アプレ・ラプルイの朝日 〜幽閉から始まる神喰らいの英雄譚〜   作:鹿鳴弥

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ダイヤモンドの原石

 

 

 

 

 ――魔力の暴風が渦巻いている。

 纏わせている魔力は尋常のそれではない。

 力場が歪み、吐出される魔力は青黒いスパークを放っていた。

 

「ほほお。なるほど、《蒼眼》――。確かに青い瞳だ」

 

 リモル――。そう紹介された青髪の少年は紅葉色の瞳に魔法陣を浮かべ、じっと僕の方を見つめている。

 

 あの術式の形状と、魔法法則の動き方――。解析か?

 

「レーヴェ曰く、青は可能性の色らしい。我が師、<叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>が学長、リヴェータ・ロット・アイネイアス師の瞳も濃い青だった……。が、ここまで青……。いや、蒼い瞳は500年で初めて見た。となれば何か特殊な効果があるのではないか? ほほ、興趣が尽きぬなーぁ?」

 

 いきなりリモルさんの顔が目の前に現れた。

 

 紅葉色の瞳に異様な煌めきが宿っている。

 ギラギラと宿った好奇心だ。

 

 ふと、上空に浮かんでいる黄金の城が《蒼眼》に視えた。 

 隠蔽の術式だ。なるほど、仮想の空間を空中に映し、魔力も何もかもを自然に溶け込ませている。

 

 凄まじく高度な術式だ。でも、技術的にはイルクの【赤戦神艦】の方がもっと高度な術を用いている。

 

 やっぱり【赤戦神艦】って相当やばいものなんじゃ――。

 

「――まて。貴公、何が見えている?」

 

 リモルさんの声に強い関心が宿ったのが視えた。

 僕の視線の先――。黄金の城がある場所をリモルさんは目でおい、満面の笑みを浮かべた。

 

「なるほど、なるほど。貴公、見えているな。我が城、我が国。【飛航国 アイテール】が。世界最高の隠形(おんぎょう)を施した、我が根城を」

 

 リモルさんの雰囲気が変わった。

 強烈な好奇心。狂気じみた赤い瞳。残虐な笑みを浮かべ、モノクルを白く光らせ、不吉な表情で僕を見つめている。

 

 それは紛れもなく。

 

 

「――その瞳、貰い受けても?」

 

 

 実験動物を見る、研究者の目だった。

 

 リモルさんの指が魔法陣を描き、それが僕の眼へ――。

 

 

「その首」

「貰い受けても〜?」

 

 

 一閃。

 リモルさんの魔法が届くより前に、強烈な蹴りが僕の目の前を通り過ぎた。

 

 イルクの脚だ。

 豪風を纏った蹴りがリモルさんに直撃し、一瞬でひき肉に変えた。

 

 スラックスと革靴から纏った法力の稲妻が迸り、肉片もろとも焼き尽くした。

 

「下がってて」

 

 イルクが壁になるように僕に背を向け、優しく微笑みかけてくれた。

 

 大きく、力強い背中だった。思わずへたり込んでしまった。

 だが、瞳は違う。いつぞやの嵐に挑んだときのように、ギラギラと輝いていた。口の端が弧を描き、上弦の月のように不敵な笑みを浮かべていた。

 

『ほほほ。いきなりご挨拶なことだな』

 

 リモルさんの声が反響する。

 どこから響いているのかはわからない。部屋の全てから、彼の不敵な声が反響し続けていた。

 イルクの目の前に何事もなかったかのようにリモルさんは現れる。

 

「だ〜れがその名前で呼んでいいっつったよ、ボケチビ。相変わらずムカつく野郎だが、それはまあいつものことだ。が、」

 

 イルクの顔から、感情が抜ける。

 

「オメェ、誰の弟分に手ぇ出してんだ?」

 

 寒気。

 強烈な殺気がイルクの全身から放たれ、前方一点に集約する。

 ただ、後ろに立っているだけの僕すら、気を強く保たないと気絶しそうなほど、強烈な圧がイルクの総身から放たれていた。

 

『ほほほほ。貴公がそこまで入れこむとはなぁ? 人嫌い、無愛想、殺戮機械のような貴様が、なぁ? ほほほほほほっ。いやはや、なかなかどうして』

 

「ますます、欲しくなった」

 

 イルクの視線の先で、魔力が渦巻く。

 複雑に絡み合った魔法陣が浮かび上がり、そこから少年――。

 【魔神】リモル・ケッツァーが、傷一つなく姿を表し、ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「まずは肩慣らしよ」

 

 リモルさんが指先に魔力を纏わせ、複雑な術式を編み上げる。

 

