夜明け編 最終話「空っぽの王様のひとつだけ」
何も求めなかった王は。
——気づけばその手にすべてを抱いていた。
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あれから季節が幾つか巡った。
僭帝の城に、穏やかな朝が来ていた。
食堂にはいつもの顔ぶれが揃っている。蔦漆が書類を片手にコーヒーを啜り。
イズナが気だるげに新聞をめくる。チェインが鍛錬帰りの汗を拭い。セイレーンが、静かに茶を淹れる。赫飛が、誰よりも早く席についている。
エディが、サングラスを外し欠伸をする。アル・カイドは少し離れて。
その光景を恍惚と見つめていた。求めぬのに人が集う
——彼が跪いたたった一つの真実が。この穏やかな食卓の上で証明されているのを
そしてその中心に。シュンカとミカがいた。
「シュンカほら。パンこぼしてる」
「……ん」
ミカがシュンカの口元を、拭う。シュンカがされるがままになっている。
——ただそれだけの光景。かつて世界を滅ぼしかけた王の、あまりにもありふれた朝。
誰も死ななかった。誰も失わなかった。ただ穏やかな日常がここにあった。
時折来客があった。
「よう! 邪魔するぞ!」
豪快な声と共に扉を開けるのは、スターアンドストライプだった。
世界最強のヒーローが手土産を片手に、ずかずかと入ってくる。
「ボーイ! お嬢さん! 元気にしてたか!」
いつの間にか、彼女は幹部たちとも打ち解けていた。チェインと、腕相撲で勝負したり。エディと酒を酌み交わしたり。かつて殺し合う寸前だった相手と。
今はこうして笑い合っている。
オールマイトも痩せた身体で、時々顔を出した。
彼はいつも静かに二人の様子を見ていた。シュンカとミカが笑っている。
ただ、それを見ているだけで。彼の胸の長年の痛みは、少しずつ癒えていくようだった。神野で子供に背負わせたあの罪も。もう遠い日のことだった。
この子は救われた。それを見届けられる。
——それだけで、彼には十分だった。
かつてこの城に来る者は皆敵だった。奪おうとする者か。利用しようとする者か。
——けれど今扉を叩くのは。ただ、二人に会いに来る友人たちだった。
世界は変わった。ゆっくりけれど確かに。
ふとシュンカは、思い出すことがあった。
かつて対峙した一人の男のことを。死柄木弔。すべてを壊したいと願った男。
すべてを求め、すべてを憎んだ男。
——彼は何もかもを欲しがって。そして最後には何一つ手に入れられなかった。
シュンカは違った。
彼は何も求めなかった。世界も力も、王の座も。ただミカと、静かに生きられれば。それで良かった。
——何も求めなかった。
なのに気づけば。その手にはすべてがあった。ミカがいる。家族がいる。
守ってくれる友人がいる。穏やかな日常がある。
——求めなかった者がすべてを得ていた。求め続けた者が何も得られなかった
その傍らで。
求めぬ者こそ、王。
その言葉の本当の意味を。シュンカは今、その静かな幸福の中で知っていた。
昼下がり。
シュンカとミカは城の庭にいた。二人で並んで陽だまりの中に。
「ねえシュンカ」
「ん?」
「幸せ?」
シュンカは、少し考えた。それからこくりと頷いた。
「うん」彼は言った。「すごく」
ミカが笑った。花が綻ぶように。シュンカもつられて微かに笑う。
かつて感情の乏しかったその顔に。今は柔らかな光があった。
空っぽだった器。何もなかったその中に。今はたくさんの大切なものが。
溢れるほど詰まっていた。
風が吹いた。穏やかな春の風が。二人の髪を優しく撫でて通り過ぎていく。
もう拒む必要のない風だった。世界を壊す理由もなかった。 ただ心地よい
それはただの春の風だった。
陽だまりの中で、二人は、笑っていた。
かつて、世界のすべてを拒んだ王が。今は、ただ、隣にいる少女と、笑っている。それだけの光景が。何よりも、雄弁に、語っていた。
——かつて、世界を拒んだ子供がいた。
力で潰そうとされた。憎まれて、恐れられて化け物と呼ばれた。
けれど、その子を滅ぼせるものは何一つなかった。そしてその子を救えたものも。剣でも 銃でも 力でも なかった。
ただたった一つ。
差し伸べられた手だけが。その子を救った。
幼い悪は。
滅ぼされなかった。
——救われた、愛によって。
fin
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
『空っぽの王様のひとつだけ』これにて完結です。長い長い物語に
最後までお付き合いくださった皆様に心より感謝申し上げます。
この物語で書きたかったのは「幼い悪を滅ぼすのではなく救う話」でした。
純粋な悪ではなく何かしらの理由があって、そうなってしまった子供。
その子を力でねじ伏せるのではなく、愛によって救う。
そういう物語が書きたかったのだと思います。
シュンカとミカ。そしていつしか家族になった僭帝のみんな。
彼らがそれぞれの形で互いを想い守り合う姿を。書いていて私が1番楽しんでいたかもしれません。
力では届かないものがある。けれど愛なら届く
この物語がそんなことを少しでも感じさせるものになっていたなら。
これ以上の嬉しさはありません。
最後になりましたが。感想や評価そしてただ読んでくださったこと。
1つ1つが書く力になってここまで続けられました。
本当にありがとうございました!
またどこかの物語でお会いできたら嬉しいです。