銀髪のアルテミス   作:イセカイタヌキ

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完成された鍵の過去

「悪いが、今日も、退いてもらうぞ」

 

俺が言うと、ユーディットの表情に、微かな苛立ちが浮かんだ。

 

「――今日は、退かない。命令が変わった」

 

「命令?」

 

「そちらの完成品を確実に回収しろ、と。上からの、直々の指示だ」

 

彼女の視線が、レイに向いた。レイの身体が、微かに強張った。

 

「――僕を、名指しで」

 

「そうだ。お前が、教団の技術を、勝手に応用してることが、露見した。この村での騒動でな」

 

俺は、レイを庇うように、前に出た。

 

「教えろ。誰の指示だ」

 

「言う義理はない」

 

彼女は、杖を構えた。

 

「戦うか、退くか。選べ」

 

◆◆◆

 

「――こっちだ!」

 

ダリオの声で、俺たちは、司祭の屋敷の裏手へ、走った。

 

黒衣の一隊が、後を追ってくる。カインが、剣を抜き、最後尾を守った。

 

「地下への入口は、屋敷の井戸の中だ」ダリオが、息を切らせながら言った。「昔、密輸に使われていた抜け道です」

 

「井戸の中?」

 

「潜って、しばらく進むと、水路に出ます。そこから、村の外へ」

 

俺は、後方を振り返った。ユーディットが、着実に、距離を詰めてきている。

 

「レイ、お前は先に潜れ。狙われてるのは、お前だ」

 

「――アルトは」

 

「殿は、俺がやる」

 

「一人でか」

 

「一人じゃない」俺は、リゼットを見た。「こいつがいる」

 

リゼットが、小さく頷いた。

 

「行け、レイ。あんたが捕まれば、全部、終わる」

 

レイは、しばらく躊躇っていたが、やがて、井戸に向かって走り出した。ミラも、彼に続いた。

 

◆◆◆

 

「――アルト、二人で、あの数を止めるのは、無理がある」

 

リゼットが、鋭く言った。

 

「時間を稼げればいい。全員が井戸に入るまでだ」

 

俺は、両性魔法を全開放した。金と銀の光が、右手に集束する。

 

先頭のユーディットが、俺との距離を、一気に詰めてきた。

 

「――今日は、覚悟しろ」

 

彼女の一撃が、俺の刃と、真正面から激突する。衝撃が、腕を痺れさせた。

 

「くっ……!」

 

「あんたの魔力、視た」ユーディットが、静かに言った。「かなり、消耗してるな」

 

「まだ、やれる」

 

「無理は、いつまで続く」

 

その言葉に、俺は、答えられなかった。使うたびに、戻れなくなる。その事実が、ここにきて、重くのしかかっていた。

 

「――アルト、井戸だ! 最後の一人が、入った!」

 

リゼットの声。

 

「――退くぞ、リゼット!」

 

俺は、力を振り絞り、ユーディットとの間合いを崩すと、井戸に向かって、駆け出した。

 

「――逃がすか!」

 

彼女の攻撃が、俺の背中を掠った。だが、致命傷には至らない。俺は、リゼットと共に、井戸の中へ、身を投げた。

 

◆◆◆

 

水路を這うように進み、ようやく、外に出ることができたのは、村から、かなり離れた森の中だった。

 

「――全員、無事か」

 

俺は、荒い息をつきながら、周囲を見た。カイン、レイ、ミラ、リゼット。皆、疲労困憊だったが、無事だった。

 

「――ダリオは」

 

俺の問いに、リゼットが、辛そうな顔をした。

 

「あの人は、村に残った。自分が村に留まれば、村人たちへの追及が、少しは緩むかもしれない、と」

 

俺は、拳を握った。

 

「――巻き込んだのは、俺だ」

 

「あの人が、自分で選んだことだ」リゼットが、静かに言った。「あんたが、全部を背負う必要はない」

 

俺は、それ以上、何も言えなかった。

 

◆◆◆

 

夜、森の中で、火を焚いた。今夜は、教団の目も、しばらくは届かないだろう。

 

レイが、火を見つめながら、じっと黙っていた。

 

「――レイ」

 

