――カチッ。
時計の針が噛み合う音が静寂へ響く。
――カチ、カチ、カチ……
無数の時計が、それぞれ違う時を刻んでいる。
知はゆっくりと瞼を開いた。
「……ここは。」
見渡す限り、青い時計。
壁一面に掛けられた大小様々な時計は、どれ一つとして同じ時刻を示していない。
天井からも、床の近くからも、青く輝く時計が静かに時を刻み続けていた。
そこは現実とも境界とも違う、不思議な空間だった。
知はゆっくりと立ち上がる。
「俺は……確か、シャドウに……。」
腹へ手を当てる。
あれほどの衝撃を受けたはずなのに、不思議と痛みは消えていた。
辺りを見回した、その時だった。
「うぅ〜……重たいでありんす……。」
可愛らしい声が静寂を破る。
知が声の方へ目を向けると、小柄な少女が大きな木箱を必死に引きずっていた。
陽の光を受けて輝く銀色の長髪。
青い簪でまとめられた髪。
藍色を基調とした着物。
この幻想的な空間にも不思議と溶け込む少女だった。
「大丈夫か?」
知は慌てて駆け寄り、木箱へ手を添える。
「あっ、ありがとうでありんす!」
二人で力を合わせると、重そうだった木箱はすぐに運び終えた。
少女は嬉しそうに微笑み、ぺこりと頭を下げる。
「助かったでありんす。」
「困っている人を放っておけないから。」
「ふふっデジャブでありんすね。」
知が笑うと、少女もつられて笑みを浮かべた。
その時。
コツ……
コツ……
コツ……
杖を突く音が静かに響く。
奥の闇から、一人の老人がゆっくり姿を現した。
長い鼻。
細身の身体。
青い瞳。
老人は知の前で立ち止まり、穏やかに一礼する。
「ようこそ、ベルベットルームへ。」
知は聞き慣れない名前に眉をひそめた。
「ベルベットルーム……?」
老人は静かに頷く。
「ここは夢でも現実でもない。精神と精神、その狭間に存在する特別な場所でございます。」
老人は杖を軽く鳴らした。
「私の名はイゴール。この部屋の管理人を務めております。」
知は部屋を見回す。
「精神の狭間……。」
すると、先ほどの少女が知の隣へ歩み寄る。
「あっ、そうでありんした。まだ名乗っていなかったでありんすね。」
少女は着物の袖を揃え、丁寧に頭を下げた。
「わっちは神楽と申すでありんす。どうぞ、よろしくお願いするでありんす。」
知も軽く頭を下げる。
「知です。よろしく。」
イゴールは満足そうに頷いた。
「知様。あなたは試練を乗り越え、新たな資格を得ました。」
「資格……?」
「ええ。仲間との絆を、さらなる力へ変える資格です。」
知はその言葉へ静かに耳を傾ける。
神楽は知の腰に装着されたアビスギアへ視線を向けた。
「知殿。そのアビスギアは、まだ本当の力を眠らせたままでありんす。雷斗殿や小田上殿がお持ちの勾玉。その勾玉をアビスギアへかざすことで、新たな武器へと姿を変えるのでありんす。」
知は思わず息を呑む。
「武器に……変わる?」
「はい。その力の名を――コネクトウェポンと申すのでありんす。」
知は無意識にアビスギアへ手を伸ばした。
「コネクトウェポン……。」
神楽は優しく微笑む。
「どのような武器となるかは、勾玉に宿る想いと、知殿ご自身の心が導いてくれるでありんしょう。」
知はゆっくり拳を握る。
「俺の心が……。」
「はい。そして、その力を真に引き出せた時、仲間との絆はさらに新たな力を呼び覚ますのでありんす。」
知は神楽を見つめる。
「新たな力?」
「はい。その名を――コネクトアーツと申すのでありんす。」
部屋に静寂が流れる。
イゴールは杖を静かに鳴らした。
「その力は、一人では決して完成いたしません。仲間を信じる心、そして己を信じる心。その二つが重なった時、初めて真価を発揮するでしょう。」
知は静かに目を閉じる。
雷斗。
小田上。
ミロク。
三人の姿が脳裏へ浮かぶ。
自然と口元が緩んだ。
「……信じてる。」
イゴールは静かに微笑む。
「その答えこそ、あなたがここへ招かれた理由です。」
神楽も優しく笑みを浮かべる。
「皆さんがお待ちでありんす。そろそろお戻りになる時間でありんすよ。」
知は二人へ深く頭を下げた。
「ありがとうございました。」
その瞬間。
部屋中の時計が一斉に青白く輝き始める。
――カチッ。
一つの時計が、大きく時を刻んだ。
青い光が知の身体を優しく包み込み、その意識は再び境界へと導かれていった――。