これからも楽しい作品を作れるよう努力していきます。
今回のエピソードで、波動先輩の友達が早めの登場を迎えます
地元の学校の卒業式は、俺が雄英高校ヒーロー科の推薦入試に合格したということもあって、学校始まって以来の大騒ぎとなった。
壇上で表彰され、クラスメイトたちから盛大に送り出された余韻も冷めやらぬまま、俺と火伊那は静岡の新居へと引っ越してきたのだった。
「……いや、分かってはいたけどさ」
新居の正門をくぐり、広大な日本庭園の向こうにそびえ立つヨーロッパの古城のような洋館を見上げて、俺は改めて遠い目をした。
敷地面積は一般的な住宅地の何十倍、いや何百倍あるか分からない。防犯設備は大企業レベルの最新鋭のものが張り巡らされ、敷地内にはプライベートプールや全面ガラス張りのトレーニングジムまで完備されている。
そして何より――。
「筒美火伊那様、緋色様。これより皆様のお荷物の荷解きとお部屋の準備を進めさせていただきます」
バリッとした制服に身を包んだ、複数人のお手伝いさんたちが一斉に頭を下げる。
火伊那が「雄英生になった以上、これから過酷な試練を乗り越える必要があるんだから、緋色の私生活の負担を減らさないとね」と独断で雇ったプロフェッショナルたちだ。
「あ……これダメなやつだ」
前世のありふれた小市民だった男の脳細胞が、あまりの身分不相応な現実に完全にフリーズし、その場で盛大にぶっ倒れた。お手伝いさんたちが「緋色様!?」と大慌てで駆け寄ってきたのは言うまでもない。
◇◇◇◇
なんやかんやでお手伝いさんたちの迅速な仕事により、あっという間に荷解きが終了した。
自分の部屋で片付けをしていた際、段ボールの底に見覚えのあるぼろいテディベアが紛れ込んでいるのを見つけた。
それは俺が7歳の時、コツコツ貯めたお小遣いを使って火伊那の誕生日にプレゼントした物だった。
「火伊那の荷物から紛れ込んだのかな……届けにいくか」
俺はテディベアを抱え、廊下の奥にある火伊那の自室へ向かった。
ノックをして部屋に入ると、そこにはまだ段ボールの山がひっくり返っており、火伊那が髪を少し乱しながら必死に何かを探していた。
「火伊那、探し物はこれじゃないか?」
俺がテディベアを差し出すと、火伊那は弾かれたように顔を上げ、その美しい瞳を大きく見開いた。
「あ……! それだ。どこに行っちゃったのかと心配していたの!」
火伊那は駆け寄るようにして俺の手からテディベアを受け取り、愛おしそうに胸に抱きしめた。その安堵したような表情は、普段のクールなプロヒーローの仮面を完全に脱ぎ去っている。
「これ…まだ持ってたんだね。もうボロボロだし、捨ててると思ってたよ」
「当たり前だろ。私の、世界で一番大事な宝物だもの」
火伊那はテディベアの頭を優しく撫でながら、熱を帯びた瞳で俺を見つめた。
(愛する男から初めて貰った、一生モノのプレゼントなんだから。死んでも手放すわけないじゃない)
そんな重すぎる情念が言葉の裏に隠されているとは露知らず、俺は「親への感謝の気持ちをそこまで大事にしてくれてるんだな」と、微笑ましく思うだけだった。
この絶妙な認識のズレが、遠くない将来致命的な爆発を起こすことなど知る由もなかった。
その時、部屋のインターホンが鳴りお手伝いさんの一人の声が響いた。
『火伊那様、緋色様。エントランスに、緋色様へのお客様がお見えになりました』
「俺に?誰だろう」
「チッ……誰よ。せっかくの時間を邪魔して」
火伊那の口からプロヒーローらしからぬ舌打ちが漏れた気がしたが、気のせいと片付けた俺は首を傾げながら広大なエントランスへと向かった。
大理石の床が広がるエントランスの扉を開けると、そこにはあまりにも見覚えのある賑やかな人が立っていた。
「ひーいーろー! 引っ越し祝いに来ちゃったよー!」
両手を大きく振って満面の笑みを浮かべるのは、波動先輩だ。
その後ろには、オールマイトを彷彿させる笑顔の金髪の男性。鋭い眼つきと尖った耳を持ちながらもソワソワしている黒髪の男性。そして桃色のショートヘアがよく似合うボーイッシュな女性の三人が控えていた。
