純粋水爆を超えたつもりの反物質エクスプロージョンすら、マイルにとって「核融合を経由する時点で無駄」でしかなかった。
それでも、紅魔族の意地は終わらない。
数ヶ月後、彼女はギルドの掲示板に、たった一行の通告書を貼り出す。
『物理法則の範囲内において、どちらの火力が上か、白黒つけようではありませんか』
世界の果ての荒野で、二人の少女が向き合う。
一人は最終真・爆裂魔法を、もう一人は十段重ねの「品揃え」を引っ提げて。
海を割ったあの日から数日後…めぐみんは自信満々に、純粋水爆をも超えた、反物質純粋水爆エクスプロージョンをマイルに見せつけていた。
ていうかこんなのに俺を巻き込むんじゃねぇ。
そしていつものとんでも威力である。
ただ、マイルの反応は自分たちが思うものと、全く違った。真顔で、こういったのだ
「え・・反物質があるのになんで核融合…?大半を中性子にして飛ばすなんて無駄では…?」
そう言って、同じ質量の反物質爆弾を用意し、核融合を経由せず直接反応させる。それは、めぐみんのテラ・ウラム・エクスプロージョン・オルタナティブを遥かに超える威力を見せつけた。というかこいつの厨二病過ぎるネーミングセンスなんとかならねーのか。
「まぁ反物質の対消滅も、すべてが完全にガンマ線変換されるわけじゃないですけどね。かなりの質量がニュートリノ変換されちゃうので。」
それでも、マイルのそれは、めぐみんのソレを間違いなく、数倍上回っていた。
「くッ…ま、また負けました…プハッ」
そうして、意地っ張りな紅魔族の爆裂狂は事切れるように力尽きた。
数ヶ月後。
場所は、この世のあらゆる知的生命体が生存を諦めた、世界の果ての未踏の荒野。
そこに、二人の少女が対峙していた。
一人は、サイドテールを揺らし、相変わらず善良な主婦のような笑顔を浮かべるピンク髪の少女、マイル。
もう一人は、黒いローブをはためかせ、元素周期表が刻まれた特製の杖を構える、両目のハイライトが無駄にギラついた紅魔族の少女、めぐみん。
そしてその中央で、俺はただ現実逃避に徹することにした。虚空を見つめながら「アハハ、うみ、きれいだな、木がいっぱいあるなぁ」と幼児退行を起こして、なにも見ないことを決めていた。
すべての発端は、めぐみんがギルドの掲示板に投函した通告書だった。
『物理法則の範囲内において、どちらの火力が上か、白黒つけようではありませんか』
かくして、異世界の命運を賭けた、最悪の知的テロ対決が幕を開けた。
「……フッフッフ、待たせましたねマイル。これが私の数ヶ月におよぶ猛勉強と、徹夜による極限演算の成果。私の、本当の、最終真・爆裂魔法です!」
めぐみんが杖を突き出すと、空間が「バキンッ!」と物理的に割れるような音がした。
彼女が展開したのは、もはや魔法陣ではない。幾何学的に配置された、魔力障壁による『正物質・反物質コア』の超精密配置図。
「わたしの爆裂道は、今日、ここに極まるのです!“反物質”! 質量をまるごとエネルギーに変換する究極の火種! 私はそれを、フェムト秒単位での爆発機序を魔法陣によって全て制御し、『三連爆縮構造』による反物質コアの核融合圧縮を敢行します!!」
「えっ、三連爆縮……!? 魔法でそれを……!?」
さしものマイルも、今回はきょとんとした顔ではなく、少しだけ目を見開いた。
「驚くのはまだ早いですよ! 爆縮の最内層において、圧力と熱量は限界を突破し――爆発コアは、クォーク・グルーオン・プラズマ相転移を引き起こします!! 宇宙開闢の直後にしか存在しなかった高エネルギー状態の指向性放射!! これが私の――!!」
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
幼児退行から強制的に現実へ引き戻されたカズマが、血を吐きながら絶叫した。
「お前アークウィザードだろぉぉ!! なんで自力でQGPを創り出そうとしてんだよ!! 魔法使いのアイデンティティはどこに捨ててきた!! 詠唱で『物質の超高密度プラズマ化』を宣言するんじゃねぇぇぇ!!」
「テラ・ウラム・グルーオン・エクスプロージョン・オルタナティブ!!!」
ドン。
音が光を追い越し、光が空間を溶かした。荒野の地平線そのものが、虹色とも形容できない未知の高エネルギーの色彩に染まり、国境線の山脈が文字通り「一瞬で蒸発して原子の塵」へと還っていく。
「……はぁ、はぁ、どうですか、マイル……!」
全魔力を使い果たし、いつも通り地面にビターンと突っ伏しながらも、めぐみんは勝利を確信したドヤ顔で息を荒くした。物理法則の限界に挑んだ、至高の反物質・相転移爆裂。勝った!その確信があった。
だが。
その光の霧の向こうから、とっとっと、と軽い足取りで歩いてくる影があった。
「すごい!すごいです、めぐみんさん! まさかナノちゃんの手を借りずに、自力の演算だけでクォークの束縛を解くなんて、感動しちゃいました!」
マイルは、パチパチと素直に拍手を送りながら、にっこりと笑った。
めぐみんもさぞ満足そうなドヤ顔である。
「あ、でも、それなら……わたしもちょっとだけ、新しいのを試してみてもいいですか? ちょうど、ナノちゃんたちが『もう勘弁してください!』って泣き言を言ってた面白い設計があるんです♪」
