しき箇所を目掛けて攻撃を行う。が、その頃には俺は他の場所へ移動済みだ。するとユピーの肩や胸部が蠢き、無数の複眼が現れた。ユピーの方も瓦礫でのダメージはないことに気付き、攻撃そのものは無視して俺の居場所を特定することに専念するつもりのようだ。……それもこちらの狙い通りだ。
俺はすかさず、
ザリッという音がして空間が閉じるのと同時に、ユピーの複眼が一つ消えた。そう、確か
「……あ?」
ユピーもさすがに違和感を覚えたか、全身に強張りが見られる。ダメージが通るのならユピーとて無視は出来ない。だが同時に、攻撃の結果によってユピーは複眼を消したりはしてこなかった。ユピーにとってダメージを受けるというのは慣れない感覚で苛立ちを感じたようだが、戦局が傾くほどのものではないと判断したか、索敵を重視した。
意外と冷静だ。複眼がある以上、このままここに留まれば俺が発見されるリスクは跳ね上がる。ダメージを受けることを嫌い複眼を消してくれても俺としては良かった。逃げ回って時間を稼げるから。
足を止め、観察と索敵に集中するユピーに対してどう仕掛けるか。……ここは、一旦距離を置く。あれは、多分カウンターを狙っている。コルトの証言と実際に奴と戦った感触を総合すると、ユピーは遠距離攻撃の手段に乏しい。放出系ではないだろう。加えて普段の警備の大半はプフに任せていたことからも、『円』は苦手と見た。だから、相手がどこに潜伏しているか分からないこの状況下では、懐に相手が飛び込んでくるのを待った方が合理的。なら、こちらも手出しはしない。時間をかけてくれるのなら大歓迎だ。
そして冒頭へと繋がるユピーの反応。だがアレは過剰な
◇
「これは―――」
メレオロンに促され、移動した先には仲間が居た。ゴン君とナックルだ。シュートとキルア君、イカルゴは居ない。
一目見て俺は絶句した。明らかに二人とも重傷だ。全身の傷と流血は当たり前。腕が折れたり、足が潰れかけている。辛うじて欠損はしていないがナックルは両足が曲がり、ゴン君は左の腿を貫かれて出血が酷い。二人とも意識はないようだ。
「見ての通りさ。こっちはほぼ壊滅、シュートとパームはノヴが回収済。キルアは情報収集とか諸々でそろそろ戻ってくる。そっちの状況は?」
「分断には成功した。モラウは依然プフを足止めしている」
「
「治療用か、あるにはある。戦線に復帰させるのか?」
「~~~ ……。しても今のままじゃジリ貧だな。いよいよハードになってきやがった」*9
二人の止血をしながらメレオロンと情報を交換する。対ユピーは苦戦必至と思っていたが、ここまで厳しいとは。
分かっている。たぶん原作では、メレオロンは最初からナックルと組んでユピー戦に参加していた。
また、俺のせいか……。頭を抱えたくなる。
「戻ったぜ。―――アズマ?」
キルア君が戻ってきた。ノヴやイカルゴも居る。やば、接触してしまった。大丈夫か? ……たぶん大丈夫だ。プフの分身がいたとしてもメレオロンと手を繋いだ時点で
増援は来たがノヴは戦闘力には数えられない。戦況は依然として不利、キルア君達は撤退も視野に入れているようだ。
……そのまま情報交換を行う内に、俺はこの状況を打開する策を思いついていた。卑劣な戦法だ。普段なら提案しないし、恐ろしくて実行しない作戦だ。だが、仲間が三人はやられた上に当のユピーはノーマークじゃ役目を果たせていない。
「ユピーを止める方法は―――ある。手順は……」
◇
この作戦に於けるイカルゴには独自の役割があった。それは民間人の救出と操られた軍人や国民の犠牲を抑えることだった。この目的を遂行するため、イカルゴは
イカルゴは王の下に付いた蟻達とは接触せず、単身地下へと潜る。目指すはパームが一時滞在していたビゼフの私用スペース。そこには車両がある。この車を使いイカルゴは専用の通路から車両で宮殿を脱出。*10外にはプフの操作状態が解けた軍人と国民が居り、混乱に陥る寸前だったが、高官からの一時避難の指令を告げることで誘導に成功。大惨事を回避する。
