祝福されない赤子として生まれました   作:What's 船長

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第8話

 三日後。

 

 その約束が、ノアの中で、何よりも重い予定として刻まれていた。だが、その三日間を、彼はただ待つだけでは過ごせなかった。

 

 マリアンヌは、誰にも知らせずに来てほしいと言った。母にも、ヴァンサン公爵にも。だが、ノアは、その指示に、完全には従わなかった。

 

 彼は、西塔へ向かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 イゾルドは、いつものように、窓辺の椅子に座っていた。ノアが入ってくると、彼女はすぐに、息子の表情を読み取ったようだった。

 

 「何かあったのね」

 

 「母上」

 

 ノアは、椅子に座らず、まっすぐに母を見た。

 

 「ヴェルナー・ロスが、見つかりました」

 

 イゾルドの表情が、固まった。長い、長い沈黙が、部屋を満たした。

 

 「誰から、その名を」

 

 「ヴァンサン公爵様から」

 

 ノアは言った。

 

 「そして、マリアンヌ・ロス――彼の娘から、三日後に、対面の約束を取りました」

 

 イゾルドは、目を閉じた。彼女の指が、椅子の縁を、強く握っている。

 

 「行くつもりか」

 

 「行きます」

 

 「やめなさい」

 

 イゾルドの声は、いつもより強かった。

 

 「お前は、まだ、彼に会うべきではない」

 

 「なぜですか」

 

 ノアは、その拒絶に、もう、退かなかった。

 

 「母上は、私に、何を隠しているのですか。ヴェルナー・ロスは、母上に何を教えたのですか。そして、グレイヴズ将軍が、彼の名前を聞いて、あれほどの怒りを見せたのは、なぜですか」

 

 イゾルドは、ノアの問いの一つ一つに、答えなかった。彼女は、ただ、窓の外を見つめていた。

 

 「母上」

 

 ノアは、もう一歩、近づいた。

 

 「私は、もう、子供ではありません。武器を持たされて、それを使う術だけを教えられた。だが、その武器が、本当はどこから来たのか――私には、まだ何も分かっていません」

 

 「お前は」

 

 イゾルドは、ようやく口を開いた。

 

 「知らないままでいい」

 

 「知らないままで、評議会を動かせと言うのですか」

 

 「お前は、もう、十分に動かせている」

 

 イゾルドの声に、わずかな苦しさが滲んだ。

 

 「ヴァンサンを動かし、グレイヴズの本音を引き出した。それで、十分だ」

 

 ノアは、その言葉の中に、母の本当の恐れを、初めて、はっきりと感じ取った。

 

 「母上は」

 

 彼は、静かに言った。

 

 「私が、ヴェルナー・ロスから、何を聞くのかを、恐れているのですか」

 

 イゾルドの肩が、わずかに震えた。

 

 「それとも」

 

 ノアは、続けた。

 

 「私が、母上について、何を知るのかを、恐れているのですか」

 

 長い沈黙の後、イゾルドは、ようやく、息子の目を見た。

 

 その目には、これまで見たことのない、何かが浮かんでいた。怒りでも、悲しみでもない。それは、恐怖だった。母自身の恐怖を、ノアは、初めて、正面から見た。

 

 「ノア」

 

 彼女は、震える声で言った。

 

 「私が、お前に教えてきたことの、すべてが――善意だけで、できているわけではない」

 

 「それは、どういう意味ですか」

 

 イゾルドは、答える前に、長く息を吐いた。

 

 「私は、お前を、復讐の道具として育てた」

 

 彼女は、ついに、言葉にした。

 

 「ヴェルナー・ロスから学んだことを、お前に渡したのは、お前を強くするためだけではなかった。私自身が、彼らに――王に、評議会に、私を陥れた者たちに、いつか報いを与えるための、刃として」

 

 ノアは、その言葉を、すぐには受け止めきれなかった。

 

 予感はあった。コンラート卿の言葉、マリアンヌの忠告、ヴァンサン公爵の沈黙――すべてが、この方向を示していた。だが、母の口から、直接、それを聞くことは、まったく別の重さを持っていた。

 

 「母上は」

 

 ノアは、声を絞り出した。

 

 「私を、愛していなかったのですか」

 

 イゾルドの表情が、初めて、崩れた。

 

 「愛していた」

 

 彼女は、強く言った。

 

 「だが、愛と、利用は――私の中で、いつから、区別がつかなくなっていた」

 

 その告白に、ノアは、何も言えなかった。

 

