スメハラ撲滅運動顛末記〜とある秘密結社の世直し大作戦! 作:ダブル亮禅
オリジナル:現代/ノンジャンル
タグ:悪の秘密結社 スメハラを盾におじさん叩きをする奴を許さない話し スメハラを無くすためにどうすれば良いかを本気で考えてみた 汗かきおじさんが電車に乗らにくくなる社会にはしたくない
そこでは日夜、世の中を明るくするためなら何でもする
悪党達が集まって悪巧みを話し合っていた。
今日の議題は、いったい何なのだろう?
そして、今回の被害者は…
「汗臭い奴は電車に乗るな!」
とあるタレントもどきが書いたSNSのコメントが、
大炎上したといニュースを見て、
自身も汗かきで悩んでいる脇田太蔵は、
「そうだよな、迷惑だろうな」
と一人落ち込んでいた。
しかし、予想以上に「他人の汗臭さ」を問題視する人達が
多い事に驚きつつ、ふと思う。
「あれ?この流れ、もっと前向きに利用したら、沢山の人にとって良い社会になるんじゃない?」
そうだ。汗臭い人を嫌う人も汗臭い人も、
どっちかを叩くんじゃなくて、
どっちも幸せに過ごせる世界を作れるはずだ。
脇田は早速、仲間に招集をかける。
とある廃倉庫。
がらんどうな倉庫内に、折り畳み机とその周りにパイプ椅子が6脚。
それぞれに紙袋を被った長身の男、ガスマスクの青年、
外国映画のお葬式のシーンで見られる黒いヴェールの女、
アメコミで有名な蜘蛛のヒーローの覆面を被った男、
能面を被った小太りな男、
アノニマスお面の女が座っている。
能面の男の側にはホワイトボードが一つ置いてあり、
そこには、
「スメハラを世界から消す」
と大きく書かれていた。
「本日はお集まり頂き、ありがとうございます」
皆んなが揃ったのを見計らって能面の男が口を開く。
「今回は珍しくアマさんの議題だったよね」
能面の男に向かってアノニマスの面の女が話しかける。
「そうなんですよ、あのちゃん。僕も汗かきなもので、他人事じゃいられなかったんですよ。」
あのちゃんと呼ばれたアノニマスのお面の女性が、
「なるほどね。あのバカタレントのSNSのせいで。当事者にされちゃった訳だ」
と肩をすくめる。
「まああの世代の女の子は、オジサン叩き大好きですものね」
と黒いヴェールの女性が呆れたように言う。
「はははっ、キョーコさん、それはそうなのですが、それでもオジサンは若い子に嫌われたくないのですよ」
紙袋を被った長身の男性がジェントルマン風に気取って話に入る。
「報われませんねぇ。オジサンは」
哀れみを帯びた声で黒ヴェールのキョーコが答え、
ため息をつく。
「つか、ドクター、この前の一件でもまだ懲りてないんスね」
紙袋の男に向かって蜘蛛ヒーローの男が驚いたように言う。
前回の作戦で敵スパイのハニートラップに引っかかった紙袋男の
失態をチクリと指摘する。
「これはユニバ君、なかなか手厳しい!なっはっは!」
痛いところを突かれて、笑って誤魔化す紙袋男ことドクター。
「そのタレント崩れの女、…殺っちゃう?」
話が進展しない事に痺れを切らし、ガスマスクの少年が口を開く。
「いやいやナチ君、今回は、スメハラそのものをこの世から無くしたいと思って皆さんのお知恵を拝借したいと…。こんな小娘一人どうこうしたところで何も変わりませんから」
今回の発起人としてアマさんがガスマスクの少年を静止する。
「えー。ちぇー」
とつまらなそうなガスマスク男。
「まあまあ、今回もバッチリ、ナチ君の見せ場も作りますから」
とすかさずフォローを入れる紙袋男。
「えっ!ほんと!ばっくはつ!ばっくはつ!」
急にテンション高く小躍りするガスマスク男。
「あんた、本当に爆弾好きねー」
あのちゃんが仮面の奥で苦笑いしているの分かった。
「ははっ。そうですね。考えておきましょう。ただ今回は、汗臭いオジサンが槍玉に上がって終わりがちなこの問題を社会的に解決出来ないかって思うんですよ」