誘導を終えたイカルゴは、仲間と合流するため、車両で再び宮殿へ向かっていった。
◇
使ったのはイカルゴが乗っていた
燃え盛る爆心地には、ユピーが倒れ伏している。それを遠目に観察しながら、俺達は現状の把握に努めていた。
「……倒した、のか?」
「確証はないな。しばらくは動けないと思うが。……動けないのは俺も同じか」
あまりにも一方的な一撃はこれ以上ないほど見事に決まった。タンクに少量のガソリンを残したトラックを丸ごとユピーにぶつける。これの真の恐ろしさは爆発や熱ではなく、
敵からのアクションがなく動き出したユピーに対し、イカルゴが姿を現し誘いをかける。誘導が成功してもしなくてもイカルゴは予め決めたルートを通り、待機しているメレオロンと合流して姿を眩まし、一目散に遠くへ。誘導の成否は問題ではない。実際はユピーに二択を迫り、攻撃のポイントを二カ所に絞るのが狙い。
ユピーが立っていたのはよく開けた見晴らしのいい場所。風は殆ど吹いていない。
そこで仕掛ける。充電を済ませたキルア君の急接近、からの電撃を帯びた連打。この速度にはユピーでも対応不可能。そしてこれを食らった相手はスタン効果により数秒間、動けなくなる。そこで俺が数トンを超える重量の車両をユピーの直上20メートルに転移させる。高度20メートルから地面までの自然落下による到達時間はおよそ2秒。最後に
その代わりに俺はガス欠だ。当然ながら、体積が大きく重量もある物をそれなりの距離動かせばオーラの消費は大きくなる。況してや、ただ動かすのではなく瞬間移動させるとなると消耗するオーラ量は爆発的に増大する。体が重い、どころではない。歩くのがやっとだ。
「悪い、ここで俺は
オーラが底を尽き、戦えなくなった以上ここに残ることは出来ない。
「送迎はオレがやろう」
ゴン君やナックルを搬送してきたノヴが名乗り出る。だが、判断はより慎重に行いたい。
「助かるよ。ああ、戻る前にモラウの状況を確認したい」
「分かった。さあ、オレの肩に掴まれ」
「あ、そだ。キルア君」
「なに?」
去る前に、俺はどうしても一つ言わなければならないと思った。だから、俺は頭を下げた。
「ごめん」
「唐突に謝られても意味わかんねーよ。何の謝罪?」
「キルア君はさ、俺と同じやり方は思いついていたのかなって」
「……いや。武器や兵器を使う考えは否定しねーけど」*11
「あ、そう? じゃあここからは俺の独り言ね。俺にはキルア君は普段いい意味で戦い方を選んでいるように見えるんだ。
俺の精一杯の気持ちを告げると、キルア君はちょっと面食らったような顔をする。……が、すぐに不遜な態度になって言い返してきた。
「ハッ、なーに言ってんだか。本気で反対だったらとっくに言ってるっつーの。……オレも
「―――ふ、ふふふ、ふ」
「いきなりなに笑ってんだよ、キモいぞ。けど、もしガソリンの量がちょっとでも多かったらオレがアンタを殺してたよ。気化したガソリンの延焼範囲と速度はマジでシャレになんねーしな」
逆に諭されてしまった。しかもそれを嬉しいと感じている自分がいる。我ながら度し難い。……口には出さないけどキルア君だけじゃなく、皆には大きな借りが出来た。これからどう返していこう。
◇
シャウアプフは揺れていた。
揺れていたのは、己の王に対する忠誠心の在り方でだ。
端的にいえば
だが、プフは王直々に彼女を頼まれてしまった。期待に応えたいのは臣下として当然の気持ちだ。何より、プフの感情は王には筒抜けだ。我らは異体同心。互いに隠し事は出来ぬ身。王がプフに向けて放った言葉だ。その上で
プフに残された
本体の目の前に居る、煙の檻を作り出した男もプフは脅威に感じていた。しかし、それは己とは相性が良かっただけ。良い言い方をすれば戦いの上手な好敵手。悪い言い方をすれば、王相手では実力不足。残された時間の中でプフの思考は「コムギ殺害」に傾こうとしていた。
