千恋*万花/2nd story(常陸茉子√) 作:Awino
慣れ……日常的によく使われる言葉ではあるが、いざ考えを巡らせた時、辿り着くのはどんな答えだろうか。
俺の場合……限界の忘失だ。
普通は真逆だと思われるだろう。しかし、視点を変えると少しは納得して貰えると思う。
慣れると最適な行動を無意識的にできる様になってパフォーマンスが上がる。それは間違いない。
他の事に気を回す余裕が生まれて、行動の幅が広がるだろう。
しかしその余裕が命取りだ。それが存在するという事は、意識を何割か削がれているという事になる。
慣れていない時は十割集中して行っていた事を、五割程度で行う様になる。
その分ムラ……隙が生まれるのは当然だ。残りの五割は他の事に向けられているのだから。
なら、改めて十割集中する。そうすれば無意識的に行なっている部分にも、それ以外の点にも目が届く様になる。
そう考えるだろうが、そんなに上手くは行かない。九割もできれば奇跡だ。
無意識の領域に意識的に干渉するのは極めて難しい。気付く点が増えた様に見えて、実際には種類が変わっただけ。
隙は完全には無くせない。だからミスを完全に無くす事はできないのだ。
なら、十割意識を向け続けるにはどうするべきか。答えから言うと慣れない事だが、人間である以上それは不可能。
つまり十割は諦めるべきだ。九割で妥協した上で、最重点を絞る必要がある。
そして、残りの隙は他の事でカバーする訳だ。慣れとは頼もしい様に見えて、ある意味枷になり得るのだ。
そんな事を新しい日々の中考える。失ってから気づいた事に少しの悔いを交えながら。
一週間の授業もこれで終わりだ。挨拶を終えた担任……中条比奈実が教室から去る中、俺は自分の荷物を纏め始める。
教材や筆記用具を入れて、軽く鞄の中を整頓する。乱雑に入れて取り出し辛くなるのは避けたいから。
席から立ち上がりながら鞄を閉じる。それと同時に聞き馴染みのある声。
「将臣さん!」
声のした方へ振り向くと、愛しい彼女の笑顔。俺は微笑を浮かべて返答する。
「じゃあ行こっか。茉子」
「はい!」
元気の良い返事と共に、二人並んで歩き出す。行き先は違うが、途中まで一緒に帰るのは恋人なら自然だろう。
鵜茅学院を出て、俺が向かうのは公民館。茉子は建実神社。
それぞれ放課後の活動内容が異なる為、共に過ごす時間は限られる。しかし、その分話題性に富む。
雑談を繰り広げながら帰路を辿る。若干急ぎ足になりながら。
「この間シュークリームを頂いて芳乃様と食べたんですが、その時の芳乃様が可愛くて……」
「ああ。想像付くね朝武さんの笑顔……まさに幸せ全開って感じで」
感想を言うと、茉子は不敵な笑みを浮かべる。しかし、大体言う事は想像できる。
「あは。浮気ですか将臣さん。最低ですね」
「する訳ない俺は茉子が好きなんだから。まず……」
俺が言おうとしてる事を茉子も察したのか、顔を真っ赤にして両手を突き出してくる。
「分かりました!ていうか分かってますから褒め殺そうとするのはやめて下さい!」
こうなる事は分かっている筈なのに、何故か茉子は弄ろうとするのを止めない。そういうのが本能に刻まれていたりするのだろうか。
まあ、こういうやりとりが楽しいので大いに満足だが。
「こういう時の茉子はチョロいよね。褒めさえすれば俺が勝てるんだから」
「ムッ……それ馬鹿にしてませんか?」
「そんな事ないって。九割九分だよ」
俺の返答に、茉子は再び声を荒げる。まるで子供のようにも見える。
「ほぼ完全に馬鹿にしてるじゃないですか!ワタシを玩具にして!」
「いや、俺は九割九分と言っただけで、それが馬鹿にしてる方だなんて言ってないんだけど……」
「え?じゃあ良いか……」
俺は必死に笑いを堪える。別に馬鹿にした事を否定した訳じゃないのに、彼女が良しとしてしまったから。
「?……何か笑ってます?」
「いや……楽しいなって」