気を取り直して、能面男アマさんが仕切り直す。
「汗臭い、汗臭いって言うけど、実際、同じ男性同士、そんなに目くじら立てる程臭いって思わないんですよね。『あー仕事頑張ってんだな』って思うくらいで。騒いでいるのは女性だけじゃないです?」
不思議そうに頭を捻りながらドクターが言う。
「そうなんスよね。そんな言わなくても良いのにって俺も思うっス」
蜘蛛ヒーローのユニバも賛同する。
「そういう女ってやたら異性を意識してるから、イケメン以外の男を必要以上に排除したがるんじゃない?」
あのちゃんが冷めた感じでスメハラ発言女を非難する。
「僕も、一応、汗かいてるなーって時は女性から離れた所に乗るようにしてるんですが…。そういや、ドクター、結構な確率で、女性の方から近づいて来るって事ありません?女性って電車乗る時、周りを見ないんですかね?」
と言いながら能面に隠れた部分の顔の汗を拭いている。
「あーありますね。満員電車とか痴漢に間違われたら怖いから女性から離れて乗るのに、女性の方は男女気にせず乗ってくる感じですよね。まあ僕的にはありがたいんですが」
紙袋男のドクターも満員電車の経験から同意する。
「ちょっ!ドクター、マジで痴漢とかで捕まんないでよ!」
あのちゃんがドン引きしていると、
「あーでも、電車乗る時、空きスペースがあるかな位しか見てないかもしれません。そういえば、以前本で『男性は空間認知能力が高い』って書いてたけど、男性が女性を避けて乗ろうとしてるって言うのもその能力が高いから出来るのかもしれませんね」
キョーコが感心している。
「その結果、誰も望まない、ボーイミーツガールが起きて、『スメハラ』っスか…報われないっスね」
とのユニバの発言に、
「ま、片方はボーイじゃなくてオッサンだけどね」
あのちゃんが拾う。
「なんとか、この汗くさオヤジとオジサン嫌悪女を電車内で近づかせない方法が有れば良いんですが。」
ホワイトボードに「汗臭」と「嫌女」と書いて、
真ん中をスラッシュで分断するアマさん。
「オッサン嫌がってる女が、オッサンと距離取る気無い時点で無理ゲーじゃない?」
とナチ君が冷めた様に発言する。
「うーん」
その意見に解決策が見えず、一同唸ってしまう。
その時、蜘蛛ヒーローの男が、
「これは関係ない話になっちゃうんスけど…」
と断らを入れながら手を挙げる。
「いやー自分、前から思ってたんスけど、電車のクーラーって弱すぎないっスか?間違って弱冷車とか乗った日にゃ余計に暑く感じて、マジ殺意すら感じるっス」
と恐る恐る発言する。
それに、能面の男が、
「あーそれ、僕も分かる。特に営業で外回りして汗かいて乗った電車が弱冷車だった時の絶望感は凄いよね。絶対別の車両に移動するもん」
と賛同する男性陣に対して、
「いやいや女の子には逆に寒過ぎる事多いいよ」
黒ヴェールが言うと、アノニマスも
「夏の電車はひざ掛け必須だよねー」
と同意する。
それを聞いて、
「へぇー男と女で体感温度違うんだね。知らなかった。」
とガスマスク君が意外そうに驚く。
その時ら能面の男が、
「ん?とするともっと冷房の強い車両を作れば、例えば強冷房車をみたいな感じで、女性は寄り付かなくなるし、男性は優先的にそっちに乗るから、汗かきおじさんと、それを嫌う女性を自然に分断できるんじゃない?」
と提案する。
「それ面白そうですね」
ドクターも乗り気だ。
「それじゃあいっちょ、その方向で動いてみよーか!」
あのちゃんはそう言うと一堂の顔を見渡す。
「やってみましょう」
「良いですね!」
「僕はまずは電鉄会社から攻めてみるよ」
「じゃあ私達は世論操作ですね」
「っス!」
それぞれが勢いよく立ち上がり、廃倉庫を後にしていった。
数ヶ月後…
「いやーダメだったね、強冷房車。」
開口一番、能面の男が発言すると、
「まさか、誰も電車に乗る時、車両が弱冷車か強冷房車か気にしてないとはね」
