白い空間。紙に書いた雲のような、白くて神々しい景色が俺の瞳を支配する。
「やぁ!」
「……」
醜い身体。少年ではない、見慣れた醜い腹と手が、俺の瞳に映る。
「誰だよ、お前」
自身の醜い腹を見て、汚い手を見て。
次に顔を上げた俺の瞳に映ったのは、目の前に立っている白い奴。
モザイクを掛けたような胡散臭い顔。
「やぁ!」なんて、マルチを誘いに来た古い友人からしか聞いたことがない。
「僕の名前はヒトガミ。助言をしにきた、一人の神様だよ!」
ヒトガミ。俺の運命が、動き出す。
「さーて、醜くて弱い君。そんな君に、僕が助言を授けよう!!!」
運命は変わってるんだよねー。僕も知らない未来になるとはね。
そんな意味の分からんことを言いながら、ヒトガミはクスクスと笑う。
そして、息を大きく吸い込み、大きな言葉を残していく。
「起きたら、目の前に男が居るでしょう!その男を頼りなさい!さすれば、あなたには、あなたたちには幸せが訪れるでしょう!!!」
消えていく神。
ここから、変わった歯車は回り出す。
「さぁ、始めようか」
ルーデウス、シルフィ、ルイジェルド。
変わって、歪んだ歯車は、鈍い音を立てる。
ヒトガミがニヤリと笑う。
彼の笑顔は、あるべき物語よりも、ひどく歪んでいたんだ。
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─ルーデウス視点─
「──ないで!」
声が聞こえた。
(この声……)
「近付かないで!!!」
「……ん?」
細く、細く目を開く。
そこに映るのは、焚き火の淡い赤と、二つの緑。
「……シルフィ?」
目を覚ました俺の視界に映ったのは、シルフィと一人の男の姿。
腕を大きく広げて、俺に小さな背中を見せる友達が、怒鳴り声を挙げる。
「スペルド族は、ルディに近付かないで!!!!!」
シルフィエット。
彼女は、俺を守ろうと必死だった。
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「困ったことになったなぁ」
「……」
激しい太陽光が、俺とシルフィを照らす。
黙っている彼女は、俺の腕を取り、歩き出した。
「……」
「……」
黙々と、ただ歩く。
魔大陸の砂に、俺たちは足跡を作っていく。
暑くて、寒くて、息苦しい。
眼光を鋭くするシルフィは、美しいが怖かった。
「ねぇ、シルフィ?」
「ルディ、どうしたの?」
「いや、そのさ、後ろに居るよ?」
「知ってる」
淡々と歩く足跡は、五メートルの間隔を空けて二つから三つになっていた。
その三つ目は言うまでもない。
もう一人の緑の髪の持ち主。スペルド族の屈強な男のものだ。
(昨日の晩から、シルフィの警戒心が強くて自己紹介すら出来なかったからな……)
逃げて、無視して、逃げて……俺たちはすごく酷いことをしていると思う。
でも、しかし彼は、昨晩からこう言ってくれる。
「そっちには、魔物の群れが居るぞ」
「「……」」
なんというか、すごく優しい。
スペルド族の彼は、とにかく優しい。
それ以外に言葉が見つからないほどに。
「ねぇ、シルフィ?仲良くしよ?」
「……それは、ダメだよ」
彼女は、握っていた俺の腕から手を離し、答えた。
彼女の気持ちは分かる。
彼女がイジメられたのは、緑の髪が原因だった。
スペルド族が悪いことをしたから、緑の髪は悪い奴という考えが根付き、イジメられた。
……分かってる。こんなのこじつけだ。
でも、それでも、前世でイジメを受けていた俺なら分かる。
イジメられて悔しい気持ち、モヤモヤとして苦虫を噛み潰したようなあの気持ち悪さは、苦しくて、忘れられるものじゃない。
その苦しさをぶつける相手など、分からない。
それが、もしも八つ当たりだったとしても、気付けるわけがない。
(だから、俺がシルフィに気付かせるんだ)
友として、俺がシルフィを救う。
それが、俺が彼女に出来ること。
「なぁ、シルフィ?……「ルディ、分かってるよ」
彼女が、俺の言葉を遮った。
分かってる?一体、何が分かっているというのだろう。
「ボクは、イジメられた。でも、そのおかげでルディに出会えた。だから、イジメられたことは、もう怒ってなんかいない」
「だったら、なんで……」
彼女は瞳にたっぷりと涙を溜めて、俺の方を向いた。
「でも、でも、ゼニスさんが、パウロさんが、みんなが、ボクの尊敬する人が、みんな、スペルド族を悪だって言うんだ。だから、ボクは、ボクは……!」
瞳にたっぷりと涙を浮かべて。
彼女の瞳から、雫が落ちる。
「ルディ、ルディ……」
そして、言葉を放って、彼女は両膝を落とす。
その場で、へにゃっと力なく座り込む。
分かった。そうか、彼女は良い子すぎたんだ。
「シルフィ、大丈夫」