「ええ。それはワタシも同じですが」
途中で気づいて怒られるかとも思ったけれど、別れ道に辿り着いてしまい解散となった。
いや、もしかしたら気付いているけれど、その懐の深さで受け入れてくれているのかもしれない……そう思いながら、我が師の下へ向かった。
「うむ……続けている甲斐あって特に腕が落ちている訳でもないが……もう少し磨けんもんかのう」
放課後の日課となっている剣道の稽古。祖父……鞍馬玄十郎はそう言葉を零した。
「お前は資質はあると思うんじゃが……もう少し突き詰めれば更に良い太刀筋になるとワシは思う。どうじゃ?少しだけ厳しくなるがやってみる気は無いか?」
彼はこの町ではよく知られた剣道高段者。経験と実力に富んだ者が言うのだから確かではあると思う。
しかし、俺はこれ以上極めるつもりはない。今は飽く迄最低限のラインを保つ目的でやっているのであって、これ以上は必要性を感じないから。
「それは確かなんだろうけれど、ごめん。俺はこれ以上厳しくするつもりはない。最低限動ければ十分なんだ」
「そうか。それがお前の考えなら仕方ない。今日の稽古はここまで。片付けを済ませて帰りなさい。戸締りはワシがする」
「ありがとう」
玄十郎が去っていくのを見届けて、俺は更衣室へ移動する。
そんな中ふと考える。先程はああ言ったが、もしこれ以上の技術が必要になるとしたらどうするのだろう。
祟り神の事件はもう解決した。それは間違いない。しかし、これから先もああいった危険が無いと、断定できるのだろうか。
まだ残された……或いは新たな呪いが現れないと、本当に言い切れるのだろうか。
もしそんなものに遭遇したら、今の俺は……
そこまで考えたところで、首を激しく振ってそれを振り払う。
どちらにせよ根拠がないのに、考えたって仕方がない事。今は今やりたい事を最優先すべきだ。
気持ちを無理やり切り替えようと、俺は更衣室へ駆け込んだ。
着替えを素早く済ませ、荷物を持って公民館を出た俺は、現在寝泊まりしている志那都荘への帰路を辿った。
「……」
帰宅した後、夕食と入浴を済ませ床に就いたのは良いものの、全く睡魔が襲ってこない。
いつも運動して疲れているので、こういうのは珍しい。就寝を試みてから既に二時間近く経っている。
流石にこのままだと、翌朝の稽古や勉学に支障が出るので、何とかして眠りにつく必要がある。
改めて身体に疲労を与えよう……そう考えた俺は深夜ではあるがランニングに出かける事にした。
音を立てない様にしながら素早く更衣を済ませる。いつもの私服に着替えると、タオルと鍵を持って宿を出る。
しっかり戸締りした事を確認すると、俺は夜の町に駆け出した。
冷たい風が気持ち良い。新鮮な感覚を楽しみながら走っていると、再び公民館での考えが脳裏を過ぎる。
やはり少し鍛練を厳しくすべきだろうか。もしまた怪異やその他の脅威が現れた場合、俺は大事な人を守れるだろうか。
残念ながら、俺は茉子より遥かに弱い。単純なパワーですら優っているか怪しい。
木から落ちた彼女を受け止めた事があったが、あの時うまくいったのは本人が軽かったから。
決して俺にパワーがあったからではない。いざという時、俺は彼女に守られるだけになってしまうのだろうか。
そう考え、拳を握りしめる。歯軋りをする。そんなのは嫌だ。彼女を守るのは自分でありたい。
何も出来ない……そんな事になってしまったら。彼女が自分を守って傷付く様な事があれば、俺は自分の存在を許せないと思う。
常に彼女と対等でありたい。彼女の弱さも受け入れたい。その為には強くなる事が必要。
明日から鍛練を厳しくしよう。そう思い走るペースを上げた時、目の前に何かが見えた。
それは、ここに来てから非常に馴染みのあったもので……黒く妖しく蠢いていた。
あれは……祟り神?!どうして……
俺がそう思うと同時に、相手はその場から逃げる様に動き出した。
くっ……待て!