と頭をぽりぽりかきながらガスマスク。
「確かに一度乗った車両、わざわざ移動しないよねー女子は」
アノニマスも「盲点だったー」と机に突っ伏している。
「それで風邪引いたって電鉄会社訴えるのはどうなの?って思ったっスけど」
呆れ声の蜘蛛男。
「でも、それで一気に世論ひっくり返っちゃいましたね」
と残念そうな黒ヴェール。
「強冷房車導入まではトントン拍子だったんですけどねー。電鉄会社の社長脅した時のあのネタなんてエグかったですよねー。アマさん、どこであんなネタ仕入れたんですか?」
と紙袋は能面男に「教えて教えて」とおねだりしている。
「まあ…たまたまですよ。たまたま。それより、いつもながら世論操作の手際!鮮やかでしたね!」
適当にいなしながら話を変える能面。
「へへへ。ま、今回はドクターの『気温の変化に伴う匂い拡散リスクの増加についての一考察』って論文に助けられちゃった部分は否めないけど。」
とアノニマスが言うと、
「いや、マジあれ助かりましたわ。ナイスアシストっス」
蜘蛛男も紙袋男を持ち上げる。
「あれで一気に強冷房車の必要性が広がった感あるよね」
ガスマスクも「感謝」と紙袋男に手を合わせている。
「ちょ、ちょーっと、やめて下さい!褒めないで!褒めないでー!」
と紙袋男は体をウネウネしながら恥ずかしさに
のたうち回っている。
「そんな事より、次行きましょう!次ー!」
と恥ずかしさから逃れようと話を変えるのであった。
「それでは、次なる手を考えて行こうと思いますが…なんか、アイデアのある人います?」
仕切り直して能面男が再び会議を始める。
紙袋男も、誉め殺しが終わった事を確認し、席に戻る。
能面男は一同が思案しているのを見渡した後、
「じゃあ僕、良いですかね?私、営業で外回りする事が多いんですが、スーツって暑いんですよね。クールビスなんて会社も増えて来てますが、うちみたいなブラック企業は精神論で乗り切れー的な事、いまだに言われますので。」
と能面男が話すと、
「いまだに!」
「化石級の時代遅れ企業」
と皆が驚いている。
「スーツはサラリーマンの戦闘服とか言って、やたらと美化する経営者もいまだに日本に巣くってますからね」
紙袋男も能面に便乗する。
「そういう企業を重点的に槍玉に上げて、各個撃破するってのも良いかも」
ガスマスクが提案する。
「だよね。そういう会社は社会悪だから徹底的に潰しちゃお!」
アノニマスが拳を握り締め、腕を振り上げる。
「はっはっは!良いですね。社会のルールをそういう時代遅れの企業には痛感して貰いましょう。…あ、それだとうちの会社もアウトだな。失業かー。あっ!でも、あのパワハラ部長の吠え面見られるなら、そっちの方が面白い!やりましょう!」
と能面男も少しヤケクソ気味にはしゃいでいる。
「だったら、とりあえずクールビズ、導入してない企業、リストアップっスね。次点で、導入はしていても実質機能していない企業もピックアップしとくっスね。」
蜘蛛男もノリノリだ。
「ついでにそのリスト、就活中の学生さんに周知しておこうよ」
アノニマスも拡散案を強化している。
「そもそもクールビズ自体、国が言いっ放しで放置しているのも良くありませんよね」
とキョーコさんも何やら思案している。
「あ、じゃあそっちは僕が手を打ってみましょう」
と能面も何やら悪巧みをしている様子。
「つか、そもそもスーツってさ。意味あんの?」
アノニマスが首を捻っている。
その言葉に一同がしんと静かになる。
「暑い上に、動きづらい、高い癖にさほど丈夫でもない。…なんなんだろうね」
仕事で30年近くスーツを着ている筈の能面男も
即答できないでいる。
「…スーツって、いる?」
誰ともなく呟く声。
「なんならスーツ売ってる紳士服店自体にこの世界から退場してもらいましょうか?」
紙袋男が話を飛躍させる。
「えっ!僕の出番!?」
ガスマスクが横から嬉しそうに入ってくる。
