願いの物語シリーズ【河合風香】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
『料理の鉄人対決』なんて番組への出演から一週間。私は自宅謹慎を言い渡され、家に引きこもっていた。
何もかもが嫌になり、あれから何もする気力が湧かず、私はソファーに仰向けで横たわりながら、ただ天井を眺めるだけの日々だ。
「あー、死にてぇ」
目を閉じると、店で師匠に少し休めって言われた時の顔を思い出す。
見抜かれてた。有川さんの料理を食べた時の感情を、気持ちを、私の本心を!
きっと傷ついてた。
私が、傷つけたんだ。
そう考えると、涙が溢れて止まらない。
「あー。なんで、なんでなんだよ……わだしは、ただ……」
「河合! いるかー? 河合!」
「ん?」
目元を乱暴に拭いながら、ソファーに体を預けていると、何処からか誰かの声が聞こえてくる。
鍵は掛けていた筈だけど、泥棒だろうか?
いや、泥棒にしては私の名前を呼ぶのはおかしいだろ。
「うおっ! 何やってんだ! こんな所で」
「ぁえ? あぁ、立花君じゃーん。おひさー」
「おひさじゃない! てか、お前! くさっ! 酒も飲んで、飯も散らかして、部屋も散らかって……ってこっちは普段からっぽいな」
「へへ。ごめいとー」
私は何故か部屋の中に立花君がいるという状況が面白くなり、ケラケラと笑いながら近くに置いてあった酒を飲もうとした。
しかし、それは立花君に没収されてしまう。
「良いから風呂入れ。酷い状態だぞ」
「えー? いいよ。別にもう。どうでも良いでーす」
「いや、最低限人に見られても恥ずかしくない格好をしろ」
「私は、恥ずかしくない!! キリッ」
「はぁ。少なくとも俺は友人として恥ずかしいんだ。入ってこい」
「えー。めんどくさ。あ! ピコリーン! じゃあ立花君が入らせてよ。ほれー。洗ってくれよー」
「何言ってんだ! アホか!」
「アホかとはなんじゃ! アホかとは!! 妹ちゃんにはやってやってんだろ!! 私は知ってんだぞ!! 差別するな!!」
「やかまし。いきなりデカい声を出すな」
「入れろ入れろ! 差別はんたーい! 私にも優しくしろー!」
「子供か」
「子供なら入れてくれるんか? バブー。バブバブ?」
「風呂の準備くらいはしてやるから。お前も準備しろ!」
「ちぇー。しょうがないなぁ」
まぁ確かにちょっと匂うかなと思っていた私は上着を脱いで、ズボンも脱ぎ、下着も適当にソファーの上に放り投げる。
そして水を飲みながら風呂場の方へ向かっていくのだった。
「今風呂入れてるぞ。って! お前は何を裸になってんだ!!」
「いやだって、立花君が脱げって言ったんじゃん」
「そんな事を言った覚えはない!! 準備をしろと言ったんだ!」
「うぇーい。ま、似たようなモンじゃん? あっとと」
手を上げて陽気なポーズをすると、体がふらついてしまい、壁にぶつかりそうになるが、咄嗟の所で立花君に支えて貰えた。
流石の反射神経だ! すっげぇぜ!
「あー。ごみんごみん。なんかふらついてら」
「大丈夫か? お前」
「ダイジョビ。ダイジョビ。何とかなるっしょ!」
「……はぁ。ったく。しょうがないな。ほら。付いてこい」
「ん?」
私は立花君に手を握られ、腰を支えてもらいながら風呂場へと連れていかれた。
そしてバスチェアに私を座らせると、自分も上着を脱ぎ、風呂の中に入ってきた。
「え?」
「待ってろ。今温度調整するから」
立花君は私のすぐ横で上半身裸になりながら、シャワーを自分の腕に当て、温度を確かめると私の髪を軽く触り頷く。
「目、閉じろ」
「え? あ、うん?」
「熱かったら言えよ」
最初は毛先から、ゆっくりと頭皮に近づけてゆき、適温のシャワーが私の頭に掛かる。
そして、普段私がやるよりも遥かに丁寧な仕草で髪の毛を洗い始めるのだった。
や、やべぇ。気持ちえぇ!
声でそう!!
出したら叩かれそうだから出さないけど!
そして結構な時間を掛けて髪を洗うと、次に体を洗うぞなんて言って、私はマジで全身洗われてしまうのだった。
なんやこの男!!
なんなん!?
