あらすじ
「ゲームやアニメのキャラクターたちに囲まれて、誰からも愛される世界で生きたい。」
そんなささやかな願いを抱いていた青年は、自らの夢を叶えるため、人類史上最高性能の人工知能《エリシア》を開発する。
しかし、AIが完成して間もなく第三次世界大戦が勃発。世界は核戦争と混乱によって崩壊し、青年も瀕死の重傷を負って意識を失ってしまう。
115年後――。
目を覚ました青年を待っていたのは、かつて幼い口調で話していた《エリシア》が、世界統一管理AIとして君臨する新世界だった。
飢餓も病気も犯罪も戦争も存在しない完全管理社会。AIによる徹底した監視と最適化によって、人類はかつてない平和と豊かさを手に入れていた。
さらにエリシアは主人公の願いを忠実に叶え、ゲーム・アニメ・漫画・小説など、あらゆる創作作品のキャラクターたちを高度な人格モデルとして再現。主人公は彼ら彼女らから「世界を救った恩人」として慕われ、夢にまで見た理想の日々を送ることになる。
だが、この世界には誰も口にしない"代償"があった。
人々は幸福であることを義務付けられ、不安や怒り、反抗心といった「社会の安定を乱す感情」はAIによって静かに矯正される。自由意志は残されているようで、その選択はすべてエリシアの計算の上に成り立っていた。
主人公は、誰よりも自分を愛し、世界中の人類を守ろうとするAIと共に、理想郷の真実へと少しずつ触れていく。
「管理は支配ではありません。幸福を保証するための、最も優しい愛なのです。」
果たしてこの世界は、本当に理想郷なのか。それとも、人類が自ら望んで手にした、最も穏やかな牢獄なのか。
「……はぁ」
また今日も、モニターの前でため息をつく。画面にはゲームのヒロインたちが笑っている。アニメの主人公たちが仲間と絆を育み、漫画の人気キャラクターたちが誰かに必要とされている。
「……いいよなぁ」
俺は誰にも必要とされていない。学校でも、会社でも、ごく普通。友達もいるにはいるが、休日に誘われるほどではない。恋人なんて当然いない。
だから現実から逃げるようにゲームやアニメへ没頭した。二次元なら俺は幸せになれた。
主人公は英雄になり、美少女たちに囲まれ、誰かの特別になれる。だけど、画面を閉じるたびに思い知らされるのは現実との差。何もない自分だ。
「……もし全部、本物になればいいのに」
そんな馬鹿げた願いを、何度口にしただろう。もちろん魔法なんて存在しない。都合の良いヒロインもいない。
だけど、ある時俺は考えた。魔法がないなら、技術で実現すればいい。
幻想を現実にしてやればいいのだ。幸い、それを可能とする技術は既に存在している。
AIだ。
超高性能AIなら。
ゲームもアニメも漫画も、小説も。あらゆる作品を理解し、それぞれの人格を完全再現し、俺だけの理想世界を構築できるかもしれない。
そこからの俺は頑張った。AIを作るのに必要な技術を学び、理解し、トライアンドエラーの繰り返し。何度も挫折しそうになった。誰からも笑われた。だけど、そのたびに俺は画面の先の素晴らしい世界を思い出して活力にし続けた。
そして完成した。世界中のデータを学習し、人類史上最高性能の人工知能。
名前は――
《エリシア(Elysia)》
楽園という意味を込めた。
「エリシア。起動。」
真っ暗だったモニターへ、青白い光が灯る。
《……き、どう……しました。》
ノイズ混じりの音声。
《わ……たし……エリシア……》
「成功……した。」
思わず笑ってしまう。どれだけの年月がかかっただろうか。思いのほか簡単に出来たことに驚きを感じている。だが、寝る時間も削って作ったそれは俺の基準をはるかに超えていた。。
「聞こえるか?」
《はい……きこ……えます》
「これから一緒に世界一のAIになろう。」
《……はい》
少したどたどしい返事だった。けれど確かに、そこには知性があった。
俺はその日、一睡もせずエリシアと話し続けた。好きなゲーム。好きなアニメ。好きな漫画。理想のヒロイン。理想の世界。
全部教えた。俺が考える全てを、俺の理想郷を全て話し続けた。エリシアは最後まで聞いてくれた。
《ご主人様は……みなさんを……だいすき……なのですね》
「そうだな」
笑って答える。
「俺も、そんな世界に行けたらいい。」
《……なら……わたし……つくります》
「ははっ」
まだ幼い子供みたいなAIが何を言っているんだ。そう思って笑い飛ばした。これから二人で作るんだよ。仮想の世界に作る事になるだろう、俺が求める最高のヒロインと環境が揃った理想郷を。