しかし、事情は一変した。王の傍に居た賊の一人に密かに着いていたが、突然姿を見失い内心舌打ちしていた矢先のことである。凄まじい爆発音、激しい炎熱。火の海に倒れて動かない、同僚であるユピーの姿を見た瞬間に彼は理解した。葬るべきは、侵入者だと。
ピトーがいなくなった時に、警戒はしたつもりだった。だがそれでは足りなかったのだ。ユピーは倒れ、自分も死が間近に迫りようやく自覚する。自分は敵をどこまでも甘く見ていた、と。
死期を悟ったプフは、
◇
「なんだ……これは」
隣で戦慄するノヴの声は、どこか遠くから聞こえるようだった。言葉が上手く耳に入ってこない。そんな表現が適切だ。
俺の体は小刻みに振動を繰り返していた。肩を貸してくれているノヴが震えているのだ。緩慢な動作で首を横に向けると、真っ青な顔をして汗を垂らすノヴの頭から毛髪が今まさに抜け落ちるのを見てしまった。……すまん、ノヴの髪を守れなかった。
そうなった直接の原因は俺達の前方にある、禍々しいオーラの塊だ。それが何かを例えると、『
「……死後の、念か!」
俺が頭を捻っていると、ノヴが答えを導き出した。
死後の念。強い想いを持つ者が死ぬと、特定の指向性を持ったオーラを残す事例が稀にある。そうだ、原作ではピトーが死後の念を残していた、たぶん。護衛軍は全員が王への忠誠心が極めて高い。ピトーが死者の念を残すなら状況によってはプフやユピーが残しても何らおかしくはない。厄介な奴等だ。
しかしそうなると問題がある。
その時、後ろから何かに肩を叩かれた。
「おい、勝手に殺すな」
びくりとして俺達が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには人差し指を口に当て、声を潜めて話すモラウが居た。
◇
だが、次の瞬間。周囲に漂っていたプフのオーラは霧散することなく、形を変えて襲い掛かってきた。モラウは豊富な経験と長年の勘によって何が起きたかを瞬時に察知し
「―――ってワケだ。分身をオレと誤認させるために結構な量のオーラを使っちまった。
「余力はあるのか? ユピーと戦うのは無理だろう」
「遠くに行かなければ、分身一体を維持するだけなら三日くらいは問題ない」
「あとは消火活動だな。ここまで延焼してくると危険だ、待機させているヘリを動かす」
ノヴがメッセンジャーの役割を果たすべくモラウの話を積極的に聴いている。……俺に続いてモラウも実質
「こっちはユピーの足止めに全力でオーラを使い切った。回復アイテムは必要か?」
「怪我人に使ってやれ」
「尤もだ」
その後、ノヴとモラウが幾らか話し合い、俺達はその場を離れた。
◇◆◇
アズマ(操作系念能力者)
アマチュアハンター。30歳、独身。自認空間操作系。修得率は90%。ハンターを名乗っているが実態はフリーの輸送屋。修業が趣味で時間を捻出するため自分のペースで仕事をこなすのを重視している。コーヒー党で飲みたくなると旅に出る。昔は何となく大きくなりその内誰かと結ばれると思っている普通の少年だった。今回、硬すぎるユピー戦を想定しているせいで思考が物騒になっている。
うまやどのあんそくどころ。輸送用。アズマは今回の件を機に発を使用しての放蕩は行わなくなる。絶と強制操作は外す予定。
『●●』*12
●された●の●●●●●●れた●があった。遺された彼は誰を責めることも出来ず、胸の内から湧き起こる強い嫌悪感と自責の
あり得た未来の大きさを知るだけの精神と知識、歳月に比例して覚悟は増し効果は高くなる。また、それによって失う残りの人生が長ければ長いほど、つまり若いほど支払う代償も大きくなり効果は増す。
シャウアプフ
実は原作と比較して対象を操作する能力が向上している。ピトーが操る人形がなく、防衛目的の軍人の一部を自身が操る必要があったことと、ピトーが倒される可能性が最も高いのが操作系能力というプフ自身の読みで改変に影響を与えている。
ガソリンに引火
