三連休はあっという間に過ぎていった。
その間、お世話の合間を縫って遅れていた勉強も進めた。藤原さんの提案に甘える形にはなったが、正直ありがたい。成績は落とせないから。
赤ちゃんが泣き止まない時の勝率8割を誇る解決法も編み出せた。ヤチヨの曲を歌えば大体泣き止む。ヤチヨ様々である。やはり毎日拝むべし。泣き止まないときは普通にオムツやミルクだ。
お陰で歌いながら勉強をすることもあった。藤原さんも歌うが効果は薄いらしい。ちょっと悲しそう。
ただ正直、私だけ歌っているのは結構恥ずかしい。まあ、この人に恥ずかしがるだけ無駄であるのはここ3日でよくわかった。イヤな慣れである。
あと、任せてばかりも申し訳ないから、料理についても教えてもらった。日持ちする献立、使い回ししやすい食材。私基準で無理なく作れるものに絞ってもらったおかげか、明日からはまともな自炊をしていけそうだ。
そのお披露目というわけではないが、今日の夕食は私が用意した。
節約野菜炒め定食だ。
「その、どうですか」
「おいしいよ」
「よかった」
監修してもらっていたから味は問題ないとは思っていた。だが、実際に人に食べてもらうとなると違うものだ。そのまま私も食べ始める。
うん、よくできてる方じゃないか。
「ただ、豚コマをケチったね」
チクリと刺してきた。愛想笑いでごまかすが、仕方ないじゃない。今まで一食100円で済ませてきたのだ。一グラム当たり何円か意識するととてもじゃないが豪勢には使えない。
「貧乏性なもので」
上京してきてから身についた処世術だ。なかなか改まるものじゃない。
「うぅぅ?」
「はい」
藤原さんはハイハイで近づいてきた赤ちゃんに用意していたミルクを与えている。ここ数日で随分学習したのか、もう自分で座って飲んでいる。さすがゲーミング電柱出身、成長がはやい。
「そういえば、ご飯を食べるときはいつも一緒ですよね。この子も、藤原さんも、私も。順番に食べたほうが楽では?」
少し引っかかっていたことだ。この人は赤ちゃんが自分でミルクを飲める前から三人でご飯を食べることにこだわっていた。正直、代わり代わりに食べた方が楽でいい。
「そうなんだけどね」
それは藤原さんもわかっていたのか。じゃあ、どうしてか。
自然と箸を止め、藤原さんの言葉に耳を傾ける。
「ご飯はさ、一人で食べるより誰かと食べる方が美味しいんだ」
一人より誰かと一緒がいい。そんなことを言う人だとは思わなくて、思わず呆然とする。
いや、寂しがりか!この人、マジでギャップがすごいな!
「ま、わかります」
実際に学校でのお昼、芦花と真実と一緒にいる時間は私にとっても癒しになっている。それに、私も今この時間を悪く思っていない。
「んく……んく……、ぷわぁっ」
しんみりしていた流れを断ち切るように赤ちゃんが哺乳瓶を飲み切る。その飲みっぷりはとても様になっていた。
「いや、酒飲みか」
「飲み方が豪快になったね」
大丈夫かこの子、将来酒豪になったりしないだろうか。
その姿でしんみりした気分も吹き飛んだ。代わりに意識するのは今後のこと。
「はぁ、三連休終わっちゃったな」
「あっという間だった」
そう、過ぎ去った三連休。今夜を終えればまた学校に行かなくてはならない。
それは、いい。
問題はその間、誰がこの子の面倒を見るかだ。
「明日か……。学校、なんですよね」
「僕が預かってるよ」
言うと思った。この人はそういった所は外さない。
だけど、それじゃあ藤原さんにこの三日間の比じゃないくらいの負担をかける。それはしたくない。けど、私じゃこの子の面倒を見切れない。
……また、あの夜と同じ堂々巡り。
ならせめて
「そうですね」
任せるのは明日の朝からだ。今夜までは私が世話をする。
「明日の朝からしばらくお願いできますか。夜は今までどおり私が面倒を見ます」
朝からは任せよう。
「夏休みになれば私も面倒を見れるので」
「そうしようか」
「あ、でも、藤原さんにはお仕事があるんじゃ」
そうだ、この人は社会人で仕事もある。この三日は休日だと思って甘えていたが、これからはそうじゃない。でも、都合つくんだろうな。
「大丈夫、大丈夫。在宅でできるし、予定も融通が利くからね」
「……ありがとうございます」
知ってた。それを前提に考えていた私が言えたことではないが。……この子の面倒を見る必要がなくなっても私まで世話されている情景が浮かぶ。