「なんだ」

 

「さっき、ユーディットが言ってたな。お前が、名指しで狙われてる、って」

 

レイの表情が、暗くなった。

 

「――僕の、過去に、関わることかもしれない」

 

「話せるか」

 

彼は、しばらく、火を見つめていた。それから、ゆっくりと、口を開いた。

 

「僕は、生まれてから、ずっと、施設の中にいた」

 

「施設?」

 

「教団の、秘密の研究施設だ。名前は、無かった。番号だけがあった」

 

リゼットの表情が、強張った。

 

「――あたしと、同じ場所か」

 

「たぶん、違う」レイが、首を振った。「あんたが受けた実験は、既存の人間の身体に、両性の力を融合させる方法だった。僕は――最初から、そのために、作られた」

 

「――最初から」

 

「僕の身体は、生まれる前から、両性魔法に適合するよう、設計されていた。母体すら、実験の一部だった」

 

その言葉に、火を囲む全員が、沈黙した。

 

「あんたたちが失敗作と呼ばれてきたのに対して、僕は、成功作、と呼ばれていた」

 

レイの声は、平坦だったが、そこに、深い痛みが滲んでいた。

 

「だが、成功作、というのは、感情を持たない、という意味でもあった。僕には、最初から、疑問を持つ機能が、削られていた」

 

「なぜ、そこまでする」

 

「命令に、絶対服従させるためだ」レイは、答えた。「感情や、疑問は、命令への抵抗を生む。だから、僕には、それが、与えられなかった」

 

◆◆◆

 

「――でも、今のお前は」

 

俺が言うと、レイが、俺を見た。

 

「今のお前は、疑問を持ってる。感情も、芽生えてる。この村でも、命令に逆らった」

 

「――なぜだと、思う」

 

「分からない。だから、聞いてる」

 

レイは、少し、考え込んだ。

 

「僕が、施設を出たのは、数ヶ月前だ。ある任務のために、外に出された。それから、これまで、経験したことのない、様々な刺激に、晒され続けてる。……もしかすると、削られていたはずの機能が、少しずつ、目覚め始めているのかもしれない」

 

「壊れかけてる、ってことか」

 

「そうかもしれないし、違うかもしれない」レイは、正直に言った。「僕にも、分からない。ただ――」

 

彼は、ふと、俺を見た。

 

「君と、出会ってから、その変化が、加速している気がする」

 

「俺のせいか」

 

「せい、というより――君の魔力波形が、僕の中の、何かに、共鳴している気がする。両性魔法という、同じ種類の力を持つ者同士、干渉し合っているのかもしれない」

 

リゼットが、興味深そうに、口を挟んだ。

 

「――それは、あり得るな。あんたたちの魔力、根っこの部分では、同じ由来を持ってる。共鳴が起きても、おかしくない」

 

◆◆◆

 

「――僕は、道具として、作られた」

 

レイが、静かに、続けた。

 

「教団は、僕を、あんたを回収するための、切り札として、育てた。それが、僕の存在理由の、全てだった」

 

「今も、そう思ってるのか」

 

「――分からない。ただ」

 

彼は、初めて、はっきりと、自分の言葉で言った。

 

「道具のままでいたくない、とは、思っている」

 

俺は、その言葉に、微かに、笑った。

 

「それだけで、十分だ」

 

「十分、なのか」

 

「意志の始まりなんて、大抵、そんなもんだ。俺だって、遺跡で女になった日、最初に思ったのは、『元に戻りたい』だけだった。今の目的の、半分も、見えてなかった」

 

レイは、しばらく、俺の顔を、見つめていた。

 

「――君は、僕を、道具ではなく、扱ってくれている」

 

「当たり前だろ。道具は、俺を庇わない」

 

その一言に、レイの表情が、初めて、はっきりと、緩んだ。

 

◆◆◆

 

「――一つ、気になることがある」

 

リゼットが、口を開いた。

 

「ユーディットが言ってた、『上からの直々の指示』。これは、レナートか、マグナスか、どっちだと思う」

 

レイが、少し、考えてから、答えた。

 

「――僕を作った技術は、レナート様のものだ。だが、僕の運用に関する、最終的な決定権は、もっと上にある」

 