彼女の腕を、今度は俺が握る。
そして、そのまま引っ張って、俺の胸へと彼女を持ってくる。
頭を撫でて、俺は覚悟を決める。
「シルフィは、俺が守るよ」
緑の髪を撫でる。
その髪は、柔らかくて、暖かくて冷たい。
シルフィの温もり。
手に感じた友の温もりは、覚悟を決めるには十分すぎる理由だった。
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─シルフィ視点─
飛ばされた。寒くて、寂しかった。
目の前には、一人の男の人が居た。その人はスペルド族だった。でも、優しかった。そう、スペルド族なのに優しかった。その優しさが不気味だった。
ブエナ村で父が、母が、ゼニスさんが、パウロさんが、ボクの大切な人たちが、スペルド族は悪だと言った。
言いつけは守らないといけない。
ボクの大切な人が嘘など吐いてるわけがない。
分かってる。そんなことは分かってる。
でも、目の前のスペルド族は優しい。
魔物の群れからボクたちを守り、ボクたちを遠目から見て助けてくれる。
お礼すら言わないボクたちを、彼は助けてくれる。
……そんな、優しい人。目の前の人が悪なら、優しさとは何なのだろう。
ボクは、何を信じれば良いか分からなかった。
分からない、分からなかった。
ボクは、何を信じれば……
「シルフィ、大丈夫」
彼の手が、ボクの頭を撫でた。
「俺が、シルフィを守るよ」
心地良い温もり。
迷いだらけの世界で、自信を持って言えるボクにとっての幸せ。
「ルディ。ボク、ルディが居れば幸せだよ……」
幸せ、幸せ……そのはずなのに。
何故か、ボクの瞳は、地面を映していたんだ。
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─ルーデウス視点─
シルフィを守る。そのために、俺は歩き出した。
歩いて、歩いて。魔物を倒して。
ルイジェルドが助けてくれて、お礼が言えなくて。
残っていく罪悪感に苛まれながら、俺は歩き出した。
屋根がある所で泊まりたいと思ったら、彼がミグルド族の村に先回りして話を通してくれた。
それでも、お礼は言えない。
スペルド族に近付いたら、シルフィは取り乱してしまうかもしれない。
取り乱して、逃げ出して、魔大陸で離れたりなんかしたら……詰みだ。
彼は、どう思っているのだろう。
助けて、助けて、それでもお礼どころか話してすらくれない。
彼は怒っているだろうか?俺たちを蔑んでいるだろうか?
分からない。
俺には、遠巻きから無表情で俺たちを見つめている彼が、何を考えているのか分からなかった。
だから、せめて彼の助けになろう。
俺に出来ることは、彼のためにしてみよう。
ミグルド族から聞いたスペルド族の悪名。
俺では力不足かもしれない。
でも、優しい彼のために頑張ってみよう。
シルフィを助けて、ルイジェルドの悪名を取り除く。
大丈夫だ。
きっと、俺なら、一人でも出来るはずだ。
「俺なら、エリスの隣で歩ける男になれる」
魔大陸でギルドに向かって、冒険者になって。
金を稼ぐ、金を稼ぐ、シルフィを守る。
隣に居る友達を助けるために、魔物を討伐する。
討伐して、恩を売って金を稼ぐ。
あぁ、それが出来たら、どれだけ良かっただろう。
「……え?」
口を開ける。
俺の目の前に広がるのは、絵の具を握りしめて出したような無慈悲な赤。
「なんで、なんで……」
飛んでいく。
棒切れのように飛んでいく、死体。
「こうなっちまうんだよ」
俺は、どうやら……
二度目の人生も、失敗しちまったみたいだ。
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─シルフィ視点─
「うぅ、ううう!」
ルディが叫んだ。
頭を掻きむしって、両膝を付いた。
森の中。魔物を討伐しようとしたボクたちが、絶望に沈む場所。
「え……?」
ボクも、ルディに遅れて反応した。
目の前にあるのは真っ赤な液体。
それは、間違いなくボクが人生初めて見たもの。
『子供の死体』
目の前に転がる、無慈悲な死体。
ボクは、どうすれば良いか分からなくて、目を逸らした。
目を逸らして、世界で一番正しい人に、声を掛ける。
「ルディ……「どうすれば、良かったんだよ。俺は、どうしたら良かったんだよ……」
ボクが呼ぼうとしたのは、ルディの名前。
でも、その言葉は、彼の言葉と涙に、遮られてしまったんだ。
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ルディの胸ぐらを、スペルド族が掴んだ。
「なんで見殺しにした!?」
大きな声だった。
その声が、ボクはすごく嫌だった。
嫌だ、嫌だ、いやだ。
