蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・昼休み・総武高校・テニス部グラウンド。
私たちのテニス勝負は、一進一退の攻防を見せた。テニス経験者の三浦さんはわかるけれど、葉山君も意外とやるわねぇ。もちろん比企谷君も、いつも一人で壁打ちしているだけあって、ちゃんとボールについてきている。
試合が始まった当初こそ、観客は熱い雄叫びや黄色い声援を送っていたけれど、息の詰まるような接戦が続くと、次第に目で追い、ポイントが決まるたび息をつき、快哉を上げるようになった。
公式試合の決勝戦みたいな感じになってきている。長いラリーで極度の緊張状態が続く……。
こんな緊張感の試合は、本当に中学校で全国ベスト8に残った時の戦いを思い出させるわ。三浦さんが放ったサーブを、私が見事に打ち返した。打ち返したボールは葉山君の横をカーブを描くように曲がり、後ろの方へ飛んでいった。葉山君はそれに対応できなかった。
「比企谷君、基本サーブは私が受けるわ。あなたは前衛に徹して!」
「ああ、分かった」
私たちはもう一度役割を確認した後、三浦さんたちを待ち受ける。葉山君がサーブを打ってきた。素人にしては結構な威力のサーブだ。私はすぐにラケットに当てて相手コートへ跳ね返す。それを三浦さんが返し、比企谷君がまた返す。そんなラリーを続けていると、観客の誰かが私のことを話しているのが聞こえた。
「あれって……〇〇の妖精の戦い方じゃない?」
「何? 〇〇の妖精って?」
「〇〇中に『〇〇の妖精』って呼ばれていた女子がいたんだけど、まさかあの食蜂が……単なる同姓同名と思ってたんだけど」
こんな名前の同姓同名って……姿まで同じなのに、それは無理があるわよねぇ。
まあ、私が目立たないようにしていたのもあるけれど。今はロングヘアだけど、中学の時はショートヘアにしていたのも影響しているのかもしれない。
観客の中に雪ノ下さんがいて、麦野さんと一緒に見ている。
「雪ノ下のヤツも戻ってきてるな」
「そうみたいね。麦野さんと一緒に見てるみたい」
「食蜂、勝てる勝算はあるんだよな?」
「ええ、比企谷君が流れ球やこぼれ球を拾い損なわない限りはね」
「こっちはお前のおかげで楽させてもらってんだ。それぐらいはするさ」
混合ダブルスなんてほとんどやったことないけれど、比企谷君はその中でも私についてきてくれている。女子とダブルスを組んでいても、ついてきてくれる人はなかなかいないからね。
再びこっちにサーブ権が回ってきたので、麦野さんが私に教えてくれたジャンピングサーブを三浦さんと葉山君に放った。
しかし、コートギリギリのところでアウトになってしまった。2人ともピクリとも動いていない。反応できなかったみたいだわ。
観客も騒がしかったのに、さっきの一打を見て静まり返った。こういう静けさは本当にやめてほしいんだけど……騒ぐならもっと騒いでてほしい。そんな中、葉山君が私たちに声をかけてきた。
「食蜂さん、さっきのジャンピングサーブ……反応できなかった。本当にすごかったよ。話は変わるんだけど、お互い健闘したってことで引き分けにしないかな?」
「ちょ、隼人、何言ってんの? 試合だからマジで片付けないとまずいっしょ」
三浦さんは引き分けが嫌みたいね。それではテニスコートを使える権利を得られないわけだし。
「私はどっちでもいいわよ。引き分けでもいいし、最後まで勝負をつけるのもね」
「食蜂理沙……そうじゃないと面白くないっしょ。隼人、最後は1対1でやらせてくれない? 食蜂、あんたは構わないっしょ?」
三浦さんはどうやら1対1で戦いたいみたい。ちょっと前の私なら断っていたかもしれないけれど、前に進むと決意したから——
「三浦さん、あなたがそれでいいのなら、私は構わないわね」
「そう来なくっちゃね……面白くないからね」
葉山君と比企谷君はコートの外へ出て、私と三浦さんだけの戦いが始まった。失われていた試合感がどんどん引き戻されてくる感じがする。このピリピリした感じ……あの時味わっていたものよね。
三浦さんがジャンピングサーブを打ってくる。私はすぐにそのサーブを打ち返した。一進一退の攻防が続き、最後に放った私の一撃が三浦さんの横をかすめて、ボールは後ろの方へ転がっていった。
三浦さんはギリギリまでボールを追っていたみたいだけど、そのせいで転んでしまった。
勝者は私、ということになったんだけど——葉山君がすぐに駆けつけて、転んだ三浦さんをそのままお姫様抱っこしたまま、コートの外へ出て行ってしまった。
観客というギャラリーもその二人に祝福を送って、勝負に勝った私たちには何も触れないまま、葉山君たちが去ると一緒に観客も去っていったのだった。
……何これ。試合に勝って、勝負に負けたみたいな感じになったんだけど。そんなに葉山君と三浦さんが良かったのかしら……。
雪ノ下さんと麦野さんたちがこちらにやって来た。
「食蜂さん、試合に勝って勝負に負けたというところかしらね」
「うん、それ、私も考えていたところよ」
「相手があの葉山だからね。ああいうことになるのはまあ当然なんでしょうけど」
「食蜂、全く、大したやつだよ」
「比企谷君、それ褒め言葉と受け取っておくわねぇ。それとさっきの試合、合わせてくれてありがとうね」
「別にお前のためにしたわけじゃねえ。戸塚のためを思ってやっただけだ」
「比企谷君……あの、ありがと」
この依頼は一応達成したことになるのかしら。もちろん、テニスコートを今まで通りに使えるようになったってことなんだけど。
葉山君たちが何も言わずに去っていったんだから、そういうことなんだよね。この後、戸塚君にすごく感謝されたけれど、みんなで勝ち取ったものだから、私だけのおかげじゃないと思う。
「それはそうと、食蜂さん。もうすぐ予鈴が鳴ると思うのだけど、テニスウェアで午後の授業を受けるつもり?」
「そんなわけないでしょ! 何の罰ゲームなのかしらぁ!?」
私は急いで女子テニス部の更衣室へ走って行った。それから急いで着替えてから教室へ戻った時は、本鈴が鳴る数秒前だった。
午後の授業は、かなり疲れた体で受けたのだった。
この後、試合のことを嗅ぎつけた女子テニス部の部員たちから勧誘を受けることになったのだけど、私は丁重に断り続ける日が続いたのだった。