俺はいてもたってもいられず、衝動に身を任せて走り出した。全速力で。今は叢雨丸は無く祓う事はできないが、せめて根城だけは突き止めたい。
町の角を何度も曲がる。祟り神にはどんどん離されていく。
諦めずに追いかけたが、五つ目の角を曲がったあたりで姿を眩ませてしまった。
「くそ……間に合わ……」
その場に気を失い倒れる。俺以外誰一人通らない道を、夜風だけが通り過ぎていった。
ん……
気がついて目を開けると、既に夜は明けていた。周りにはポツポツと人が立っている。
えっと……確か祟り神を追いかけて、見失って……って、だからって俺その場で睡魔に負けたのか?!確かに疲れたけど……
そして新たな異変に気付く。幾ら倒れているにしても周囲の人が大き過ぎる。それに誰も俺を見て反応しないのだ。
まるで何事もないかの様に……
いや、俺倒れてるんですけど。ドン引きするか心配して駆け寄るかされてもおかしくないのでは?取り敢えず立ち上がって……
翼を支えにして立ち上がる。そう。翼だ。
は?!なんで俺の手羽になってんの?!それに全然高さ変わんないし!
種類は少々異なったもののこの異変には見覚えがあった。そう愛しい人が犬になったあの一件だ。
もしかして俺……茉子みたいに変身してる?!しかも鳥に……羽の色からして、雀か?取り敢えず声を……
「チュン!チュンチュン!」
うん。完全に雀だ。兎に角、誰かに相談……やっぱり経験者の茉子が良いよな。
そう考え走り出そうとすると……
「ニャア」
顔から冷や汗が垂れる。今の俺は生態系の圧倒的弱者であり、いつも愛でていた相手は今は自分を襲う捕食者。
今取るべき行動は……
嫌だあああああ!喰われたくないいいいい!
全速力で走りながら飛ぼうと試みるも上手くいかない。若干浮いてきてはいるが。
「ニャア」
猫はどんどん迫ってくる。大きく口を開けて噛み付いてくる。
軽快なステップで何とか躱わしながら翼を動かすが、相手の牙がすぐそこまで来ている。
こんなところで死ねるかよ!
牙が当たる寸前自分の身体が宙に浮き、上昇する。漸く掴んだ飛行のコツ。忘れない様に体に染み込ませるべく飛び続ける。
よかった……何とか飛べたな。取り敢えず、茉子を探さないと……
解決の為の協力者候補である常陸茉子を探すべく、大空に駆け出した。
見つからねえ……
あれから飛び続けて半日。日は既に落ち始めているというのに、未だに件の少女は見つからない。
もう何回目の休憩になるか分からない。現状に参って木の上で溜め息を吐く。
居ない……穂織中を飛び回ったのに全く見つからない……学院も探したのに居なかったし。つかなんなんだよこの町!俺の知ってるのとレイアウトが真逆なんですけど!
一日中飛び回って明らかになった事。それは元居た穂織の町と鏡写しの様に建物の配置や向きが真逆であった事だ。
だから最初は迷いに迷って捜索どころではなかった。
まるで並行世界にでも来たみたいだな……なあんて、そんな訳。だから茉子も居ないなんて事……
必死に否定しようとするが根拠が見つからない。もうそう考えるしか出来ないほどに情報が集まっている。
嘘だろ。茉子を守るどころか置いて、こんな変なところに来てチュンチュン鳴いてるって訳かよ……どんな冗談だよ……
翼で頭を抱える。自分の不甲斐無さに怒る。想ってくれた相手を裏切る様な事をした。
それが許せず、自分を恨めしく思う。夕日に照らされる中、一人で愚痴を零し続けた。
月夜に目を覚ます。いつの間にか眠っていた様だ。こんな状況の中呑気なものだと、心中で悪態を吐く。
木の下を見下ろすと、此方を凝視する男が一人。暫く経つと遂に木を駆け上がり始めた。
その様で察した。彼は忍だ。そして本能が告げている。殺されるから逃げろと。
俺はその場から飛び立った。男は木を伝いながら追いかけてくる。
まだ飛ぶのに慣れていないからか、距離が離れない。
このままだといずれ疲労が溜まり、ペースが落ちて追いつかれるか、墜落する。