いや、いやいやいや。さすがにない。そこまで落ちぶれちゃいないぞ酒寄彩葉。
とりあえずは片づけを済ませて、今日は早く帰ろう。明日の準備もしないといけないし。
「じゃあ、おじゃましました」
「また明日」
藤原さんのサングラスを取ろうとする赤ちゃんを抱き上げて、自室へ向かった。
※
彩葉さんを見送り静かになった部屋を見渡す。彩葉さんが部屋へ帰る時に毎度荷物を持ち運ばせたくなかった。そのために買い足した育児用品が部屋の隅とキッチンにある。
これもいつまで必要になるのか。たしか突然大きくなるんだったか。ヤチヨも詳しい時期は覚えてないと言っていたはずだし、しばらく、この団欒の時間が続くのも悪くない。
「……あ」
「ヤチヨ?」
今日の配信を終えたのかヤチヨの声がした。ただ、これは何かうっかりをしてしまった時の声だ。今日は何をしてしまったのか。
「ごみん、イツキ。多分今夜、それもだいぶ遅い時間だった」
今夜か。……そうか、今夜だったか。
彩葉さんには悪いことをしたか。だが、突然手助けに行く名目も必要性も視えないか……。きっと二人きりで迎える夜に意味があるのだろう。問題は僕の方に準備がいるのかどうかだが。
「僕は?」
「いなかったよ」
時間帯が遅いとなれば、あの甘え下手な彩葉さんだ。すぐに連絡するのは難しいか。何なら24時間365日営業のヤチヨwith僕の特設相談所開設も検討してもいいかもしれない。
……ヤチヨGPTと丸被りだな。
「だけど、そっか。まあ、今の彩葉さんなら大丈夫」
「イツキ、そう言いつつ変なこと考えてない?」
自然と視線が上へ動く。ARでのヤチヨがこっちに近づいてきた。
「どうだろ」
「絶対考えてたやつじゃん、ヤッチョの目はごまかせないよ」
考えてたことは別にバレてもいいんだけど。ちょっとこの会話は終わらせたくないな。ヤチヨが近いし。
そのまま物を片付けながら、ヤチヨの追及をかわし続けた。
※
「ねぇ、ねぇってばぁ!」
「んぁ?」
「ごは~ん」
「しょうちしましたぁ」
身体を揺さぶられ、眠りから覚める。重い頭を持ち上げてキッチンまで。大丈夫、ここ数日で赤ちゃんの世話には慣れている。多少の眠気は問題ない。
ちょっと心配なのは赤ちゃんの声に副音声がついて聞こえるくらいだ
ん?副音声?
「うおぉあ!?」
「!?」
振り返った先に居たのはグレーの髪をした少女だった。着ているのは私の上着、裾が余ってダボついている。カーテンの隙間から差し込む満月の光に照らされた顔には、今までお世話していた子の面影があった。
「びびったぁ」
言葉通りビックリしたのか、身構えてこちらの様子をうかがっている。
周りを見渡しても赤ちゃんはいない。代わりにいるのは面影のある少女だけ。落ち着けないままに問いかける。
「……あんた、あの赤ちゃん?」
「うん!そうだよ!」
つまり、なんだ。あの赤ちゃんが急成長して、今目の前にいるこいつになったと。
……大きくなったのなら、このまま追い出せないだろうか。
無理か、無理だろうな。追い出してもしれっと藤原さんの家に居付くのが想像できる。
さっきから飯が欲しいとうるさいので藤原さんにもらっていたご飯を温める。あぁ……、私の明日の活力。
そして、返事は予想通りだった。言葉だけでは信じられなかったが、経緯が経緯だ。赤ちゃんの時も一度急成長をしたし、学習も信じられないほど早かった。そう考えると納得せざるを得ない。赤ちゃんが独りでに外に出られるわけもないし。
さらには月から来たと。もう不可思議すぎて言葉もないわ。
「で、あんたは月から来て何も覚えてないと」
「ん?拾ってもらった!」
そう答えながら、少女はオムライスを頬張る。ほんとうおいしそうに食べちゃって。本来なら私の昼食なんだぞ。それに何でも興味津々なのか色々聞かれて気づくが、マジで具沢山。もはやオムレツじゃん。……メッチャおいしそうなんだけど。
こっちも夜中に起こされて小腹がすいたので、持って帰っていた野菜炒めの残りを温める。
「あぁ、そこからは覚えてんのね」
「あとはね~、月ってチョーつまんない!たぶん!だから楽しいところ行きて―ってなって逃げた!たぶん!」
「あやふやだし適当。つか、逃げんな」
「えー!なんで!?」
なんで、か。そんな先の見通しもないまま見切り発車したって結果は見えてる。言ってわかるか?
