貞操観念ぎゃくてん・ざ・ろっく! 作:テト
後藤さんの部屋に訪れた喜多さんと伊地知さんに間もなくして飛び込んできたのは―――悪霊を払うかのように置かれた盛り塩と壁に貼られるお札、喜多さんは元より兼ね備えた輝かしい程の陽キャ属性もあってか「これは、ロック?」とポカンとした反応を見せている。しかし、伊地知さんは額から汗を流しながら俺にこの光景を意図を問うような目線を送ってきて……何というかハイ、間違えなく立派な。
「―――ロックですね」
「そ、そっか、ロックかぁ……って痛った!?」
後ずさりした伊地知さんはこの部屋のタンスに足を軽くぶつけてしまい、その衝撃で下に落ちたのは……この前下北で撮影したアー写の軽く50枚は超えるであろうコピー軍団であった。
「あれ、何でこんなにアー写が沢山……?」
喜多さんは盛り塩とお札を見たときと同様に目の前の光景が理解出来ないと言わんばかりの様子だ、そして伊地知さんは顔色を更に青ざめさせ。
「……あはは、佐伯君?ちょっとこれらについての説明をお願いしてもいいかな……?」
「ロックです」
「ロックはこの世全ての免罪符じゃないよ!?」
伊地知さんが声を上げたのと同時に押し入れの中で物が崩れる音が響いたり、貼られていたポスターが剥がれ落ち沢山の「滅」や「退散」に「封印」などと書かれたお札が露呈した。お互いに体を寄せて怯える2人。
「いや~、ロックですねぇ」
「そんな夏の風物詩みたいに言うのやめてね!?」
……除霊騒動は後藤さんが部屋で一人パリピ女子と化していたのを目撃して行ったと後藤さんの両親から事情は聞いているし、大量のアー写に関しても後藤さん本人から「み、見て淳くん、これ最高だよねウヘヘッ……」と部屋中一面に貼られた様を見せられた……その、後藤さんが本当に嬉しそうにしているので何も言えなかったんですよ。というかそもそも2人に何て説明していいか分からないし、彼女の尊厳の為にもロックとフォローするしか出来ない俺である。
半ばお化け屋敷と化したこの空間に光を指すかの如く現れた人物が、それは。
「この写真部屋にいっぱい貼ってたんだよ、すっごく気に入った写真なんだって!でもお母さんに目がチカチカするから剥がしなさいって止められたの。後そっちのお札はお姉ちゃんがこの前お化けに取り憑かれたから貼ってあるんだー、以上!おしまい!」
妹である後藤ふたりちゃんだ、隣には愛犬のジミヘンを引き連れている。
「おにーちゃんがどう話していいか困ってたみたいだから、ふたりが代わりに説明しておいてあげたよ!どう?上手だった?」
「まあお化けの下りにはかなりの誤解があるけれど……でもありがとね、助かったよ」
お礼の意味を込めて頭を撫でてあげると、「えっへん!」とドヤ顔を浮かべ気持ち良さそうにしていた……そんな俺達を呆気に取られたように眺めている二人。そういえば紹介がまだだったな。
「ごめんね、この子は後藤さんの妹なんだ」
「初めまして、後藤ふたりです!犬はジミヘン!」
「わん!」
「い、妹さんだったのね」
「うん、おねーちゃんの妹。でもね……」
ふたりちゃんはほんの一瞬、こちらに流し目を送ってくると。
「おにーちゃんはふたりが赤ちゃんの頃からよく面倒見てくれたから―――おにーちゃんの妹でもあるよ?」
……俺の事をそんな風に思ってくれていただなんて、素直に嬉しいなぁ。ふたりちゃんは相変わらず誇らしげな表情のまま……けれど、どこか2人に対しマウントを取っているかのように感じさせるのは気のせいだろうか?
「2人はとっても仲が良いのね!」キターン
「…………へぇ、そうなんだね」
ふたりちゃんは喜多さんと伊地知さんを交互に見やり、その幼い瞳が一瞬だけ5歳児とは思えないほど冷徹に、そして迅速に品定めをするように鋭く細められる。
「赤い髪のおねーちゃんはふたりの敵に値しないっと、でもこっちの金髪のおねーちゃんはちょっと危ないかなー」
誰にも聞き取れないレベルの小声で何かを呟いたふたりちゃん、彼女の醸し出す湿度の高いじっとりとした雰囲気に得体の知れない不安を抱いた俺は彼女に尋ねる。
「ふっ、ふたりちゃん?どうしたのかな……?」
けれど肝心の本人は「―――ううん!何でもない!」とすぐに笑顔を浮かべいつもの調子に戻るとトコトコと迷いのない足取りで伊地知さんの方へ歩いていき、その膝の上へちょこんと座り込んだ。
「おっ!ふたりちゃんは可愛いねー、よしよし!」
「えへへ~」
和気藹々としている……そうだ、先ほど俺の口元へ顔を近づけてきたときもそうだがやはり俺は幻を見ていたのだろう。元気溢れる笑顔の眩しい5歳児、それがふたりちゃんだ!
