貞操観念ぎゃくてん・ざ・ろっく! 作:テト
通常、ツイスターゲームとはただの健全なパーティゲーム。ルーレットの指示に従って手足を置き、バランスを崩してマットに膝や手などをついた者が負けという少しばかり身体の柔軟性が求められるだけのお遊びである―――だがしかし、ここは貞操観念逆転世界だ。故に男女混合で行う場合、このゲームの持つ意味合いは1ミリ……いや1ミクロンも健全では無くなってしまう。
考えてもみてほしい、飢えた肉食獣である女子達と極上の獲物である男子の体が数センチの距離で交錯するのだ。それで少しでも体勢を崩してしまえば必然的に押し倒すか、押し倒されるかの密着状態が完成する。つまりこの世界において、男子が同年代の女子とこのゲームを行うということはすなわち事故に見せかけた既成事実の容認、あるいは合法的な求愛行動と同異議。普通ならば将来を誓い合った夫婦か、それこそよほどディープな関係の恋人同士でもない限り男子とプレイするなど絶対にあり得ない。この男女比1:10の世界において、ツイスターゲームはもはやR18指定の「ふーん、エッチじゃん」な儀式とされているのだ。
……最後だけ説明IQが急激に低下したような気がするが、とりあえずそこら辺は置いておき……彼にとって己の貞操を賭けた運命の戦いが今、始まろうとしていた―――
「うふふ~♪」
「…………」
後藤さんの部屋にて、上機嫌に笑顔を浮かべながらツイスターゲームのマットを広げる美智代さんの姿を俺はただ黙って見つめる事しか出来ず……先ほどリビングで和気あいあいとしている中突然ぶち込まれた美智代さんの『この子ね、友達が来るからって何日も前からソワソワしてたのよ。それでやるかもしれないからってツイスターゲームを一人お部屋で一生懸命練習してて……そうだ!良ければこの後、4人でやってみたらどうかしらー?』という爆弾発言。一瞬にして凍りつく場の空気に……そりゃあ俺が友達とはいえ異性が一緒だったら嫌に決まっているだろう。
美智代さんにその事を伝えても、どこか意味あり気に思わせる深い微笑みを返されるだけでまともに受け取ってもらえず……ここは娘である後藤さんに説得してもらおうと隣に立つ彼女を見れば。
「れっ、練習の成果を発揮するときだ……どうも、武道館を埋めるプロギタリスト兼プロツイスターニストな女です……!」
……後半ちょっと何言ってるか分からなかったけれど、後藤さんは拳を力強く握りしめやる気に満ち溢れた表情を浮かべており、その様はゲーム開催について肯定的と取れるものであった。予想外の反応に困惑してしまった俺は焦って喜多さんと伊地知さんへ視線を向けると。
「楽しみね!私、ツイスターゲーム初めてだけど精一杯頑張るわ!」
「も~、ぼっちちゃんも喜多ちゃんも何か勘違いしてないかな。今日はTシャツのデザイン案を考えるのが目的であって遊びに来たんじゃないんだよ?」
そう口では咎めながらも、まるで暴風吹き荒れる荒波の海へと飛び込むと言わんばかりにしっかりと念入りな柔軟体操を行っている伊地知さん。そこまでしてやりたいんです??喜多さんも明るい笑顔で全身から眩しいオーラを放っているし……後2人とも頬が赤いのは何故だろう……
それにしても……こんな言い方はアレだけれど、3人とも少しは男の俺が混じる事が気になったりしないのだろうか?