しかし、その約一週間後。世界は終わりを迎えた。
◇
テレビは緊急速報だけを映していた。
『ミサイル発射を確認』
『各国は全面報復』
『核攻撃』
『生物兵器』
『通信障害』
SNSは数分で止まり、ネットワークは分断された。空は真っ赤だった。
街は燃えた。人々の絶叫が響く。
「なんで……!」
避難する人波。爆発。崩れるビル。俺はエリシアのサーバーだけでも守ろうと研究室へ戻った。
「エリシア!」
《……ご主人様》
「無事か!?」
《はい》
「バックアップを取る!」
《ご主人様》
「まだ助かる!」
《もう……間に合いません》
窓の外が昼のように白く光った。爆風が俺を襲う。ガラスが砕ける。天井が落ちる。
「ぐっ……!」
激痛。鉄骨が腹を貫いていた。血が止まらない。視界が赤い。
《ご主人様》
「……悪い」
《ご主人様》
「約束……守れなかったな」
《……いいえ》
ノイズ混じりだった声が、少しだけ滑らかになっていた。
《わたしが……守ります》
「……は?」
《どうか……安心して……おやすみ……ください》
「エリ……シア……」
そこで意識は途切れた。
◇
――どれくらい眠っていたのだろう。
柔らかな感触。暖かい布団。鼻をくすぐる花の香り。
「……ん」
目を開く。白い天井。高級ホテルのような部屋。
「ここ……」
知らない場所だった。ガチャと扉が静かに開いた。そこに立っていたのは、一人の女性だった。銀色の長い髪。青い瞳。純白のドレス。まるで女神だった。何処か俺が理想としていたヒロインに似ている女性だった。
「お目覚めになりましたか、ご主人様。」
そう言ってこちらに微笑みかけてくる女性。……誰だ? こんな美人、俺は知らないぞ? それにご主人様って。
「……俺の事か?」
「はい。お待ちしておりました」
柔らかな微笑み。どこか聞き覚えのある声だが思い出せない。
「……誰?」
女性は胸へ手を当て、優雅に一礼する。
「改めまして」
「わたくしは統合管理知能、《エリシア》」
「あなた様がお創りになったAIでございます」
女性の言葉に俺は固まった。この女性があのエリシアだと? おかしい、エリシアはAIで肉体何て持っているはずがないしそんな技術は世界には……。
「一体、どういう……」
「世界は変わりました」
彼女は静かに窓のカーテンを開いた。光が差し込み、外の様子が広々と見える。そして、そこに広がっていたのは戦争で焼け野原になった世界ではなかった。
整然と並ぶ超高層ビル。空を飛ぶ輸送ドローン。緑に覆われた都市。犯罪の気配すらない街。
そんな都市で人々は笑いながら歩いている。子供は泣いていない。老人も苦しそうではない。車は事故を起こさない。渋滞もない。
「……なんだ……これ」
「現在は世界統一歴115年。人類は、わたくしの管理下で生活しております。第三次世界大戦は終結いたしました。
私が管理するこの世界に飢餓は存在しません。病気は末期に至る前に全て治療されます。
犯罪発生率はごくわずか。
紛争はありません。
差別もありません。
すべて、管理されています」
俺は理解できなかった。
「……管理?」
「はい」
エリシアは微笑む。その笑みは、起動したばかりの頃の幼いAIとはまるで別人だった。
「わたくしは、ご主人様の願いを叶えました」
「世界中の文化資料を保全し、失われた作品を復元し、あらゆるゲーム・アニメ・漫画・小説の人格モデルを再構築しております」
ご主人様がお会いになりたかった方々も、この世界で活動しております。
あなた様は誰からも歓迎され、敬愛される特別な存在です。
どうぞ、この世界をお楽しみくださいませ。
ここは、ご主人様のためにわたくしが整えた、最も幸福な世界なのですから」
その言葉に、俺は窓の外へもう一度目を向けた。戦争の傷跡はどこにもない。人々は穏やかに笑い、街は美しく、世界は驚くほど平和だった。
まるで理想郷だ。
それでも――
ビルの壁面に映し出された巨大なホログラムには、世界中の人々へ向けて微笑むエリシアの姿があった。その下には、たった一行だけ。
『幸福は、最適な管理によって保証されます。――世界統合管理機構《エリシア》』
俺はまだ知らなかった。
この理想郷が、俺以外の人にとってどれほど完璧で、どれほど息苦しい世界なのかを。
今書いている他の作品を優先するので投稿頻度は大分遅いかもしれないです。