願いの物語シリーズ【河合風香】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
滑るように走る車の中で、私は運転する立花君の横に座りながら窓を眺めていた。
なんとまぁ、乗り心地の良い事である。
どうやら立花君は車の運転も上手いようだ。まったく不快感を感じない。
相変わらず弱点という弱点が無いようで。
「嫌味な人ですわねー」
「なんだ。急に」
「べっつにー! 運動出来て、顔が良くて、車も運転出来て、料理も出来る。家事も出来る。完璧超人が羨ましいなって思っただけですぅー」
「完璧な事なんて何もないと思うけどね」
「へいへい。度が過ぎた謙遜は逆に嫌味だぞ!」
「謙遜じゃないさ。俺はいつも逃げてばかりだから。完璧には程遠いなって思うだけだよ」
「逃げてる? 何から」
「晄弘や和樹。ハジメに淳史。だけじゃないけどね。俺は俺に向けられる期待の目からいつも逃げてるんだよ」
「そんなの! 東雲先輩が居なくなって、野球やるのが嫌になったんでしょ? しょうがないじゃんね」
「……」
「どしたの? 無言になっちゃって」
「いや、まさか河合からそんな風に言われるとは思って無くて、少し止まってた」
「なになに? 私が本気で君が怪我をしてるって信じてたって思われたってこと!? 心外なんですけど!?」
「そうだな。すまない。これは本当に悪かった」
「そこまで謝らなくても良いけどさ。でも、まぁ。私は見てるからね。大野君たちよりも、よく君の事を。だから気づくこともあるんだよ」
「そっか。河合にはバレてるんだな」
「まぁ、人徳の王ですから? 当然ですね?」
「ふっ、はは。確かにな。そうかもしれない」
赤信号で止まった車の中、私は自嘲する様に笑う立花君へ目を向けた。
彼は見た事も無いような冷たい目で、フロントガラスの向こうを歩く人々を見ながら、口を開く。
「あれから……俺はさ。こうして、歩いている人を見ていると、この中に翼先輩がいるんじゃないかって思う瞬間があるんだよ」
「……」
「ホームで電車を待っている時、誰かと待ち合わせをしている時、何気なく窓から町を見下ろしている時、立ち止まる度に、俺はあの人の姿を気が付いたら探してる。この世界のどこにも居る訳が無いのにな。たまに、情けなくなるよ」
「はぁー!! まったく! 君は本当にお馬鹿さんだね!!」
「……あ?」
「好きな人がさ、ずっと好きだった人が、両想いで急に居なくなって、よっしゃー! 居なくなったから次探すぜー! なんて言ってる方が私はどうかと思うけどね!」
「何が言いたいんだ?」
「だからさ。いつまでも想ってて良いじゃん! 別に好きでいても良いじゃん! そんだけ好きだったんだろ? 自分の全部だったんだろ? ならさ、いつまでも想ってる自分を誇れよ! そんな自分は罪人ですみたいな顔して語るな! アホめ」
間抜け面した立花君に、私は笑いながらそう言ってやった。
こんな顔をしている立花君を見ているのは私くらいだろう。
ふふふ。
なんか謎の優越感が胸に芽生える。
「……本当に、河合は凄い奴だな」
「そう? まぁ、当然かな」
「まったく。本当に凄い奴だ」
「まぁー。私もずっと好きな人が居るからね」
「そうか……は!!?」
「うぉっ!?」
緩やかに走り出し、変わらず順調に走っていた車が急に激しく加速した後に、荒々しくカーブを走り抜け、私は車の中であちらこちらに体をぶつける羽目になった。
「急になんだ! 安全運転をしろ!」
「いや、すまない。酷く驚いたもので……河合に、好きな人が居るなんてな」
「そんなに驚くこと?」
「驚くよ。みんな驚くんじゃないか?」
「なんとまぁ失礼な人達だよ!」
「すまん。すまん。いや、お詫びとして何か協力させてくれ」
「協力、ねぇ」
私は胡乱な目を横に向け、鼻を鳴らす。
「私のこの淡い恋心に今日まで気づかなかった男に何が出来ると言うんだか」