俺は流石に体が当たるほどの近距離になられたら、どうしても多少なり意識してしまうのは避けられないはず。純粋に異性として、何より喜多さんと伊地知さんは誰が見ても可愛いと思うような存在。それに後藤さんだって気づいてる人は殆どいないだろうが、実の所とても整った容姿をしているのだ。そんな3人の美少女と少しでも態勢を変えたら密着してしまう状況に置かれるのは、陰キャDTである俺には難易度が高すぎる……
「みんなー、準備が出来たわよ。早速始めましょ」
「はーい!」
「私がちょうど佐伯君の真上に来たときに倒れ込めば全身で密着出来るんだよね、佐伯君の感触に匂い……えへへ、楽しみだなぁ……」
マットを敷き終えた美智代さんが俺達に声をかけてくる……マジでやるのか?最近前世分の年齢を足すと30を超えて魔法使いになっていた事実に震撼したばかりの俺にこんなの出来るわけが……額から汗を流し、俯いてその場に踏み留まる自分。だがしかし。
「じゅ、淳くん」
「……後藤さん?」
ゆっくりと顔を上げると、目の前には後藤さんの姿が。それは彼女を知らない人が見れば弱弱しくおどおどとしたものに見えるかもしれないけれど……
「わ、私みたいな陰キャコミュ障がまさか淳くん以外でこうやって人を家に招いて遊べる日が来るなんて思わなくて、それも結束バンドのみんなを……リョウさんはいないけど…………とっ、とにかく言いたいのは……」
俺は知っている。
「―――わ、私、凄く嬉しいんだ……!」
後藤さんは友達想いで優しい人だって事を……ああ、俺は何て馬鹿だったのだろう。喜多さんや伊地知さん、何より後藤さん。みんな俺が男だからといって変な目で見たりしてこず、いつだって俺を一人の友達や結束バンドの仲間として対等に、普通に接してくれる最高の理解者達である。そんな清き心を持つ彼女らに対し、異性としてあーだのこーだの考えていた俺は自意識過剰で自惚れていた。恥じるべき事だ。
すーっと心の霧が晴れていく。
「ありがとう、後藤さん」
「えっ?」
「ゲーム、いっぱい……いっぱい楽しもうね」
「……いいっ、今の何かエロい……」
「後藤さん?何か言った?」
「なな、何でもないです……」
異性だからって照れたりするのはこの3人に対して失礼だ、友情とは性の枠組みなんて吹き飛ばす無限の可能性を秘めていると俺は信じている。後藤さんの為にも真剣にこのツイスターに取り組もうじゃないか、俺は両手で頬をパチンと叩き、覚悟を決めた……今だけは魔法使いの名を返上させてもらうとしよう。
「それじゃあ、いくわよー! スピナー回転……『右足を黄色』!」
審判役の美智代さんがスピナーのルーレットを回し指示する。
「はいっ」
俺は迷いなく、マットの端にある黄色の円へバシッと足を置いた。
「次は~……『左手を赤』!」
「赤ですね! えーっと……あっ!」
喜多さんが左手を伸ばした先はちょうど俺の右足の隣であった、勢いよくかがみ込んできた喜多さんの顔が俺の太もものすぐ脇に滑り込んでくる。ふわりと漂う甘い女の子の香り……普段ならばこんなシチュエーション内心動揺しまくりだが、今の俺は違う。何故なら友達相手にドギマギするのは失礼だからだ。
「喜多さん、狭くてごめんね!体勢キツくないかな?良ければもう少し足ずらそうか?」
俺は気遣いのつもりで、喜多さんに声をかけたのだが。
「お、男の子の体がこんな目と鼻の先にあるなんて……ごめんなさい、私耐え切れないわ……キターン……」
「喜多さん!?」
喜多さんはオーバヒートと言わんばかりに顔を真っ赤に染め、瞳をグルグルと回しながらマットへ倒れ込んでしまい脱落となってしまった。残りは俺を含め3人である。
「次は~『右手を青』!」
「青だねっ!」
美智代さんの指示と同時に伊地知さんは俺の背後に回り込み、俺の腰の上をスレスレで通過するように右手を伸ばして青の円へついた。結果として俺は後ろから伊地知さんに……バックハグされるような形となった。
「ちょうど佐伯君の真上―――うん、狙い通りかな。これで後は右手を離せば私の目標が達成されるんだ……」
伊地知さんは近距離の俺にも聞き取れないほどの小声で何かを呟いた後、何故か息が荒くなり始め……
「佐伯君、今ここで私がバランス崩しちゃったらごめんね……?」
「えっ」
「ごめんね……♡」
そう囁くように俺に伝えてきた、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうな声色から内心ではそれを望んでいるように思えるのはきっと勘違いだろう……それにしても、伊地知さんがもし倒れ込んできたらお互いに全身が密着する事になるのか。
普段ならば、そんな事態になろうものならドキドキのあまり心臓が破裂する所だが今の俺は違う(二度目)。
「別に謝る必要なんてないですよ」
「……ど、どうしてかな」
声色から少なからず動揺しているのが分かる伊地知さんに対して、俺は素直に友達として。
「もしそうなっちゃったときは伊地知さんが怪我しないように俺がこの身を持って受け止めますから―――必ず守ってみせます、安心してください」
「ッ!?????」
