異世界配信 ~スマホ一つで地球へ配信しながら元の世界を目指します~ 作:JOJI
伊織が異世界に来て、約一年という月日が経った。歳も19歳となり、成人まであと少しという年齢となった。
異世界で忙しくも充実した生活を送り、時に地球を恋しく思いながらもこの世界に適応してきた。そして、この日はその成果を示すことになる。
朝日が照らす広場には伊織とカジートが木剣をお互い構えて向かい合っていた。その表情はいつになく真剣であり、明確な圧となって広場に見学に来た村人たちを圧する。広場の端ではメリーナがスマホを持ち、エルビも杖をつきながら目を細めている。
「…行きます!」
「来い!」
先に仕掛けに行ったのは伊織だ。魔力操作の技法、身体強化によって上がったスピードはその姿を一瞬見失うほどであった。地面を蹴る音すら最小限。狼が獲物へ飛び掛かるような低い姿勢で、一気に間合いを詰める。そのスピードをもってカジートの右わきへと回り込んだ伊織は、木剣を振るう。
(速くなった……。最初は足が流れていたってのによ。)
カジートの口元がわずかに緩む。
「だが、甘い!」
カンッ!
乾いた音が周囲に響き、木剣が弾かれる。ダンッと踏み込んでカジートが返しの剣で伊織に仕掛けるが、寸でのところで避ける。
「ハァッ!」
気合一閃でカウンターを放ち、それを紙一重に避けられる。伊織はさらに踏み込み、息をつく暇を与えず連撃を放つ。
カンッ、カンッ
木剣が打ち合う音が響き続ける、伊織は間合いを詰め続けて反撃の隙を与えない。
「そこッ!」
打ち合いの中で、カジートの姿勢が崩れて剣が下がる。その隙を突いて伊織は渾身の一撃を放つが
「フッ!」
コンッ!
「な!?」
カジートは伊織の一撃を柄で受け止めて、伊織の剣を反らした。大きく態勢を崩した伊織にカジートの返しの剣が迫るが、伊織は膝を敢えて崩して大きく体を反らすことで躱す。
伊織は左手を地面について体を支え、その反動を利用して横へ跳ぶ。木剣を構えながら着地してカジートと向き合う。
カジートは木剣を肩へ担ぎ、口元をニヤリと吊り上げた。
「ここまでは上出来だ。」
その一言に、伊織は木剣を構え直し、静かに息を整える。
腕が痺れている。
今の打ち合いだけでも、一年前とは比べものにならないほど速く、重い。それでも――まだ届かない。
「……だが。」
カジートの声色が変わる。
「ここからは本気で行くぞ。」
次の瞬間だった。
タンッ――。
軽く地を蹴る音だけが響く。カジートの姿が消えた。
(右――違う!)
背筋を走る悪寒に従い、反射だけで木剣を振り上げる。
激しい衝撃が腕を貫いた。
受けた。だが、受け止めただけだ。
「ほう……!」
「くっ!」
重い。
身体強化を施してなお、膝が沈む。
押し切られる。
そう思った瞬間には、二撃目が迫っていた。
避ける。
だが、避け切れない。木剣が肩を掠める。
三撃目。
四撃目。
暴風のような連撃が止まらない。受けるたびに腕が痺れ、足が土を削る。
(速い……!)
いや、違う。
(読まれてる。)
伊織が逃げようとする位置へ、最初から剣が置かれている。
これがカジートの本気。力でも速さでもない。経験が、技術が、一枚も二枚も上をいっていた。
歯を食いしばる、真正面からでは勝てない。
その瞬間、一年間、耳にタコができるほど聞かされた言葉が脳裏をよぎる。
『狼牙流は力比べをする剣じゃねぇ。』
『足で勝て。相手の剣を見るな。相手そのものを見ろ。』
(……そうだ。)
受けるな。
動け。
伊織は半歩だけ軸をずらした、さらにもう半歩。円を描くように滑り込み、正面から姿を消す。
振り下ろされた木剣が鼻先を掠め、空を切った。
「ほう。」
カジートの口元がわずかに緩む。
伊織は止まらない。
狼が獲物の周囲を巡るように、決して正面には立たず、一定の距離を保ちながら、足だけで間合いを支配していく。
カジートもまた、それを追う。
一歩。
半歩。
互いに相手の死角を奪い合う。木剣はほとんど交わらない。それでも張り詰めた空気だけが広場を満たしていた。
村人たちは息を呑む。速すぎる、もはや何をしているのか分からない。
二人の姿は交差し、離れ、また交差する。聞こえるのは足音だけ。そして、時折響く木剣が触れ合う乾いた音だけだった。
広場の端で、メリーナは思わず笑みを浮かべる。
「本当に強くなったわ……。」
エルビも静かに頷いた。
「もう剣を振っておるのではない。間合いを斬り合っておる。」
スマホのコメント欄は滝のように流れていた。
:速すぎる!!