「……波動ねじれ。何故ここが分かった?」
火伊那の冷徹な声がエントランスに響く。その目は完全に不審者を警戒するスナイパーのそれだ。
しかし波動先輩はへっちゃらな顔で笑う。
「え? 緋色から聞いたんだよ?合格の連絡と一緒に。『今まで築いてきた金銭感覚が音を立てて崩れていく』って一緒に盛り上がってたの! はい、これ引っ越し祝い!」
波動先輩が俺に手渡してきたのは、ずっしりとした桐の箱だった。
中を開けた瞬間、俺は文字通り腰が抜けそうになった。
「こ…これA5ランクの近江牛!? しかも3キログラムもある!? こんなに沢山は流石に受け取れませんよ!」
「いいのいいの!私たちも今夜、このお肉ですき焼き同席させてもらうから!」
「頂いた身で言うのもあれですけど、ちょっと図々しすぎません?」
俺の電光石火のツッコミを見て、金髪の男子生徒――通形ミリオがポンと手を叩き、目を輝かせた。
「おお! これが噂の“ねじれちゃん係”のツッコミか! ユーモアを大事にする者として、これは対抗意識が燃えるね!俺は四月からヒーロー科三年B組になる通形ミリオ。よろしくね、筒美くん!」
「あ、天喰環だ……帰りたい」
「私は甲矢有弓。よろしくね、筒美くん」
波動先輩の付き添いの三人――後に波動先輩含めて雄英ビッグ3と呼ばれるようになる二人と、同じく実力者の甲矢先輩の自己紹介を受けつつ、俺は波動先輩に勝るとも劣らない先輩たちのキャラの濃さに押され気味だった。
「部外者をこの家に上げるつもりは――」
「せっかくの引っ越し祝いだしさ、筒美くん。良ければご飯の前に俺と勝負してみないかい?雄英ヒーロー科の先輩として、ねじれが猛プッシュしている君の実力を見てみたいんだ!」
波動先輩とバチバチ睨み合っていた火伊那が何か言いかけたところで、通形先輩が模擬戦を提案して来る。
俺としてもここ最近引っ越しの準備やら何やらで、訓練をする時間が取れなかったので渡りに船だったから提案に乗った。
制限時間は十五分。新居の広大な日本庭園を舞台に、俺と通形先輩の模擬戦が始まるのだった。
◇◇◇◇
「いくよ、筒美くん!」
「よろしくお願いします。通形先輩!」
庭園の芝生の上で、俺たちは対峙した。
通形ミリオ。雄英体育祭の第一種目(マラソン)で、スタートと同時に全裸になった変な男。
当然というべきか結果はドベであり、皆からも少ししたら忘れられるだろう程度の印象だった。
だがその認識は、今日ここで会った瞬間に崩れた。
自ら挑んで来る以上、かなりの手練れと見て間違いない。
(生身の今使える能力は一体につき一つ。遠距離攻撃系の個性じゃないなら、まずは様子見に徹させてもらう!)
『SWING VENT』
脳内で強くイメージを浮かべた俺の手中に、エビルダイバーの尻尾を模した鞭“エビルウィップ”が実体化する。
それを振るい、一気に通形先輩へ向けて鋭い一撃を放った。
超高速で空間を切り裂く鞭の軌道。更に先端には高圧電流が流れており、掠めただけでも相手を痺れさせ動きを封じる事が出来る。
動きを封じてる間に、ドラゴンライダーキックでとどめを刺す算段を付けていた。
しかし、エビルウィップが通形先輩の身体に接触する直前――。
ポロリと、体育祭の時のように彼の衣服が地面に落ち、次の瞬間通形先輩は文字通り忽然と姿を消した。
「なっ……どこへ行った!?」
周囲を見渡すが、影も形もない。
次の瞬間、通形先輩は音もなく俺の真後ろの地面から突如として飛び出してきた。
「背中がガラ空きだよ! パワーー!」
突き刺すような強烈な拳が、俺の腹部にクリーンヒットする。
「ぐっ!?」
鳩尾を抉るような凄まじい衝撃。前世を含めても経験したことのない激痛に胃袋の中身が逆流しかけ、一瞬で意識が飛びそうになる。
だが、ここで倒れるわけにはいかない。
“仮面ライダーのようなヒーローになる”と誓った根性が、俺の身体を辛うじて踏み留まらせた。
「おっ、今の一撃を堪えるなんて凄い根性だ!」
