願いの物語シリーズ【河合風香】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
東の京から西の京へ走る車の中は騒がしく。
私は気が付けば、一週間前と同じ様な気持ちに戻っていた。
それに気づいたのは、立花君がパーキングエリアで買ってきた飲み物を私に手渡しながら、少しは元気出たか? なんて言ったからなのだが。
相変わらず人の気持ちを転がすのが上手い男である。
多くの人間をたぶらかした罪で地獄に行け。ホントにもう。
「……バカ」
私は貰った飲み物を一口飲みながら呟いた。
「誰がバカだって?」
「君。立花光佑君でーす」
「そうかい。じゃあ少しだけ休んでから行くか。ちょっと早く来過ぎたしな」
「……うん」
確かに時間を視れば昼過ぎ。有川さんの所へ行くには少し早すぎる様に思う。
今は仕込みとかも忙しいだろうし。行くなら深夜だろうか?
車のシートを倒して、顔に帽子を被せながら眠る立花君に私は、小さく問いかけた。
「ねぇ」
「……」
「さっきの話。もし、本気だよ。って言ったら、どうする?」
「……」
「師匠の所を辞めて、有川さんの所へ行くって決めたら、立花君も一緒に働く事になるでしょ? だからさ。そしたら、私、責任とって」
「何言ってんだ」
「……ぇ?」
「あの時言った事は、俺が自分で決めた事だよ。責任なんて考えなくていい」
「でも!」
「それに! 俺は一つだって嘘は言ってないよ。お前に対して」
帽子を取りながら、起き上がり、強い眼差しで不安に揺れる私の心を捕まえる。
「もしお前がそれを望むなら、俺は構わない」
「それって、東雲先輩の代わりに私を好きになるって事?」
「あぁ。風香の手を取った以上。俺は風香だけを想うよ」
「……そ、っか」
軋む。心の奥底に封じた想いが、軋む。
今にも溢れてしまいそうだ。
「それに。お前が想う人を忘れろなんて、俺は言わないさ。お前も言っただろう? 傷の舐め合い。そうだろ?」
あぁ……あぁ、本当に、本当に、この人は! 私は!!
私は唇を噛み締めて、自分への怒りを胸に立花君を見つめた。
「じゃあ、無し!!」
「……良いのか?」
「当たり前でしょ! それじゃ互いに苦しいばかりじゃん! だから、さ。一つだけ約束しようよ」
「約束?」
「そ。いつか、立花君の想いが落ち着いて、私も落ち着いたら、そしたらその時、また話そうよ」
「いつになるか、分からないぞ」
「良いよ。待ってるから」
「河合」
「良いの! だから今は駄目。こんな気持ちで決めるなんて、私が許さない」
「そうか」
「それに!! 私は未来を有川さんの所へ行くって決めた訳じゃ無いんだ!!」
私は携帯電話を取り出して、有川さんの番号を鳴らした。
そして今そっちに向かっていると告げ、今すぐ行くと告げる。
うじうじ、うだうだしているのはもう終わりだ。
私は私らしく生きるって、そう決めた。
だから、私らしい道を行く。
立花君に頼んで、西の京で最も大きな店に向かい、案内された奥へと足を運ぶ。
そして、手前の座布団に正座して私と立花君は有川さんの到着を待つのだった。
しかし、現れたのは意外な人物であった。
「来たか。風香」
「し、師匠!?」
「おう。お前の決断を見届けたくてな」
「やぁやぁ。お待たせ。風香ちゃん、立花君。それに、鳴村」
「あぁ」
「さ、ゆっくり聞こうじゃないか。風香ちゃんの決断をさ」
二人は私たちの前に座り、落ち着いた様子で話を聞いていた。
私は唾を飲み込み、緊張を落ち着ける様に息を吐いてから、口を開こうとした。
しかし、あまりにも緊張しすぎた体は動くのを拒否しているかの様に固まってしまい動かない。
どうすれば!? と焦る私だったが、すぐ横から伸びてきた手が私の足の上で固まっていた手を握る事で、全身の緊張が緩やかにほどけていくのだった。
それを察してすぐに私は二人に向かって頭を下げる。
「ごめんなさい!!」
「ん?」