 母は、嘘をついていたわけではない。母は、いつも、事実だけを話す人だった。だが、事実の全部を話すことと、事実だけを話すことは、同じではない――その違いを、ノアは、五年前から、薄く感じ続けていた。

 

 今、その違いが、最も重い形で、彼の前に現れていた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 「ヴェルナー・ロスに会えば」

 

 イゾルドは、ようやく、声を落として言った。

 

 「お前は、私のすべての計算を知るだろう。それでも、行くのか」

 

 ノアは、しばらく、何も言わなかった。

 

 彼の中で、これまでの数ヶ月間が、急速に再構築されていた。使用人頭への最初の実演。評議会への接触。デュヴァル伯爵家との縁。コンラート卿との対話。グレイヴズ将軍からの拒絶。すべてが、母の計算の上で、あるいは、母の計算の延長線上で、起きていたことだったのか。

 

 だが、ノアは、ある一つのことに、気づいていた。

 

 「母上」

 

 彼は、ゆっくりと言った。

 

 「私は、もう、母上の計算の中だけで動いているわけではありません」

 

 イゾルドは、息子を見た。

 

 「私が、エヴリン・デュヴァルに、あなたの教えとは違う言葉をかけたとき――それは、計算ではありませんでした」ノアは続けた。

 

 「母上が、私に何を望んでいたとしても、私は、もう、母上の駒だけではいられません」

 

 イゾルドの目に、複雑な色が浮かんだ。それは、悲しみと、わずかな――誇りに近い何かだった。

 

 「お前は」

 

 彼女は、静かに言った。

 

 「私よりも、強くなろうとしている」

 

 「私は、まだ、何も分かっていません」

 

 ノアは言った。

 

 「でも、母上が隠してきたことを、自分の目で確かめなければ、私は、いつまでも、誰かの計算の中で動くだけです」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 塔を出たノアは、霧というよりも、薄い夜の闇の中を歩いた。

 

 母の告白は、彼の中で、まだ完全には整理できていなかった。だが、一つだけ、確かなことがあった。母が彼に渡した武器は、母自身の善意だけではなく、復讐という、もっと暗い目的の延長として、彼の手に渡ったものだった。

 

 その事実を知った今、彼は、その武器を、これからどう使うべきか――その問いに、自分の答えを見つけなければならなかった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 館に戻る道、デュヴァル伯爵家の方角から、一台の馬車が、王都に向かって走ってくるのが見えた。

 

 馬車が、ノアの近くで止まった。窓から、エヴリンが顔を出した。

 

 「ノア」

 

 彼女は、驚いた様子で言った。

 

 「こんな時間に、どうしたの」

 

 「少し、用がありました」

 

 ノアは、表向きの平静を保ちながら答えた。

 

 「あなたは」

 

 「父の用事で、王都に」

 

 エヴリンは言った。それから、ノアの表情を、じっと見つめた。

 

 「あなた、何かあったのね」

 

 「分かりますか」

 

 「分かるわ」

 

 エヴリンは、馬車から降りた。

 

 「あなたは、いつも、表面は変わらないように見える。でも、目の奥が、今日は違う」

 

 ノアは、その指摘に、わずかな驚きを覚えた。これまで、彼の表情を、そこまで正確に読んだ人間は、母とコンラート卿だけだった。

 

 「話す気になったら、聞くわ」

 

 エヴリンは言った。

 

 「あなたが、私に正直でいてくれたように、私も、あなたに、それを返したい」

 

 ノアは、しばらく、彼女を見つめていた。

 

 「三日後」彼は、ようやく言った。

 

 「私は、ある人物に会いに行きます。その対面が、私という人間の、根っこの部分を変えるかもしれません」

 

 「危険なの」

 

 「分かりません」

 

 エヴリンは、ノアの目を、まっすぐに見た。

 

 「気をつけて」

 

 彼女は言った。

 

 「あなたが、何を知ったとしても――その後も、あなたに会いたいと思っています」

 

 その言葉が、ノアの中で、初めて、計算とは無関係な、確かな温度を持って残った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 その夜、ノアは、自室の窓辺に立った。

 

 三日後、彼は、母にすべての知識を与えた男――ヴェルナー・ロスに会う。母の計算と、その計算の根にあった、もっと古い計算。それらが、すべて、彼の前で明らかになるだろう。

 

 武器の出どころを知ることは、武器の重さを知ることでもある。

 

 ノアは、窓の外、星の見える夜空を見上げた。

 

 もう、後戻りはできない。

 

 三日後、彼は、自分自身の輪郭を、初めて、根本から問い直すことになる。

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