原作では出番はかなり先の彼が出てきます。
推薦入試当日の朝は、驚くほど澄み渡った青空だった。
二日間お世話になった波動先輩の部屋を綺麗に整え、前日にしっかりと下見をしておいたおかげで俺は何のトラブルもなく、十分な余裕を持って雄英高校の敷地へと足を踏み入れた。
流石は日本最高峰のヒーロー科推薦入試。周囲の受験生たちからは、一般入試受験者とは一線を画す異様な威圧感と緊張感が漂っている。そんな中、校舎の入り口付近で一際目立つ巨大な体躯の男が周囲に凄まじい熱気を放っていた。
「いやあ! 今日は本当に良い天気っスね!全身の血が滾るというか、まさに最高峰の入学試験にふさわしい日っス!」
すれ違う受験生たちに臆することなく、やたらと大きな声で話しかけている。
短髪で、どこか軍人を思わせる制服を模した格好。その暑苦しいほどのエネルギーに一瞬気圧されそうになりながらも、俺は不思議と嫌な気はしなかった。
前世でも、こういう裏表のない馬鹿正直なタイプは割と好きだった。
「そんなに気合が入っていると、試験本番前に息切れしちまうぞ」
俺が軽く声をかけると、彼は弾かれたようにこちらを向き、これ以上ないほど目を輝かせた。
「おおお!話しかけてくれて感謝っス! 自分、夜嵐イナサ! よろしくお願いします!」
そう言うや否や、直角を通り越して地面に叩きつけるような勢いで頭を下げた。
ゴンッ!!!
コンクリートの地面に、やたらと鈍くて重い音が響く。
「うおっ、大丈夫か!?」
思わず駆け寄ったが、夜嵐は何事もなかったかのように額にうっすら赤みを作りながら満面の笑顔で起き上がった。
「問題ないっス!これが自分の誠意の表れっスから! 自分、ヒーローに必要なのは何よりも『熱さ』だと思うんスよ!熱い心が世界を救うっス!」
「熱さ…か。なるほどな」
俺は少しだけ、自分の母親――筒美火伊那の姿を思い浮かべた。
「俺の母親もプロヒーローなんだけどさ……彼女の戦い方はスナイパーだから、あまり目立っちゃいけないんだ。だからどちらかと言えば冷静沈着、氷のように冷たく状況を分析する方が大事だって聞いた。ヒーローの形も、色々あるってことじゃないかな?」
「なるほどっス! 冷静さの裏にある熱い意志……深いっスね!勉強になります!」
そんな風に他愛もない話をしながら、筆記試験の教室へと向かっていたその時だった。
前方を歩く一人の少年に、夜嵐が「おはようございます!」と元気よく挨拶を投げかけた。
その少年は、髪の毛が左右で綺麗に赤と白に分かれている。
(…前世の小学生時代、体操帽のつばを跳ね上げた時みたいな髪色だな)
そんな緊張感の欠片もないノスタルジーに浸っていた俺だったが、少年が振り返った瞬間の表情を見て、思考が瞬時に凍りついた。
「――邪魔だ」
氷を帯びた酷く冷淡な一言。
少年の瞳には、およそ15歳の中学生が浮かべていいはずのない――この世の全てを憎み、拒絶するような暗い炎が揺らめいていた。
それはまるで、人殺しの目のようで――。
「……っ」
少年はそれだけ言い残すと、俺たちを無視して去っていった。
俺は思わず、隣の夜嵐に視線を向ける。
「夜嵐……大丈夫か?」
「大丈夫っスよ!」
夜嵐は快活に返事をし、指定された教室へと先に入っていった。
だが俺は見逃さなかった。
去っていく少年の背中を睨みつける夜嵐の瞳が、彼のそれと同等か、あるいはそれ以上に激しい『怒り』に満ちていたことを。
(これは、一筋縄ではいかない波乱の受験になりそうだな)
前世の記憶を持つ身として、そして『仮面ライダー』のようなヒーローになると決めた身として、俺は小さく拳を握り自分の教室へと向かった。
◇◇◇◇
筆記試験は我ながら完璧に近い出来だった。
前世の知識貯金と、波動先輩に叩き込まれた応用問題の対策が功を奏し、自己採点では九割五分は堅い。
続く面接試験。
重苦しい空気の面接室で、試験官から「どのようなヒーローになりたいか」と問われた。
