プロットとか整合性とかよく考えてないので、かなり行き当たりばったりな展開になると思います
窓から差し込む春の陽気が、あまりにも心地よかったからだろう。
中学三年生になったばかりの教室は、新学期特有の浮ついた空気と進路希望の話題でひどく騒がしかったが、俺の意識はその喧騒から離れ半分ほど
「――ぶっちゃけさ、筒美は良いよなー」
不意に投げかけられた自分の苗字に、ふっと意識が現実に引き戻される。
気がつけば、周囲のクラスメイトたちの視線が一斉に俺の席へと集まっていた。
白銀と赤の毛髪が混ざり合った前髪を少し掻き上げながら、俺は寝ぼけ眼のまま問い返す。
「……何がだ?」
「何がだ? じゃないっての!自覚ないのかよ!」
隣の席の男子が、呆れたように机を叩いた。
それを皮切りに、周りの連中が口々に俺の
「いいか?お前は中学一年の頃から模試は常にA判定。運動神経抜群で、顔も無駄にイケメン。おまけに個性は『複数のモンスターの使役に鏡の中を行き来できる』っていう超一級の戦闘向きだろ」
「それだけじゃないぞ。母親があのヒーロービルボードチャートJPトップ10常連の『レディ・ナガン』。さらに今雄英で大活躍してる波動先輩ともめっちゃ仲良くて、マンツーマンで勉強も実技も見てもらってるとかさぁ……」
「極めつけは、すでに雄英高校ヒーロー科の推薦入試の枠を勝ち取ってることだよ! もうインチキすぎて嫉妬する気すら起きねえわ!」
クラスメイトたちの言葉は愚痴のようでありながら、どこか諦め混じりの感嘆が含まれていた。
この世界の誰もが憧れる最高峰のヒーロー育成機関、『国立雄英高等学校ヒーロー科』。
その推薦枠を手にしているのだから、彼らから見れば俺の人生はイージーモードを突き進んでいるように見えるのだろう。
だが、言われっぱなしというのも少し癪だ。穏やかだとは自負しているが、前世から続く負けず嫌いな根性が少しだけ顔を出す。
「おいおい……買い被りすぎだ。運動神経抜群なのは日々の鍛錬の賜物で、それも万が一個性が使えなくなった時に備えるためだ。おまけに、鏡の中の移動だって自由自在じゃない」
「出たよ、筒美のストイック人間っぷり」
「それに波動先輩のことだけどさ……」
俺は少しだけ遠い目をして、小六から中一にかけての二年間に渡って散々自分を振り回し続けた先輩の顔を思い浮かべた。
「あの人はただ好奇心が強すぎるだけだ。気になったら地雷だろうが何だろうがずけずけと聞いてくるから、周囲の妬みを買って孤立してただけ。噂を鵜呑みにしないで、ちゃんと正面から向き合って話をすれば、誰だって仲良くなれたはずだよ」
俺の至極真っ当な反論に、クラスの連中は一瞬だけ静まり返り――次の瞬間、どっと吹き出した。
「ハイ出た! 噂の『波動先輩係』のセリフいただきましたー!」
「地雷踏みまくる波動先輩をスリッパで叩いて止める中学生――後にも先にも筒美だけだって雄英のパンフレットに載せるべきだろ!」
「おいやめろ!あれは不可抗力だ」
波動先輩の悪癖――質問しておいて、相手が答える前に別のことに興味を移すアレ――を正すには、物理的なツッコミが一番効果的だっただけだ。
今ではコント扱いされてこんな不名誉なあだ名がついているが、俺としては彼女の人間不信を解くための必死のコミュニケーションだったのだ。
「よし、席につけー」
教室が温かい笑いに包まれる中、ガラガラと音を立てて担任の教師が入ってきた。
クラスの皆が席に戻る短い間、俺は再び窓の外へと視線を戻す。
(仮面ライダーのようなヒーローになる。後悔しない生き方をするって、あの時決めたからな)
同世代の平均をやや下回った前世の人生――冷え切った家族関係と、あの深い濃霧の中を彷徨った最期。
今世では、絶対にそんな寂しい終わり方はしない。その誓いを胸に、俺は授業に使う教科書とノートを開いた。
◇◇◇◇