 イルクは間髪入れず走り出し、体内で気魄を廻らせ始めた。

 ――《流月》だ。

 

「<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>」

 

 赤い魔法陣が一〇〇門、イルクを囲う星のように浮かぶ。

 逆さの五芒星と凄まじく細かく魔法文字が描かれた魔法陣の中心から、真紅の太陽が姿を見せた。

 

「ほほほほ」

 

 射出。

 一〇〇門の魔法陣から太陽の如き爆炎がとぐろを巻いてイルクへ襲いかかった。

 

(ぬる)い」

 

 震脚がイルクの長い足から放たれた。

 

 大気が激しく揺れ動き、一呼吸の間を置くことなく周囲の魔力をイルクの《統巡》が絡み取った。

 

 気づけばイルクの片手は手刀を象っており――。

 

「――《蒼閃(そうせん)》」

 

 一閃。

 青い閃光が一〇〇門の太陽を薙ぎ払った。

 

「――《蒼霆》、一〇〇発……?」

 

 《蒼眼》でくっきりと写った。

 

 イルクは手刀を振るい、法力による青い稲妻をまとわせているように見えた。

 

 だけど違う。

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の爆炎が指に触れた瞬間、魔法一門ずつきっちり《蒼霆》を小刻みに叩き込んで術式を粉砕したんだ。

 

「すっごぉ……!」

 

 人外の御業だ。

 今の僕じゃ逆立ちしたってできない、絶技の極地のような技。

 

「――はっ!」

 

 リモルさんが楽しげに笑う。

 術式の描かれた符を魔力で焼き切り、空へ放り投げた。

 

「陰陽道。――<召命(しょうめい)・超級神鉄人形>」

 

 符が紫色の炎に変わり、凶悪な人相の人形が現れた。

 

 鉄、否。鋼すら上回る硬度を持つ金属の戦士。

 

 五本の腕にはそれぞれ魔剣や聖剣、魔杖が握られていて、総身から漲る魔力はリステリアの近衛騎士すら上回る。

 

 超級神鉄人形がイルクへ向けて駆け出し、その刃をイルクへ晒す――!

 

「邪魔だ鉄クズ」

 

 イルクの裏拳が人形の顔面に突き刺さった。

 

 ただ、それだけで人形の上半身が砕け散り、轟音と衝撃波、青い稲光がリモルさんの張った結界を大きく揺らした。

 

 ノーモーションの《蒼霆》。反応すらさせない、超速の一撃だった。

 

「すぅ――」

 

 イルクはその場で無刀のまま居合の構えを取り、大きく踏み込んだ。

 

 瞬間。

 

 刀を振りぬいたイルクがリモルさんの背後で残心を取っていた。

 遅れてリモルさんの首筋に赤い線が走り、首が飛ぶ。

 

 一拍起き、リモルさんの頭があった場所から鮮血が吹き出した。

 

「なんて……踏み込み……」

 

 リリアが目を奪われたようにイルクのことを見ていた。

 

 イルクの居合は、早送りのそれだった。

 構えを取った瞬間、イルクの腕の影から黒い刀が現れた。

 

 《蒼眼》でも負いきれない、神速の居合だった。

 

 首を断ち切り、イルクの握っている鴉羽色の刀が体内に仕込まれていた術式ごと叩き斬っていた。

 反応も何もできず、リモルさんはその首を床へ落とし、絶命した。

 

「――じゃれ合いはここまでにしとけよ、リモル」

 

 はずだった。

 イルクは淡々と、今までに聞いたことがないくらい冷たい声で死んだリモルさんの名前を呼んだ。

 

『――ほほ、バレていたか』

 

 リモルさんの身体が崩れ去る。

 身体の崩れた灰が白く燃え上がり、空間がらせん状にぐにゃりと曲がる。

 

 炎が消え去った場所には、五体満足のリモルさんがいた。

 ――何をしたのか、まるでわからなかった。

 

「当然でしょ〜。近接雑魚な魔法師のお前が、この間合いで俺に勝てるわけ無いでしょ〜。せめて二キロは間合い用意しとけ」

 

 甲高い音を立てて刀を鞘へ納め、イルクは親しげに話しかける。

 

「あと」

 

 イルクの声が平坦になった。

 

「次、オメェがいつもの邪気を俺の弟分に向けたらな。

 アイテールごとテメェを切り潰す。覚えとけよ」

  

 リモルさんは手の出ていないぶかぶかの白衣を天井へ向け、降参のポーズを取った。

 

 こほん。とイルクは咳払いし、指をリモルさんへ向けた。

 

「エディン、改めて紹介するね〜。こいつはリモル。リモル・ケッツァー。人類史最大の魔力を持つ天才魔法師で」

 

