サノスによる大虐殺から、5年。
ニューヨーク。
月が上る中、私は日課に励んでいた。
日課、とは……散歩や、昼寝、料理、なんてものじゃない。
そんな穏やかな日々は、既に過去へ置いてきたのだから。
私はマスクを被り、アーマーを身に付けていた。
ヴィブラニウムとアダマンチウムの複合アーマーだ。
それは私を、闇夜に紛れ込ませるような漆黒だ。
荒んだ、元の持ち主が居なくなって管理もされていないアパートの屋上で、私はしゃがみ込んでいた。
マスクの中で、目を瞑る。
『……はぁ』
息を吐き出して、視線を落とす。
アパートの下。
そこには黒いアタッシュケースを手に持つ男達がいた。
片方はフランクな服装、もう片方は黒いビジネススーツ姿だ。
どちらも共づれがいて、全員で……8人いる。
『…………』
確認した私は、アパートから飛び降りた。
そして、落下速度を抑えるために壁へ、爪を立てる
ガリガリと煉瓦が爆ぜる音を鳴らす中、地面へ着地する。
騒音に、彼等の目が私へ向いた。
「てめぇっ、なにもん──
「また貴様か!自警団気取りめ!」
フランクな服装の、柄の悪い男が声を上げるより早く、ビジネススーツ姿の男が怒声をあげた。
その剣幕に、フランクな服装の男が驚くほどだ。
「殺せ!生かして返すな!」
ビジネススーツの男が怒鳴れば、どちらの陣営からも銃口が私へ向いた。
『随分と嫌われたものだな』
彼が居なくなってから、口に出すようになった軽口を叩きつつ、私は構えた。
フランクな服装をした奴らは、ニューヨークの外から来た麻薬の密売人……ギャングだ。
ビジネススーツ姿の男達は、ニューヨークを根城とするハンドの配下であるヤクザ達。
彼等の取引を止めるのが、私の目的だった。
「死ね!」
怒声と共に、彼等が発砲した。
まばらに飛んでくる弾丸を、私の反射神経は確かに感じ取っていた。
『…………』
スローモーションな世界の中、私は腕のアーマーにあるアダマンチウムの部位で弾丸を弾く。
「がっ!?」
弾いた弾丸は、彼等の手足に命中していく。
ヴィブラニウムは耐衝撃性が強いため、強く弾く事ができない。
アダマンチウムだからこそ、出来る芸当だ。
跳弾で3人、行動不能にさせる。
それを見たギャングとヤクザは、発砲を躊躇った。
瞬間、私は地面を踏み抜いた。
老朽化したコンクリートの破片が散る中、彼等へ肉薄する。
「まっ──
「ぎゃっ!?」
「あがっ!?」
肘鉄、回し蹴り、ストレート。
大の男が宙を舞う。
1人、2人、3人……ヤクザのリーダー格以外を昏倒させる。
『お前で最後だ』
「チッ……!いつも邪魔しやがって……俺達がお前に何したってんだよ!」
『何も』
「ふざけた野郎だ!殺してやる!」
男はそう言いつつ、腰から刀を抜いた。
そう、刀だ。
銃ではなく、刀。
そのことから、彼がただのヤクザではなく……忍者集団、ハンドの構成員であることを察した。
「しゃあッ!」
独特な声を共に、ヤクザが私へ刀を振るった。
あの刀は……特殊合金か?