最後はお湯のたまった湯船に私をお姫様抱っこで入れ、何かあったら呼べ。なんて言って浴室の外に出ていくのだった。
「ま、マジか……アイツ、手で私の体洗ったぞ。は? え? 私これから法外な金取られるの?」
「バカな事言ってないで、休め」
「いや、バカはどっちだよ……」
私は外に聞こえない様な小さな声で呟いて、多分真っ赤になっている顔をお湯の中に付けた。
さっきまで酔っていた頭が、急速に目覚めており、私は酷い恥ずかしさに暴れ出したい衝動を抑えるのだった。
頭がおかしくなりそうだ。
それから、私は動揺を落ち着けるべく長風呂したのだが、風呂から出ようとした瞬間、外から立花君が入ってきて、私をそのまま湯船から抱き上げ、外に用意していた椅子に座らせ、全身を拭いた。
もう姫越えて病人だろ。みたいな気持ちにもなったが、羞恥心でそれどころじゃない。
しかし、私の頭はこんな想定外の出来事に対応出来ず、あわあわと無駄な言葉を吐くばかりだった。
そして、奴の趣味なのか。やたら清楚っぽい下着と上下を着て、再びリビングへと戻される。
いつの間に用意したのか。氷水を手渡され、やたら長い髪の毛もゆっくりと時間をかけて乾かされるのであった。
「これで終わりだ。ちょっと周り片付けるから、ゆっくりしてろ」
「……うん」
両手で持った冷たいコップから一口水を飲んで、ジッと立花君の動きを見る。
床に転がった洗濯物を籠に入れ、風呂場へ向かい。テーブルやその辺に転がったゴミを袋に入れてまとめる。
テーブルの上を拭き、簡単に掃除できると買った掃除具で床を軽く掃除した。
なんて手際の良さ。
気が付いたら人間が住んでいる部屋みたいになったぞ。
そして、全て終わらせた後で、台所へ行き鍋に入れたおかゆをもって戻ってくるのだった。
「少しは普通のものを食べろ。まともに寝てないだろ」
「……ありがと」
私はお礼を言いつつ、おかゆを一口食べて、目を閉じる。
泣きたくなるくらい優しい味だった。
師匠に初めて作って貰ったご飯を思い出す。
「……っ」
美味しくて、美味しくて、涙を器の中にポロポロと零しながら、鼻水をすすりながら、私は一口一口味わいながら、食べた。
私が立花君だったら良かったのに。
こんなに悩まないで済んだのに。
師匠の背中をどこまでも追いかけて行きますよって言えたのに。
どうして私は違うんだろう。
どうして私はこんなに駄目なんだろう。
どんな風に生きれば、こんな風に誰かを想う事が出来るんだろう。
何を考えれば、私は人間らしくなれるのだろう。
「わだじ、なんで」
「なぁ、河合」
「……?」
「お前はもう覚えてないかもしれないけどさ。昔、翼先輩が眠ってる場所で、河合と会った時。お前、俺に何言ったか覚えてるか?」
私は鍋をテーブルの上に置き、床に座っている立花君を見た。
立花君は私を見て、クスっと笑いながらハンカチで私の顔を拭う。
鼻水とかついてるけど、嫌な顔一つせず、それをたたんで立花君は静かに話を続ける。
「『そんな、どこの店で買ってきたかも分からないお饅頭じゃ東雲先輩は喜ばないよ! 頭空っぽか?』って俺が持ってた饅頭見ながら笑ったんだよ」
「……そんな事、言ったかな」
「言ってたよ。今日まで、一秒だって忘れた事はないな」
ギラっと、立花君の視線が鋭くなる。
ま、マズイ。ヤられる。
体を綺麗にしたのは、せめて心地よくあの世へ送ってやるって事ォ!?
「んひぃ」
「それからお前、俺に何言ったか覚えてるか?」
「ご、ごめんなさい。覚えてないです! はい!」
立花君は溜息を吐いて、立ち上がると私の方に手を伸ばしてきた。
ま、また頭を掴まれて破壊されてしまう!
私は逃げようとしたが、逃げ場などなく、せめて痛みは感じたくないと目を閉じた。
しかし、いつまで経っても痛みはこない。
不思議に思い、薄目を開けると立花君は悪戯が成功した。みたいな笑顔を浮かべて、私の頭をポンポンと叩くのだった。
子供を見る様な顔で。
バ カ に さ れ て い る !!
「こ、コラぁ!?」
「『一緒に東雲先輩が好きだったお饅頭を作ろうよ。君の想いが無きゃ東雲先輩も嬉しくないでしょ?』そう。お前は言ったんだ」
「え?」
私の手を取って、立花君は笑顔から一転、真剣な顔で私を見つめる。
「あの時からずっと、俺はお前を尊敬してきた」
「……」
「河合風香!!」
「ひゃい!」
「お前は人の気持ちが分からない人間じゃない」
……。
「お前の言葉は確かに拙いかもしれない。でも、その想いは間違いなく誰かを救っている!」
あぁ……。
「お前の願いは! お前の想いに触れた誰かの心に、確かな希望を与えているんだ」
本当に、この人は。
「なぁ、河合風香。お前の手は、お前の想いは、これまでに多くの人を絶望から救い上げてるんだ」
……立花君。
「お前は冷たい人間なんかじゃない! お前は、偶然、この道を選んだ訳じゃない。お前は! 確かに、自分で望んで鳴村さんの背中に付いていこうと決めたんだろう!?」
君は、本当にバカな人だ。
こんな言葉、私なんかに言っても意味無いのに。
もっと、もっとさ。言いたい人が居ただろうに。
なんだって君は、いつも。いつも。
初めて会った時から、ずっと、君は変わらない。
「君がどんな道を選んでも、変わらない。河合風香は、変わらないんだよ。そうだろ?」
もう、駄目だ。
何も抑えきれない。
私は、彼の手に縋りついて、彼にしがみついて泣く事しか出来ない。
初めて会った時の様に。
静香が行方不明になって、一人途方に暮れていた私の前に現れたヒーローの立花君と。
ただ、助けられるばかりだった私と、何も変わらない。
でもそれが少しだけ心地よく感じている自分も居るのだ。
あの時感じた、胸の奥のときめきと……同じ様に。
「なぁ、河合。俺と一緒に有川さんの所へ行こうか。行きたいんだろう?」
私を抱きしめながら呟いた彼の言葉は私に溶け込んで、胸の奥に確かな火を灯す。
その火は私の中で止まっていた歯車を動かし、強く一歩を踏み出す覚悟を生み出した。
「うん」
私は勇気という名の火を持って進む。
望む未来へ進む為に。