俺は無事心の平穏を取り戻し、喜多さんと一緒にジミヘンとたわむれるのであった。やっぱり平和が一番だよね。
「……ねえ、おねーちゃん?」
彼がこちらに目を向けるのをやめたのを確認すると、後藤ふたりは伊地知虹夏の首に小さな腕を回しその大きな瞳から一切の光を消し去った。そして幼いながらも冷徹な響きを帯びた声色で。
「……おにーちゃんはね、ふたりの将来の旦那さんだから誰にも渡さないよ」
そう告げると、下北沢の大天使こと伊地知虹夏は顔の微笑みを一切崩さぬまま彼女の耳元に口を寄せて。
「ホント、ふたりちゃんは可愛いね。でも……私、ちょっと前に佐伯君から貴方を幸せにしますって言わちゃったんだ、男の子の口からあんな発言が飛び出すなんて本当に凄いよね」
「……ふ~ん、おねーちゃん面白い冗談言うね?」
「冗談、かぁ。どう捉えるかはふたりちゃんの自由だけど……」
伊地知虹夏は瞳の奥に身を焦がすほど熱い独占欲の炎を燃やしながら。
「―――別に余裕はないって事、それだけは分かっておいてほしいな?」
「…………」
5歳児と高校生による、激しく火花を散らし合う戦いがすぐ傍で行われている事を彼は知る由もない。
後藤さんが部屋に戻ってきて、土下座からの耳打ちで「冷蔵庫のアイス、食べていいから」と言いふたりちゃんを懐柔させた後。俺達は今日の本命となるライブで着るTシャツのデザイン案をそれぞれ紙に書き考えていた……にしてもふたりちゃんが部屋から出て行く際に「……おにーちゃん、早めに堕とさなきゃ」とボソッと何かを呟き、伊地知さんを睨むように見つめていたのは一体何だったのだろう。それに対し伊地知さんはどこか余裕ありげな笑みで返すだけだったし…………ま、まあ今はデザインについて考えなければ。
マネージャーとしてバンドの力になる……つまり採用されるような良きデザインを作ろう、そう固く決意し頭を働かせ真剣に考えている中、早速喜多さんが完成したらしい。
「出来ました!」
「おっ、どんなのどんなの?」
「コンセプトは友情・努力・勝利でーす!」
そして喜多さんが見せてきたデザイン案は散りばめられた星とニッコリマーク、『皆で掴め!勝利の華を』や『優勝』だの文字が書かれている。
「体育祭で見るやつ!」
伊地知さんのツッコミの通り、まさに体育祭で着るような服……体育祭かぁ……中学時代のトラウマが蘇る。この貞操観念逆転世界における体育祭というイベントは俺にとって地獄以外の何物でもない、特に借り物競争の時間は最悪の極みだった。
『お題が【親しい人】って書かれているので、貴方を選びます! 現時点で面識は一切ありませんが、これから親しくなる予定ですので! 最終的には私はママになりまーす♡♡♡』
『えっとね、【同学年の生徒】って書いてあるから佐伯君を選んでもいいかな……だって同じ学年の生徒って私と佐伯君の……2人だけダモンネ??』
ふしだらな母と笑いなさいになる予定だったり、いや同学年2人だけとかどこのド田舎極まってる学校かよと言いたくなったり……それ以外にもヘンテコ発言をぶちかましてくる女子達に囲まれて、服の裾や腕を引っ張られるという激しい奪い合いに発展した経験……それを俺はもう二度と思い出したくない……
「うぅ……」
「佐伯君!?体溶けてるわよ大丈夫!?」
「ァァァァァァ……!」
「何かぼっちちゃんまで溶けてる!2人とも体育祭にどれだけ嫌な思い出があるの!?」
こうして俺と後藤さんは仲良くトラウマに苛まれるのであった、これは最近初めて起きた症状なのだが後藤さんの物理的に溶ける技を俺も得てしまったのだ。多分長らく傍にいて何度も彼女を溶けた状態から戻していく際に俺はこの手で触れていた事から、自らの人体に影響を受け俺も人間の域を少しだけ逸脱したのだろう。割とというか相当なホラー案件だけど、でも2人でなら……溶けるのも怖くないね……
そんな陰キャな俺達の寄り添い合いは、ふたりちゃんが両親であるお母さんの美智代さんとお父さんの直樹さんを部屋に連れてきた事で幕を閉じ……そして現在は1階のリビングにて。
「―――唐揚げ揚げたてです~!」