ただの金属ではあるまい。
私は肘の先のパーツである、アダマンチウムで受け止めた。
ギャリギャリという音を立てて、火花が散った。
「なっ、大業物だぞ!?」
何だか知らんが、相当な武器らしい。
実際、アダマンチウムとぶつかって折れていないのだから。
であれば、油断せずに対処すべきだろう。
『鈍だな』
しかし、口では挑発する。
悪党の神経を逆撫でして、彼等の脳に“逃走”の二文字を失わせる。
「ほざけ!」
誇りを傷つけられた男が刀を振るった。
その場で、私は片足を引いて、刀を避けた。
「しゃッ!しゃあッ!!」
しかし、勢いは止まらない。
私は剣身の側面を叩いて、受け流す。
そして、その勢いのまま──
「しぎゃ、あっ!?」
顔面をぶん殴った。
ヴィブラニウムに覆われた拳は、ヤクザの顔面の中心を正確にぶちぬき、鼻をへし折り、吹き飛ばした。
「あ、が……が、ぁ……」
地面に転がり、痙攣している。
死んではいないだろうが、行動不能だろう。
『さて、と……』
私は地面に落ちていたアタッシュケースを手に取る。
それを開けば……白い粉がみっちりと詰まった、ビニール袋が目に映る。
これはチャイニーズマフィアが作った麻薬だ。
人体への害は少ない。
代わりに依存性が凄まじい。
熱に弱い代わりに、証拠の隠滅が容易い。
昨今、ニューヨークではこれが高値で流通している。
街を蝕む、病魔のような存在だ。
私はアパートの側面にあるゴミ箱に隠しておいた、液体燃料の入ったポリタンクを手に取った。
それをアタッシュケースに振りかけて、ライターをを取り出す。
そして、火を付けてライターごと投げ込めば……ビニールごと、麻薬が燃え始めた。
これで再利用は不可能となる。
アタッシュケース内の量から、市内での流通価格は数千万ドルになりそうだが……そんなことは気にしない。
そうして燃やしていると、背後で物音がした。
『…………』
流石はハンドの構成員か。
顔面を殴った程度では気を失わないということか。
襲い掛かってくると同時に反撃しようと、敢えて気付いていないフリをすれば──
「ぐあっ!?」
悲鳴が上がった。
振り返れば……ヤクザの肩に弓矢が刺さっていた。
その姿に焦る事なく、私はヤクザに回し蹴りを放った。
「あばっ!?」
そのまま宙を回転して、空になったゴミ箱に落ちた。
彼等の寝床に相応しい場所だろう。
そうして私は、矢の刺さった角度から……視線を上げた。
矢を放った犯人は、非常階段の踊り場に立っていた。
『ホークアイか』
「違う。今はローニンだ」
黒いフード、黒いスーツ。
深い緑色の小手、悪鬼のごとき仮面。
背中に弓包、手にはコンパウンドボウ、腰には刀。
確かに、過去のホークアイとは姿が違う。
それでも、彼の中身を私は知っている。
だから、ホークアイと呼んだのだ。
『何の用だ』
「大体は、お前と同じ用だ。レッドキャップ」
『……ローニンと呼んで欲しいなら、私の事もナイトキャップと呼べ』
悪態を吐きつつ、私は壁にもたれ掛かった。
同時に、ローニンが側面の踊り場から飛び降りて、私の前に立った。
以前までなら、私と彼の間に交流など無かった。
だが、今は違う。
互いに、自警団として認識している。
『S.H.I.E.L.D.』に頼まれた訳でもなく、所属すらしていない。
ただただ、私怨で悪党を排除する自警団だ。
こうして、現場で相対する事も少なくない。
面識も出来るというもの。
協力関係ではないが、顔見知りの同業者。
それが私とローニンの関係だ。
「この男はハンドの構成員か」
『そうだ。一端のヤクザが、こんな刀を持つと思うか?』
地面に転がっていた刀を手に取り、ローニンへ投げ渡した。
「……違いない。これは業物だな」
『その業物というのは何だ?』
「ハンドが管理している妖刀だ。過去に特異な能力を持った刀鍛冶が鍛えたそうだ……素材からはあり得ないような切れ味と、硬度を持つ」
『なるほどな……折った方がいいか?』
「いや、俺が持っておこう。役に立つ」
ローニンは刀を鞘に納めて、腰へ刺した。
これで、元々持っていた刀を含めて二刀流だ。
『しかし、どうやって、この場に辿り着いた?取引の現場を知ったのは、どうやって?』
「……お前が情報を流した訳じゃないのか?情報屋が知っていたぞ」
『そんな回りくどい事はしない』
「チッ、拙いな……誰かの策略だろう。俺達をこの場に集める為のな」
そうローニンは言いつつ、コンパウンドボウを再展開した。