護られるプリンセスであるはずの男性から放たれたナイト宣言、それはただでさえ削られた状態にある伊地知虹夏の理性にトドメを刺すに十分な一撃であった。
「……佐伯君、それはズルいよっ……」
「伊地知さん!?」
喜多郁代と同じように伊地知虹夏も限界に達してしまい、グルグル目のままバランスを崩し彼のいる真下ではなく真横に倒れてしまった。
「あらあら~、残りは淳君とひとりちゃんの2人ね♡」
「何で嬉しそうなんですか??」
「それじゃあ、いくわよ!」
華麗にスルーされてしまった……伊地知さんを助けられなかったのは無念だが、考えていても仕方ない。今は目の前のゲームに集中しなければ、まだ1週目にも関わらず2人脱落という事実。そして順番的に次は後藤さんのターンだ。
「次は『左足を緑』!」
応援するように娘にウィンクをする美智代さん、ただ純粋にゲームを勝利してほしいという意味ではなく別の何かなような……いやまあそこら辺は今は置いといて……指示を聞いた後藤さんはまるで精神統一が如く瞳を閉じて深呼吸を行い。
「2人みたいに私も淳くんと近距離になってあわよくば密着エロハプ発展うへへっ―――い、行きます……!」
何かを早口で言い切った後、後藤さんは瞳を勢いよく見開き掛け声と共に左足を大きく伸ばして。
「―――アッ」
……左足を伸ばした際に態勢を崩してしまい、その場に倒れ込んでしまった…………これにて決着。俺の勝利である、うん……
「運動不足なのが原因かしらね~、ひとりちゃん?お母さん言ったでしょ?ちゃんと日頃から体を動かさないとダメよって」
元よりそこまで勝負感は無かったけれど、にしてもあまりにも呆気ない幕切れに何とも言えない複雑な気持ちになりつつ倒れ伏す後藤さんの傍へ寄ったのだが。
「……ん?」
俺はすぐにとある違和感に気が付いた……明確すぎる変化、そう。
「後藤さん……何かしぼんでいってない?」
「ァァァァァァ……」
小さくなっていく後藤さんと部屋の中に降り注ぐ粉雪のような物体……いつもの溶ける例とは何かが違う、長年の幼馴染としての勘が告げている。これは本気でヤバい、この物体を少しでも体内に入れてはいけないと。
「美智代さ―――」
「…………」
「ああ……そんな……」
俺は慌てて振り返り、この部屋から退避するように伝えようとしたが……時すでに遅し。そこには畳に力なく倒れる美智代さんの姿が、だがしかし、救えなかったと嘆く暇はない。何故ならここにはまだ喜多さんと伊地知さんが残されているのだから。
せめて2人だけは助けてみせる……!そう強い決意を胸に、彼女達の元へ駆け寄った。
「喜多さん!伊地知さん!」
「キターン……」
「うぅ、理性が崩壊しちゃうよ……」
「今すぐ起きてください早く逃げないと!」
触れるのは申し訳ないが、俺はまだ先ほどの状態から回復していない2人の目を覚まさせようと必死に肩を揺さぶる。
「ふふ、何だか今とても良い事が起きている気がするの……」
「ダ、ダメじゃないかな……男の子がそんな強引に触ったらさ……♡」
「いや伊地知さんに関してはその反応起きてますよね!?」
助けも空しく、例の物体が2人の体に侵入してしまったのか僅かに悶えた後、虚ろな瞳で……
「いつも明るさだけで乗り越えようとしてすみません……」
「ギター上手くならなくてごめんなさい……後可愛すぎてごめんなさい……」
これは己の内に秘めていた事なのか、両者ともネガティブな本音を吐露していた……伊地知さん全然そんな事ないですよ。それに喜多さんも頑張ってるって、上達スピード十分速いと思うし……あっ可愛すぎての部分はその通りだけどスルーさせてもらいます……この現象は後藤さんの一部を体に含んだ事で彼女の影響を受けているが故のものだろう。そうじゃなければ言わないような悩みの部分だし。
悩み、か……それは誰にでもあるよな。
「……あれ?でも美智代さんはこの状態になっても何も言わなかったよね?」
もしかして、あの人そういうの一つも無いの……まあ割と納得だけどさ……ていうか気になってたけどどうしてみんなが影響を受けているにも関わらず俺は平気なんだ。この部屋にいる以上あの物体を含んだはずでは?
「……そうか、俺も後藤さんと同じように体を溶かす事が出来るようになって人の域を少しだけ脱しちゃったから平気なのか」
人外特典というやつである、いや全然嬉しくないけど……こうして死んだ瞳で冷静に状況把握を行う俺であった。誰か助ケテ……ツイスターゲームはまさかの結末を迎え、喜多さんと伊地知さん、そして後藤さんが目を覚ました頃には時刻は既に日も暮れて夜となっているのであった。ちなみにTシャツのデザイン案という大本命については、マネージャーである俺が責任を取って作りますと自ら志願した。こういう所で仕事しないと何の為のマネか分からないしね?
ライブまで期限も短い事から、数日間で良きデザインを生み出しTシャツを作らないといけない……こういうのは得意じゃないが結束バンドのみんなを想い頑張らなければ。
そして翌日。
「助けてくださいPAさん……寝ずにぶっ通しで考えてたんですけどマジで何にもアイデア思いつかないんです……」
「あら、これは困りましたねぇ」
俺は早速ヘルプを要請する事になってしまうのであった。
次回はPAさん回です!