そう思い気合いを入れ直すも、時間と共に体力は失われていく訳で。
しかも普段から鍛えている忍と素人が化けた雀では体力差があり過ぎる。
捕まる……そう考えていたところ、相手はクナイを投げてきた。
避けようとしたが、間に合わずに翼を掠める。
掠めたけど、ダメージは少ない。まだ逃げられる……
そう考えて数秒飛び続けたところで、その考えが甘いものだったと知る。
クナイには毒が塗られていた。それも神経毒。翼は動かなくなり墜落。
しかも呼吸もできない。死を悟った。
クソ……結局ダメなのかよ。ゴメン。茉子……先に死んで……
意識を失う直前、ポスンと何かに受け止められた感触があった。しかし、それについて考える間もなく、視界は頭の中は闇で覆われた。
「ん……ハッ?!」
差し込む陽光で目を覚ます。和室にある布団に寝かされていたらしい。
起き上がった際、力んだ腕の傷がズキリと痛む。そう。腕だ。
あれ?!俺、元に戻って……
一瞬今までの事を夢かと疑ったが、改めて部屋を見てその考えを改める。
知っている部屋ではない。それに夢なら傷が残っている筈もない。
ここは何処か。そう考え始めたと同時に、部屋の襖が開き、一人の少女が現れる。
「あら、お目覚めになられたのですね。よかった」
黒髪を肩までで切り揃えた和服を身を包んだ少女が、此方に安堵の視線を向けていた。
少女は俺の隣まで歩み寄ると、腰を下ろし正座をする。瞳は真っ直ぐに此方を見つめて離さない。
まるで測られている様な気分になる。放たれる雰囲気に少し圧倒されていると、相手は口を開いた。
「何処か痛む所はございませんか?」
優しい声音で尋ねてくる。今の所、特に警戒するべき点は見当たらない。
取り敢えず、素直に症状を伝える事にしよう。
「右腕の切り傷が痛みますけど、それ以外は特に。あの、此処は……」
ついでに今の状況を明らかにすべく、現在地を聞いてみる。恐らく得られるものは大きい。
「此処は赫灯楼。私の住む屋敷です。貴方は昨晩、雀の姿で翼に傷を負い、此処に落ちてきました」
悪夢の様な状況を思い出す。本当に殺される寸前だった。気になる事が増えていく。
「あの、俺忍者に殺されかけて……でも理由に見当が付かないんです……それに何で助けてくれたんですか?見ず知らずの俺を……」
困惑したまま次々に質問をぶつける。相手は最後まで聞いた後、微笑を浮かべて提案する。
「それには後でお答えします。ですが、まずは自己紹介といきませんか?名前も分からないままでは不便でしょう?」
それを聞いて、余りにも失礼な態度をとった事を自覚する。俺は直ぐに謝罪をする。
「すみません。俺困惑してて……有地将臣です。元々穂織って町に住んでて二日前の夜にこの町に迷い込みました。雀になったのもその時だと思います」
俺が申し訳ない気持ちになりながら自己紹介すると、相手はクスクスと笑いながら返答してきた。
「フフ……まるで此処が別の町みたいな言い方ですが、此処も穂織ですよ?」
驚きの解答だった。構造が全て真逆だったのに、穂織そのものだと言うのだ。
当然反論する。理解が到底追い付かない。
「いや、そんな筈は……だって建物の場所とか道とか全部真逆で……」
俺がそこまで言うと、相手は顎に指を添えて黙り込む。暫く経つと、質問への見解を語った。
「有地さん……ひょっとすると貴方は、神隠しに遭ったのかも知れません」
そこまで聞いて、俺は昨晩自分がした考察を思い出す。配置こそ真逆ではあったが、学院や神社はちゃんと存在した。
そこから、俺は此処が並行世界ではないかと仮定したのだ。
「神隠し……それについて詳しく教えてくれませんか?えっと……」
相手が未だ名乗っていないので、ついでに尋ねてみる。
「日月翠謌……この赫灯楼の当主です。神隠しとは、この町に古くから伝わる怪奇現象。何らかの因果を持つ者が、楽園に誘われるとされています」
因果……俺にそんな者が……もしかして、雀になった事と何か関係があるのか?それとも叢雨丸に選ばれたから?