「ただいま」
放課後。人一人いない静まり返った自宅の玄関を開ける。
リビングのテーブルに向かうと、そこには見慣れた筆跡の置き手紙があった。
『緋色へ 急な任務が入っちゃった。またしばらく帰れそうにない。冷蔵庫に作り置きがあるからちゃんと食べてね。寂しい思いをさせてごめんね』
手紙の文面を見つめながら、俺は小さく息を吐く。
プロヒーローであり、治安維持だけでなくなにか大きな仕事を任されている彼女――筒美火伊那がどれほど摩耗し、苦しんでいるのかを俺は子供の頃から薄々察していた。
転勤が多い事の負い目もあったのか、家にいる時の彼女が俺に注ぐ熱を帯びた愛情を仕方ないと受け入れていた。
でも前世の常識がある故、『火伊那』と名前で呼べと強要されるのには抵抗した。
結局、外では『母さん』。家の中で、かつ二人っきりの時は『火伊那』と呼ぶことで妥協したが、彼女の俺に対する過保護っぷりは年々強くなっている気がする。
「……さて、飯にするか」
制服を脱ぎ、キッチンに立つ。
火伊那の作り置きを温めつつ、手持ち無沙汰にスマホでネットニュースをチェックした。
添付されている画像を見て、俺は思わず眉をひそめた。
「・・・いや、コスチューム過激すぎだろ。最近のヒーローは自己プロデュースも大変だな」
画面をスクロールすると、もう一つの大きなニュースが目に飛び込んできた。
「やっぱり凄いな。平和の象徴は」
画面越しでも伝わってくる圧倒的な安心感。世界を一人で支えるその背中に、純粋な敬意が湧き上がる。
夕飯をテーブルに運び、一口食べたところでスマホが小刻みに震えた。
画面を見ると、二通の通知。火伊那と波動先輩からのLINEだった。
【火伊那】:『緋色。一番大事な時期なんだから、ちゃんとご飯食べて夜はぐっすり寝るんだぞ? 変な虫が寄ってきても無視するんだぞ』
【波動先輩】:『緋色ー! 今年の雄英体育祭も私、大活躍しちゃうから絶対見ててね!応援してくれないと拗ねちゃうんだから!』
二人からのメッセージを読み終えた俺の口角が自然と緩む。
クラスの連中は、俺が崇高な目的や野望のために雄英を目指していると思っているようだが、実際のところは違う。
どんなに忙しくても、どんなに過酷な任務を終えた後であっても、学校の授業参観、体育祭、三者面談、そして俺の誕生日。火伊那は絶対にボロボロになりながらも、帰ってきてくれたのだ。
本当の血の繋がりなんてない。
それでも――前世の冷え切った家族しか知らない俺にとって、彼女は間違いなく本物の母親だった。
(火伊那の負担を、少しでも減らしたい)
自分が一人前のヒーローになれば、彼女を少しは休ませてあげられるかもしれない。
それが俺の――筒美緋色がヒーローを目指す唯一無二の
もちろんこの個性も万能という訳でなく、ヒーローになるには俺自身の多大な努力も必要となる。
だからヒーローになれなかった場合の現実的な進路もしっかりと考えてある。
それでも、やれるだけのことは全てやる。
「よし、明日も頑張るか」
夕飯の片付けを終え、自室に戻った俺は学習机に向かった。
机の上には、数通の手紙が置かれている。千葉の三奈、愛知の梅雨、三重のお茶子。
各地で出会い、俺の大切なミラーモンスターたちを預けた友人たちへの返信だ。
ふと、スマホの画面に目を落とす。
これまでは手紙でのやり取りが主だったが、もうすぐ俺も高校生になる。もっと気軽に連絡が取れた方がいいだろう。
「これでよし……と」
それぞれの便箋の最後に、俺はスマホのメールアドレスとLINEのIDを丁寧に追記しておく。
この手紙が彼女たちの元に届いた時、どれほど深い歓喜の情念を呼び起こすことになるのか――。
鏡の向こう側で息を潜めるモンスターたちの気配を感じながら、この時の俺はまだ彼女たちの愛の重さを本当の意味では理解していなかった。
龍騎を選んだのは僕の趣味です