願いの物語シリーズ【河合風香】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
有川さんが新たに師匠となってから、流石に平日休日という分け方は適当すぎると言われ、スケジュール表は二人によって作成された。
まぁ、課題形式にすればどちらの店でも出来るからという事なのだが、何かに付けて結婚結婚騒ぎ始めたのは田舎の老人感があって嫌な気持ちである。
いや、言うのは良いんだ。ただ、その相手が立花君なのが嫌だってだけの話で!
ほら、私にだけ言うのは良いけど、立花君を巻き込むのは違うじゃん!? ねぇ!?
「うっざ。自慢話? 惚気? ムカつくんだけど」
「あーん。妹が冷たいよぅ。ポチポチポチポチ」
私はこの悲しみを共有するべく立花君へメッセージを送る。
しかし、それを静香に見られ、携帯を奪い取られてしまった。
「ちょっと! 立花さんに変な事吹き込まないでくれる!?」
「変な事じゃないモーン。あった事だモーン」
「うっざっ!」
へへへと笑いながらカーペットの上をゴロゴロと転がって、のほほんとした顔で日向ぼっこをしている赤ちゃんを見つめる。
可愛いものだ。
静香もこんな時期があったなぁ。
「ちょっと。唯風の教育に悪いから顔近づけないでくれる?」
「ひどっ!」
「んいー?」
「ねー。ゆいかちゃーん。お母さん酷いよねー」
「んえー?」
「子供はかわえぇのう。静香にもこれくらいの頃があったもんだ」
「いや、その頃はお姉ちゃんも同じくらいだったでしょ。記憶を捏造しないでくれる?」
「なははは」
笑いながら手を伸ばしてきた唯風ちゃんの手を取り、お土産に持ってきたピアノの絵本で一緒に遊ぶ。
静香によく似て賢い子らしく、既に鍵盤を叩くと音が出る事を理解した様だ。
天才に育つよ。この子は。
「そもそもさ」
「んー?」
「立花さんの何が不満なの? あんな凄い人、そうそう居ないよ? 現実感もあんまり無いけど」
「なはは。確かにねー。立花君ってば、凄いを通り越してファンタジーな人だもんな」
「いや、それはお姉ちゃんも同じでしょ……まぁ、だからお似合いなのかもしれないけどさ。結局私じゃ釣り合わなかったって、今ならよく分かるよ」
「……静香ちゃん」
「だから!! あの立花さんが義兄さんになるチャンスなんてココしかないんだからね! 気合い入れてよ! ……ククク。立花さんは妹に弱い。義妹でもそれは変わらないだろう。これで親戚のウザイババァにもデカい顔をされなくて済むぞ。くくく」
「嫌な笑いだ。子供に見せられない顔になってるよ。静香」
「だーねー」
「ねー? ゆいかちゃん。ねー?」
「えー!」
私は上手く話を逸らす事が出来たぞと、ゆいかちゃんと遊びつつほくそ笑む。
しかし、流石私と長く姉妹をやっているだけあり、静香は見逃してくれなかった。
「で? 何が不満なの?」
「んー? 何がカナ―?」
「立花さんの事。話し逸らしたって誤魔化されないからね」
「ぐ」
「ほら。さっさと吐きなさいよ」
「あいおー」
静香とゆいかちゃんに迫られ、私は白旗を上げながらポツリ、ポツリと言葉を漏らすのだった。
本当は言いたくないけど。
「別にさ。不満は無いんだよ。ただ、ズルいって思うんだ」
「ずるい? 何がズルいのよ」
「だってさ! 立花君は、東雲先輩の事を諦めないといけないのに! 私は、私は幸せになっちゃうんだよ!? ……そんなの不公平だよ」
「ハァー!!」
「あー!」
頑張って話したのに、返ってきたのはため息でした。
ナニコレ? 虐め? お姉ちゃん泣いちゃうけど。
「それで全部?」
「ま、まだあるよ! 立花君ってばさ! 私に興味なんか欠片も無いんだよ!? この前なんかさ! わ、私が、私の裸見たのに! 胸が足りないから興奮出来ないなんて言ったんだよ!? 信じられる!? って、何その顔!!」