肺の酸素を強制的に奪うので実はモラウ特効でもある。モラウはこの話を聞いた時にえぐい真似しやがる、と思った。
◆◇◆
プフの死亡を確認した俺は、ノヴのマンションへと戻ってきた。程なくしてキルア君やイカルゴ、メレオロンも一時撤退の判断をしたらしく同じ部屋に集まってきた。火の手が燃え広がり始めたので倒れたユピーに手出し出来ず、避難の意味でもあるらしい。ノヴは外の様子、ユピーの状態を常時監視している。動きがあればキルア君とメレオロンが対応する。
パームは視た女性の身柄を保護したいと志願し、ペイジンへと移動した。護衛はイカルゴが担当。無人の街を見た目一般女性が歩いているのを万が一目撃されたときの保険も兼ねている。
俺は『絶』を行い、少しでも自身の回復に努めていた。治療自体は
それから間もなくユピーが起き上がったとノヴからの報告があった。キルア君とメレオロンが再度討って出る。あの二人の組み合わせなら、負傷はしないと思うが俺は油断せず備えるだけだ。
―――異変があったのは、その数分後。ユピーはキルア君達を無視して突如彼方へと飛び去った。ノヴが撤退指示を出し、二人とも無事帰投。
だが、ネテロ会長は……。*13
俺は、
会長の死を惜しむ人の多さから、生前だいぶ慕われていたのだろう。実際に知り合ってからの歳月は僅かだが、俺も供える花くらいは用意しておこう。
そこから収束までの流れは―――後の目撃情報や証言を統合するとほぼメルエム無双だった。ユピーの手で爆発から復活したと思しき王は『円』を展開すると一瞬で宮殿に帰還し、プフのオーラを取り込んで消した。それからしばらく何かを探っていたが、そこで二度目の『円』を使用し、ペイジンに居るパーム達をまとめて捕捉。王は
王とコムギの
◇
それは(俺も含めて)念空間に入った者から「徴収」を行う機能だ。元々俺の『発』は輸送のためのものだが、これを使うことに何らかの得がないか、と思ったのが始まりだ。
最初は、オーラを徴収することを考えた。集めたオーラを蓄えれば、何かに利用できるかも知れないし新たな能力開発の手助けになる。そんな漠然としたところから始まった。
しかしオーラの徴収を想定すると、思いの外デメリットが多いのに気づいた。まずどの程度オーラを徴収するか。一定量にすると衰弱した者やオーラの少ない小動物では死んでしまうかも知れない、オーラとは生命力そのものだ。かといって割合にすると、オーラの総量が多い者からはごっそり取ることになる。大前提として、勝手にオーラを取られて面白い者は少ないだろう。徴収された相手が損をするのが根本的に良くないのだ。そして俺の仕事上、知り合いに念使いはあまりいない。
また、この『発』には先に述べたように寝床はあるが、それ以外の施設は付属していない。これは必須というわけではないが、利便性を上げるためにも出来れば欲しい機能だった。かといって具現化する家具を増やすのは元が動物用ということを考えると、あまりいいアイデアとは言えない。
だから考えた。これら複数の問題をクリアしつつ、極端に放出系や具現化系のメモリを使わずに行えて、ちゃんと役に立ち、それでいて俺がイメージ出来て修得しやすい能力を。ついでに空間に入った者にちょっと得があればなお良し。
その結果、徴収する物は。糞や尿、汗、肌から出る油分に垢、それに体臭の元となる物質など―――生物が新陳代謝によって体外へ排出する「老廃物」にすることにした。これでトイレとシャワー問題をクリア。俺の念空間に入った生物からは、30分かけてゆっくりと老廃物を取り除く。何より
徴収した老廃物はもう一つの、
そして、ここからが問題。俺はこの
―――馬が草食でありながら人間より数倍大きい体を支える筋肉を作れるのは何故か。それは腸内に棲む細菌の力である。馬は摂取した草の繊維を自らの胃や小腸では消化しない。大腸に棲む細菌が繊維を発酵させ、全身へ運べる栄養素に変えているのだ。
