夜な夜な盗賊狩りに励むシド(幼少期)。
ある日遭遇したのは、炎・風・雷、そして森そのものを操る少女だった。

「属性魔法!? 最高じゃないか!」

新たな発見に、シドは喜んだ。

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名もなき少女

 少女は全知全能だった。

 世界に発生した瞬間から、この世全ては彼女の庭だった。

 風が吹けば風を撫でる。

 雨が降れば雨と遊ぶ。

 森は囁き、川は歌い、大地は眠る。

 自然は彼女であり、彼女は自然だった。

 だから、人を知らない。

 善も悪も。

 命の重さも、何一つ知らなかった。

 ただ季節を眺めるように過ごしていた。

 ある日、人間がやって来た。

 自らをディアボロス教団と名乗る者たちだった。

 少女を見つけるなり歓喜し、捕らえようとした。

 理解できなかった。

 なぜ近づくのか。

 なぜ怖がらせようとするのか。

 なぜ傷つけようとするのか。

 だから、聞いてみた。

 木々に、風に、雷に。

 世界は答えた。

 ——排除すればいい、と。

 森が牙を剥いた。

 根が人を呑み込み、風が肉を裂き、雷が命を焼く。

 少女は初めて学んだ。

 人は壊れる。

 その姿は少しだけ面白かった。

 それからだった。

 人を探すようになった。

 見つけては遊び、遊んでは壊し。

 いつしか人々は彼女を、一つの災厄と呼ぶようになった。

 

 

 少女は夜の森を歩いていた。

 裸足だった。

 落ち葉を踏むたび、小さな草花が揺れる。

 

『また人を探すの?』

「うん」

『やめて』

「どうして?」

『みんな怖がるから』

 

 少女は首を傾げた。

 怖がる。

 その感情は知っている。

 人間は壊れる前に、よくその顔をする。

 

「面白いよ?」

『面白くない』

 

 今度は木々がざわめいた。

 

『この前、村を壊したでしょう』

「壊した」

『牛が泣いてた』

『畑も泣いてた』

『子どもも泣いてた』

 

 少女は少し考えた。

 牛は知っている。

 草を食べる友達だ。

 畑も知っている。

 毎日、土と話している。

 子どもは知らない。

 でも犬は知っていた。

 猫も知っていた。

 

『あの子たち、悲しかったよ』

 

 風が優しく少女の髪を撫でる。

 

『だから、もうやめよう』

 

 少女は黙り込んだ。

 自然はいつも正しい。

 風は嘘を吐かない。

 木も、花も。雨も。

 みんな同じことを言う。

 だから少女は頷いた。

 

「……わかった」

 

 それ以来だった。

 少女は無差別に人を襲うことをやめた。

 代わりに探すようになった。

 誰からも惜しまれない人間を。

 風に聞く。

 

『盗賊がいるよ』

 

 鳥が教える。

 

『森の奥』

 

 狼が笑う。

 

『また人を襲ってる』

 

 少女も笑った。

 

「じゃあ、遊ぼう」

 

 盗賊は嫌いだった。

 理由もなく木を切り、火を放つ。

 動物を痛めつける。

 だから自然は同情しない。

 少女が壊しても、誰も悲しまない。

 夜の森を駆けた。

 風より速く。雷より静かに。

 

 

 夜の森は静かだった。

 虫の声がする。

 風が木々を揺らす。

 そして、血の匂いがした。

 

「間に合わなかったか」

 

 盗賊狩りは早い者勝ちだ。

 最近は縄張り争いが激しい。

 僕みたいに趣味で盗賊を狩る人が増えたんだろうか。

 ……いや、そんなわけないか。

 開けた場所へ出る。

 盗賊たちは全員倒れていた。

 いや、倒れていたというより、壊れていた。

 木に串刺し。

 地面には大きな裂け目。

 焦げた跡まである。

 

「派手だなぁ」

 

 思わず感想が漏れる。

 僕ならもう少し後始末を考える。

 その時だった。

 

「この人たちのお友だち?」

 

 声がした。

 振り向く。

 水髪の少女が立っていた。

 歳は僕と同じくらい。

 十歳にも満たない女の子が夜の森にいるなんて、盗賊に攫われたのかな。

 森の中だというのに服一つ汚れていない。

 

「違うよ」

 

 僕は首を横に振る。

 

「狩ろうと思ってた盗賊」

「そうなんだ」

 

 少女は小さく頷いた。

 緑眼が僕をじっと見つめる。

 

「ウソ」

「え?」

「人をたくさん殺した匂いがする」

「……匂い?」

 

 思わず自分の袖を嗅ぐ。

 臭くない。

 汗の匂いしかしない。

 いや、待て。

 まさか血の匂いとか?