私も意識を周囲に割いた……と同時に、物音を耳にした。
ローニンも気付いたようで、そちらへ弓を向けたのだが──
「ようやく、見つけたわ。二人とも」
聞き覚えのある女の声に、私とローニンは警戒を解いた。
「ナターシャか」
ナターシャ・ロマノフ。
つまり、ブラックウィドウがそこに居た。
いつものスパイスーツではなく、コート姿のオフな格好だ。
「クリント、ミシェル。話があるの」
『…………』
その言葉にクリント・バートンことホークアイ、いや、ローニンは腕を組んで少し距離を置いた。
私も話は聞きつつ、警戒する。
私達は非合法な活動をしている。
公権寄りの彼女からすれば、私達は捕縛対象でもある。
そう警戒する私達に、ナターシャはため息を吐いた。
「そう警戒しないで。話があるだけ。別に貴方達のヒーロー活動を咎めようって訳じゃない」
そんなナターシャの言葉に、クリントは首を振った。
「これはヒーロー活動じゃあない」
『同感だな』
私も否定した。
私に行動は、尊敬する……愛する人の行動を真似ただけのものだ。
自分が忘れないために、彼を忘れられたくないために、行動しているだけに過ぎない。
こんなもの善性の行動ではない。
だから、ヒーロー活動ではない。
しかし、ナターシャはあまり気にしていないように見えた。
「あらそう。でも、それは重要じゃないわ。話を聞いてくれたら、いいだけ」
『…………』
そう口にして、ナターシャは私とローニンを交互に一瞥した。
「失ったものを取り返したくない?」
『どういう意味だ?』
「貴女は恋人や友人を。クリントは家族を」
その言葉に、私はピーターの姿を……グウェンや、ネッド、ハリーの姿を思い出していた。
5年も経って、色褪せつつある記憶だ。
それを、取り戻せる?
二度と戻ってこないと思っていたものを?
不可能だ。
そう切り捨てるのは簡単だ。
この言葉を口にしたのが、知らない奴なら切り捨てていた。
だが、目の前にいるのはナターシャ・ロマノフ。
信頼できてしまう。
故に警戒していると、ローニンが首を振った。
「そんな夢物語を語るために、ここに来たのか?」
「夢物語じゃないわ。話を聞いて」
「なんだ。サノスは死んだ……だが、石はもう無い。消えたものを呼び戻せない。そう話したのは、お前だろう」
ローニンの言葉に、私は頷いた。
サノスによる大虐殺。
そこから二年後、アベンジャーズはサノスが居る惑星を突き止めた。
だが、サノスは既に死んでいた。
砕けて力を失ったインフィニティ・ストーン達を握りしめながら、死んでいたのだ。
インフィニティ・ストーンで消えたものは、インフィニティ・ストーンがあれば取り戻せる。
その理屈は、ブルース・バナーが語っていた。
故に、信憑性のあるものだった。
だが、逆に言えば、『インフィニティ・ストーンに消されたものは、インフィニティ・ストーンがなければ取り戻せない』ということだ。
そしてインフィニティ・ストーンは……もう、この世に存在しない。
「……それが、取り戻せるとしたら?」
「やめろ……今更、希望なんて騙るな」
ローニンはマスクを付けたまま、顔を逸らした。
対して、私はナターシャに一歩近付いた。
『……取り戻せるのか?』
「可能性は低い。上手くいく保証もない。だけど、何もせずには諦められない……でしょう?」
その言葉に、私はマスクの中で目を閉じた。
陽の光の下、荒廃していないニューヨーク。
喫茶店、砂糖のいっぱい入ったコーヒー。
映画の感想を口にして、夕食の話をする。
並んで、夕焼けの中。
帰りたい。
会いたい。
私は目を開いて、マスクの側面にあるボタンを
に触れる。
順に押していけば……真っ黒なマスクが開いた。
「話を聞こう、ナターシャ」
素の声で話せば、ローニンが私に視線を向けた。
マスク越しだが、驚いているように見えた。
「……正気か?」
その言葉に頷く。
「正気じゃない。だからこそ、足掻いてみたい」
「……いいだろう。俺も付き合おう」
ローニンもマスクを脱いだ。
そこには、実際には始めて見るクリント・バートンの素顔があった。
◇◆◇
ナターシャが用意していた車、その後部座席に私とクリントは乗っていた。
ナターシャは、希望について語らなかった。
ワシントンD.C.にある『S.H.I.E.L.D.』の拠点に、ヒーロー達の生き残りが集まっているらしい。
そこで、どうやって消えた人々を戻すか……計画が語られるらしい。