「「美味しそー!!」」
「奥がにんにく醤油で、手前が塩麹、お好みでレモンと七味もどうぞ」
「いただきます!」
「……じ、じゃあ運動する体育祭が嫌なら文化祭はいいんじゃないの?と聞かれるのは陰キャあるあるだと思いますがそんなのどっちも嫌に決まって「後藤さん、ほら唐揚げだよ」アッ唐揚げだ……」
人の形は取り戻したが、未だにどんよりとした空気を纏う後藤さんに声をかけてあげると彼女は己の好物である唐揚げの存在に影を消滅させその目を輝かせてくれた。
「せっかくの揚げたてだしさ、冷めないうちに食べなきゃね?」
「う、うん……!」
後藤さんが元気を取り戻してくれた事に内心喜びを抱きつつ、買ってきたピザに直樹さんが作ってくれた唐揚げやサラダが並ぶ賑やかな食事が始まった。
「友達が来るって聞いたとき、多分妄想か幻想かと思ったけど一応写真もあるし」
「……念の為に聞くけど、レンタル友達的なサービスの人じゃないよね?」
「しょ、正真正銘のバンド仲間です!」
焦って否定する伊地知さんと唐揚げを口に入れようとしていた所、まるで時間が止まったかのように固まってしまう後藤さん……正直、正直に言うと疑っちゃう気持ちは分かりますけどそれはやめて差し上げてください……
「そっかそっか……」
偽りではない事を確認し、直樹さんはしみじみと噛み締めるように返すとどこか感慨深げな口調で話し始めた。
「ひとりは幼い頃から、唯一の友達は幼馴染の彼だけでね。でも友達作りは苦手だし……ただ、親としては出来ればもう少し外の世界に目を向けてほしいなとずっと心配してたんだ」
でも直樹さんは嬉しそうに目を細めて、喜多さんと伊地知さんの顔を代わる代わる見つめると。
「……でも、そんなひとりが今はこうしてバンドに入ってさ。こんなに素敵なお友達も増えて本当に嬉しいよ、感無量だね」
「ふふ、そうね」
「お、お父さん!そういう話はやめて……!」
羞恥心から顔を赤くする後藤さん、喜多さんと伊地知さんはそんな彼女を微笑ましく見ている。そして俺も胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた、後藤さんは良い人だって心の底から知っているからこそ彼女がこうして良い仲間に巡り会えた事が嬉しい。
リビングの空気はこれ以上ないほど優しく、和やかな雰囲気に包まれていて……だがしかし、その平穏な安らぎは長くは続かなかった。
「この子ね、友達が来るからって何日も前からソワソワしてたのよ。それでやるかもしれないからってツイスターゲームを一人お部屋で一生懸命練習してて……そうだ!良ければこの後、4人でやってみたらどうかしらー?」
(何故か後藤さんにウィンクした)美智代さんの言葉により、それまでリビングに流れていた温かな空気が完全に凍りついてしまった……いくら友達とはいえ俺が一緒だったら嫌なのは当たり前だろう。
「美智代さん、4人じゃなくて3人ですよ。俺が参加するのは流石に変です」
「あら?そうかしら?」
「いやだって―――」
美智代さんと話す彼に対して、3人の反応はというと。
(ア、アレはあくまでシミュレーションの一つってだけで本当にする気は……ないとは言い切れない、いやむしろめちゃくちゃあった……)
後藤ひとりは顔面を血の気が引いたかのように真っ白にさせながら、まるで理性を必死に抑え込むように自分の胸元をギュッと力強く握り締めて呼吸は不自然なほどに荒く、激しくなっていた。
(ツイスターゲーム……つまり佐伯君と体を近づけて、もしかしたら0距離で密着する場合もあるのよね……!?)
そして喜多郁代はその頬を真っ赤に染め上げ、瞳はぐるぐると回転しており焦点が定まっていなかった。
最後に伊地知虹夏、彼女は。
「…………」
周囲の光を全て吸い込んでしまうかのような、ドス黒いオーラを放つ様は大天使などではなくもはや堕天使そのもの。彼女はじっと、獲物を完全にロックオンしたかのように鋭い眼差しで彼を見つめている。
突然訪れた大ピンチ、果たして彼は己の貞操を守り切る事が出来るのか―――