「えーっと、大手のチェーン店だけでも全国に2千店舗以上あるけど、いける?」
アノニマスがスマホを見ながらガスマスク男に尋ねる。
「ま、一度に爆発させるわけじゃないし、楽勝!」
ガスマスクは事もなさげに言う。
「相変わらず頼もしいね。ナチ君は」
ドクターがガスマスク男の頭を撫でながら言う。
「今回は店をぐっちゃぐちゃにして、スーツをボッロボロすれば良いんだよね!」
ガスマスク君は「な、に、に、しよーかな」と頭の中で
どの爆弾にしようか思案している。
「出来れば周りの方々にはご迷惑にならない様にしてあげてね」
能面男が一応釘を刺しておくと、
「大丈夫!今回はネイルボムでいくよ」
と得意気だ。
「ネイルボム?」
声を上げたアノニマス娘をはじめ一堂が「?」を頭に浮かべている。
「ああ、ネイルボムっていうのは、瞬間的に爆発させ、後はガラス片や釘を四散させて目標を攻撃する爆弾の事なんだけど、これだと延焼で他の店に迷惑を掛けずに、店の中をグッチャクチャに出来るんだよ。」
とドヤ顔で説明をするガスマスク君。
「あら素敵!今回にピッタリね。」
キョーコさんがその選択に賛同している。
その様子を満足気に見渡した後、
「では各々作戦開始という事で」
能面男が作戦の遂行を指示する。
「おー」
皆んなで声を合わせた後、
各々自分の役割を果たす為に廃工場を後にした。
1年後…
「今回の作戦は時間かかったねー」
いつもの廃工場で、いつもの如く皆が集まっている。
最初に口を開いたのはアノニマスだった。
「それにしてもスーツ、無くならかったですね…」
黒ヴェールが言う。とても残念そうだ。
「爆破しても、爆破しても、次々出店してくる。あいつらゾンビだよ!」
ガスマスクの青年も身震いしている。
「むしろ保険で逆に焼け太りしたみたいですよ」
紙袋男がターゲットになった大手紳士服チェーンの
収支報告書を見ながら呆れている。
「まあまあ、法制化でクールビズが義務化されただけでも、進歩だよ」
能面男がフォローする。
「そう、そう!何だったの?あの不自然な動き。突然、メディアが一斉に『酷暑!クールビスが生命線!』とか騒ぎ出して。間髪入れずに与党が『クールビス非実施企業罰則化』の法案を出すとか、あれ、絶対アマさん、なにか仕込んだんでしょ?」
黒ヴェールが興味深そうに聞いている。
珍しくちょっと興奮気味だ。
「大した事はして無いですよ。電波独占しているメディアも、いつも踏ん反り返ってる政治家も、所詮は一人一人の人間ですからね。一人一人根気よく説得すれば何とかなるものです。』
「えっ、一人一人って…何人が犠牲に…」
と若干引いているアノニマス娘。
「それに、クールビスを導入していない企業が次々叩かれて、倒産する会社も沢山あったとか。あれがあったから、政治もマスコミも動きやすかったんだと思いますよ」
またしても話題を変える能面男。
「ああ!あれは痛快っしたね。あっ!そういえば、アマさんの会社はどうだったんスか?」
蜘蛛男が能面男の勤める会社もターゲットだった事を思い出し、
能面男に尋ねる。
「いや、これがなかなか最高でしたよ!ブフッ。いや会社は残念ながら倒産しなかったんですが、うちの部長のあの時顔ったら。ぷっ。あっ、うちの部長、スーツ信奉派の社長の腰巾着なんですが、社長が世間からのバッシングでクールビズ推進に方向転換しちゃって、なんかハシゴ外されちゃった状態っていうのかな?なんか意固地になっちゃって、社長命令無視してスーツを貫き通そうとして、部長の部下にもそれ強要したのがバレて見事!懲戒解雇となりました!その時の顔と来たら、プププ、ハハハ、わーはっはっはっ!」
最後の方は大爆笑となった。
「あらあらアマさんも色々溜まってたのね」
その様子を哀れみを帯びた様子で眺めている。
しばらく静かにその様子を眺める一同。
「はは…はあ、はあ…ああ、皆さんすみません。個人的に余りにも痛快だったので、つい」
