帝国学園。
後の時代には「王者・帝国」と呼ばれ、日本中のサッカー少年たちの憧れとなる学校。
だが俺と影山東吾が入学した頃の帝国は、まだ王者にはなりきれていない強豪校といった学校であった。
それでも設備は県内随一。
サッカー部専用のグラウンド、部室、トレーニング器具。
前世の記憶を持つ俺からすれば、この時代としては破格の環境だった。
「すげぇな……」
思わず漏れた声に、隣を歩く東吾が笑う。
「お前でも驚くことがあるんだな。」
「そりゃ俺だってあるさ。」
「俺はここを日本一の学校にしたい。」
相変わらず真っ直ぐな奴だ。
その言葉に迷いはない。
俺はそんな東吾を見ながら、小さく笑った。
「じゃあ、その夢に付き合うよ。」
「付き合うじゃない。」
東吾は人差し指を立てる。
「一緒に叶えるんだ。」
……本当に、この男が後に影山零治の父になるとは思えない。
だからこそ俺は決めていた。
未来は絶対に変える。
東吾にも、その家族にも、不幸な結末なんて迎えさせない。
◇
入部初日。
俺たち一年生は二、三年生の前に整列させられた。
部員は三十人以上。
全員が帝国のユニフォームを着ている。
その圧迫感は凄まじかった。
「一年坊主。」
三年の主将が俺たちを睨む。
「ここは遊び場じゃない。」
「帝国は勝つためにある。」
「弱者は必要ない。」
空気が張り詰める。
……なるほど。
この頃から勝利至上主義の片鱗はあるらしい。
もっとも、まだ影山零治のような歪んだ思想ではなく、「強くありたい」という純粋な競争心だ。
監督が笛を鳴らした。
「一年生。」
「今日から一ヶ月で実力を見る。」
「実力がなければ雑用だ。」
「以上。」
短い、だが十分だった。
要するに、実力でレギュラーを奪え。
それだけだ。
◇
練習は地獄だった。
朝五時から朝練で走り込み、放課後も夜まで練習。
家へ帰れば泥のように眠る。そんな生活が続いた。
しかし東吾は一切弱音を吐かなかった。
「負けるものか!」
「まだ走れる!」
誰よりも声を出し、
誰よりも泥だらけになり、
誰よりも最後までボールを追う。
部員たちも次第に東吾を認め始めていた。
「一年の影山、根性あるな。」
「橘も判断が異常に早い。」
俺は苦笑する。
判断が早いというより、未来のサッカーの戦術をある程度知っているだけなんだけどな。
とはいえ、それだけで勝てるほど甘くない。
この世界では身体能力も必要だ。
毎日ボールを蹴り続けるうちに、この身体は前世とは比べものにならないほど動くようになっていた。
◇
そして迎えた最終日。
監督が静かに言った。
「紅白戦を行う。」
グラウンドの空気が変わる。
「一年は赤。」
「二、三年は白。」
「勝った方を次の練習試合の主力とする。」
歓声が上がる。
一年生たちは緊張し、上級生は余裕の笑みを浮かべる。
「一年が勝てるわけない。」
「力の差を教えてやる。」
そんな声が聞こえた。
俺は東吾を見る。
「緊張してるか?」
「いや。」
東吾は笑った。
「ワクワクしてる。」
「同感。」
笛が鳴る。
試合開始。
◇
開始十分。
一年生は完全に押し込まれていた。
「くっ!」
味方DFが突破される。
シュート。
だがキーパーが辛うじて弾いた。
……実力差はある、けれど。
「東吾!」
俺はボールを奪い、そのまま前線へロングパスを送る。
東吾が飛び出す。
「速い!」
上級生DFが慌てて追う。
しかし追いつけない。
東吾はそのままペナルティエリアへ侵入する。
「撃つ!」
右足を振り抜く。
鋭いシュート。
だがGKが反応した。
「止めた!」
いや。
「まだだ!」
俺はこぼれ球へ全力で飛び込む。
相手DFより半歩早い。
右足を合わせる。
ゴールネットが揺れた。
「一点!」
グラウンドが静まり返る。
「一年が……?」
「先制した?」
ベンチの監督だけが腕を組んだまま頷いていた。
◇
しかし上級生も黙ってはいない。
すぐに一点を返される。
さらに逆転。
二対一。
残り時間五分。
「終わりだ!」
三年生が叫ぶ。
俺は時計を見る。
まだある。
「東吾!」
「任せろ!」
中央突破。
二人を抜く。
三人目に囲まれる。
「今だ!」
俺は右サイドへ走る。
東吾は迷わずヒールで流した。
「ナイス!」
その瞬間だった。
前世で何度も見た感覚。
視界が一気に広がる。
ボールの軌道。
味方の位置。
相手の重心。
全部見える。
「ここだ!」
クロス、一直線。
東吾誰よりも高く飛び、ヘディング。
ドンッ!
ボールはゴール左上へ突き刺さった。
二対二。
「まだ終わらない!」
東吾が叫ぶ。
そしてロスタイム。
最後の攻撃。
「橘!」
「来い!」
ワンツー。
さらにワンツー。
二人だけで中央を切り裂く。
「止めろ!」
三人が囲む、だが遅い。
俺はノールックで浮き球を出した。
「東吾!」
ボールは絶妙な高さ。
東吾は身体を捻りながら右足を振る。
――オーバーヘッドキック。
中学生では誰も見たことのないシュートだった。
ボールは一直線にゴールへ吸い込まれる。
「決まったぁぁ!!」
ここでホイッスルが鳴る。
三対二。
試合終了。
◇
誰も喋らなかった。
一年生が勝った。
それも俺と東吾の二人を中心に。
静寂を破ったのは監督だった。
「橘。」
「影山。」
「前へ。」
俺たちは並ぶ。
監督は部員全員へ向き直った。
「今日からこの二人を一軍のスターティングメンバーとする。」
一瞬、時が止まる。
「一年を!?」
「正気ですか!」
「実力で決めると言ったはずだ。」
監督の一言で誰も反論できなかった。
俺と東吾は顔を見合わせる。
まさか、本当に一年でスタメンとは。
監督は最後に俺たちだけへ言った。
「喜ぶな。」
「今日からお前たちは帝国の顔だ。」
「勝ち続けろ。」
その言葉の重みを、俺はまだ理解していなかった。
だが一つだけ分かる。
ここから帝国学園は変わる。
俺と影山東吾の加入によって。
そしてその変化は、やがて日本サッカーそのものの歴史を大きく動かしていくことになるのだった。
影山東吾は原作ではMFですがFWにしようか迷っています。
主人公はMFかな?