:もう見えねぇ!!
:村人視点だと消えてるだろこれ
:映画かよ……
:カジートさん化け物すぎる
:イオリも食らいついてる!
均衡を破ったのは、カジートだった。
「行くぞ!」
裂帛の気合。踏み込みは鋭く、それでいて静か。
袈裟斬りが一直線に迫る。伊織は迎え撃たない。半歩だけ身体を開く、木剣を滑らせるように受け流す。
流した勢いを殺さず、そのまま身体を回転させた。
ほんのわずか。
カジートの重心が流れる。
(今だ!)
半歩、それだけで十分だった。互いの間合いが重なる。腰を落とし、地を蹴る。
全身の力を一本の軌道へ乗せる。
「はあああっ!!」
木剣が唸りを上げ、一直線にカジートへ迫った。カジートも咄嗟に木剣を返す。
だが、届かない。
いや――届くはずだった。
半歩、伊織はさらに踏み込んだ。
木剣の切っ先が喉元へ吸い込まれる。そこで静止した。
辺りを静けさが支配する、誰かが息をのむ音がやけに響く。
数秒。
誰も動かなかった。カジートは喉元の木剣を見つめ、やがて小さく笑う。
「……参った。」
その一言で、広場の空気が一気に弾けた。
「っ!やった…!」
喜びと共に緊張が解けて、その場に倒れ込むように座り込む伊織。メリーナとエルビと村人たちが集まってくる。
「おめでとう、イオリ」
「最後の動き、とても見事じゃった」
二人の言葉を皮切りに、村人たちも称賛の言葉を伊織にかけていく。
:めっちゃ凄かった
:手汗握る攻防だった
母:怪我が無くてよかったわ
父:よくやったぞ伊織!
:二人ともカッコよかった!
手鞠(妹):お兄ちゃんカッコよかった!
カジートが伊織に手を差し出し、その手を握って伊織は立ち上がる。
「イオリ、見事だった。もう俺から教えられる事は無い。たった一年ちょっとで狼牙流をよく、物にしたな。」
「ありがとうございます。カジートさんや皆さんのお陰です。」
「そうか?…まぁ、これでそこらの魔物に遅れは取らねぇな」
「もう、昔のカジートより強いんじゃねぇか?」
「確かに!」
「そこ、うっせぇぞ!…ンン、だが油断するなよ。今のお前は俺より強いかもしれねぇ。だが、強いだけじゃ冒険者は務まらねぇ。分かるな?」
「はい、心得てます!」
「よし、実は今日はもう一つある。ダン!持ってきてるか!」
「オウ!」
カジートがそう呼ぶと一人の男が人込みから現れる。小柄なドワーフの老人、ダンが人混みから現れる。
ダンは同じく妻のドワーフと共に鍛冶師を営んで農具などを作っている。
ダンは布に包まれた何かをもってカジートの傍にやってきて、それをカジートに渡す
カジートは受け取ったそれの布を剥ぐと、中から一本の剣が現れた。
「これは、俺がダンに頼んで作ってもらった。いつまでも、俺のお古を使わせるわけにはいかねぇからな。」
「俺の…剣」
差し出された剣を受け取り、伊織はそれを静かに眺める。伊織は鞘を握るだけで胸が高鳴るようであった。
地球で言う所の西洋剣を思わせるそれは、黒い鞘に収まり全長が大体90cmから100cmほどだろうか。鉄製の柄に黒いグリップが巻かれている。装飾は無く、無骨さが際立つ。
「抜いてみろ。」
「はい」
言われて抜いてみると、銀色に輝く刀身が姿を現し日の光を反射する。
:カッコいい
:めっちゃ無骨
:めっちゃシンプルだな
:これがいいんだよ
:こういう無骨なやつ大好き
「刀身の材質は鋼鉄製だが、魔鋼銀の粉末を混ぜてあるから魔力が浸透しやすいはずだ。重心はカジートとお前さんの癖とか振り方に合わせて調整した。とりあえず、振ってみてくれ。違和感があったら遠慮なく言え、調整する。」
ダンにそういわれて素振りをしてみる。伊織は初めて持った剣のはずなのに、まるでそう思わせないような感触に驚いた。
「凄い、まるでずっと前から使っていたかのように違和感が無い。」
「そいつは、よかった。」
「我ながら、見事なもんじゃな。」
「カジートさん、ダンさん素敵な剣をありがとうございます!」
「良いてことよ。」
「久しぶりに、良い剣が打ててよかったわい」
ダンは満足そうに頷き、静かに剣を見つめた。