「どういう事だ。風香」
「私は、師匠の背中だけを追う事は出来ません!!」
「……そうか」
「なら」
「でも!! 有川さんの背中だけを追う事も出来ません!!」
「は?」
「お前、何言ってんだ? 誰か別の奴でも見つけたか?」
「違います! 私は、師匠と有川さんの二人を追いかけます!!」
「……は?」
「私は、未熟者です。まだ師匠の足元にも及ばないし、有川さんの領域になんて遠すぎてたどり着ける気がしません。でも! でも!! 私は天才なので!! いつか二人の先へ行きます!」
「……」
「……」
「私は! どっちかじゃなくて、どっちも選びます!!」
「いや、流石に無理だろ。それは。時間が足りねぇ」
「大丈夫です! これからは平日を有川さんの所で修行して、休日を師匠の所で修行します!! その後は進捗次第で、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してゆきます!」
「バカ。それでいつ休むんだ。お前、家の掃除なんかは一日掛けないと出来ねぇだろ」
「その辺りはこの考えを聞いた立花君が協力してくれると言ってくれました。なので! 私は彼を雇います! 超天才の私が、二人の伝説を継ぐという重要なミッションの手伝いとして!!」
「坊主。お前はそれで良いのか?」
「えぇ。むしろ私も河合風香という人間がどこまで行けるのかその果てが見たいので、望むところですよ」
「だが……」
「まぁ良いんじゃないか? 鳴村」
「有川。テメェは無責任に口走ってんじゃねぇよ」
「無責任なんかじゃないさ。どの道試してみれば良い話だ。駄目なら駄目で、またその時考えれば良い。僕達のこれまでと同じだろう? 多くの失敗を積み重ねて今がある。ただそれだけの事さ」
「……」
「僕は風香ちゃんの意見に賛成だよ。若者よ。無謀な夢を抱き前に進め。ってね」
「ありがとうございます!!」
私は有川さんに改めてお礼を言い、師匠へ向き直る。
認めて欲しい。
技術だけじゃない。私はまだ師匠の心を学びたいんだ。
「風香。無理はしないって約束出来るか?」
「はい!! 出来ます!!」
「そうか。ならもし破った時はどうする?」
「破った時……ですか?」
「そうだ」
「ジャガイモの皮むき千個とか?」
「オメェ。それ、楽しんでやるだろ。それじゃ罰にはならねぇ」
「うっ」
「……そうだな。じゃあもし破った時は」
師匠は私からチラっと立花君に視線を向けた。
そして意地の悪い笑みを浮かべる。
「坊主の所に嫁入りしろ。そんで、有川の所に行け」
「はぁああああ!?」
「良いか? 坊主。お前も風香の案に乗っかって無理させようってんだ。そのくらいの覚悟はあるんだろ?」
「えぇ」
「いや、えぇ。じゃ無いから!! こんな時に格好つけるな!!」
「おいおい。それはちょっと罰が重すぎるだろう? 鳴村」
有川さん! 流石や!
有川さんだけはこのイカれた場で一番まともな……。
「お前も店を西に移転すれば良い。そしたら風香ちゃんの無理も抑えられるだろ? 移転費は出してやるよ。無理は減って継続できる」
「そこじゃない! いや、そこも大事だけど! そこじゃないでしょ!? 有川さん!?」
「アァ? ウチは固定客が多いんだ。死ぬまであの場所だよ」
「そうか。それは困ったな。ウチも同じだし。なら仕方ない。一ヵ月単位か一年単位で風香ちゃんと立花君には店を移動してもらおうか。効率は落ちるけど、未来には変えられないからね」
「……だぁー。もう誰も話聞いてくれない!」
「アハハ。君が無理をしなければ良いだけの話だよ。風香ちゃん」
「そういう事だ。分かったか?」
「はいはい。分かりましたよ。倒れたりとか絶対にしないから、だからその未来は駄目だからね!? 絶対だからね」
「「わかっているさ」」
どこまで分かってるだか分らない二人の師匠に私は天井を仰ぎながら大きく息を吐き出すのだった。
「どうしてこうなったんだ」