「全世界で指名手配(見つけ次第殺せ)をかけられている賞金首。魔法師系の最上位、【魔神】の<神話継承(ジョブ)>に継いている、世界最高峰の魔法師だよ」

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 【魔神】リモル・ケッツァー。

 人類史でも最強格の魔法師の一人。

 世界最大学園、聖教国の<叡智の学堂(アルカヌム・マギステル)>の主席入学・卒業者にして、全世界指名手配犯。

 

 罪状並べることきりがなく、『遺跡強盗事件』、『国有迷宮攻略事件』、『神竜殺害事件』……とその事件性も何もかもが強烈だ。

 

「では、講義を始める」

 

 そんな曰く付きの人物が、僕の目の前で教鞭を執っている。

 座卓の上に和紙を広げ、筆を持ってリモルさんの前に座っていた。

 

「ねー、なんでわたしまで? 魔法より鍛錬したいんだけど」

 

 左隣に座るリリアが形の良い眉を顰め、リモルさんにぶーたれる。

 

「まーまー、リリアちゃんもそう言わないの〜。きっと面白いよ〜? 多分」

 

 右隣に座るイルクはいつの間にか袴に着替え、僕と同じく隣で筆を持って正座している。

 

 ……うん、なんだこの。なんだ……?

 

「面白いに決まっていよう。この僕の講義だ。昔、リヴェータ学園長にも褒められたことがある。『あなたの話はすごい。不眠症の人でもぐっすり眠れるわ』とな」

 

「うーん。それはリヴェータ様、絶対褒めてない気がするな〜」

 

 なんでイルクは和気藹々とリモルさんと話してるんだ?

 どうしてリモルさんは自分の首切り飛ばした相手と楽しそうに話してるんだ……?

 

「訳がわかんない……」

「慣れよ」

「リリアだって訳わかんないって顔してんじゃん……」

「慣れよ」

 

 駄目だ、リリアも全く役に立たなくなった。

 考えることを完全に放棄している。「慣れよ」しか言わない悲しいモンスターになってしまった。

 

 冒険者ギルドでの反応からわかってたことだが、リリアは死ぬほど勉強が嫌いなんだな……。剣の腕前や戦闘の頭の回転はすごい早いのに、なぜ……?

 

「では諸君、まずは魔法を使ってみたまえ。イルクは使わんでいい」

 

 リモルさんはそう指示を出した。

 指示通り、指先に魔力を込めて円を描く。そこへ魔法法則に反応しそうな感じの魔法文字を敷き詰め、魔力を通した。

 

「――できました」

 

 魔法陣の上に白い光が浮き、ふわふわとリモルさんの目の前に浮かび上がっていた。

 

「慣れよ」

 

 リリアは何もやっていない。

 目が完全に虚空へ向いていた。考えなさ過ぎてとんちんかんな回答をしている。

 

「リリア君、落第。論外だ。冒険者試験の勉強でもしてい給え」

 

 リモルさんが指を鳴らし、リリアの足元に大穴が開いた。

 死んだ顔のままリリアが穴の中に吸い込まれ、消えていった。

 

「次にエディン君。君の術式だが……」

 

「ゴミカスだな」

 

 ……?

 ゴミ、ゴミカス……? 馬鹿な、僕の術式は完璧だ。

 

 魔法文字から何まで魔法法則にマッチするように《蒼眼》で見ながら作った魔法だぞ。ゴミカスな訳がない。

 

「まず術式の構成がなっていない。魔法文字の解釈と演算制御の計算式は見事だが、それ以前の基礎がゴミカスだ。誰だね、貴公に魔法を教えた粗忽者は……」

「独学ですが……」

 

 リモルさんが驚いたように僕を見返してきた。

 

「……ほう? 独学? 師もつけずに、か?」

 

「魔法は、はい。独学です。剣術と作法は教えてくれる人がいましたが……」

 

 リモルさんが心底驚いたような顔でこちらを見てくる。

 驚きたいのはこっちだ。今まで完璧だと思ってた術式にケチがついたんだ。

 

 リステリアでは魔法は使われてなかったから、そこで密かに自慢に思ってたんだけど……。ゴミカスだって言われるのはちょっと、腹が立つ。

 

「――訂正しよう。師もなく、よくぞここまで術式を組み上げた。どうやって魔法を作り上げたのだね?」

 

「この《蒼眼()》で、総当たりでですね。魔法法則があるのは視えていたので、法則に反応するものを総当りで調べて、反応を見ながら作ってました」

「はい? 魔法法則が? 視える?」

 

 隣のイルクが初耳と言った顔でこっちを見てきた。

 