一通り笑って落ち着いたのか、能面男が皆に詫びる。
「いや良いっスよ。アマさんも大変だったんスね。」
と蜘蛛男が優しく慰める。
「兎に角、ぼちぼち次の作戦を考えましょうか?」
紙袋男の声に、皆んなが各々の席に着いた。
「えーっと、それでは気を取り直して第3回目となります。誰かアイデアあります?」
早速、能面が会議を始める。
「あ、そもそも論なんだけどさー、この令和に、わざわざ会社まで行って、また帰ってってする必要ある?」
アノニマス娘は心底理解できない様子だ。
「この前のパンデミックの時はいい感じでリモートワーク、広がったんですけどね」
能面がこの前の世界中を混乱させた流行り病の頃を
思い出しながら、何だか懐かしむ様に話す。
「そもそもこの暑い中、会社行かなきゃいけないのもおかしくない?台風でも休めないし。リモートワークって働き方も最近めっきり取り上げられなくなってるよね。」
アノニマスの女はさらに首を傾げている。
「アメリカのウーロンだったかチーロンだったか言うのが、リモートは作業効率がうんたら文句つけてから急にリモートワークをメディアで好意的に扱わなくなったよね」
紙袋男が昔読んだ記事について話してくれる。
「僕の取引先なんて、リモート全盛の時にどうせリモートで全員が出社する訳じゃないしって事務所を小さいところに移転したのに、リモートを禁止したり制限しちゃったから、職場で座る場所なくてパソコン持ってウロウロしているジプシーみたいな人結構多いらしいよ」
能面男の話に、
パソコンを持ってウロウロしているおじさんをイメージして、
ガスマスク少年は思わずプッと吹き出してしまう。
「馬鹿げてるっスね。知り合いのシングルマザーとかリモートマジ助かるって喜んでたんスけどね。」
蜘蛛男は知り合いの窮状に少し憤っている。
「何でそんなに出社させたがるんでしょうね?」
黒ヴェールも首を捻っている。
「先程のアメリカのなんちゃらロンなんかは『作業効率が落ちた』って発言してますが、日本の企業もそれに倣ってリモートの廃止や縮小に舵を切ってますね。会社だったら、経営者が『これをやらせてみよう』って思った時、内線一本で繋がりますが、リモートだと、電話繋がらなかったり、メールの返信が遅かったりで指示の伝達が遅れるそうですよ」
紙袋男が皆に告げると、
「それって『経営者の思い付きで皆んながすぐ動かないのが腹立つ』ってただの我儘じゃない?」
ガスマスク青年は無邪気に経営者をディスる。
他の大人達は思わず苦笑いをしている。
「これは、決まったんじゃない?次のターゲット!」
そう言って、アノニマス娘が一同を見渡す。
「あとは、アプローチっスね。」
そう言いながら考え込む蜘蛛男。
「正直、メリットがあり過ぎるリモートを縮小する意味が分からないんですよね。さっき言ってた経営者のわがままが原因ってだけだと、弱過ぎると言うか、リモートのメリットに見合わないというか」
黒ヴェールも、そもそも経営者がリモートワークを
何故嫌うのかがやっぱり分からない。
「ですよね。事務所の規模を小さく出来る。賃料どこらか、事務備品や消耗品、水道光熱費も大幅ダウン。交通費の支給だっていらない。産休育休とかの人的損失もゼロになり、通勤中の事故の心配も無くなりますのに…」
メリットを数え上げれば際限無い。
紙袋男も何故これがもっと活用されないのか理解出来ない。
「とりあえず、その辺を数値化して、周知してみるけど、それだけじゃ弱いよね。」
少し考えれば分かるリモートワークのメリットを
今更、周知したところで、効果は少ないと思えた。
「もう、手っ取り早くサクッと殺っちゃおうよー」
面倒くさくなったのか、
ガスマスク青年はリモート反対派経営者の排除を提案する。
「まあまあ、それも魅力的ですが、もう一手、他に欲しいですね」
計画を邪魔する者には容赦しないがモットーだが、