考察をしてみるものの、まだ情報が少ない。更に質問を投げかける。
「あの、俺神隠しに遭う直前まで黒い靄を追いかけてて……」
そこまで言ったところで、日月が身を乗り出してきた。どうやら心当たりがあるらしい。
「祟り神を追いかけたんですか?!何故そんな危険な真似をしたんですか?!」
驚きと憤りの混じった声で問われる。目は見開かれ、眉間に皺が寄っている。
「いや、俺向こうの世界では叢雨丸って刀で祟り神を退治してて……今回は手ぶらだったけど、根城だけでも突き止めようと……」
日月は一瞬深く驚いた様な表情をして、その後深い溜め息を吐いた。呆れられてしまっただろうか。
「貴方がそういう役目を負っていたのは理解しました。しかし、手ぶらの時に無謀な真似はやめた方が宜しいかと」
返す言葉も無い。朝武さんは特殊な加護があるし、茉子は忍者だ。それに対して俺は多少鍛えているとはいえ一般人。余りにも無謀過ぎた。
「すみません。話は変わりますけど、俺はどうやって元に戻ったんですか?」
一番気になる内容だった。もしまた雀になる様なことがあれば、すぐに元に戻らなければならないから。
「ああ、それなら酷く穢れが付いていらっしゃったので、ウチの温泉で洗わせて頂きました。そしたら身体が光って……」
その瞬間顔が熱くなった。つまりは茉子と同じ状況。異性に大胆に裸体を晒してしまったという訳だ。穴があったら入りたい気分。思わず天を仰ぐ。
「あ、いえ、その……私何も覚えておりませんので……そう!その服とてもお似合いですよ!随分古いものですが完璧に着こなせていると思います!」
必死にフォローしてくれているが、寧ろ追い討ちになる気がする。もういっそ殺して欲しい。
「はあ……もう良いです。それで、何で助けてくださったんですか?」
改めて質問すると、相手は慈しむ様な目をして語った。
「私と……同じだと思ったからです。呪を受け、命を狙われる者同士。仲間意識みたいなものですかね」
驚いた。つまりは日月も呪われているという事になる。聞かずにはいられなかった。
「俺……二人の呪い解決に関わった経験があります。よければ話してくれませんか?その……仲間と思ってくださるなら……」
目を見開く日月。そう簡単に話してくれるとは思わない。此方にも急いで元の世界に戻る必要がある。
しかし、同じ境遇と知った人間を放っておける程、冷酷な振る舞いはできなかった。
「私……今何歳に見えますか?」
唐突な問いに、僅かにのけ反ってしまう。一瞬困惑したが、呪いに関係があると判断し素直に答える。
「えっと……十七歳くらい?」
「五百です」
心臓がドクンと跳ねる。人間ではあり得ない寿命。見た目からはとても想像が付かない。
しかし、彼女は呪われていると言った。新たに問いを投げかける。
「歳を取らなくなるって事ですか?」
「いえ、歳は確実に取っています。正確には、寿命が増え続けているんです」
俺は考察を始める。寿命が増える呪い。周囲からすれば得体の知れない化け物だ。
敵に回った場合、なす術なく滅ぼされてしまう……そう考えて討伐に踏み切ってもおかしくはない。
ただ、ここで日月さんが逃げに徹しない理由が気になる。ここに敢えて留まる理由……ここの人間に敵意がある?いやでも……
「日月さん……貴女は……これからも生きたいですか?」
俺の質問に相手は驚愕する。しかし、そこには深い意味がある気がする。
「有地さん……まさか気付いて……」
「俺……貴女が他の人間の命を蔑ろにするとは思えないんです。俺の事だって、追手がいると知りながら助けてくれている」
そうして俺は、ある仮説を唱える。
「ひょっとして、貴女の呪いは死んでも消えない……どこかに宿って残り続ける。そしてそれは周囲の人間に実害がある……だから此処に残って解決しようとしてるんじゃないですか?」
少女は驚愕したまま表情を変えない。気まずい空気が支配し続ける。遂に俺は耐えられなくなった
「なんて、考えすぎですよね」
「いえ。その通りです。私の呪いは、周囲の者から寿命を吸い続けるんです。そしてそれは、死んでも消えずどこかに宿る。だから死ぬ前に何としても祓う必要がある」
重々しい雰囲気で語る。そこには明確かつ確固たる意志が垣間見得た。