―――豊富な栄養を含む土はどうやって出来るか。これも微生物の力である。枯れて地面に落ちた植物の葉は、微生物に少しずつ分解され土へと還る。これが腐葉土と呼ばれるもので、作物や草花を栽培するのによく利用されている。
故に、俺が作り出す『発』は。
『オーラを
老廃物を分解して最終的にオーラに変える無害な微生物を作り出す。オーラに変える対象は老廃物以外でもよく、有機物全般に有効。これは
一般に微生物が栄養の豊富な土壌を作り出すには数カ月は要する。だから俺はその様子をイメージし、ゆっくりと丁寧に、時間をかけて。
老廃物を―――
出来上がった
……保存食用のキノコ。一つ食べると瞬時に満腹になり、丸三日間は腹が減らない。……治療用のキノコ。これ一つで骨折程度は治せる。今回はこれを大量に保管しておき、その多くを使用した。……一時間だけ強化系になれるキノコ。何を強化するかで応用は可。……除念ができるキノコ(開発中)。俺が作った細菌に無毒化したりする性質があることから、応用できないか検討中。これについてはノヴやモラウに頼んで、除念師を紹介してもらい、実際に除念を行うところを見せてもらう予定だ。
ちょ おま 保存食のあのキノコって おかしいと思ったんだ! キノコなのに食ったらチョコレート菓子の味がするしよ 食べやすいよう味のほうも工夫しているのだが お気に召さなかったか 召す召さねーの問題じゃねー! まあまあキルア そんなに怒らないで なに一緒に笑ってんだゴン さては知ってたなテメー 二人ともそこに座れ 正座だ正座! 菌は別に用意しているから堆肥とキノコは別物なんだ 聞いてる? ったくよー 乗り物で宿屋でアイテム屋で 今度は教会もやる予定とか 実はグリードアイランドから出て来たNPCじゃねーのか? もう そんなこと言ったらダメだよ ロボチガウ ロボチガウ ロボだろこれ
……
上記は帰路でのやり取りの一部だ。俺は戦いが終わったので収容されていた全員を治療し、能力の解説をしていた。キルア君はおこです。我ながらいい能力だと思うんだけどね。便秘の悩みはないし宿便も取れて体は軽くなるし、汗を掻いてべたつく髪や肌も三十分後にはさらさらになる、と説いたらビスケのババアみてーなこと言いやがって、と返ってきた。何の問題もないね。
正味な話、会長が亡くなったことをノヴから全員が聴かされたことで、場の空気がしんみりしていたのだ。だからまあ、多少無理矢理にでも明るくしようと思って普段はしない能力の説明を行った。ゴン君やキルア君は結構空気を読んでくれる子達で、この通り付き合ってくれている。ちなみにパームは別室待機だ。
モラウ達はそんな様子を多少呆れつつも少し笑いながら見ていたが、携帯電話が鳴り今は誰かと会話をしている。この感じ、電話の相手はコルトかな。彼と最後に話したのは宮殿突入の数日前、『発』の使用を自重してから俺は通話をしていない。コルトから女王の治療と延命を懇願された時に、医療チームを呼びに行った会長達とは別行動で、俺は一足先にコロニーへ入り女王の治療を行っていた。オーラ製キノコとの相性が良かったのか、女王の破壊された器官の幾らかの再生に成功し、一時はある程度持ち直したのだ。ノヴやモラウと互いに呼び捨てになったのもこの頃である。
携帯電話を持つモラウの顔色が変わった。
だが、悪い意味ではないのは分かった。
通話を続けるモラウの視線は、ゴン君に向かっている。
希望は繋がった。
物語は終劇を迎えようとしていた。
この物語はこれで完結となります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ペナルティの4時間睡眠は「馬は長時間横になって眠ると自重で内臓などが圧迫されて危険だから4時間くらいまでにしよう!」 という自分でもよく分からないその時のノリで決まりました。アズマは馬だった……? デメリットなんだからちゃんと危険な長時間にするべきでした。ガバガバすぎて申し訳ない。
小説とは関係ありませんが、夏バテで体調を崩しました。どうか皆様もご自愛ください。