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「何? コイツーーーー!」
十番隊副隊長・松本乱菊は、かつてない焦燥に駆られていた。
──強い!
目の前に立つ、一体だけの小柄な虚。
交戦を重ねるごとに、そのパワー、スピード、
そして不気味な霊圧が加速度的に跳ね上がっていく。
(灰猫の操作が……追いつかない……!)
さらに厄介なのは、虚閃(セロ)を限界まで圧縮したような
高密度の熱線だった。灰のように軽い『灰猫』の刃が、
熱線が巻き起こす熱風によって散らされ、
押し戻されてしまう。あまりにも相性が悪すぎる。
(だけど……私は副隊長よ!
立ち止まるわけにはいかない……!)
自分の後ろには、恐怖で身を震わせる
経験不足の新人隊士たちがいる。
自分が壁にならなければならない。
ほんの僅か、後ろの隊士たちへ意識を向けた──
その一瞬の隙。
──ボッ!
空間を滑るように、目の前へ虚が不気味に現れた。
『オ、オマエナノカ……クライカゼ……』
「は……?」
破面の存在を知る乱菊にとって、
虚が言葉を発すること自体に驚きはない。
しかし、意味の分からない問いに一瞬身体が凍りつく。
──ゴスッッ!!
「が!……はっ……!」
みぞおちを撃ち抜く、岩盤のような重い拳。
呼吸が完全に止まり、乱菊はその場に膝から崩れ落ちた。
(ヤバい……! 殺される……!)
薄れゆく意識の中、必死に顔を上げた乱菊の視線の先──
虚がその仮面の口元に、至近距離から極大の熱線を
収束させていた。絶望が掠めた、その瞬間。
「──『炎舞風葬(えんぶふうそう)』!!」
──ドガァァァァァンッッッ!!
全身に激しい爆炎を纏った『誰か』が突風となって割り込み、
至近距離から虚を豪快に蹴り飛ばした。
「止めなさいよ! こんなに素敵なお胸の女性を!」
(えぇ……? 助けてくれたのは嬉しいけど
……登場の言葉がそれ……?)
意識が遠のく頭の片隅で突っ込みながら、
乱菊はそのまま倒れ込み、静かに意識を手放した。
舞い散る火の粉の中、左手の『轟炎』を前に構え、
炎を極小に圧縮させる少女──八神夜。
『オマエカ……? クラクシタカゼ……?』
「?? 暗くした風?」
吹っ飛ばされた虚が口にした言葉の意味など、
夜には全く理解できなかった。
飛び出す前、他の隊士たちに応援要請は頼んである。
なら、それまでの間──私がこいつを喰い止める!
──ゴオオオオオオオオオッッ!!
七日間の地獄の特訓を経て鍛え上げられた霊圧が爆発する。
風と炎を激しく巻き上げ、周囲の路上を一瞬で火の海へと変えていく圧倒的な霊圧の質量。
いつもなら「サボりたい」「怖い」と逃げ出すはずの夜の顔。
その翡翠色の瞳には──本人すら自覚のない、純粋な
【歓喜の色】が妖しく揺らめいていた。
(…… 私、いま……戦ってる!)
「──行くぞ!!」
夜の姿が消失する。
同時に、虚の姿も空間から消え去る。
──ズガガガガガガアンッッッ!!!!
空中を激震させる、凄まじい打撃と刃の衝突音。
その場に取り残された隊士たちの目には、
誰一人として二者の超高速の軌跡を
捉えることすらできなかった。
数度の激しい打ち合いを経て、
着地した夜は二振りの斬魄刀を深く構え直す。
「──唸れ烈風! 燃えろ轟炎!」
七緒や日番谷から学んだ「抑え」、京楽から学んだ「二刀の理」、山じいから学んだ「極限の解放」。それらが夜の身体の中でひとつに結実する。
偶然か、それとも血が導いた必然か──
その深く沈み込んだ二刀の構えは、
かつて藍染惣右介の半身を削り削ぎ落とした
八神星の『風雷双龍陣』と、全く同じ美しき残影を描いていた。
「──『煉獄双獣斬(れんごくそうじゅうざん)』ッッ!!!!」
──バァァァァァァンッッッ!!!!
解き放たれたのは、風の加速を得て巨大な
「炎の二頭の獣」へと具現化した暴虐の斬撃。
その速度と威力は、虚の反応速度を遥かに超えていた。
炎の獣が走り抜け、消え去った後には
──虚の欠片すら残されてはいなかった。
代わりに残されたのは、綺麗に分子レベルで灼き尽くされ、
焦土と化した大地のみ。
「は……! はぁ……! は……はぁ……!」
肩を激しく上下させ、夜はその場にへたり込んだ。
全身を駆け巡る、生まれて初めて味わう謎の充実感。
夜は溶けたクレーターの中から、
ゆっくりと澄み渡る空を見上げた。
「や……やったよ……」
急激な霊圧の消耗にまだ身体が慣れていない夜は、
充実感に満たされたまま、その場で静かに倒れ込んだ。
(八神さーん! 八神さんっ!!)
遥か遠くで、急行してきた救援部隊の誰かが自分の名を叫ぶ声を掠かに聞きながら──サボり魔の少女は、深い眠りへと落ちていった。
戦闘狂の一面を垣間見せた夜ちゃんでした。