反転の影、光を乞う   作:鉅鹿

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8話 恐怖の残響とリボンの輝き

コトブキ大会当日。会場を埋め尽くした観客の熱気と、色彩豊かなサイリウムの光がステージを眩しく照らしていた。一次審査・アピールパフォーマンスが幕を開ける。

 

トップバッターに近いノゾミとムウマは、影と光のコントラストを美しく操り、会場を瞬く間に自分たちの世界へと引き込んだ。続くキャンディ・ムサリーナ――その正体はあのロケット団のムサシだが、変装した彼女とマスキッパのどこかコミカルで強烈なパフォーマンスも、観客の心を掴んでいく。

 

そして、急遽参戦したサトシとエイパムは、ジム戦仕込みのスピードとアクロバティックな動きで、荒削りながらも会場を大いに沸かせていた。

 

「次はいよいよ、私の番……。ティナ、いこう!」

 

舞台袖で、ピンクのドレスを着たヒカリが私の入ったモンスターボールを握りしめ、深く息を吐く。ボールの中にいる今の私は、人間の少女ではなく、漆黒の神――ギラティナの姿だ。ヒカリの緊張が、ボールの表面を通じて私の魂に心地よく伝わってくる。

 

「魅力的に、華麗にデビュー! ティナ、ステージオン!」

 

ヒカリが勢いよくボールを投げた。純白のキャプセルエフェクトが弾け、眩い光の中から現れたのは――全長数メートルに及ぶ、黒き翼の触手と金色の装飾を纏った異形の神、ギラティナだった。

 

「…………っ!?」

 

その瞬間、それまで歓声に包まれていた会場が、水を打ったように完全に静まり返った。誰も見たことがない、図鑑にもほとんど記述のない伝説の存在。ステージから放たれる、現実世界の法則を捻じ曲げるような禍々しくも圧倒的な質量に、審査員や観客達は声を失って目を見開いている。

 

観客の中には、その神々しいまでの威圧感に息を呑み、体を硬くする者さえいた。普通のトレーナーなら、この異常な静寂に呑まれていただろう。けれど、ヒカリは違った。

 

「ティナ、『あやしいひかり』を空へ!」

 

ヒカリの声はどこまでも真っ直ぐで、私への信頼に満ちていた。

 

『――御意、わたしのヒカリ』

 

私は脳内への【念話】と共に、頭部の金の装飾から、妖しくも美しい極彩色の光を放った。その光は空間の歪みに反射し、まるで万華鏡のようにステージ全体を幻想的な光の檻へと変えていく。

 

圧倒的な恐怖の裏側にある、息を呑むような絶対的な美。タケシが危惧していた威圧感すらも、ヒカリの堂々とした指揮によって「規格外の神秘」へと昇華されていた。

 

割れるような大歓声が、遅れて会場を揺らす。結果は当然のように高得点を叩き出し、ヒカリと私は無事に一次審査を通過。二次審査のコンテストバトルへと駒を進めた。

 

 

――一次審査終了後の控室。

興奮冷めやらぬサトシは、「よし! この調子でコンテストも優勝して、次のジムバッジも絶対ゲットしてみせるぜ!」と拳を突き上げて豪語していた。しかしその言葉に、ノゾミの表情が厳しく曇った。

 

「サトシくん。もし君が本気でジムを目指しているなら……もうコンテストには出ないでほしいな」

 

「えっ……? なんでだよ!」

 

「コンテストは、ポケモンの技を美しく魅せる場所。ジム戦のついでで勝てるほど甘いステージじゃないの。中途半端な気持ちで出るのは、本気でリボンを目指してるコーディネーターにも、エイパムにも失礼だよ」

 

ピリピリとした緊張感が走る。私はヒカリの隣で人間の少女の姿に戻り、フリルブラウスの袖を弄びながら、その様子を冷ややかに眺めていた。人間のちっぽけなプライドのぶつかり合いなど、私にはどうでもよかった。ただ、ヒカリが少し心配そうに2人を見つめていることだけが、僅かに気に入らない。

 

 

二次審査、トーナメント形式のコンテストバトル。皮肉にも、一回戦でサトシとノゾミが激突した。

 

バトルの幕が上がると、サトシはノゾミの流麗な戦術に翻弄され、みるみるうちにポイントを削られていく。しかし、サトシはどれほど劣勢に立たされても決して諦めず、泥臭くも真剣な眼差しでエイパムと共に攻め続けた。

 

その一途な姿勢に、ノゾミは内心で深く驚愕していた。最後はノゾミの勝利で終わったものの、バトルの後、ノゾミはサトシの元へ歩み寄り、静かに微笑んだ。

 

「サトシくん、君の真剣さは伝わったよ。……でも、やっぱり君にはジム戦の方が向いてる。お互い、自分の目指す道でトップになろう」

 