「あれ、言ってなかったっけ。魔法使ってたとき、魔力の動きが魔法法則と関連性があるなーと思って。そこから魔法作ってたんだけど」

「いやいやいや、ちょっと、ちょーっと待ってね。エディン、色々ツッコミどころがあるから。俺の聞き間違いかな? 魔力が、なんだって?」

「視えるね」

 

 イルクが天を仰いだ。

 

「エディンの青い瞳の伝承って、そういうことかー……」と言いながら、イルクは片目を抑えていた。

 

「……これは、教え甲斐がありそうだな」

 

 リモルさんは頬を吊り上げると、心底楽しそうに教鞭を奮った。

 

「エディンくん、これを見給え!」

 

 ひゅん、と教鞭の向かった先に魔法陣が浮かんだ。

 

「これはなんだね?」

「魔法陣です」

「正解だ。これは【法陣構築(アヴル)】。魔法陣を媒介に魔法法則へ干渉し、神秘たる魔法を行使する魔法大系だ」

 

「うん……?」

 

 イマイチピンとこず、首を傾げているとイルクが耳打ちしてきた。

 

「要は魔法陣を使って魔法を使うってことだよ〜」

「ありがとう、イルク……! 助かる……!」

 

 リモルさんが術式を宙に浮かべる。

 

「今度からは魔法を使うときは属性を意識し給え。

 術式の軸とする原素。それに関する式を術式の中央に据え、そこから派生する形で魔法陣を構築するのだ」

 

 リモルさんの口調は穏やかだったが、その背後にある意味は重い。

 

「文字数が増えるほど、その構築の難易度は跳ね上がっていく。

 互いの魔法文字や小術式が反発せず、絡み合う絶妙な効果の選定。魔力配分、原素派生など。

 術式の文字を真似ただけでは魔法として成立しない。天……環境の文脈を読んでようやく、術式として成立する」 

 

 聖教国の魔法学園でも、卒業時にできるのは全体の一割以下――と聞けば、その難易度は推して知るべしだ。

 

「なるほど。こうですか?」

 

 僕は指先に魔力を浮かべ、中心に『火』の原素に関する魔法文字を刻み込む。

 そこから派生させ、八万文字相当の術式を一気に編み上げる。

 視線を上げると、リモルがさっき使っていた真紅の魔法陣とほぼ同じ構図——。

 出力は十分の一以下だが、全く同じ効果が出るように編み上げた。

 

「これ、さっきの<紅蓮砲殲火>ですよね?」

 

 沈黙。

 リモルの紅葉色の瞳が、ギラリと細く光る。

 空気が一段冷たくなった気がした。室温は変わっていないのに、背筋を氷柱でなぞられたような感覚が走る。

 

「――ほう。なるほど。満点だ。だが……君、僕に喧嘩を売っているな?」

 

 低い声だった。

 先ほどまでの軽薄な好奇心は影も形もない。

 研究者の眼ではなく、獲物を見る狩人の目がそこにあった。

 

 次の瞬間、僕の視界が揺れる。

 リモルの指先が魔力で淡く光り、僕の目を射抜くように伸びてきた――。

 

「いったぁ!? 何するんですか!!」

 

「小生意気な小僧だ。僕の二年の研鑽を一瞬で模倣するなど……プライドが軋むな。やはり、その瞳……ここで奪ってくれるわ!」

 

「やーめーなーさーい!」

 

 イルクが羽交い締めにし、強引にその指を止めた。

 しかしリモルの視線は僕から外れない。冷えた炎のような執念が、真っ直ぐに突き刺さってきた。

 

 ――やってしまった。

 相手の大事な領域を、悪気なく踏みにじってしまったのだ。

 

(……反省しよう)

 

 素直に頭を下げる。

 だがリモルはそれを見てさらに顔を歪めた。

 

「勝者が軽々に頭を下げるな……傷つくんだぞ、地味に!」

 

「どの口で言ってんだよ、お前……」とイルクが呆れるが、緊張はまだ解けない。

 

 やがてリモルはふっと息を吐き、指を鳴らした。

 床にぽっかりと穴が開く。

 

「使いみちは誤るな。以上だ。……下で続きを学べ」

 

 そう言って僕を落とす直前、にやりと笑った。

 

「安心しろ、下には退屈しない教材を用意してある」

 

 その言葉に、ぞわりと背筋が粟立った。

 

 やっちゃったなぁ。

 穴の中を落ちながら、僕はさっきの出来事を反省していた。

 

「ま、ウジウジ考えすぎても仕方ないか。下でリリアもきっと固まってるだろうし。一緒に勉強頑張ろっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

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