ナターシャは無駄話をしなかった。
私達の存在を知りながら、彼女は接触してこなかった。
世界中の人間の半数が消えた……アベンジャーズ達も忙しかったのだろう。
個人に労力を割く余力も無かったのかもしれない。
負目があるのだろう。
少なくとも私は、気にしてなどいないが。
「…………」
私は視線を、隣にいるクリントへ向けた。
「……なんだ」
クリントは視線に気付いたようで、私に視線を向けた。
「いや、こうして素顔で話すのは初めてだな、と」
「そうか……俺は驚いたぞ。ナイトキャップが女だったとはな」
ああ、マスクを外した時の驚きは、私がナターシャに同意したことに対する驚きもあったが、私の素顔に対する驚きもあったのか。
「悪いか?」
「いいや……」
否定しつつ、クリントは精神的なダメージを受けているようだった。
恐らく、消えてしまった彼の家族に関する郷愁だろう。
きっと、私と娘を重ねているのだ。
「…………」
「…………」
沈黙。
話すことが見つからない。
少し気まずく思っていると、ナターシャが口を開いた。
「ミシェル、貴女は何があったの?もう随分、長い間、家に帰ってなかったみたいだけど」
彼女の言う家とは、アベンジャーズ・マンションのことだ。
私がこの、ニューヨークの悪党を排除する活動を始めてから帰っていない。
「帰るつもりはない……帰っても、辛いだけだ」
「そう?なら引っ越す?」
「……そういう話じゃない」
安眠できる寝床などない。
胸の中にある漠然とした喪失感と怒りが、消えはしない。
「そうやって自分を傷付けてばかりいることを、誰も望んではいないわ」
「知っている。だが、仕方ないだろう?私はそういう人間だ」
私の言葉に、運転席からため息が聞こえた。
「というか、昔のような喋り方はしないの?」
「昔の?どういう意味だ」
「昔はもっと違ったでしょ?今は……そう、堅苦しいし、威圧的」
ナターシャの言葉に、私は顔を顰めた。
「時間が経った。人も変わる。喋り方なんて、その最たる例だ」
「そうかしら。私には……
「そうだとしても、なんだ?何が言いたい」
「せめて、私の前でぐらい、そう張り詰めずにマスクを脱ぐべきだって……そう言いたいだけよ」
馬鹿馬鹿しい。
私は腕を組んで、視線を窓の外へ向けた。
寂れたニューヨークを出れば、治安も戻ってくる。
それでも夜中、出歩く人はいない。
サノスによる全人類の半分が消えた時、世界は混乱の渦に叩き込まれた。
幾分かマシになったとはいえ、悪いものは悪いままだ。
職を、家族を、家を、日常を失い、人も街も荒れ果てていた。
「無理だな。こんな世界で、私だけ穏やかに生きられる筈がない」
「そう……なら尚更、消えた人達を助けなきゃね」
「…………」
そう言われると、黙るしかない。
どうやって消えた人を助けるのだろうか。
インフィニティ・ストーンはもう無いというのに。
不思議に思いながらも、私は車に揺られていた。
◇◆◇
車に揺られること、数時間。
私達はワシントンD.C.に存在する、『S.H.I.E.L.D.』の研究施設に到着していた。
一度、コテージで着替えたため、私もクリントも私服姿だ。
「ここが今、私達の拠点よ」
「……そうか」
クリントと私は車から降りて、ビルを観た。
中々に巨大なビルだ。
そう思いつつ、ナターシャの後ろを追っていると──
「……ナターシャさん、この人達は?」
タコスを食ってる男が話しかけて来た。
玄関前でベンチに腰掛け、覇気もなく、見るからに一般人だが、この場にいるということはヒーローだろう。
そんな彼を見て、ナターシャは気怠そうに頷いた。
「クリントとミシェル。クリントの方はホークアイって言えば分かるかしら」
「ああ、ホークアイ!知ってるよ、よろしく」
「…………」
男がクリントに握手を求めたが、クリントは黙って通り過ぎた。
昔の彼なら握手ぐらいしただろうが、今の彼は荒んでいる。
男はその様子にショックを受けたようで、落ち込みつつもナターシャに視線を戻した。
「ホークアイってあんなに無愛想だったか?」
「色々あったの」
「そっか……まぁ、色々あったもんな。それで、ミシェルだっけ?よろしく」
気を取り直して、男が私に手を向けてきた。
それを無碍に出来るわけもなく、私は手を握り返した。
「よろしく。それで、そちらの名前は?」
「ああ、言ってなかったか……俺はスコット。スコット・ラング……アントマンだよ。知ってる?」