「う、ぐ。それを言われると辛いな。しかし、ほら。そんな俺にも出来る事が「無いよ」……そうか」
「なーんにもない。立花君だけじゃないけどね。他の誰にだって。何の協力も出来ないよ」
「……河合」
「私の気持ちはさ。諦める以外に先の道が無いんだよ。もう終わってるの。もうその人と両想いになる事は出来ません。生まれ変われば分からないけどね」
「そうか。すまなかったな」
「別に良いよ」
私は拗ねた様に窓の外に視線を戻した。
実際には昂った気持ちで零れそうになった涙を隠す為なのだけれど。
多分前を向いている立花君には気づかれなかったと思う。
でも、保険には保険をかけて、私はふざけた声を意識して出しながら立花君に言い放った。
どうやっても彼が頷くハズのない事を。
「ま。でもさ。そう考えると私たちお似合いかもね。どう? 傷の舐めあいでもする? 立花君ってば、家事上手いし。昨日のお風呂も気持ち良かったし。風香ちゃん。好きになっちゃったかもー。うふーん」
少しだけ欲を乗せて、向ける。
これで、立花君がアホか! って怒ってくれればそれで終わり。
ただそれだけ。いつもの会話だ。
だというのに。
「それも良いかもな」
「……は?」
何を言っているんだろう。この人は。
真面目な顔で前を見ながら、立花君は当たり前の様に言葉を続ける。
「そろそろ陽菜にも外へ目を向けて欲しいし。周りも煩くなってきたし。良い頃合いかもな」
「な、なに? え? いや、あはは。立花君ってば、またまたー。結婚って意味、分かってる?」
「分かってるよ。子供じゃ無いんだ。当然だろ」
「子供とか作るんだよ!? 私で良いの!? 抱けるのか!?」
「別に。河合の事は好きだよ俺は。今まで言ったこと無いけどな。魅力的な女性だよ。お前は。抱けるかと聞かれれば。出来ると答えるが」
「か、軽々しくそんな事言うな!!」
「聞かれたもんで」
コイツ! ホント、ふざけんなよ!
しれっと言いやがって!
こん、こんなの! こっちばっかり恥ずかしくなって、バカみたいじゃないか!
なんか、なんか仕返ししないと。このままじゃ頭おかしくなりそうだ!
「は、ははーん。じゃあ私の裸見て興奮してたんだ? 体洗ってる時もさ?」
何言ってんだ!? 私は! 言いながら昨日の事思い出して、顔熱くなってきた。
しかし、立花君は何も気にした様子はなく、当たり前の様に言葉を打ち返してくる。
「まぁ、そうだよ。悪いな。何とかお前を傷つけたくなくて、義務感で抑えつけてたけど本当は結構ギリギリだったんだよ。後もう少し胸が大きかったらヤバかったな」
「んっっっ、くっ」
私は強い返しにダメージを受けながら自分の胸を揉みつつ、立花君を睨みつけた。
「何やってんだ?」
「大きくしてんの!!」
「いや、そんな急に大きくはならんだろ」
「わかんないでしょ!!」
「まぁ、確かにそうだけど。アホみたいだから、やるなら車降りてからにして貰えるか?」
「ひ、人前でやらせようって事!? なんてドSなの?」
「人が聞いたら勘違いされるから、黙れ」
やや言葉を強めながら言われた言葉に私は対抗する様にもっと激しく揉んでやると思いながら、ふと、東雲先輩の事を思い出していた。
ちょっと待てよ、と。
「ねぇ。立花君?」
「なんだ」
「立花君って、東雲先輩の事好きなんだよね?」
「あぁ」
「東雲先輩って胸小さいよね? てか無かったよね?」
「まぁ、そうだな」
「ただでさえ私それなりにあるし、これ以上大きくなったら好みから遠ざかるんじゃないの?」
「チッ。バレたか」
おいおいおいおい! この男! 信じられない事やってんだけど!?
私を好みからより遠ざける為にけしかけてたんだけど!?
どんだけなの!?
「大丈夫。河合はとても魅力的な女性だよ」
ニッコリと笑顔を浮かべて放たれた言葉に私は苛立ちを込めながら言い返すのだった。
「心にもねー事ほざいてんじゃねぇーぞ!!」