「私だってこんな命もう要りませんよ……もう誰かと別れるのは懲りましたから」
俯きながら搾り出す様に零す少女。初対面の俺でも、十分に伝わる程に重い感情だった。
「その感情が理解できるとは言いません。でも……」
俺は純粋に……強く覚えた感情を相手にぶつける。相手の目を真っ直ぐに捕えて。
「貴女の最期を幸せにできる様に、俺に手伝わせてくれませんか?」
少女は顔を上げて此方を見つめる。理解が追い付いていない様子。構わず俺は続ける。
「貴女は俺の命の恩人です。それに、例えそうでなくても俺は、貴女の事情を知って無視できる性格じゃない。自分の人生を自ら呪うなんて悲しすぎるから」
最後に、自分の望みを宣言する。勢いかも知れない。流されているかも知れない。偽善かも知れない。
けれど、この目の前の少女を重荷を下ろしてやりたい……この感情が嘘ではない事は確かだから。
「俺に……呪いの解決を手伝わせてください!」
相手は驚愕の表情の後、俯いて問い始める。
「危険ですよ?」
「承知の上……というか慣れてます」
「貴方に何のメリットもありませんよ?」
「偽善行為での自己満足です。それに恩返しや、俺が帰る手掛かりになるかも知れませんし」
「得体の知れない化け物ですよ?」
「違います。俺を救ってくれた優しい人です」
相手は遂に黙ってしまう。そこに俺は最後の質問をぶつける。
「面接は終わりですか?」
「はい……貴方さえよければ、どうかよろしくお願いします……」
その言葉を聞いて、安心する。しかし同時に空腹感に襲われる。
それを何となく察したのか、日月が提案する。
「取り敢えず朝ご飯にしましょうか。怪我を治す為にも体力を付けませんと」
「はい……お願いします」
見透かされてしまった事を悔いる。何とも調子がつかない。
日月と一緒に部屋を出ると、洗面所と大部屋の場所、着替えについて尋ねてから別れた。
洗顔や歯磨き等済ませた後、客間に戻ると服が用意されていた。
着替えて大部屋へ向かうと、日月が既に席に着いていた。向かいを指されたので座ると、適当な雑談を開始した。
暫くそうしていると、この屋敷に仕えていると思われる少女が料理を運んできた。
塩鮭、ほうれん草のおひたし、豆腐とワカメの味噌汁、白菜の浅漬けと、朝食にしては豪華な内容となっている。
「では頂きましょうか」
目の前の光景に圧倒されていると、既に配膳が終わっていた。
既に日月らは食べ始めていたので、俺も挨拶をして食べ始める。
ある程度食べ進めると、俺は一緒に食事している名も知らぬ少女について日月に尋ねる。
「あの、日月さん。あの方は……」
「ああ、紹介が遅れて申し訳ありません。彼女は東雲蛍。この屋敷に護衛として仕えてくれていて、こうして家事もして下さっているんです」
日月の紹介が終わると、東雲なる少女は此方へ体を向け、深く礼をしてくる。
「宜しくお願い致します。有地様」
「あ、はい。宜しくお願いします……って、そんな畏まらなくて大丈夫なんで、顔を上げて下さい!」
俺が焦って頼み込むと、日月は笑いながら指示する。
「だそうよ蛍。有地さんも困ってるし、楽にしてあげて」
「……畏まりました」
何とか顔は上げてくれたが、全然楽にはされてない気がする。完全にお客様対応モード。
いや、お客様には違いないんだろうけど、どちらかというと招かねざる客というか、凄く申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい有地さん。この子本当に真面目で……どうか大目に見て下さると……」
「ああいえ、お世話になってるのは此方なんで俺からは何も」
朝武さんと茉子みたい……この二人の様子を見てそう思った。
性格の違いなどはあれど、互いに信頼し合った良好な主従関係という点は似ている。
何としても生きて元の世界へ帰る……改めて誓いを建てた。
「話は変わりますが、有地さんは此処で保護させて頂く……その形で宜しいでしょうか?」
雰囲気は真面目なものに変わり、日月さんが問いかける。俺も居住いを正して返答する。
「あ、はい。それは勿論……というか、お二人は宜しいんですか?」
俺が確認を取ると、日月さんは笑顔、東雲さんは澄まし顔で返答した。
「ええ。部屋も余っていますし私は歓迎します。蛍も良いでしょ?」