俺は背筋を伸ばし、面接官の目をまっすぐ見つめて答えた。
「俺の戦いを見た人たちに…『いつだって、どんな時だって俺が傍に居て、背中を押してくれる』と、前を向く勇気を与えられるヒーローになりたいです」
かつて画面の向こうで、理不尽な運命に抗いながら人々を守り続けた仮面の戦士達のように。
面接官たちの表情に深く納得したような色が浮かぶのを感じながら、俺は最後の関門――実技試験へと臨んだ。
推薦入試の実技内容は、広大な演習場を個性使用ありで走る『3キロメートルマラソン』だ。
スタートの合図と共に、最前列を凄まじい速度で駆け抜けたのは紅白色の髪をした件の少年――轟焦凍だった。
彼は地面を踏みしめると同時に驚異的な規模の氷塊を放ち、後続の受験生たちの足を一瞬で封じ込める。
氷の道を作り、滑るようにして独走状態へと入る轟。
「……っ、さすがに速いな!」
だが俺にとって、その氷は絶好の『舞台装置』だった。
氷結によって作られた、滑らかで美しい氷の表面。それは、
「よし――来い!」
俺が左手で持ったカードデッキを鏡面に掲げると、氷の反射面からVバックルが実体化し俺の腰へと装着された。
左足に重心を置き、右腕を真っ直ぐ左斜め上―45度くらいの角度―に力強く突き出し、同時に左手は腰の横に構える。
「変身!」
掛け声とともに、カードデッキをバックルに挿入する。
バックルから発せられる独特の金属音が周囲に響き渡り、俺の身体を赤き鋼の装甲が包み込む。
格子状のスリットが入ったマスク。額に宿る龍の紋章。
その名は――仮面ライダー龍騎。
「よし……いける!」
冬休みに波動先輩と特訓していた最中、ようやく変身能力そのものに目覚めたばかり。
正直、まだその強大な力を完全に使いこなせているとは言えない。だが変身による身体能力の向上は凄まじかった。
地面を力強く蹴り上げ、轟の作った氷の上を滑るように、あるいは跳躍するように爆発的な速度で追い上げる。
前方を走る二人―強力な突風を巻き起こす夜嵐、そして冷徹に氷を走らせる轟―の背中が、ぐんぐんと近づいてくる。
「何だあれは……!?」
轟が驚愕に目を見張るのが分かった。赤い鎧を纏った規格外の存在が、驚異的な速度で迫っているのだから当然だ。
しかし、やはり完全には御しきれていないパワーに手こずり、最後の直線でわずかに失速。
結果は――
一位、夜嵐イナサ。二位、轟焦凍。三位、筒美緋色。
「はぁ…はぁ…やっぱり、まだ龍騎へ変身するのは身体にくるな」
変身を解除し、限界ギリギリの荒い息を吐きながら俺は自分の未熟さを噛み締めていた。
活動限界―9分55秒―には余裕があったものの、全力疾走と変身の併用は想像以上に体力を消耗する。
試験終了後、更衣室で着替えを終えた俺は、信じられない光景を目にすることになる。
「――自分、今回の推薦での入学を辞退させてほしいっス」
夜嵐が試験官に対して、きっぱりと言い放っていたのだ。
驚きに目を見張る俺に気づいたのか、夜嵐はこちらを振り返り少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた。
「筒美君……せっかく熱い話ができたのに、申し訳ないっス!でも自分…どうしてもあの男と一緒の学校でヒーローを目指すことはできないっス!」
彼の瞳には、未だに轟焦凍への強い拒絶の火が灯っていた。
そのまま嵐のように去っていく大きな背中を見送りながら、俺はぽつりと口にした。
「…名前に違わず、本当に嵐みたいな男だったな」
去り際の余韻に浸るのも束の間、俺は着替えと荷物を取りに波動先輩のアパートへ戻ることにした。
◇◇◇◇
アパートの部屋に戻り、帰りの新幹線の時間に向けて荷物をまとめていると、背後から音もなく忍び寄ってきた『影』に突如として身体を拘束された。
「ひーいーろー! もう帰っちゃうのー?」
柔らかく、しかし逃れようのない力強い腕が、俺の首元に絡みつく。
波動先輩だ。