通形先輩は感心したように言いながら、素早くズボンを履き直して再び間合いを詰めてくる。個性を使うたびに服が脱げてしまうデメリットがあるようだが、その戦闘技術は桁違いだ。
「だったら物量で抑える! 来い!」
『ADVENT』
一番近い館の窓ガラスが石を投げられた水面のように歪み、仮面ライダーインペラーが契約したモンスター“ギガゼール”と、配下のゼール軍団合わせて10体が咆哮と共に顕現した。
鋭い角と高い跳躍力を持つモンスターたちが、通形先輩へ向けて一斉に襲いかかる。
だがその猛攻すらも通形先輩の身体を捕らえることは出来ず、逆に流れるように繰り出される拳でモンスターたちを次々とノックアウトしていく。
(強すぎる……!でも、あるはずだ。この状況を打破できる突破口が)
腹部の痛みに耐えながら、俺は一挙手一投足を見逃さないよう通形先輩の動きに目を凝らした。
観察しているうちに、俺はあることに気付いた。
すり抜けている間、通形先輩はほとんど動いていないのだ。
動く必要がないから動かないだけとも思ったが、杖で攻撃している個体にも同様の対処をしていた。
リーチの差と言うのは大きく、当たらない個性を有しているならそのまま突っ込んで武器を奪うという選択肢もあるはず。――と言うか、俺ならそうする。
「もしかして彼の個性は……」
それがしたくても出来ないデメリットがある。勿論罠の可能性もゼロとは言い切れないが、その時はその時として割り切ろう。
「これで迎撃する!」
『STRIKE VENT』
俺の右腕に、仮面ライダーゾルダが契約した“マグナギガ”の頭部を模した巨大な籠手“ギガホーン”が装着される。
砲口からエネルギービームを放ち、正面の通形先輩を牽制。今度はこちらへ走りながらすり抜けでやり過ごし、再び俺の背後へ出現した。
「そこだ!」
俺は振り返りざま、出現した通形先輩に向かって真っ直ぐ飛び出す。
「(反射じゃない…俺の動きを予測したか)でもそれなら、ブラインドタッチ目潰し!」
動きを読まれたことに一瞬だけ驚いた顔を見せた通形先輩だったが、即座に切り替え指を俺の目に向けて突き出す。
迫る通形先輩の指が目に命中する――その刹那、俺はバックステップで通形先輩の攻撃を避け、エネルギービームをもう一度放ちつつ頭の中で槍のような形状だが、あくまで剣である“ウイングランサー”を呼び寄せる。
エネルギービームが尽きるのに合わせて投げ、通形先輩の右足をすり抜けかけた瞬間――弾かれたように通形先輩の身体が後ろへ飛ばされる。
「なにっ!?」
「この短い時間で、ミリオの個性の弱点を見つけた……!?」
「すごいよ緋色ー!」
ヒットこそさせられなかったが、初めて彼の個性の隙を捉えた瞬間だった。
観戦していた天喰先輩と甲矢先輩が驚愕の表情を浮かべ、波動先輩はパチパチ拍手している。
残り時間は2分を切った。
活動限界と消耗の激しさを考慮しこれまで温存していたが、ここが勝負所だ。
「これで決める。変身!」
携帯した手鏡でVバックルを呼び出し、仮面ライダー龍騎へと変身した俺は龍騎の『FINAL VENT』のカードをドラグバイザーに挿入し、ドラグレッダーの力を使った必殺の構えをとる。
『FINAL VENT』
赤き龍の舞に合わせて空高く跳躍し、赤き龍の放つ炎を纏った必殺技――『ドラゴンライダーキック』を通形先輩へ向け繰り出す。
その絶対的な威力を見誤ることなく、通形先輩も回避しようと地面の中へ潜りだした。
その瞬間を、俺は狙っていた。
『CONFINE VENT』
俺が跳躍してる間にもう一枚挿入していたカードをバイザーに読み込ませた瞬間、不可視の波動が通形先輩を包み込んだ。
原典では相手の使用したアドベントカードの能力を無効化する能力を有していたこのカードの効果は――相手の個性の完全無力化。
「個性が使えない!?」
ピンポン玉のように地面から弾き出され、無防備な体勢をさらした通形先輩の胸元にドラゴンライダーキックが直撃し、激しい爆発と土煙が庭園に舞う。
(やったか!?)
