祝福されない赤子として生まれました 作:What's 船長
三日後。
その約束が、ノアの中で、何よりも重い予定として刻まれていた。だが、その三日間を、彼はただ待つだけでは過ごせなかった。
マリアンヌは、誰にも知らせずに来てほしいと言った。母にも、ヴァンサン公爵にも。だが、ノアは、その指示に、完全には従わなかった。
彼は、西塔へ向かった。
◆◆◆
イゾルドは、いつものように、窓辺の椅子に座っていた。ノアが入ってくると、彼女はすぐに、息子の表情を読み取ったようだった。
「何かあったのね」
「母上」
ノアは、椅子に座らず、まっすぐに母を見た。
「ヴェルナー・ロスが、見つかりました」
イゾルドの表情が、固まった。長い、長い沈黙が、部屋を満たした。
「誰から、その名を」
「ヴァンサン公爵様から」
ノアは言った。
「そして、マリアンヌ・ロス――彼の娘から、三日後に、対面の約束を取りました」
イゾルドは、目を閉じた。彼女の指が、椅子の縁を、強く握っている。
「行くつもりか」
「行きます」
「やめなさい」
イゾルドの声は、いつもより強かった。
「お前は、まだ、彼に会うべきではない」
「なぜですか」
ノアは、その拒絶に、もう、退かなかった。
「母上は、私に、何を隠しているのですか。ヴェルナー・ロスは、母上に何を教えたのですか。そして、グレイヴズ将軍が、彼の名前を聞いて、あれほどの怒りを見せたのは、なぜですか」
イゾルドは、ノアの問いの一つ一つに、答えなかった。彼女は、ただ、窓の外を見つめていた。
「母上」
ノアは、もう一歩、近づいた。
「私は、もう、子供ではありません。武器を持たされて、それを使う術だけを教えられた。だが、その武器が、本当はどこから来たのか――私には、まだ何も分かっていません」
「お前は」
イゾルドは、ようやく口を開いた。
「知らないままでいい」
「知らないままで、評議会を動かせと言うのですか」
「お前は、もう、十分に動かせている」
イゾルドの声に、わずかな苦しさが滲んだ。
「ヴァンサンを動かし、グレイヴズの本音を引き出した。それで、十分だ」
ノアは、その言葉の中に、母の本当の恐れを、初めて、はっきりと感じ取った。
「母上は」
彼は、静かに言った。
「私が、ヴェルナー・ロスから、何を聞くのかを、恐れているのですか」
イゾルドの肩が、わずかに震えた。
「それとも」
ノアは、続けた。
「私が、母上について、何を知るのかを、恐れているのですか」
長い沈黙の後、イゾルドは、ようやく、息子の目を見た。
その目には、これまで見たことのない、何かが浮かんでいた。怒りでも、悲しみでもない。それは、恐怖だった。母自身の恐怖を、ノアは、初めて、正面から見た。
「ノア」
彼女は、震える声で言った。
「私が、お前に教えてきたことの、すべてが――善意だけで、できているわけではない」
「それは、どういう意味ですか」
イゾルドは、答える前に、長く息を吐いた。
「私は、お前を、復讐の道具として育てた」
彼女は、ついに、言葉にした。
「ヴェルナー・ロスから学んだことを、お前に渡したのは、お前を強くするためだけではなかった。私自身が、彼らに――王に、評議会に、私を陥れた者たちに、いつか報いを与えるための、刃として」
ノアは、その言葉を、すぐには受け止めきれなかった。
予感はあった。コンラート卿の言葉、マリアンヌの忠告、ヴァンサン公爵の沈黙――すべてが、この方向を示していた。だが、母の口から、直接、それを聞くことは、まったく別の重さを持っていた。
「母上は」
ノアは、声を絞り出した。
「私を、愛していなかったのですか」
イゾルドの表情が、初めて、崩れた。
「愛していた」
彼女は、強く言った。
「だが、愛と、利用は――私の中で、いつから、区別がつかなくなっていた」
その告白に、ノアは、何も言えなかった。
母は、嘘をついていたわけではない。母は、いつも、事実だけを話す人だった。だが、事実の全部を話すことと、事実だけを話すことは、同じではない――その違いを、ノアは、五年前から、薄く感じ続けていた。
