反転の影、光を乞う   作:鉅鹿

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14話 琥珀の城の平伏

ハクタイの森のさらに奥深く、大気が一層みずみずしさを増したその場所に、私たちは辿り着いていた。目の前に広がっていたのは、鮮やかなピンク色をしたザロクの花が一面に咲き乱れる、息を呑むほどに美しい花園だった。

 

「わあ……! すごい、本当にザロクの花がいっぱい咲いてる!」

 

ヒカリがドレスの裾を揺らしながら、瞳をきらきらと輝かせる。すると、彼女たちの目的を祝福するかのように、数匹のミツハニーが羽音を響かせながら私たちの頭上を通り過ぎていった。

 

「あ、ミツハニーよ! 待って、あの子たちの後を追えば……!」

 

モミが嬉しそうに声を上げたその時、案内人であるはずのナタネが不意に足を止めた。

 

「皆ごめん!私ちょっと急用を思い出しちゃって! ここから先はみんなだけで進んでね、応援してるわよ!」

 

「えっ? ナタネさん行っちゃうの?」

 

サトシが不思議そうに首を傾げる中、ナタネは嵐のように森の奥へと去っていった。

 

(ふん……あの鬱陶しい女、やっと消えた。これ以上私のヒカリをジロジロと詮索するような真似をするなら、本当に世界の裏側に引きずり込んでやろうと思っていたところだし、ラッキーだね)

 

私は密かに冷酷な嘲笑を浮かべていた。ヒカリの隣にいていいのは人間の姿をした私と、彼女が選んだ「無害な旅仲間」の枠組みだけだ。

 

私達はミツハニー達の後を追い、森の最深部へと進んだ。やがて視界が開けた先に現れたのは、無数のミツハニー達が規則正しく重なり合い、文字通りの壁と化した『ミツハニー・ウォール』だった。その壁がゆっくりと割れるように移動した先には、激しく水しぶきを上げる巨大な滝がそびえ立っていた。

 

「まさか、この滝の裏側に……?」

 

タケシの言葉通り、滝の裏には入り組んだ、巨大な天然の洞窟が隠されていた。薄暗い岩肌を進んでいくと、突如として周囲の空気の波長が変わる。

 

「ハニィィィッ!」「ハニハニッ!」

 

洞窟の闇から、数十、数百というミツハニーの群れが一斉に湧き出し、私たちを「神聖な領域を汚す侵入者」と見なして襲いかかってきた。ヒカリが「キャッ!」と身をすくませる。その瞬間、私の黄金の瞳が、暗闇の中で爛々と狂気の光を放った。

 

人間の少女の姿のまま、私は一歩前に出ると、全身から神話級の「恐怖」の波動をほんのわずかだけ、指向性を持たせて放出した。

 

「――身の程を弁えなさい、羽虫共」

 

ドクン……! と、洞窟全体の空間がねじれるようなプレッシャーが轟く。襲いかかろうとしていたミツハニーたちは私に触れるどころか、その絶対的な格の違い。更に目の前にいる少女の皮を被った「世界の裏の主」の正体に瞬時に気づき、空中で完全に凝固した。

 

「ハ、ハニ……!?」「ハニィィ……っ!」

 

数秒前までの敵意は消し飛び、ミツハニーたちは焦ったように羽を激しく震わせ、まるで「申し訳ありません! 滅ぼさないでください!」と命乞いをするかのように、必死に頭を下げて謝罪し始めた。

 

『――分かればいいよ。案内しなさい、ヒカリをこれ以上歩かせたくない。琥珀の城へ、一瞬でね』

 

私の冷徹な【念話】が群れの脳内へ直接突き刺さると、彼らは恐怖のあまり狂ったように頷き、整列して私たちを洞窟の最奥へと導き始めた。

 

 

ミツハニー達に先導され、私達はついに伝説の『琥珀の城』へと足を踏み入れた。そこは洞窟の中とは思えないほど黄金色の光に満ち、壁という壁から純度の高い蜜が滴り落ちる、幻想的な空間だった。

 

城の中央。一段高い玉座のような場所に鎮座していたのは、ミツハニーたちの女王であり、この城の絶対権力者であるビークインだった。

 