と思った瞬間土煙の中から現れたのは、胸元に軽い火傷痕を作りつつも戦意を失っていない通形先輩だった。
「いやあ……君も相澤先生みたいに個性を消せるんだね。さすがに肝が冷えたよ! でも、直撃の瞬間に体の軸をずらして、ダメージを逃がさせてもらったよ!」
「うそだろ……あのタイミングで直撃を回避したのかよ」
ここぞというタイミングで個性を消された動揺で動きを封じ、その僅かな隙で大技を叩き込み一発逆転を狙う。
いくら雄英の先輩といえど、個性が使えなくなった状態では動揺して動きが鈍る。
その予想を裏切り、コンマ数秒のチャンスを手放すことなく純粋な身体能力と戦闘技術だけで致命傷を避けた。
龍騎の仮面の下で、俺は通形先輩の戦闘能力の高さに心底舌を巻いた。
ピピッ
タイマーが鳴り、十五分が経過した事を俺たちに伝える。
「そこまで! 引き分けだね!」
甲矢先輩の声で、模擬戦は終了した。
模擬戦の後、通形先輩から彼の個性“透過”の詳細について説明を受けた。
発動中は光も空気も透過させてしまうため、目も見えず、耳も聞こえず、呼吸すらできない。何も感じれないのに、ただ落ちていく感覚だけはあるというあまりにも使い勝手の悪い個性だという。
「案の定俺は遅れた。ビリッけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた」
服の件は別に言わなくても良いんじゃと思いつつ、額を指で高速で
「予測!!周囲よりも早く、時に欺く! この個性で上に行くには、経験則から予測を立てる必要があった! 俺はインターンで得た経験を力に変えて今を掴んだ!」
「インターン……波動先輩から聞きました。任意で行う校外活動で、活動中はサイドキックと同等の扱いだと」
体育祭などで得たコネクションを利用する関係上、誰でも行える訳ではなく、おまけにヴィランと交戦する可能性も含んであるなど相応の危険と隣り合わせだと。
俺が調べた範囲でも、過去に雄英生がインターン活動中ヴィランと交戦し、死亡したという事例もある。
「怖くはなかったんですか? インターンに行くのは……」
「もちろん怖いと思った事はあったさ! プロの現場では時に人の死にも立ち会う……けれども、怖い思いも辛い思いも全て学校じゃ手に入らない一線級の経験! 俺もサー・ナイトアイの所に行って、色んな経験を積んだから今の俺がいる。だから筒美くんが短時間で俺の隙を突いたのは、本当に驚いたよ!」
爽やかに笑う先輩の言葉に、俺は深く感じ入るものがあった。
どんなに強力な個性を持っていても、それを扱う人間の経験と技術が伴わなければ意味がない。
仮面ライダーのような本物のヒーローになるためには、まだまだ積み上げるべきものがある。
「決まりました。俺の当面の目標」
俺の背に抱き着こうとした波動先輩と、そんな先輩の首根っこをつかんで阻止する母さんの攻防を視界の端に追いやり通形先輩を見据える。
「通形先輩が卒業するまでの一年以内に、コンファインベントに頼らず貴方に一撃を与える。それが今の俺のPLUS ULTRAです!」
「ははは! いいね、受けて立つよ!」
その後、全員で囲んだ近江牛のすき焼きは信じられないほど美味かった。
火伊那と波動先輩は俺を挟んだ両隣で終始火花を散らしていたが、俺はお肉の美味さに夢中で綺麗にスルーした。
◇◇◇◇
夕食後、日も沈んで辺りも暗くなり波動先輩たちは帰路についた。
新居からの帰り道、夜道を歩きながら先輩たちの間では緋色の話題で持ちきりだった。
「なぁミリオ…あの1年生、普通じゃないな。あれだけ多彩な能力を有しているだけでも凄まじいのに、振り回されてる様子もないし、ミリオの透過にもあんな短時間で適応し始めるなんて」
天喰が真剣な表情で呟くと、甲矢も同意するように頷く。
「同感。それに、ねじれがあんなにベタ惚れして追いかけ回す理由が分かった気がするわ。あの的確なツッコミとストイックさ、まさに『ねじれちゃん係』ね」
「でしょー! 緋色はね、私のことをちゃんと正面から見てくれる、世界で一番かっこいい後輩なんだから!」
波動先輩は胸を張り、嬉しそうに夜空を見上げた。
その瞳の奥には、純粋な好意と――彼を誰にも渡したくないという、底知れない執着の光が静かに揺らめいていた。
「俺たちもうかうかしてられないさ! 彼にそう簡単に追いつかれないように、PLUS ULTRAの精神で俺たちも頑張っていかないとな」
通形ミリオの言葉に、皆が頷く。
あと一週間で始まる雄英高校生活。
通形ミリオという高き壁を超えようと決意した緋色だったが、彼はまだ知らない。
同じ新入生として入学してくる三人の少女たちと一人の少年。
そして先輩と養母を交えた六人の狂愛と執着――それが織りなす狂気のミュージカル開演のカウントダウンが、すでに始まっている事を。