「マグナスか」

 

「可能性は、高い」レイの声が、緊張した。「もし、そうだとしたら――マグナス様が、直接、僕の回収を、命じている、ということになる」

 

「なぜ、そこまで、お前に、こだわる」

 

「――分からない。だが」レイは、少し、間を置いた。「僕の中に、まだ、明かされていない、何かの機能があるのかもしれない。それを、マグナス様が、必要としている」

 

俺は、拳を握った。

 

レナート、マグナス、二つの派閥。そして、その両方が、それぞれの理由で、レイを求めている。

 

「――お前を、渡すつもりはない」

 

俺は、はっきりと言った。

 

「どちらの派閥にも」

 

レイは、俺を、じっと見つめた。それから、深く、頭を下げた。

 

◆◆◆

 

その夜遅く、俺は、一人で、見張りに立っていた。

 

火の近くで、ミラが、レイの隣で、眠っていた。カインは、少し離れた場所で、剣の手入れをしている。

 

リゼットが、静かに、俺の隣に来た。

 

「――眠れないのか」

 

「色々、考えることが多くてな」

 

彼女は、しばらく、俺の横に、腰を下ろした。

 

「レイの過去、聞いてどう思った」

 

「――辛い話だ」

 

「それだけか」

 

俺は、少し、考えた。

 

「――お前と、少し、似てると思った。作られた身体。奪われた選択肢。だが、お前は、それでも、自分の意志を、諦めなかった」

 

リゼットが、俺を見た。

 

「――あたしと、レイを、比べるのか」

 

「悪いか」

 

「いや」彼女は、目を逸らした。「悪くない」

 

沈黙が、しばらく続いた。

 

「――なあ、アルト」

 

「なんだ」

 

「あんたは、なぜ、そこまで、拾い続けるんだ。レイも、ミラも、この前の子供たちも」

 

俺は、少し、考えてから、答えた。

 

「――俺は、一日で、全部、奪われた男だ」

 

「知ってる」

 

「だから、分かる。突然、居場所を失う、あの感覚が」

 

俺は、火を見つめた。

 

「俺が、この噓を暴くたびに、居場所を失う奴が、増えていく。それなら、俺が、新しい居場所を、作るしかない」

 

リゼットは、しばらく、黙っていた。

 

「――呑気な理屈だな」

 

「呑気じゃないと、やってられない、って、前にも言っただろ」

 

彼女は、小さく、息を吐いた。

 

「――一つ、言っておく」

 

「なんだ」

 

「あんたが、拾ってきた奴らの中に、あたしも、入ってるんだろうな」

 

「――当たり前だろ」

 

リゼットは、それ以上、何も言わなかった。ただ、火を見つめる横顔に、これまでにない、柔らかな色が、浮かんでいた。

 

◆◆◆

 

翌朝、出発の準備をしていると、レイが、俺の元に来た。

 

「――アルト。一つ、伝えたいことがある」

 

「なんだ」

 

「昨夜、考えた。もし、マグナス様が、僕の中の、何かを必要としているなら――その正体を、僕自身で、確かめたい」

 

「危険だぞ」

 

「知ってる。だが」レイの目に、これまでにない、強い光が、宿っていた。「僕は、僕自身のことを、僕自身で、知りたい」

 

俺は、その言葉に、頷いた。

 

「――なら、一緒に、探そう」

 

その時、リゼットが、地図を広げながら、言った。

 

「――次のノードに向かう前に、一つ、寄るべき場所がある」

 

「どこだ」

 

「北西の、旧研究施設跡」彼女が、地図の一点を指した。「レイの言う、無名の施設。あたしの記憶と、レイの記憶を、突き合わせれば、そこかもしれない」

 

レイが、その地点を、じっと見つめた。

 

「――そこに、行けば」

 

「お前の過去の、全部が、分かるかもしれない」

 

レイの表情が、緊張と、期待の入り混じった色に、変わった。

 

「――行こう」

 

俺は、頷いた。

 

祭壇の旅は、まだ続く。だが、その道の途中で、拾ってきたものの正体が、少しずつ、明らかになろうとしていた。

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