それだけではまだ人々を動かす何かが足りない。
「何か無いですかね」
能面男は必死に思案する。
「何か、また未知のウィルスが発生したってデマ流す?」
リモートワークの浸透には某流行病が大きく影響した。
まだその時の恐怖は人々の胸に焼き付けられている。
確かに効果的ではあるだろう。でも…
「二番煎じになっちゃうしなー。それにターゲット以外にも影響力大き過ぎて沈静化させるの大変ですし…」
と腕を組んで考えながら呟く様に言う。
それを聞いた一同、えっ?と言う顔で一斉に能面男の方を見る。
周りのその反応に「しまった」という様子の能面男。
「世紀の大パンデミックを二番煎じって…ん?アマさん。あれってなんか裏があるの?」
アノニマス娘に言い寄られ、
「え、あ…と、いえいえ裏なんて、そんな話してませんよ。はっはっはっ…」
と焦りを隠して否定する。
そんな言い訳に納得するはずもなく、
「えっ?あれってそうだったの?…ええ?」
「なるほど、だとすると仕組んだのはあちらの国側の人達ですかね?」
「えー!混ぜて欲しかったな!」
「マジっスか!うわーワクチン打っちゃったっス、うわー」
「あらあら」
などとそれぞれが何やら思案を始め口々に好き勝手な事を言い始める。
パンッパンッ!
能面男が手を叩き、
「まあまあその話は後で…という事で、問題を戻しましょう」
と皆んなに議論の再開を促す。
「絶対だよ!後で絶対、詳しく教えてよ!」
アノニマスが代表して能面男に念を押す。
「分かりました。分かりました。後で、ですね」
渋々という感じで能面男が承諾するのを聞いて、
「…分かりました。話を戻しましょう」
と紙袋男も了承し、周りの頷き、各々自分の席に戻る。
「…さて、脱線してしまいましたが、リモートワークの推進案、皆さん、如何でしょうか?」
気を取り直すように、再度議論の再開を告げる能面男。
「推進か…メリットは沢山あるんだよね。なのに経営者が嫌がる。さっきも出たけど、連絡が取りづらくなる以外でデメリットって何なの?」
ガスマスク男の問いに、
「別のデメリットですか、…外部からの連絡も困難になる…ですかね。リモートの人はそれぞれ仕事用の電話を渡されるんですが、電話番号をいちいち取引先が把握してないので、結局、事務所に電話が入って、事務所から各リモート人員に電話してって感じで、手間が増えるんですよね。仕事の電話なんて1日に何本も掛かってくるのに、それが全部事務所に掛かってくるんですよ。リモートで人が少ない事務所に。」
能面男の説明は少し熱がこもっていた。
恐らく大量の電話対応をさせられた経験があるのだろう。
「それはキツいっスね。自分の仕事出来ないじゃ無いっスか」
蜘蛛男が同情する。
「そうなんだよ。外回りに行こうとしても、電話がひっきりなしで動けない。そしたら、『君は今日一日、営業にも行かないで何をしていたのかね!』って怒られちゃいました」
がっくり肩を落とす能面男。
「あちゃー。ご愁傷様…」
と、皆んなかける言葉もない。
「結局、出勤した人に負担がのしかかっちゃうから、不公平感が生じるって言うのは確かにあるみたいですね」
紙袋男が議論を進める為にまとめる。
「なるほどね…でも、それってリモート先で会社の電話出れたら解決するよね?」
と事も無さげにガスマスク男が言う。
「えっ!出来るんですか?会社の電話をリモート先で取るなんて事」
電話で散々悩まされた能面男が驚いた様にガスマスクに聞く。
「転送したり、会社の電話とリモート先の会社電話を同機させたり、遠隔操作したり、方法なんていくらでもあるよね?なんでしないの?」
というガスマスク男の言葉に驚き、
他のメンバーに「本当です?」と伺う様子を見せると、
そういった方面に詳しいアノニマス娘や紙袋男も
コクンと頷く。
「えっ?だったらそれを導入すれば効率が上がるし、リモートの大きなデメリットを解消出来るじゃ無いですか!」