「はい。料理や洗濯物が一人分増えた所で誤差でしかありませんので」
初対面である自分に親切にしてくれる事に感謝しながら、俺は新たに質問する。
「お二人とも、本当にありがとうございます。ところで、俺や日月さんの命を狙う奴らって何者なんですか?」
俺の問いに、二人は表情を固くして黙り込む。暫くすると日月さんが口を開いた。
「解決に協力して下さる以上、お話ししなければなりませんね。分かりました」
日月さんは此方を真っ直ぐに見つめ、詳細を語り始めた。
「彼らは日月家の始祖の時代から続く怪異討滅を目的とした組織で、名を祓呪院。陰陽師を中心に構成され、穂織とその周辺に現れた祟り神を討つ為に結成されました」
分かりやすく説明される情報を、俺は一つ一つ噛み締める。日月さんは続けて語る。
「組織での作戦という事もあり、最初は難なく祓えていました。しかし、祟り神は次第に強力になっていった。そこで、組織は禁忌に手を染めたのです」
少女は辛そうに語る。しかし、聞かなければ何も始まらない。俺は黙って続きを待つ。
「ある一人の少女を犠牲に、神力を宿す妖刀を作り出したのです。その力は圧倒的で、祟り神は一気に衰退しました」
その刀には見覚えがあった。嘗て元の世界で自身が振るった叢雨丸だ。
此方の世界にも類似する存在がある事を驚きつつ、世界を渡っても平和が犠牲の下にある事を悔いる。
「お優しいのですね。眉間に皺が寄っていますよ?しかし、貴方が思い詰めても仕方のない事です」
「すみません。続けてください」
俺は申し訳ない気持ちになり、続きを促した。
「妖刀の名は、鬼哭雪花。その活躍は凄まじいものでしたが、祟り神討滅には至りませんでした。そうして、遂に諸悪の根源が明らかになるのです」
「……日月家」
俺が小さく口にすると、日月さんは深く頷いた。そして遠い目をするように語る。
「日月家は元来呪われし家系。祟り神は日月家の存在がトリガーとなり生み出されていた」
そこまで話すと日月さんの表情が一気に曇る。
「私が五歳になる時、嘗て住んでいた日月の本家は襲撃に遭いました。両親や兄妹、親戚は全て殺され、瓦礫の下に居た私だけが生き残った」
俺は何とか表情を強張らせることなく話を聞いた。一番辛いのは本人なのだから、此方に気を遣わせてはならない。
「その時に、数々の思念が私に流れ込みました。襲撃者を怨む心、人生への後悔、そして……」
日月さんは一泊置いてから改めて語りだす。
「私が生きる事への願い」
そこで理解した。それが本人の今の目的へと繋がる事を。
「それら全てが混ざり合い、呪いに変わったのです。血縁を除く全ての人間から寿命を奪い、永遠を手に入れる……身勝手極まりない権能へ……」
日月さんは拳を強く握り締め、俯き震える。此処からはよく見えないが、とても険しい表情になっている事は容易に理解できた。
「その事を自覚せず、生きるのに必死だった当時の私は、よく遊びにいっていた分家へ逃げ込みました。分家の方々は私によくして下さり、事情を理解して警備を強化しました」
警備……この言葉を聞いて察した。今この場にも日月さんの警備に関わる人間がいる。
「あの、その分家の姓ってまさか……」
「はい。東雲家です。だから蛍は私の遠い親戚でもあるんですよ?」
東雲さんの方を向くと軽く会釈してくる。この関係性にも覚えがある。朝武家と常陸家だ。改めて此処が並行世界なのだと実感する。
「話を戻しますが、日月家の生き残りがこの家に居る事がバレるのは時間の問題でした。そこから祓呪院と私達の攻防が始まったのです」
一通り語り終えた日月さんは疲れた表情をしていた。東雲さんが身体を支えに入る。
「日月さんが呪いについて自覚したのはいつ頃だったのですか?」
「十五歳になってから、偶に夢を見るようになりました。そこで告げられるのです。何を犠牲にしても、お前だけは生きろと」
語れる事は恐らく全て。俺は情報を整理する為、日月さんは精神を落ち着かせる為、一旦解散する事にした。
「有難うございました。俺、一旦部屋へ戻ります。無理をさせてしまいすみませんでした」
「いえ、必要な事でしたので」
そう言って俺たちは一旦別れた。これから関わる事件はこれまでと比べ物にならないだろう……そう感じた。