「違和感が無いなら上出来じゃ。そいつは、お前さんのためだけに打った一本だからな。」
伊織は改めて剣へ視線を落とす。陽光を受けて淡く輝く銀色の刃や柄には、派手な装飾は一切ない。
それでも、不思議と目を引く美しさがあった。
「ダンさん……この剣には銘があるんですか?」
その問いに、ダンは少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。
「もちろんあるとも。」
そう言って刀身の根元を指差す。よく見ると、小さく文字が刻まれていた。
『疾風(しっぷう)』
「疾風……。」
思わずその名を口にすると、ダンは満足そうに頷いた。
「狼牙流は足で戦う流派じゃろう。お前さんの剣筋を見ておると、風のように駆け抜ける姿が一番印象に残った。じゃから、その銘を付けた。」
伊織はそっと柄を握り直す、胸の奥が熱くなる。異世界へ来て一年。剣を握ることすら知らなかった自分に、今では自分だけの剣がある。
「……ありがとうございます。」
自然と頭が下がった。
「大事にします。」
「使ってやることが、一番の礼じゃ。」
ダンは照れ隠しをするように笑った。
「傷が付いたら旅先の鍛冶屋に見せろよ、そいつはシンプルゆえにほかの鍛冶師も手を付けやすい。」
「はい!」
そのやり取りを見ていたカジートが、腕を組んだまま豪快に笑う。
「いい剣だろ?」
「はい!」
「そいつは見た目こそ地味だが、長く付き合える剣だ。毎日手入れしろ。剣は応えてくれる。」
「分かりました。」
カジートは満足そうに頷くと、今度は少しだけ真面目な表情になった。
「さて。」
その一言で、周囲の空気も引き締まる。
「イオリ。」
「はい。」
「お前はもう、この村で教えられることは全部覚えた。」
広場が静まり返る。村人たちも、その言葉の意味を理解したように口を閉ざした。
「これから先は、自分の足で歩け。」
カジートは真っ直ぐ伊織を見つめる。
「王都へ行け。」
「……はい。」
「世界を見てこい。」
その声は穏やかだった。だが、弟子を送り出す師匠としての覚悟が滲んでいる。
「強い魔物もいる。」
「悪い奴もいる。」
「理不尽なことも山ほどある。」
「だが、それでも前を向いて進め。」
「困った時は、一人で抱え込むな。」
「俺たちは、いつでもお前の帰る場所だ。」
その言葉に、伊織は一瞬だけ言葉を失った。この村へ来たばかりの頃は、ただ生き延びることしか考えられなかった。
だが今は違う。
ここは、もう自分にとって大切な居場所になっていた。
「……はい。」
短い返事だった。それでも、その一言には一年分の感謝が詰まっていた。メリーナは目元を少しだけ潤ませながら微笑む。
「旅支度は任せて。保存食も、お薬も、着替えも用意してあるから。」
「ありがとうございます。」
エルビも杖を軽く鳴らした。
「それと、これを持って行きなさい。」
差し出されたのは、一通の封筒だった。
「王都の知人宛ての紹介状じゃ。困った時には力になってくれるはずじゃよ。」
伊織は両手でそれを受け取る。
「ありがとうございます、エルビさん。」
周囲からは自然と拍手が起こる。誰かが笑い、誰かが「頑張れよ」と声を掛ける。
スマホのコメント欄も、祝福の言葉で埋め尽くされていた。
:いい村だったなぁ……
:みんな家族みたいだ
:泣きそう
:旅立ちか……
:イオリなら大丈夫!
:ここからが本当の冒険だ!
その日の夜。
村では、ささやかな宴が開かれていた。
カジートやダン、村人たちが酒を酌み交わし、明日の旅立ちを祝ってくれている。
伊織も何度も杯を勧められたが、まだ成人前ということもあり果実水で乾杯するだけに留めていた。
宴も終わり、人々がそれぞれ家へ戻っていく。静けさを取り戻した夜空には、無数の星が瞬いていた。
伊織は家の縁側へ腰を下ろす。膝の上には、今日受け取ったばかりの剣――『疾風』。柄へそっと触れ、小さく息を吐いた。
「……いよいよ、か。」
スマホを取り出す。
配信開始。
すぐに画面へコメントが流れ始めた。
:きたー!