意味がわからないという様子の能面男が、
ガスマスク男と一緒になんでしないの?と不思議がっている。
それを見かねて紙袋男は、
「これは知り合いの経営者、全員に共通している事なんですが、経営者はそもそもリモートなんてしなくて済むならさせたく無いんですよ。リモートなんてさせたら従業員はサボる。絶対サボるって本気で考えているんです。だから、自分の目が届かない、監視できない場所に居られるのがたまらなく嫌なんですよ。」
と衝撃の事実を話す。
他のメンバーは、リモートをより良いものにして
リモートを再度浸透させようと考えていた為、
この事実に唖然としている。
「え…じゃあリモートワークの利便性を上げても、問題は解決…しない?」
アノニマス娘が信じられないと言う感じで、
皆んなの疑問を言葉にする。
「はい。経営者達はリモートの利便性なんて上がったら、リモートをやらない理由が無くなるから経営者は必死に握り潰そうとするでしょうね。いや、握りつぶされてきたのかもしれませんね」
紙袋男は両手を持ち上げ、お手上げのポーズを行う。
「そうっスよねー。あいつら広告費って名目でマスコミ抱え込んでるし、献金で政治家も思うっスもんねー」
蜘蛛男も諦めムードだ。
「やっぱり、もう殺っちゃいましょうか?」
いつもブレーキ役の能面男も
リモート反対派の経営者達の一掃を提案する。
「えっ、アマさん?本気ですか?」
黒ヴェールが驚いて聞き返している。
「とりあえず見せしめに、10人程度、リモート反対を公言しているやつらを殺ってしまいましょう」
躊躇わずにそう言ってのける。
その時、ガスマスク男が声を上げる。
一同はきっと経営者を殺す方法について何か発言するのだろうと思っていた
しかし…
「あのさ、経営者達は監視が出来ればいいんだよね?それ、僕、出来るよ」
と意外な事を言い出す。
「リモートで監視をする方法?今の時代あからさまなのは出来ませんよ?」
と言いながらも、いつもなら物騒な話には
いの一番に食いつくはずのガスマスク男の
反応に戸惑っている。
「ウェアラブル眼鏡を使うんだよ。」
と胸ポケットから眼鏡を取り出す。
それを隣のアノニマスが見て、
「うわー噂には聞いてたけど、実物は初めて見たー」
と喜んでいる。
紙袋と蜘蛛男も手渡された眼鏡を観察しながら、
「へぇー、これが」
「思ってたより軽いっス」
などと感心している。
しかし、黒ヴェールや能面は首を捻っている。
その様子を見てガスマスク男は得意そうに、
「ウェアラブル眼鏡ってのはスマートウォッチの眼鏡版みたいなもんって言ったら分かるかな。電話やメールが入ったら通知してくれる。しかもカメラとマイクが内蔵されてて、見たり聞いたり英語を翻訳してくれたりする優れ物なのさ」
と自慢げに話す。
「へぇー面白いものがあるんですね。何か相手の戦闘力とか見れそうですね」
先程までキョトンとしていた2人も興味を持つ。
「実はジョークグッズ的にそう言うのもあるみたいですよ」
紙袋がスマホで検索した画像を見せてくれる。
「まあ」
「これは!…買いですね」
某国民マンガ現役世代の2人が食いついている。
そんなおっさん達をやや冷めた目で見ながら、
「とにかくだよ。リモートを大幅に拡大する代わりに、リモート中は会社支給のウェアラブル眼鏡を常備する事を社員に義務付ける。表向きは、事務所への電話や業務連絡があったらすぐに分かるように、みたいに理由で。実際は内蔵された音声やカメラに経営者がいつでもアクセス出来るようにすれば、会社側はいつでも監視できる。これなら経営者も興味持つでしょ」
ガスマスク男がウェアラブル眼鏡のカメラと
連携させたパソコンの画面を見せながら説明する。
パソコンの画面にはバッチリウェアラブル眼鏡のカメラが
移した風景が映っている。
「それは確かにリモート中も気が抜けなくなりますね。」