「逃げたって良くなるとは限んないから」
「そのままだとつまんないじゃん!楽しいのがいい!」
わかんないか。
「はぁ、つまんないなんて当たり前。そのままが普通なの」
「ヤダヤダヤダ!そのままなんて絶対イ・ヤ・だぁ!そのままの方が彩葉はいいの!?」
ほんとさっきから猪突猛進さしか感じられない。自由奔放という言葉が人の形をとったかのようだ。藤原さんを見習え。いや、でもあの人結構マイペースだからな。悩みどころだ。
「そのままで結構。てか、何で名前」
教えた覚えないぞ。
「え、ぽかぽかの人が言ってたよ?」
「ぽかぽか?」
抽象的すぎる。お日様関係か?でも人って言ってるしな。
「て、そうじゃん!!ぽかぽかでぐわわぁ~んってなってたのいないの?」
「ぐわわ~ん?何それ、わかりやすく言ってよ」
「彩葉と一緒いた人」
「ああ、藤原さん?」
あぁ、藤原さんのことか。たしかに陽だまりみたいな人だがぐわわ~んは何だ。気にするだけ無駄な気がしてきた。
それで、あの人の言っていたことは覚えていると。じゃあ、なんで私が藤原さんって呼んでたの覚えてないんだ?赤ちゃんの時は私に懐いていただろうに。
「フジワラサン?」
「そう、藤原一継さん。あんたを世話するために、私がめっちゃ迷惑かけた人」
「イツキ!イツキってどこ?一緒いないの?」
迷惑かけた人って言ってるのに、下の名前呼びか。遠慮ってものを知らないのか。知ってるわけないか。
「今はいません」
「え~?!」
不満タラタラな様子。ちょっといい気味である。
「それより、あんたこれに見覚えは?」
「んぇ?」
会話の主導権を握られたままだと疲れるので、こっちからも聞くことにする。横でヤチヨのアーカイブを流していたタブレットを取り、教科書を開く。
「竹取物語、翁が竹からかぐや姫を拾って、媼と育てる話」
「たけ?」
竹は見えるとこになかったし、知らないか。
「じゅる……」
「あんたが出てきたのは、電柱だったけどね」
ほんとうに言ってて意味不明、理解不能な状況である。
「あんた、かぐや姫だったりしない?」
「ひめ?」
さっきから返答が上の空だなと思ったら、こいつ私の飯まで狙ってやがる。もう食っただろう。その手を放せ!明日の飯何も無いんだぞ!って、力強いな!
「あぁ、もう」
そのまま根負けして取られてしまう。
「で、え~と。もいっかい!」
「ほんと、もう!」
話も聞いてないし、本当に自由だな。
「あ、おきな?がイツキで。おうな?が彩葉ってことだ!」
月まで投げ飛ばしてやろうか。今なら本当にやれる気がする。
「違うよ~??八十年後でも見えてんのかなぁ?!」
「ぬぅわっはっはっは」
めっちゃ笑ってるし、今何時だと思ってるんだ。二時だぞ。近所迷惑ってもんを考えて欲しい。
「おいしい!」
「あぁ、そうですか。藤原さんに教えてもらったものだからそりゃ美味しいよ」
あんたが最初に食べたオムライスはその藤原さんが作ったんだから。……夜が明けたら学校もある、歯磨きして寝よ。
「イツキが作ったの!?てか、作れるの!?」
「作らなきゃ勝手に生えてきません」
「私も作ってみた~い!!」
「はいはい、朝になったら会えるから教えてもらいな。ってか、どうやって説明しよ」
「うおおおぉ~!」
元気に喜んじゃって。これだけ元気なら藤原さんも苦労するだろうな。……埋め合わせどうしよう。今から考えると憂鬱だ。
「で、お話は?」
「話?」
何の話だったか。
「竹のやつ」
「あぁ、竹取物語ね。たしか、スクスクと成長したかぐや姫は帝に求婚されたりしながら過ごす。だけど、そのうち月からお迎えが来て、抵抗もむなしく地上でのことは忘れて月へ帰る」
「うんうん。で、続きは?」
「ない。めでたしめでたし」
「何それ!?全然めでたくないじゃん!全部忘れたかぐや姫めっちゃ可哀想じゃん!!」
言われてみれば、意識したことはなかったがめでたしではないよな、この話。おとぎ話なんてそういうもの、と言えばそれまでだけど。
「そういうお話だからね」
「えぇ~、ヤダ!バッドエンドはんた~い!ハッピーエンドさんせ~い!」
そう言って手足をバタつかせる様子は聞き分けのない子どもそのものだ。
「はっぴ~えんど~。はっぴえんど~」
ハッピーエンドね。
「仕方ないでしょ、祈って縋っても結果が良くなるとは限らないし、変わらないものは確実にある」
こうなってほしいと願って動いても、それで事態が好転するとは限らない。だから、私たちに出来るのは、心の備えだけ。
「受け入れて覚悟するしかない」
だから、あんたも独り立ちできるようにしろ。そう言外に込めて目を向ける。
そこには、こちらを呆然と見つめる瞳があって。これから何か言いだしそうな空気だ。
なのに、なぜだか嫌な予感はしなかった。
「決めた!自分でハッピーエンドにする!!そんでハッピーエンドに彩葉も連れてく!一緒に!」
仁王立ちで宣言するその姿は活力に溢れていた。それが、少し眩しい。
「あ、でもイツキにも手伝ってもらって三人で行こ!ね!」
……こいつ。藤原さんに迷惑かけないように釘を刺さないと。でも、今は布団が恋しい。
「迷惑かけらんないし、ハッピーエンドいらない。普通のエンドで結構です」
「嘘嘘嘘!!嘘って言ってよぉ~」
こちらに駆け寄って、縋りついてくる。しかも、変ににやけてるから怖いわ!
「やめて!不気味!赤ちゃんに戻れ!つか、寝かせろ~!!」
うるさいやつ。そう思うのに、「三人で」という言葉だけは眠気の底にしつこく残った。