名乗りに、私も理解した。
そして、頷いた。
「知っているとも。前に一度、会った事もある」
「そうなのか?何処で?もしかして、アイスクリーム屋?」
「マドリプールだ」
「……あー、そこね。あれ?本当に会った事ある?俺、記憶力には自信があるんだけど」
「あの時は、レッドキャップと名乗っていた」
私の言葉に、スコットは驚いたような顔をした。
「それ本当か!?いや、本当なんだろうな……嘘を吐く理由もないし。いや、こんな別嬪さんだとは知らなかったよ」
その言葉に眉を顰めた。
アントマンことスコットがお調子者なのは分かるが、露骨なお世辞というのは耳障りがよくないものだ。
そんな私を見て、ナターシャがため息を吐いた。
「スコット、それセクハラ」
「え!?いや、そんなつもりじゃ……ごめんよ」
スコットに頭を下げられて、私は首を振った。
「いや、いい。別に傷付いた訳じゃない」
「そ、そっか……なら良かった」
スコットは安堵した。
そんな彼の肩を、ナターシャが叩いた。
「ミシェル。こんな所で道草食ってる奴なんか無視して、ミーティングルームに行くわよ」
「え、いや、食べてるのは道草じゃなくてタコスなんだけど……」
「あっそ」
食べかけのタコスを掲げるスコットを無視して、ナターシャがビルへ入っていく。
慌てて、私もスコットを無視して後ろを付いて歩いた。
ミーティングルームに到着すれば、既にクリントが入っていた。
クリントは知己であるバナーと話していた。
部屋に入ってきたナターシャと私には気付いていない。
そんな中、一人……いや、一人?
一匹のアライグマが私に近付いてきた。
二足歩行で、服を着たアライグマだ。
「おうおう、新参か?誰で、何者だ?」
しかも、言葉を喋っている。
驚きだ。
「ロケット、彼女はミシェル。『S.H.I.E.L.D.』のエージェントよ」
その様子にナターシャは驚く事もなく、落ち着いて反応していた。
対して、私は首を横に振った。
「元、だ」
「あら、解雇した覚えはないけど。休職扱いじゃないかしら」
顔を顰めていると、ロケットと呼ばれたアライグマが笑みを深めた。
「気の強そうな嬢ちゃんだな……俺はロケットだ。よろしくな」
「……ミシェルだ。よろしく」
膝を折って目線を合わせて、私はロケットと握手した。
毛はゴワゴワしていたし、肉球は硬かった。
そんな私達に対して、一人の男が近付いて来た。
「驚かないんだな、ロケットを見て」
トニー・スターク……アイアンマンだ。
今はハイテクなスーツを身に付けておらず、シャツとGパンというラフな格好だ。
……まぁ、私も人のことは言えない。
シャツとチノパン、スニーカーだから。
「充分、驚いているよ。スターク」
「……君は随分と変わったな?僕の方が驚いてるよ」
「変わったか?」
「ああ、僕の知ってる君はもっとこう……自信がなかった」
「なら今は自信があるように見えると?」
「……いや、気を悪くしないで欲しいんだけど……こう、強がっているように見える」
スタークの言葉に、私は顔を顰めた。
「……色々あったからな。こうもなる」
「それは納得で、同感だ。君が前みたいに戻れるよう、僕も努力するよ。君の彼氏さんの件もね」
スタークとピーター……どちらかというと、スパイダーマンは交流があった。
悪魔によって私と同様に、一度記憶は消されてしまった筈だが……元々、彼等は交流があったらしい。
ピーターは正体を明かして居なかったそうだが、それでもヒーロー活動中に顔を合わせる事は多々あった。
その時に私のボーイフレンドだと話した事があった。
……今はその話をして欲しい訳ではなかったが。
「……まぁいい。それで、どうやって消えた人々を戻すつもりだ?」
「タイムトラベルだ」
「……タイムトラベルだと?」
「そうだ」
私は眉を顰めた。
素っ頓狂で、おおよそ科学者であるスタークから出て来ないであろうSF用語が飛び出したからだ。
SFとは、サイエンス・フィクション。
つまり、フィクションの世界だ。
時間旅行なんて、科学より魔法の領域だろう。
スタークじゃなくて、ドクター・ストレンジが口にした方が納得できる。
「バック・トゥ・ザ・フューチャーの見過ぎじゃないか?」
「そうじゃない。確実な理論を元に存在する理屈だ」
そう言い切るのならば、確かに実現できるのだろう。
だが、時間旅行が出来るとして、どうやって消えた人々を戻すのか?