カズマの脳細胞が、一瞬で「死」を察知した。
「マイル、お前、まさか……」
「はい! めぐみんさんの三連爆縮にヒントを得て、ナノちゃんを使って『プランク長』単位で完全に制御した、反重水素化リチウムや反三重水素化物、それに六弗化タングステン——何種類もの反物質のコアを作ってみました。」
は?こいつはなにをいっている?1種類でも触れれば国が消し飛ぶ代物だ。それを、こいつは品揃えみたいに作り分けて、しかも積んだと言った。何種類も。10段に。
「磁力、分子間力、さらに強い力と弱い力が作用する領域まで使って制御した、正物質・反物質の、驚異の『10段階爆縮構造』です♪」
「おせちじゃねぇんだぞぉぉぉ!反物質を種類で選んで十段重ねすんじゃねぇぇぇ! 一個でも世界が終わるもんを松竹梅で揃えてんじゃねぇぞオラァぁぁ!!」
「じゅ、10段階……!?」
めぐみんの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「プランク秒単位の起爆機序により、最内層で何が起きるかというと――『ビッグバンの完全再現』です。標準模型を完全に崩壊させ、ヒッグス場を局所的に励起します♪」
マイルが可愛らしく小首を傾げ、人差し指をチークに当てた。
「あ、でも安心してくださいね? そのままだとブレーンワールドや真空期待値が完全に崩壊して世界が消滅しちゃうので、流石にその直前で止める制御を入れてありますから。物理的に、とーっても安全です!」
「どこが安全だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
カズマは、自分の髪の毛をむしり取りながら、この世の終わりを告げる絶叫を世界に響かせた。
「真空崩壊の引き金を指にかけながら『安全です』って言うなぁぁぁ!! ミクロの領域で宇宙のルールそのものをハッキングしてんじゃねぇ!! ブレーンワールドを巻き添えにするなぁぁぁ!!」
「あ、ミクロじゃなくてプランクです♪えへへ、じゃあ、いきますね♪ 『ビッグバン・オルタナティブ』!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
その日、世界は崩壊しなかった。
マイルの言う通り、プランク秒単位の超絶的な制御により、宇宙の崩壊は「ほんの手前」でピタリと止められたからである。
ただ、二人が立っていた荒野は、三次元の空間が少しだけ歪み、常に背景放射がメロディを奏でる奇妙な特異点へと変貌していた。
「うぅ……私の、私の最終奥義ですら……ただの子供騙し……」
砂に顔を埋めたまま、完全に魂の抜けた声でブツブツと呟くめぐみん。彼女の脳の許容量は、ついに十一次元の紐理論レベルまで破壊され、完全に再起不能となっていた。
「いやぁ、やっぱり物理って合法だし素晴らしいですね。燃料代もかからないし、とってもエコです♪」
満足げに、そしてどこまでも善良な主婦の顔で、少し時空が歪んだ空を見上げるマイル。
その横で。
カズマは、ボロボロになった胃を押さえ、静かに涙を流しながら確信していた。
この世で一番タチが悪いのは、悪魔でも魔王でもない。
「自分は平均値の、ごく普通の平凡な女の子だ」と本気で信じ込みながら、リーガル(物理法則)の免罪符を掲げて宇宙の真理をバグらせていく、あのサイドテールのサイコパスピンク髪なのだと。
(真・本当に、今度こそ終わり)
このシリーズを締めるにあたって、決めていたことが一つありました。
めぐみんを、最後まで「負けたまま終わらせる」ことです。
これは意地悪な決着ではありません。
むしろ逆です。
めぐみんがマイルに本当に勝ってしまったら、この対決の意味が壊れます。
マイルは最初から、火力で殴り合っているつもりすらない相手です。
彼女にとって反物質も核融合もQGPもビッグバンも、全部「省エネで合法な選択肢」の一つで、競争している自覚が一番薄い参加者です。
だからこそ、めぐみんがどれだけ進化しても、その差は縮まりません。
これは才能の差ではなく、そもそも見ている景色の違いです。
「ナノちゃんたちが『もう勘弁してください』って泣き言を言ってた面白い設計」という一文に、このシリーズで一番皮肉を込めました。
マイルを支えているはずの圧倒的な演算リソースさえ、もう疲弊しています。
それでもマイル本人は、燃料代がかからないからエコだと、本気で言っています。
これは彼女のキャラクターの核そのもので、最終的にカズマが「悪魔でも魔王でもない」とまで言い切るのは、この一貫した無自覚さへの、彼なりの最終評決です。
めぐみんの「ただの子供騙し……」という最後の呟きは、悲劇ではなく、ある意味で救いだと思っています。
彼女は十一次元の紐理論レベルまで脳を破壊されてなお、まだ「次」を諦めていません。
事切れるたびに「また負けました、プハッ」と起き上がってくる彼女のしぶとさこそが、このシリーズの本当の主役だったのかもしれません。
本屋で理論書を抱えたあの日から、ここまで。長い旅でした。
読んでくださった方、ありがとうございました。