今、その違いが、最も重い形で、彼の前に現れていた。
◆◆◆
「ヴェルナー・ロスに会えば」
イゾルドは、ようやく、声を落として言った。
「お前は、私のすべての計算を知るだろう。それでも、行くのか」
ノアは、しばらく、何も言わなかった。
彼の中で、これまでの数ヶ月間が、急速に再構築されていた。使用人頭への最初の実演。評議会への接触。デュヴァル伯爵家との縁。コンラート卿との対話。グレイヴズ将軍からの拒絶。すべてが、母の計算の上で、あるいは、母の計算の延長線上で、起きていたことだったのか。
だが、ノアは、ある一つのことに、気づいていた。
「母上」
彼は、ゆっくりと言った。
「私は、もう、母上の計算の中だけで動いているわけではありません」
イゾルドは、息子を見た。
「私が、エヴリン・デュヴァルに、あなたの教えとは違う言葉をかけたとき――それは、計算ではありませんでした」ノアは続けた。
「母上が、私に何を望んでいたとしても、私は、もう、母上の駒だけではいられません」
イゾルドの目に、複雑な色が浮かんだ。それは、悲しみと、わずかな――誇りに近い何かだった。
「お前は」
彼女は、静かに言った。
「私よりも、強くなろうとしている」
「私は、まだ、何も分かっていません」
ノアは言った。
「でも、母上が隠してきたことを、自分の目で確かめなければ、私は、いつまでも、誰かの計算の中で動くだけです」
◆◆◆
塔を出たノアは、霧というよりも、薄い夜の闇の中を歩いた。
母の告白は、彼の中で、まだ完全には整理できていなかった。だが、一つだけ、確かなことがあった。母が彼に渡した武器は、母自身の善意だけではなく、復讐という、もっと暗い目的の延長として、彼の手に渡ったものだった。
その事実を知った今、彼は、その武器を、これからどう使うべきか――その問いに、自分の答えを見つけなければならなかった。
◆◆◆
館に戻る道、デュヴァル伯爵家の方角から、一台の馬車が、王都に向かって走ってくるのが見えた。
馬車が、ノアの近くで止まった。窓から、エヴリンが顔を出した。
「ノア」
彼女は、驚いた様子で言った。
「こんな時間に、どうしたの」
「少し、用がありました」
ノアは、表向きの平静を保ちながら答えた。
「あなたは」
「父の用事で、王都に」
エヴリンは言った。それから、ノアの表情を、じっと見つめた。
「あなた、何かあったのね」
「分かりますか」
「分かるわ」
エヴリンは、馬車から降りた。
「あなたは、いつも、表面は変わらないように見える。でも、目の奥が、今日は違う」
ノアは、その指摘に、わずかな驚きを覚えた。これまで、彼の表情を、そこまで正確に読んだ人間は、母とコンラート卿だけだった。
「話す気になったら、聞くわ」
エヴリンは言った。
「あなたが、私に正直でいてくれたように、私も、あなたに、それを返したい」
ノアは、しばらく、彼女を見つめていた。
「三日後」彼は、ようやく言った。
「私は、ある人物に会いに行きます。その対面が、私という人間の、根っこの部分を変えるかもしれません」
「危険なの」
「分かりません」
エヴリンは、ノアの目を、まっすぐに見た。
「気をつけて」
彼女は言った。
「あなたが、何を知ったとしても――その後も、あなたに会いたいと思っています」
その言葉が、ノアの中で、初めて、計算とは無関係な、確かな温度を持って残った。
◆◆◆
その夜、ノアは、自室の窓辺に立った。
三日後、彼は、母にすべての知識を与えた男――ヴェルナー・ロスに会う。母の計算と、その計算の根にあった、もっと古い計算。それらが、すべて、彼の前で明らかになるだろう。
武器の出どころを知ることは、武器の重さを知ることでもある。
ノアは、窓の外、星の見える夜空を見上げた。
もう、後戻りはできない。
三日後、彼は、自分自身の輪郭を、初めて、根本から問い直すことになる。