少し考えて、私は口を開いた。
「……過去でサノスの妨害をして、指パッチンをさせなくするということか?」
「いいや、違う。ブルース、少しいいか?」
呼ばれたブルース・バナー博士が近付いて来た……のだが。
何故か、肌が緑色だ。
「なんだい、トニー」
「彼女に今回の『石泥棒』計画をご教授願いたい」
何だか身長も大きい。
2メートルぐらいあるんじゃないか?
ハルクとブルース・バナーの中間……そんな気がした。
「どうも、初めまして。僕はブルース・バナーだ
「ミシェル・ジェーン……よろしく」
握手してみると、やはり力が強い。
彼は今、バナー博士のようだが、ハルクの力もあるのだろう。
私の知らない間に随分と変わったようだ。
「今回の作戦に関して、過去は変えない。
「……先程の作戦は取れないということか?それこそ、過去でサノスを殺したり、とか」
「できないんじゃない。意味がないんだ」
「どういうことだ?」
私が問うと、バナー博士はホワイトボートに絵を描き始めた。
「左が過去、右が未来だ。この間にある線が時間……右にいる僕達が、左で何か改変をしたら?」
そして、未来の下にIFと書かれた図を増やして、時間軸の線を分岐させた。
「過去を改変しても、未来は変わらない。世界が分岐するだけだ。だから、過去に影響を及ぼす事は意味がない……別の未来が出来るだけだから」
その言葉に、私は納得した。
「
「そう!つまり、過去を改変しても意味がない。だけど、過去から何かを借りて未来で活かすことができる」
「……サノスが
「そうだ!よく分かってるじゃないか……全てが終わったら、僕の授業を受けてみないかい?大学で教授をやっているんだ」
「……考えておこう」
バナー博士は何が面白いのか、少し興奮しているようだ。
そんなバナー博士から目を逸らして、スタークを一瞥した。
「それで、私の役割は?」
「君は楔だ」
「楔?」
意味の分からない言葉に首を傾げると、バナー博士が頷いた。
「君の目は特殊だ。並行世界、過去や未来を観測できる。その目を介して、万が一の場合はタイムマシンの装置を強制起動させて、過去に飛ばした人達を回収して欲しいんだ」
「私が?そんな重要な役を?」
「君にしか頼めない。なに、そうトラブルは起きない筈だからね。過去に飛ぶのも僕達だけだ」
ここで断る事は出来る。
だが、断っても彼らは作戦を決行するだろう。
私がいれば成功率が上がるとしても、居なければ実行しない理由にならないからだ。
私は保険だ。
あれば嬉しいが、なくても死にはしない。
であれば、どうすべきか。
私の脳内には友人と、恋人達が映ってた。
あれから、五年も経った。
すっかり、彼らより歳上になってしまった。
再開しても、前のような関係を続けられるか不安だ。
それでも……みんなには、幸せになって欲しい。
「分かった。手伝おう」
だから、私は頷いた。
正義感ではなく、ただ、自分のために。