犯人は……一体誰なんだ〜!?
ミレニアムサイエンススクールの最高権力機関、セミナーの部室には、いつも通りの不穏な電子音が響いていた。
会計を務める早瀬ユウカは、ホログラムディスプレイに表示された天文学的な数字の羅列を前に、こめかみを青筋が千切れんばかりに押さえている。
「……コユキ。ちょっと、ここへ来なさい」
地を這うようなユウカの声に、部屋の隅でゲーム機をいじっていたピンク髪の少女、黒崎コユキはビクリと肩を跳ね上げた。
「は、はいっ!? な、なんですかユウカ先輩、そんな怖い顔して!
せっかくコユキちゃんが今、超高難易度のパズルをクリアして、世界の真理に一歩近づこうとしていたところなのに!」
「世界の真理はどうでもいいわ。私が聞きたいのは、この『補正予算・その他』の項目にある三千万円の使途不明金についてよ」
ユウカが画面を指差す。そこには、数日前の日付でセミナーの暗号化された予備口座から、追跡不可能な海外のマネーロンダリング用分散口座へと一瞬で送金されたログが残っていた。
ミレニアムの誇る最高峰のセキュリティシステムをすり抜け、セミナーの目を盗んでこれほどの巨額を動かせる人間など、学園内に片手で数えるほどしかいない。そして、その中で最も「やりかねない」前科持ちは、今まさに目の前で冷や汗を流している少女だった。
「さ、さあ〜? 何のことでしょうか〜? ミレニアムのシステムだって万能じゃありませんし、ほら、たまにはバグとか、あるいは宇宙からの有害なノイズでデータが書き換わっちゃうことだって……」
「コユキ」
ユウカの目が、完全に据わっていた。
「セミナーのセキュリティは、私とノアが毎日アップデートしているわ。宇宙線ごときで三千万円が消えるわけがないでしょう。それに、この送金プログラムの暗号アルゴリズム……あなた独自のクセが出まくっているのよ。言い訳は聞かない。このお金、何に使ったの」
「うぐっ……!」
言い逃れができないと悟ったコユキは、ガタガタと震えながらも、自身の正当性を主張するように胸を張った。
「ち、違います! 横領なんて人聞きの悪いことを言わないでください! これは投資です! 投資!天才暗号解読者にして、確率の支配者たるこの黒崎コユキちゃんが、ミレニアムの財政を十倍、いや百倍にして還元するための、一時的なお借り入れなんです!」
「それを世間一般では横領って言うのよ!!」
ユウカの怒号が部屋中に響き渡り、デスクの書類が数枚、ハラハラと床に落ちた。
ことの始まりは、三日前に遡る。
コユキは、日々セミナーでユウカから説教され、ノアから笑顔の圧力をかけられる退屈な日常に飽き飽きしていた。
「もっとパーッと派手に遊びたい!」「美味しいものを気が済むまで食べたい!」という底の浅い欲望を満たすため、彼女はダークウェブの海を回遊していた。
そこで見つけたのが、キヴォトス全域の裏社会で密かに流行している、超高配当を謳う海外のオンラインカジノ「エル・ドラド・ネット」だった。
普通の人なら怪しい詐欺サイトだと一蹴するところだが、コユキの頭脳は違った。サイトのセキュリティ、裏で動いている乱数生成器(RNG)の数理モデルを数分間眺めただけで、彼女はその攻略法を見抜いてしまったのだ。
「ふふーん、なるほど! このカジノ、表向きはランダムを装っているけど、イカサマをしていますね、まあ肝心の仕組みを見抜かれちゃわけがないんですけど。コユキちゃんの目をごまかせると思ったら大間違いですよ!」
コユキの脳内シミュレーションによれば、特定のタイミングで、特定の掛け金を入力し続ければ、理論上「100%の確率でジャックポットを引き当てられる」という結果が見えていた。
しかし、そのためには一つだけ問題があった。
このカジノの必勝ルートに突入するためには、最初のシステム負荷テストとして、最低でも三千万円相当の初期チップを一括で賭ける必要があったのだ。
「うーん、手持ちのお小遣いじゃ全然足りないし……。あ、そうだ! セミナーの第三予備口座、最近使われてないからちょっと拝借しちゃいましょう! 勝った瞬間にすぐ元本を戻しておけば、ユウカ先輩にも絶対にバレません! 我ながら天才的、まさに完全犯罪!」
コユキのアホ毛が嬉しそうにピンと跳ねた。
彼女は卓越したタイピング速度でセミナーのファイアウォールをバイパスし、ものの数十秒で三千万円をカジノの口座へと送金した。ここまでは、彼女の計算通り、完璧だった。
「……で、その『絶対に勝てるカジノ』とやらの結果はどうなったの?」
セミナーの部室で、ユウカは腕を組んだまま、氷のような視線でコユキを問い詰めていた。
コユキは、今にも泣き出しそうな顔で、人差し指同士をつんつんと突っつき合わせている。