しかし彼女は女王としての威厳を放つどころか、既に先遣のミツハニーから「世界の創造に関わる本物の神が来る」という緊急連絡を受け取っていたらしく、玉座の下でガタガタと全身を震わせていた。

 

そして、人間の姿をした私と目が合った瞬間、ビークインはプライドも何もかもを投げ打ち、地面にペタリと額を擦りつけるようにして、完璧な【平伏】の姿勢で私たちを迎えた。

 

「うわあ……! ビークインが、ティナに向かって完全に平身低頭してる……!」

 

サトシが声を震わせ、タケシも「神話の神を前にしたら、ポケモンの社会の女王だろうと、ただの平民に過ぎないんだな……」と、私の存在の重さに改めて畏怖していた。

 

ビークインは床に平伏したまま、触角を必死に動かし、『どうぞ蜜でも何でも好きなだけ、お命の次に大切なものでも、全部持って行ってください……!』という絶対的な服従の意思表示をしてきた。私はその様子を見て、フッと満足げに微笑むと、ヒカリの元へと振り返った。

 

「ヒカリ、あの蜂の女王がね、『蜜を好きなだけ持って行ってください』って言ってるよ。良かったね」

 

「えっ、本当!? ありがとう、ティナ!」

 

ヒカリは嬉しそうに私の手を握りしめる。その純粋な笑顔が見られただけで、この虫の城を消し去らずに残してやった価値があるというものだ。

 

モミが震える手で大急ぎで取り出した大きな容器。ビークインは平伏した状態から這い上がると、私の顔色をチラチラと恐怖に満ちた目で見ながら、信じられないほどの猛スピードで『おそろしくあまいみつ』を容器へと詰め込み始めた。

 

私の機嫌を損ねれば、この城ごと自分たちの種族が木っ端微塵に消される――そんな焦りが、彼女の動きを限界以上に加速させていた。

 

「できたわ……! これが、おじいちゃんの追い求めた……!」

 

モミが感動に震えながら、指先に少しだけ蜜をつけて舐めてみる。サトシやヒカリも、それに続いた。

 

「……っ! 甘い! とろけちゃいそうなくらい、ものすごく甘いわ!」

 

ヒカリが頬を押さえて幸せそうに声を弾ませる。その名の通り、世界中のどんな砂糖菓子よりも濃厚で、気品のあるとてつもない甘みだった。

 

「ビークインさん、本当に、本当にありがとうございました! 私の家系の、代々の夢が叶いました!」

 

モミが涙を流して深くお礼を言うと、ビークインは『いやいやいや! 全然大したことないですよ! 当然のことをしたまでですから!』と、大慌てで首を振るようにして意思表示をした。

 

更に少しでも私の機嫌を取ろうと、身振り手振りと必死の営業スマイル(?)で『なんなら、いつでも、毎日でも来ていいですよ!大歓迎しますから!』と、アピールしてきた。私はその意図を汲み取り、ヒカリに伝える。

 

「ヒカリ、あの子、『いつでもまた来ていいよ』って、親指立てて言ってる」

 

「本当? 嬉しい! ビークインさん、またね!」

 

ヒカリが元気に手を振ると、ビークインは心底ホッとしたように胸をなでおろし、再び深々と頭を下げた。無事に目的を果たした私たちは、ハクタイの森の入り口へと戻ってきた。

 

「サトシくん、タケシくん、ヒカリさん……そして、ティナちゃん。本当にありがとう。おじいちゃんも、きっと天国で喜んでくれているわ」

 

モミは大切な蜜の容器を抱きしめ、私たちに最高の感謝を告げて、自分の帰るべき場所へと歩き出していった。

 

「よし! 俺たちもハクタイシティのジム戦に向けて、出発だぜ!」

 

サトシが前を走る。ヒカリは私の手をきゅっと握り、歩調を合わせて歩き出した。

 

(ふふ、よかったね、ヒカリ。君の旅の途中で邪魔になる羽虫共は、私が全部、こうして跪かせてあげる。女王だろうが何だろうが、ヒカリの笑顔の踏み台になればいいの。これからもずっと、わたしの創る優しい世界の中で、私だけを見て、歩んでいこうね、ヒカリ……)

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