個性で浮いている彼女が俺の背中にぴったりと張り付いたせいで、後頭部には女性の代名詞とも言える豊満な『着脱不可式胸部搭載型マシュマロ』が容赦なく押し付けられていた。
「先輩近いです!離れてください!」
「えー、なんでー?帰るの明日でも良くない? どうせ合格するんだから、そのままここで一緒に暮らそうよ。ね? そうしようよー!」
耳元で囁かれる甘い声。
密着する部位から伝わってくる、あまりにも過激な柔らかさと温もり。前世34歳の理性が、防戦一方で今にも崩壊しそうだ。
俺は必死に心の中で般若心経を唱え、邪念を無心で受け流す努力をする。
「明日も普通に学校があります。それに、まだ雄英に合格したと決まったわけじゃありません」
「合格するよ! 私が保証する!だからさあ…一緒に暮らそ?」
どうにか波動先輩の拘束を解き荷物をまとめてアパートを飛び出したが、彼女は駅までの道のりもぴったりと隣をキープして歩き続けた。
「ねえ、合格したら本当に一緒に暮らさない? 私インターンで結構お給料も出てるからさ、今よりもう少し広いお部屋に引っ越すこともできるんだよ?二人だけの秘密の部屋にしよ?」
「先輩…その話はまた今度」
念仏による精神統一も限界を迎えようとしていたその時。
「――何をしている、緋色」
駅の改札前。
人混みの中で、まるで地獄の底から響いてくるかのような酷く低く、暗い声が耳に届いた。
背筋に極寒の氷水を浴びせられたような戦慄が走り、俺の身体は凍りついた。
恐る恐る振り返ると、そこには不機嫌そうに腕を組み、冷徹な瞳でこちらを凝視している火伊那が立っていた。
その瞳から放たれる圧倒的なプレッシャーは、周囲の一般人が無意識のうちに本能的な恐怖で避けて通るほどだった。
「か、母さん…!?なんでここに……仕事は?」
「ちょうどこの近くで仕事が終わったから、迎えにきてあげたのよ。カプセルホテルに泊まっていたはずの私の緋色が、どうしてその小娘と仲良く手を繋いで歩いているのか、
火伊那の言葉は静かだったが、その背には黒く澱んだオーラが渦巻いている。
何より波動先輩を見据える彼女の目つきは、およそ正義のプロヒーローのそれではない。
悪人を法の下に引きずり出す眼光ではなく、獲物の急所を冷徹に狙い澄ます本物の『殺し屋』のそれにしか見えなかった。
だが波動先輩も負けていなかった。
いつもふわふわとしている彼女の目が、一瞬で冷たく鋭い光を宿す。
「あれー? 緋色のお母さんだ。でも、確か
「あら…
「部外者なんかじゃないよ。ねえ緋色……私たち、将来の約束もしてるんだもんねー?」
浮ついた小娘と赤の他人のおばさん。
お互いに顔だけは満面の笑みを取り繕いながらも、その瞳の奥では互いを明確に排除すべき敵として認識し合い、激しい火花を散らしている。
(うちの母親と先輩、絶対に仲良くなれなさそう。マジぴえんなんだが…)
あまりの修羅場っぷりに、俺の脳内は現実逃避気味の呑気な感想で一杯になっていた。
そこに発車ベルが響き渡る。
「母さん、もう新幹線の時間だから行こう。先輩、二日間お世話になりました!」
「あーっ、待って緋色! さっきの一緒に暮らす話、ちゃんと考えておいてね!」
改札へ向かう俺の背中に向かって、波動先輩が大きく手を振る。
すかさず、俺の隣を歩く火伊那が地を這うような冷気を含んだ声で吐き捨てた。
「――やらんぞ、泥棒猫」
その言葉は誰に聞かせるでもない、しかし絶対的な殺意を秘めた宣誓のようだった。
新幹線のシートに腰掛け、未だに背後に漂う火伊那の重苦しい空気を感じながら俺は深くため息をついた。
憧れの雄英高校への推薦入試の結果がどうなるかは、まだ分からない。
スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ観てきました。
最高でした。
ネタバレに配慮して詳しい事は言えませんが一言。
メイおばさん…あなたは偉大な人です。