「ルディをいじめないで!!!」
スペルド族の太い腕を掴んで、ボクは叫んだ。
すると、彼は無言のまま腕を下ろした。
そして、無言のルディに、言葉を残していく。
「いきなり怒鳴って悪かった」
それだけを残して、彼はその場を後にする。
血液の溜まり場に自身の姿を浮かべて、歯を食いしばって、ルディとボクを見つめて、去っていく。
「だが、子供を見捨てる。俺には、その理由が分からなかった」
スペルド族。
彼は、すっごく悲しそうな顔をしてた。
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ボクとルディは、二人で宿に戻ってきた。
魔大陸という厳しい環境。
それでも、ルディはボクにこんな言葉をくれる。
「シルフィ、大丈夫。今日は取り乱しちゃってごめんね」
優しく笑って、言ってくれる。
ボクは、その言葉に、何も言わずにご飯を作り始めた。
ルディの分のご飯を作る。
すっごく嬉しい行為のはずなのに、ボクは、何故か、笑うことが出来なかった。
……なんだろう。ここに来てから、やっちゃいけないことばかりを思い描いてしまう。
スペルド族とは仲良くしちゃいけない。
大人の言いつけを守らなくちゃいけない。
お金を稼がなきゃいけない。
いけない、いけない、しなきゃいけない。
そこに、ボクの願いはなくて、胸が苦しくなることばかり。
ぼふん。
音を立てて、ベッドに寝転がる。
ルディは隣にいて、手を伸ばせば彼がそこに居る。
そう、そのはずなのに。
彼は、ルディは、ボクとはすっごく離れた場所に居る気がした。
ボクは、何がしたいんだろう。
飛ばされて、寂しくて、怖くて、辛くて。
ルディだけが頼りで、でも、大好きなルディは悲しい顔をしていて。
ルディが、悲しい顔をしてる?
なんだろう、すっごく心がモヤモヤする。
ボクのことなんてどうでも良い。寒くて辛いなんてどうでも良い。
でも、ルディが辛そうだと思うと、胸が苦しくて張り裂けそうになる。
……なんだ、もう、ボクが嫌なことなんて分かりきってるじゃないか。
ルディが言ってくれる「無事に帰れるから大丈夫」という言葉。
「シルフィは俺が守るから」という彼の励まし。
彼からその言葉を聞くと、ボクはすっごく安心できる。
ほら、今も、ベッドでボクの頭を撫でながら、彼が言ってくれる。
「シルフィ、大丈夫、大丈夫だから」
ボクと彼の二人きり。
ボクが夢見たはずの状況。
でも、嬉しくない。
この状況が、ボクは、嬉しいと感じられなかった。
「大丈夫、大丈夫……」
ポツンと一つ、ボクの髪に雫が落ちる。
「ルディ……?」
上は向かなかった。ルディの顔は見なかった。
落ちた雫の正体。それを、ボクは目で見ることはしなかった。
だって、見る必要なんてなかったから。
雫の正体。それは、ボクの夢を明確にする物だって分かりきっていたから。
「あぁ、ボク、今分かったよ」
ボクのしたいこと。
ボクはボク自身の夢を、今、この瞬間に理解する。
「ボクは、ルディと結婚したいわけじゃなかったんだ」
エリスという女の子と結婚する。
前は、この言葉に大きな絶望を抱いた。
でも、今は違う。
今のボクの夢は、ボクのしたいことは、違う。
「ルディ。ボク、やっと気付けたよ」
しちゃいけないじゃない。
言いつけを守らなきゃじゃない。
夢に向かって突き進む。
もう、ボクの心に苦しさなんてない。
「ボクは、ルディに幸せになってほしい」
誰と結婚しようが関係ない。
ルディが笑ってくれたら、ボクはそれが嬉しい。
「ルディ。ボク、強くなるからね。強くなって、逞しくなって、ルディと帰れるように頑張るから」
ベッドから抜け出す。
眠っている彼を置いて、ボクはあの男の人の元へ。
ガチャっ。
扉を開く。
肌寒い空気が、明るい星空と共にボクの顔に降り注ぐ。
外に出て、上を向く。
寒さの中で野宿をしていたのは、強い戦士。
緑の髪を持つ、心優しい人。
「ボクの名前はシルフィエット。失礼で図々しいと思うのですが、お願いがあります」
もう怖がらない。
ボクは、ルディを守るために、変わっていく。
「ルディの支えになりたい。良かったら、ボクに剣を教えてもらえないですか?」
目を見開き、緑の髪が揺らして、彼がボクを見る。
そして、驚いた表情のまま、少し笑って、コクンと頷いてくれる。
『ルイジェルド・スペルディア』
彼が、ボクの師匠になってくれる。
「ルディ、安心して」
もう、大丈夫。
結婚なんて関係ない。
ボクは、ボクの道で、ルディを幸せにする。
「ボク、強くなるから」
強くなるために、剣を握る。
この日は、ボクにとっての特別な日。
人生で初めての日。
ルディに笑ってもらうために、ボクは、この日、人生で初めて反抗期になったんだ。