「それが……その……。コユキちゃんの計算は完璧だったんです! 乱数の周期も、ベットのタイミングも、1ミリ秒のズレもなく完璧に実行したんです! 画面には『JACKPOT』の文字がキラキラ光って、脳汁がドバドバ出ました!」
「じゃあ、お金は増えたのね? 今すぐ戻しなさい」
「……増えたんですけど、引き出せないんです」
「は?」
ユウカの眉がピクリと跳ねる。
コユキは涙目で、自身のスマートフォンをユウカに差し出した。そこには、禍々しい赤文字で警告文が表示されていた。
>> 【アカウント凍結のお知らせ】<<
>> お客様のアカウントにおいて、不正なシステム介入(チート行為)の検知、およびキヴォトス金融規約に抵触する出所不明な巨額資金の流入が確認されました。<<
>> つきましては、利用規約に基づき、現在お預かりしている資産(元本30,000,000円および配当金300,000,000円)を永久に凍結いたします。<<
「……。」
ユウカは絶句した。
「そ、そうなんです! 運営のバカども、コユキちゃんがハッキングで乱数を書き換えたってイチャモンをつけてきて! 私はただ、システムが提示した確率の穴を突いた(物理)だけなのに! 規約の裏をかくなんて汚い! 卑劣です!」
「……あんたねぇ」
ユウカは深く、深くため息をついた。頭痛が限界突破しそうだった。
「確率の計算は天才的でも、どうしてこんな初歩的なトラップに引っかかるのよ……。そもそも、そんな違法カジノが素直に大金を払うわけないでしょう。最初からカモにされてるのよ」
「ううっ、そんなぁ……! じゃあ、コユキちゃんの三千万円(※セミナーのお金です)は……?」
「私のセリフよ!! どうするのよこれ、今期末の監査でノアにはなんて説明すればいいの!? 『コユキがカジノで溶かしました』なんて言えるわけないでしょう!」
その時、部室の自動ドアが静かに開いた。
「あら、楽しそうな相談事ですね。私の名前が聞こえた気がしたのですが?」
柔らかな笑顔を浮かべ、手帳を胸に抱えた少女――セミナーの書記、生塩ノアが立っていた。その目は一切笑っていなかった。
「ひえっ!? ノ、ノア先輩! いつからそこに!?」
コユキは飛び上がって椅子の後ろに隠れた。
「ええと、ちょうど『コユキちゃんがハッキングで乱数を書き換えたってイチャモンをつけてきて』あたりからでしょうか。ばっちり一言一句、私のメモ帳(記憶)に記録されていますよ」
ノアはトコトコと歩み寄り、ユウカの肩にぽんと手を置いた。
「ユウカ、お疲れ様です。大変でしたね。……さて、コユキちゃん?」
「は、はいぃっ!」
「三千万円の横領、および違法カジノへの不正アクセス。これはセミナーの規約、いえ、ミレニアムの校則違反の中でも最上級のペナルティ対象です。……ですが、奪われたお金をそのままにしておくわけにはいきませんよね?」
ノアは微笑みながら、恐ろしい提案を口にした。
数時間後。
ミレニアムの地下深くにある、臨時の「対策室」(反省室)。
コユキは頭に「ヘッドマウントディスプレイ」を装着され、両手には超高速タイピング用の特殊グローブをはめられていた。
「いい、コユキ。これからあなたには、そのカジノサイトのサーバーを逆にハッキングしてもらいます。規約で凍結されたというなら、その規約を管理している中央データベースごと、ミレニアムの技術力で『物理的・論理的に解体』するのよ」
ユウカが冷酷に指示を出す。
「ええっ!? そんなの、ただのサイバー犯罪じゃないですか! セミナーがそんなことしていいんですか!?」
「元はと言えばあなたが始めたことでしょう! 毒を食らわば皿までよ! 三千万円をきっちり回収するまで、一歩もそこから動いちゃダメだからね!」
隣では、ノアがストップウォッチを片手に微笑んでいる。
「コユキちゃん、頑張ってくださいね。もし1時間以内に回収できなければ、不足分はコユキちゃんの今後のおやつ代およびゲーム購入費から、分割120年払いで天引きすることになりますから」
「120年!? コユキちゃん、サイボーグになっちゃいますよぉ!」
「四の五の言わずに手を動かす!」
ユウカの怒声に背中を押され、コユキは「ひぃ〜〜ん!」と泣き叫びながら、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
画面には、カジノのセキュリティを次々と破壊していく天才的なコードが踊る。しかし、どれだけ彼女がハッキングで金を奪い返そうとも、それはすべてセミナーの口座へと直行し、彼女の懐には1円も入らないのだ。
「世の中には色々な商売があるけれど……セミナー役員って、割に合わないことばっかりですぅーー!!」