 盗賊狩りを続けてるせいで染み付いたのか。

 まずいな。

 この世界の人は鼻が利くのかもしれない。

 家族にバレる前に対策しないと。

 石鹸を変えるか?

 香水でも付ける?

 そんなことを考えていると、少女は一人で納得したように頷いた。

 

「悪い人のお友だちなら、いいよね」

「いや、だから違——」

 

 言い終わる前だった。

 風が鳴いた。

 

「っ!」

 

 頬を何かが掠めた。

 反射的に身体を捻る

 遅れて、ぴりっとした痛みが走る。

 指で触れる。

 赤い血だ。

 

「……今のは?」

 

 見えなかった。

 剣も、矢も、何も。

 

「すごーい」

 

 少女がぱちぱちと手を叩く。

 

「盗賊さんより強いんだね」

 

 嬉しそうだった。

 遊び相手を見つけた子どもみたいに。

 次の瞬間、空気が変わる。

 目に見えた魔力が上空へ集まっていく。

 

「これは——」

 

 考えるより先に飛ぶ。

 轟音。

 さっきまで立っていた場所へ雷が落ちた。

 土が爆ぜる。

 焦げ臭い。

 

「今のは……!」

 

 心臓が高鳴る。

 風に雷。

 どちらも魔力で起きていた。

 間違いない。

 

「まさか、魔法?」

 

 思わず声が弾む。

 本当にあったんだ。

 炎を飛ばすとか。

 雷を落とすとか。

 風を操るとか。

 そういうファンタジーっぽい属性魔法。

 この世界にはなかったわけじゃない。

 知らなかっただけだ。

 

「最高じゃないか」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

「君、面白いね」

 

 修行になる。

 しかも、とびきりの。

 

 数分が経過した。

 戦いはまだ続いている。

 僕の方が劣勢だ。

 体が小さい。

 思ったように動けない。

 やっぱ十歳にも満たないんじゃ届かないか。

 武術は結局、体がものを言う。

 真価を発揮するにはなおさらだ。

 対して、少女は違う。

 属性魔法を放つ彼女に体格は戦闘に影響しない。

 というか、彼女が強すぎる。

 風が裂く。

 炎が踊る。

 雷が落ちる。

 どれも人間の枠を軽々と飛び越えた力だ。

 豪快で、見ていて実にいい。

 正直、羨ましい。

 ああいうの、どうやったら使えるんだろう。

 教えてもらえないかな?

 

「ばーん!」

 

 少女は無邪気に笑った。

 その笑顔だけ見れば、どこにでもいる年相応の女の子だ。

 

「……見た目で判断するのはやめよう」

 

 横薙ぎの炎を紙一重でかわす。

 木が燃え上がる。

 

「また外れた」

 

 少女は少しだけ頬を膨らませた。

 今のはフェイントに引っ掛かった。

 どうやら駆け引きは得意ではないらしい。

 それも当然か。

 ここまでの力があれば、小細工なんて必要ない。

 適当に撃っても大抵の相手は終わる。

 なら、こちらも試す。

 一歩踏み込み、剣を振るう。

 甲高い音が森に響いた。

 

「……何かした?」

 

 少女は不思議そうに首を傾げる。

 刃は届いている。

 なのに斬れない。

 まるで鋼を叩いたような感触だ。

 

「身体強化か?」

 

 いや、違う。

 身体強化というより、

 

「最初からそうなってるのか」

 

 彼女は意識して魔力を動かしていない。

 呼吸をするように。

 心臓が鼓動するように。

 魔力が自然に巡っている。

 僕が何年もかけて身につけた技術を、この子は生まれつき持っている。

 人を超えた存在か。

 いや、あるいは星そのものが生み出した観測端末かもしれない。

 古代文明の遺産? 精霊? 神の代行者?

 どれでもいい。

 最高の手本じゃないか。

 

 魔力の流れを観察する。

 そのためには、もう少し近くで見る必要がある。

 タイミングを計る。

 風が吹く。

 炎が揺れる。

 ——今だ。

 少女の懐へ一気に飛び込む。

 同時にスライムボディスーツを変形させた。

 黒い膜が伸び、少女の視界を覆い隠す。

 

「えっ?」

 

 服が形を変えたことに少女は目を丸くする。

 その一瞬、意識がそちらへ向いた。

 不意を突かれた少女は、反射的に一歩後ろへ退く。

 

 そっちは囮だ。

 黒い幕そのものに意味はない。

 本命は、その足元。

 僕は迷わず剣を振り抜く。

 刃が地面を走る。

 次の瞬間、地面が大きく隆起した。

 

「きゃっ!」

 

 足場を崩された少女の身体が傾く。

 そのまま僕は彼女を押し倒して馬乗りする。

 肩を触れた。

 骨格、筋肉、血流、魔力の流れを追う。

 ……ダメだ。もっと根幹に触れないと。

 一瞬だけ理性が躊躇する。

 