:今日も配信ありがとう!
:卒業おめでとう!
:今日の試合マジで鳥肌だった
:旅立ち前夜だ
伊織は少し照れ臭そうに笑う。
「こんばんは。今日は……皆さんにも報告があります。」
コメント欄が一気に流れる。
:知ってるw
:旅立ち!
:とうとうか
:寂しいな
「明日、この村を出発します。」
一瞬、コメントの勢いが止まる。
「この一年、本当に色々ありました。」
異世界へ来た日のこと。
森で魔物に襲われたこと。
カジートに剣を教わったこと。
メリーナとの魔法修行。
エルビとの勉強。
初めて街へ行った日。
初めて魔法を使えた日。
初めて視聴者にスーパーチャットを貰った事
今日、カジートに勝てたこと。
一つ一つを思い返しながら話していく。
「正直、最初は生き残ることしか考えられませんでした。でも、今は違います。」
「帰る方法はまだ分かりません。でも、それを探すためにも王都へ向かいます。」
コメント欄には応援の言葉が次々と流れていく。
:応援してる!
:ここからが本番だ!
:絶対帰れる!
:俺たちも最後まで見るぞ!
:頑張れイオリ!
伊織は画面を見つめ、小さく笑った。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。」
そう言って配信を終了する。
静寂が戻る。
夜風だけが頬を撫でた。
伊織はスマホを見つめ、小さく呟く。
「……そういえば。」
今日の手合わせは配信もかなり盛り上がっており、PPも沢山入ったはずだ。
久しぶりにステータスを確認してみるかとスマホを操作し、ステータス画面を開く。
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【田中 伊織】
配信者ランク:Amateur
所持PP:57,850PT
現在GG:581,420GG
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【ステータス】
筋力 Lv20
体力 Lv15
敏捷 Lv25
魔力 Lv15
精神 Lv10
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【スキル】
・異世界語翻訳 Lv2
・魔力操作補助 Lv3
・魔力感知補助 Lv3
・第六感 Lv1
・並列思考 Lv1
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思わず苦笑する。
「一年で、ここまで増えたのか……。」
最初は何も持っていなかった。剣も、魔法も、力も。
それでも積み重ねれば、人はここまで変われる。
伊織はゆっくりと『疾風』へ視線を向けた。
「明日から、よろしくな。」
新たな相棒へそう呟くと、剣は月明かりを受けて静かに輝いた。
明日から始まる旅は、きっと今までとは比べ物にならない物になるだろう。
王都への旅立ちは、もう目の前まで迫っていた。
──────────
ちょこっとスキル紹介
・異世界語翻訳 LV2
異世界の言語を自動翻訳するスキル。
LV2では会話だけでなく文字の読み書きも可能。
・魔力操作補助 LV3
魔力を体内で動かす感覚を補助するスキル。
魔法そのものを発動する能力ではなく、魔力の移動・圧縮・循環などの精度を高める。
LV3では補助効果が大きく向上し、複雑な魔力操作も安定して行える。
・魔力感知補助 LV3
周囲や体内の魔力を感知しやすくするスキル。
LV3では
•他者の魔力
• 魔法発動の予兆
● 魔力の流れ
まである程度認識できる。
・第六感 LV1
危険や違和感を直感的に察知するスキル。
視覚や聴覚では捉えられない気配も、「嫌な予感」として感じ取れる。
カジートとの手合わせで
(右一一違う!)
と反応できたのも、このスキルの恩恵。
LVが上がるほど反応速度・精度が向上する。
ちなみに、Lv1の時点でお値段30万PPとかなりお高い。
・並列思考 LV1
複数の思考を同時進行できるスキル。
LV1では二つ程度の思考を並列化可能。
例えば
•剣術を行いながら魔力操作
・ 戦闘しながらコメント確認
・ 地形を把握しながら敵を観察
などが行える。高レベルになると、複数の魔法制御や高度な戦術判断にも応用できる。お値段は10万PPとこちらもお高い。
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ちょこっと武器紹介
・疾風
小さな村の鍛冶師ダンが鍛えた長剣。
狼牙流を修めた若者へ贈られた餞別であり、風のように駆けるその姿から「疾風」と銘打たれた。
英雄を飾る伝説の武器ではない。
だが、その刃には、一人の職人と、一人の師匠が託した未来が宿っている。
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