「ああ……! 負けて悔しいけど、勉強になったよ。ありがとな、ノゾミ!」

 

一方、ヒカリも危なげなく対戦相手を退け、ついに決勝戦の舞台へと上り詰めた。決勝のカードは、ヒカリ対ノゾミ。

 

「ティナ、ステージオン!」

 

ヒカリの静かなコールと共に、再びステージにギラティナが君臨する。対するノゾミが繰り出したのは、彼女の相棒であるニャルマーだった。

 

「ニャ、ニャー……」

 

ニャルマーはステージに出た瞬間、目の前にそびえ立つ巨躯と、そこから漏れ出る神の殺気に、全身の毛を逆立ててガタガタと震え上がった。本能が「逃げろ」と叫んでいるのだ。

 

「怯えるな、ニャルマー! 私たちの全てをぶつけるよ!『シャドークロー』!」

 

ノゾミの必死の鼓舞に応え、ニャルマーは勇気を振り絞って地を蹴り、鋭い爪を輝かせて私へと飛びかかってきた。その姿は一人のコーディネーターとして、トレーナーとして、見事と言うほかない。

 

『――健気だね。けれど、私のヒカリを邪魔するものは、誰であれ容赦はしない』

 

私の冷徹な念話がノゾミとニャルマーの脳内に直接響く。私は避けることすらしない。ただ、影の触手を軽く一振りし、空間を激しく歪ませた。

 

ドォォォンッ!!!

 

凄まじい衝撃波がニャルマーを直撃する。技の美しさを競うコンテストバトルにおいて、それはあまりにも圧倒的な、文字通りの圧勝だった。ニャルマーは一撃で戦闘不能となり、ノゾミのポイントは一瞬でゼロになった。

 

「そこまで! 勝者、ヒカリ選手!」

 

ファンファーレが鳴り響き、会場は大歓声に包まれる。コトブキ大会は、ヒカリの優勝で幕を閉じたのだ。ステージ中央で、ヒカリは念願の『コトブキリボン』を掲げ、満面の笑みを浮かべていた。

 

「やったぁぁぁ! ティナ、お母さんのリボンに並んだよ!」

 

嬉しさのあまり、ヒカリは私の大きなギラティナの身体に勢いよく抱きついてきた。

 

『……ふふ、おめでとう、ヒカリ』

 

本当ならこのまま人間の姿に戻って、ヒカリのその細い身体を強く抱きしめ返したかった。けれど、ここは数千人の観客が見守るステージの上だ。これ以上人目を引くわけにはいかない。私は実体を持たない影の触手で、優しく、誰にも見えないようにヒカリの背中を包み込むことしかできなかった。

 

――その日の夕方。夕日に染まるコトブキシティの街外れで、私たちはノゾミと別れの言葉を交わしていた。

 

「ヒカリ、本当に強かったよ。次の大会では、絶対に負けないからね」

 

「うん! 私ももっと頑張る! ありがとう、ノゾミ!」

 

ヒカリが元気に手を振る。ノゾミは微笑みながら、最後に一瞬だけ、ヒカリの後ろで黄色いリボンを揺らしている人間の姿の私――ティナへと視線を移した。ノゾミの瞳の奥には、未だに拭いきれない深い畏怖と、ある種の確信が揺らめいていた。

 

(あの圧倒的な姿……空間を歪める力。シンオウの神話にある、世界の裏側に追放された、もう一匹の竜……『ギラティナ』。まさかそんな存在が、あんなに普通の女の子のフリをして、ヒカリの隣にいるなんて……)

 

ノゾミは冷や汗が背中を伝うのを感じながらも、それを決して口には出さなかった。もしあの怪物の領域にこれ以上踏み込めば、今度こそ自分は消される――その答えを、昼間のバトルを通じて魂が理解していたからだ。

 

「……じゃあね、ヒカリ。またどこかのコンテストで」

 

ノゾミは足早に去っていった。遠ざかる彼女の背中を見つめながら、私はヒカリのドレスの袖をきゅっと握りしめる。

 

「ティナ、本当にありがとう。私、ティナが私のパートナーで、本当に良かった」

 

ヒカリが手に入れたばかりのコトブキリボンを愛おしそうに見つめながら、私に最高の笑顔を向ける。その純粋な瞳に、私の歪んだ愛はますます深く、甘く、底のない沼へと沈んでいく。

 

(いいんだよ、ヒカリ。君の初めてのリボンは、私が刻んだもの。これから君が手にする栄光も、君が見る景色も、その全てを私が支配してあげる。サトシも、タケシも、ノゾミも……誰も君を私から奪えない。ずーっと、ずーっと、私の傍にいてね、ヒカリ……)

 

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