「心底呆れてるって顔」
「なんでさ!!」
「いちいち説明するの嫌なんだけどさ。普通に考えて、どうでも良い女とそんな話する男の人って居ないんだよ。こんな事言っても大丈夫だなって人としかしないの。分かる? つまりさ。信頼されてんだよ。立花さんの中で! しかも立花さんは相手を傷つける様な冗談は言わない人でしょ? もうそんなの答え出てんじゃん!!」
「あ……ぅ、で、でもさ! それは友達だからって事かもしれないじゃん!?」
「お姉ちゃんさ。友達だからって男の人の前で裸になるの?」
「うっ」
「ならないでしょ? 同じように立花さんだって友達だからって意味じゃないんだよ」
「うぅ……」
「普段は天才だなんだって言ってもさ。結局お姉ちゃんって料理とか勉強の事ばっかりで、こういう普通の人が当たり前に分かる様な事が何にも分からないんだよね」
「そ、それは……その、ごめん」
「なんで謝るの?」
「いや、だって失望したかなって」
「今更じゃない?」
「えぇ!!?」
「いや、そもそもお姉ちゃんって昔、他人の事嫌いだったでしょ。私なんて近づくだけで睨まれたからね。そんな人がさ。急に理想の姉になろうだなんて無理だと思わない?」
「それは、そうかもしれないけど……でも! でもさ! 私ってば理想のお姉ちゃん出来てたでしょ!?」
「それ。本気で言ってる?」
「う、うん。本気、だけど」
「本気で! 言ってる!?」
「……ちょっと、出来てないかも、しれない……ね?」
私は静香の圧に少し身を引きながら、自分への評価を下方修正したのだが、静香は酷く不満げな顔をすると溜息を吐いて私を蔑んだ目で見据えた。
「残念だけどさ。やっぱり、お姉ちゃんは普通の人じゃないんだよ。自分がちゃんとしているなんて勘違いしてるみたいだし。人の気持ちが理解出来ないんでしょ?」
「で、でも。静香ちゃん、私の事、好きでしょ? 紗理奈ちゃんも私の事好きだし。ほら! 理想のお姉ちゃん出来てるよ!」
「千歳さん……いや、今は佐々木さんか。佐々木さんは良い人だからお姉ちゃんみたいな人でも嫌いにならないだけでしょ。ほら。佐々木さんが明確にこの人嫌いって言うの見た事ある?」
「……ない」
「でしょ?」
「なら静香ちゃんは!?」
「なに?」
「いや……何でもないデス」
私はひとまずこの話題から逃げるべくゆいかちゃんを抱きかかえて、ササっと逃げ出した。
そしてピアノの絵本を近づけて、一緒に遊ぶ。
「ドレミファソラシド~」
「おえいあおえいあ?」
「ふふ。天才。天才」
「はぁ。話は終わりね。私、家の事やってるから、唯風の事見てて」
「はーい」
「あーい!」
ゆいかちゃんは指で鍵盤を一つずつ押しながら音を出して笑う。
私もゆいかちゃんと視線を合わせながら笑った。
子供は元気でも可愛いし、大人しくても可愛い。
大変な事はあるけれど、こんなにも楽しい想いをさせてもらえるなら欲しいと思う。
でも、相手が居ないしな……。
『風香の手を取った以上。俺は風香だけを想うよ』
ちっがーーう!!
そういうんじゃないから!
立花君はそういうのじゃないから!!
『風香』
うっせー!! 黙れ! 私の中の立花君!!
「あー! もう!」
「あー?」
「私、もうダメになっちゃうかも」
ゆいかちゃんを抱きしめたままカーペットの上に仰向けで転がる。
私は天井を見ながら、ため息を吐いた。
「でも、いつか、私も誰かと一緒に生きて行く事になるのかな?」
ゆいかちゃんは私の顔をぺちぺちと叩きながら神妙な顔をしている。
そしてそのまま頷いた。
「そっかー。そっか。そっかぁ。困ったなぁ」
立花君との、未来か。
「本当に、困ったなぁ」
私は近くにあったタオルで顔を隠しながら息を吐くのだった。