能面と黒ヴェールもようやく納得の様子だ。
「それと、スマートウォッチみたいに付けていると脈拍とか血圧とかも測れるから、安全確認の為って大義名分もいけるんじゃ無い?遠回しに『外してもすぐバレるからな』って脅しちゃう感じ」
アノニマス娘もさらにアイデアを出してくれる。
「良いですね!だいぶ出揃いましたよ。今回は『リモートワークの推進』で行きましょう。抵抗する経営者には監視ツールとしてのウェアラブル眼鏡を。それでも非協力的な経営者には物理的に淘汰をしちゃいましょう。あとは、メディアや政治家界隈はいつも通り…と」
能面男がまとめに入る。
いつも通り細かい役割分担などは無いが、
皆んながそれぞれやる事は分かっているようだ。
皆がコクリと頷いたのを確認すると、
能面男は、
「それでは皆さん!今回も盛大にやらかしてやろうじゃありませんか!」
と号令をかける。
「おおー!」
と皆んな腕を上げ叫ぶ。
そして、廃工場を後にした。
数年後、地獄の通勤ラッシュと恐れられた朝の駅に人はまばらだった。
昨年施行された「リモートワーク推進法」により、
事業所への出勤が週に一回に制限された為である。
これによって電車内のスマハラは大きく改善された。
たまにわざわざ汗をかいたおじさんの隣に座って、
「スメハラ」を叫ぶ女はいたが、流石に
「いや電車なんて空いてるんだから別の席に座れよ」
とツッコまれていた。
能面の男の願いは成就されたのだ。
もちろん、全てがとんとん拍子に進んだ訳ではない。
法案が提出された当初はメディアや経営者の反発が凄かった。
しかし、事業所の電話をリモート先で取れるシステムや、
リアルタイムで情報が認識できるウェアラブル眼鏡の登場で、
賛同する人々が徐々に増え、
それを後押しするように、「働き方の多様性」や「子育て支援」など
コンプライアンス的にも推進するべきとの論調が台頭する。
また、当時反対派の急先鋒だった経営者が事故により亡くなる等の
偶然も重なり、世間の潮目が再び「リモート推進」へと向かうと、
週に一度リモート勤務の義務化から、徐々に増え、
今では週に一度しか出勤しなくても良くなった。
通勤時間という生産性のない時間からの解放は、
人々に思わぬ数々の恩恵を与えてくれた。
空いた時間に資格や習い事を始める者が増え、
その多才な人材が企業の発展を後押ししてくれた。
週に一度の出勤は働き手に適度な緊張感をもたらし、
作業効率も改善された。
企業にとっても、
通勤定期の廃止や事務所の賃料縮小はもちろん、消耗品や光熱費など
多くの経費が大幅に削減出来た。
心配された健康面だが、時間を持て余した人達が、
通勤が無くなった反動で、一気にジムへ通うようになったので、
むしろ国民全体の健康指数は増加したという。
また、当初より懸念のリモート中のサボりによる影響も、
経営者が抜き打ちでウェアラブル眼鏡を通じてチェックしている
という噂が流れた事により、適度な緊張感を特に無かったようだ。
それに、リモートワークの環境が整い、
育休のように完全に仕事から離脱する必要が無くなり、
人件費についても余剰人員を抑えられる結果となった。
その他にも、電車の混雑軽減で痴漢による被害も激減したとか、
昼食休憩という名目で平日にこっそり出掛けて買い物を
する人も多くいた事で無駄に深夜や休日にサービスを
行う必要もなくなり、サービス業も土日に休めるようになる
などの影響も見られた。
家にいて子供と過ごせる。
この環境は出生数の増加にも大きく貢献する。
子供が増えれば消費も増える。
日本は未曾有の好景気となっていた。
しかし、その好景気の裏にとある秘密結社の活躍があった事など、
多くの人たちは知らない。
世のため、人のため、彼らは今日も暗躍する。
いつもの廃工場で、いつもの如く、世直しの悪巧みを練っている。
行け行け!僕らの秘密結社!
頑張れ!僕らの秘密結社!