 いや見た目なんてどうでもいい。

 知りたいのは魔力だけだ。

 魔力への探究心が勝つ。

 

「え、えっと?」

 

 少女は困惑していた。

 馬乗りされて触られる事態に慣れていないようだ。

 そんな反応を無視する。

 彼女の心臓に近い場所を触れた。

 秘密を探る。

 

 ——見つけた。

 すぐさま僕は彼女から離れた。

 

「ようやく掴めたよ。魔力の真髄を」

 

 会得の仕方が端から見れば不審者だ。

 でも仕方ない。

 目で見るより、触れた方が流れは分かりやすい。

 流れは覚えたし、理論も組み上がった。

 

「……よし」

 

 魔力を巡らせる。

 真似る——いや、盗む。

 少女の身体を巡っていた流れを、そのまま自分の中へ落とし込む。

 次の瞬間。

 魔力が爆ぜた。

 足元の土が抉れる。

 木々が軋み、突風が森を駆け抜けた。

 

「これ、なに?」

 

 少女が一歩退く。

 初めてだった。

 彼女の表情に困惑が浮かぶ。

 

「いいね」

 

 思わず笑う。

 身体が軽い上に、景色が遅い。

 血が沸く。

 今まで積み上げてきた身体強化とは別物だ。

 これだ。

 これを求めていた。

 

「……最高じゃないか」

 

 胸が躍る。

 目の前には、この理論を試すには最高の相手がいる。

 何か忘れている気もする。

 まあ、いい。

 今はどうでもいい。

 試したい。

 ただ、それだけだった。

 

「君から盗んだ魔力の叡智——試させてもらうよ」

 

 踏み込んで、一閃する。

 音はない。

 風だけが遅れて鳴った。

 ぴたり。

 少女の頬に赤い線が走る。

 

「……ぇ」

 

 白い指先が頬へ触れる。

 赤い血だった。

 

「……ぁ」

 

 少女の瞳が揺れる。

 さっきまでの無邪気さは消えていた。

 初めて恐怖を知った子どものように。

 彼女は僕を見た。

 そして、逃げだす。

 その姿は、あっという間に消えていく。

 静寂だけが残った。

 

「逃げちゃったか」

 

 肩の力を抜く。

 少しだけ残念だった。

 あんな面白い魔力操作をする子だ。

 せっかく力を試そうと思っていたのに。

 でも、夜中に盗賊狩りをしている変わり者。

 縁があれば、また会うだろう。

 鼻歌を口ずさみながら、僕は森をあとにする。

 

 後日、身体強化の反動で筋肉痛になった。

 いきなり実戦で使うのは厳しかったか。

 夜の盗賊狩りはしばらくお休みかな。

 

 

 少女は森の奥深く逃げた。

 誰も知らない洞窟へ。

 そこは少女の家だ。

 風だけが優しく頬を撫でる。

 

『大丈夫?』

 

 草花が揺れた。

 少女は答えない。

 膝を抱えて座り込む。

 頬へ触れた。

 乾いた血が指先に付く。

 生まれて初めての傷だった。

 

『痛い?』

「……うん」

『怖い?』

 

 少女は黙った。

 胸の奥が苦しい。

 息が浅い。

 身体が震える。

 これは何だろう。知らない。

 でも。

 きっと。

 怖い、というものなのだろう。

 

『もう会わない方がいいよ』

 

 木々がざわめく。

 

『あの子は危ない』

『今までの人間とは違う』

『殺されるよ』

 

 少女は小さく頷いた。

 

「……うん」

 

 もう会わない。

 もう遊ばない。

 あの黒い人は怖い。

 だから、会わない。

 そのはずだった。

 

 翌日。

 少女は洞窟の入口まで歩いた。

 

「……」

 

 何もない。

 森だけが広がっている。

 

 また翌日。

 少しだけ外へ出た。

 風に聞く。

 

「いない?」

『いないよ』

 

 また翌日。

 今度は森を少し歩いた。

 鳥に聞く。

 

「黒い人は?」

『見てない』

 

 また翌日。

 狼に聞く。

 

「今日も?」

『今日は来ない』

 

 少女は少しだけ肩を落とした。

 会いたくない。

 怖い。

 でも、どうしてだろう。

 少しだけ気になる。

 あの人は何だったのだろう。

 どうして傷を付けられたのだろう。

 どうして笑っていたのだろう。

 どうして怖くなかったのだろう。

 知りたい。

 その気持ちは恐怖より少しだけ強かった。

 少女は立ち上がる。

 洞窟を出る。

 風が笑った。

 木々が揺れた。

 鳥が歌った。

 

 その日。

 少女の形をした災厄は『少女』になった。


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