アプレ・ラプルイの朝日 〜幽閉から始まる神喰らいの英雄譚〜 作:鹿鳴弥
石上モーリス。
僕に話しかけてきてくれたメガネの少年。
礼儀正しく、少し自信が無さそうな視線のぶれ方。高いテンションで喋る調子の良さと若干の早口。
所感は、ちぐはぐな少年という感想になった。
すこしボサボサの焦げ茶色の髪。
しかし服はしっかりと仕立てられている。
あまり外見には頓着しないタイプなのかな?
「あの【伯方】港で、兄を助けてくださったのはエディンさんですよね! ありがとうございました!」
モーリス君が僕に深々と頭を下げてきた。
……【伯方】港、兄を助ける……。
――ああ!
「あ! あのタコ戦か!」
「そうです!」
モーリス君は笑顔で言ってくれるけど、まずい。
おぼえてない。
たぶん、引っ張り上げて投げた数人の中にモーリス君のお兄さんがいたんだろう。
だけどあまりピンとこない。
何せあの時は顔を見てる余裕なかったし。
助けなきゃって無我夢中で動いていた。
そこに大層な思いも何もない、衝動的なものだった。
何よりその後の
助けたのがうろ覚えなのが事実だ。
「あなたのお陰で兄は助かりました! どうも、ありがとうございました!」
「頭上げてよ、目立ってるから……!
それに、僕は考えなしの無我夢中で動いただけだから、そんなにお礼言われると困っちゃうよ」
こう言ってもモーリス君は頭を上げてくれない。
ずっと頭を下げ続けている。
周りからはぞろぞろと教室を後に一階の実技試験に向かっている受験生がたくさんいる。
あ、違う違う、違うんだって!
僕がモーリスくんを脅してるわけでも何でもないんだって! そんな目で見ないでくれ……。
(……でも)
こうして面と向かってお礼を言ってもらえるのは、なんだか嬉しい。
今までお礼を言われたことなんてほとんど無かった。
モーリス君のお礼は大袈裟過ぎるし、
お礼を言われるためにタコの討伐に向かったわけじゃない。
それでもお礼を言われると、
頬が緩んでしまうのは人の性なんだろうか。
ふと、1階でコーヒーを嗜むイルクの姿が見えた。
――お礼を言われたら、どういたしましてって返すんだよ。
1階であろうと2階にいる僕の様子は筒抜けだったようだ。
……敵わないな、イルクには。
ニンマリと笑みを浮かべたイルクの唇の動きを読み取った。
僕は、僅かにため息を漏らし、決意を踏み固める。
「――どういたしまして!」
※※※
「はー、なんとかなった……かしら」
五分後。
リリアが重っ苦しいため息をつきながら教室から出てきた。
あ、リリアの目がとてもショボショボしている。
相当ストレスだったんだな。
「ですねー。思ってたより面倒な問題が今年は多かったのです」
続くようにアルターも出てきた。
対するアルターは結構余裕そうだった。
あれ、でも僕が見てたときはアルターの問題って結構解き終わってたような……。
あー……。なるほど、リリアの問題を解くスピードにあわせて退出したんだ。
そこまで気が回らなかった。
「ねー、エディンはどうして――あら」
リリアの声音が変わった。
砕けた口調からピンと芯の入った声に。
少したれがちだった目は普段の勝ち気な釣り目へ。
リリアの外交モードだ。
僕の隣にいるモーリス君を見て、リリアの纏う雰囲気がが深層の令嬢のそれへと変わった。
「――あ」
モーリス君の目に浮いた熱が視える。
リリアの雰囲気、立ち振る舞い。
凛々しくも女性らしい柔らかさを秘めた美しい外見。
わかるよ。リリアって見てるとお人形さんみたいな美人さんだもんね。
見惚れてるって感じなんだろう。
リリアの目は冷たい。
微笑んでいるけれど、目は全く笑っていない。びっくりするほど関心がない時の目だ。
あれかな? モーリス君の重心の傾き方とか隙だらけな姿勢、筋肉量の少なさから興味が失せちゃった感じか。
「アルターなのです! こちらの方はエディンのお友達なのです?」
「うん、そうだよ。石上モーリス君。僕の新しい友達だ」
「アルターなのです! よろしくなのです」
「あ、ああ。よろしく」
アルターは元気に挨拶し、笑顔のままモーリス君に話しかける。
しかし一瞬、その目に探るような視線が入ったのを見逃せなかった。
怖ー……。さすがやり手の行商人。
握手の対応だけで値踏みしてるのが僕にだけ伝わるように演出した。
握手してる逆の手で宙に文字を書いた。
アルターの中でも評価は普通、って感じか。
辛辣ー……。
「まあ、任せてよ。僕は石上モーリス。土の魔法が得意なんだ。
剣が得意なのかな? いい心がけだと思うけど、女の子は僕の後ろに下がって見ててよ」
モーリス君は凄いことを言った。
おいおいおい、精神性が戦士そのものなリリアにその言いぐさはまず……。
リリアの目がすぅ、っと細まるのが視えた。
手の甲には凄い青筋が立っている。
見るまでもなく、ブチギレていた。
かろうじて笑顔は保っている。
隣りに立っているアルターも冷や汗をかいていた。
しかし、モーリス君はまったくきづいていない。
ンヒィ……。修羅場を乗り越えたことがないタイプか……。
危機察知能力も薄いっぽい。
今の発言はまずい……。
リリアのプライドを痛く傷つける発言だ。
リリアは華奢だし、身体全体も細い体躯だけど、その筋肉は猫のそれ。
靭やかでかつ、強力な爆発力と持続力を秘めた人の筋肉の質を凌駕する代物。
モーリス君を侮辱する意図はないが、この間合いならモーリス君がリリアに勝てる道理がない。
リリアからすれば、ヒョロガリの雑魚が俺より弱いから下がってろ、と言われたようなもんだ。
剣士としての誇りを重視するリリアの面子も何もあったもんじゃない。
「よし、じゃあ実技試験に行こう! エディン君、行こう!」
モーリス君が仕切り、堂々とした様子で大股に一階へ向かって歩き始めていた。
「……エディン」
幽鬼のような表情のリリアが僕に話しかけてきた。死ぬほど怖いんでやめてもらっていいですか。
「潰すわよ、あいつ」
満面の笑みと裏腹のドスの聞いた低音。
リリアは腰に佩いた剣に手を当て、一階へ向かって歩き始めた。
……こっわ。
リリアの気持ちもわかるんだけど……。
モーリス君はこう、リリアにカッコつけた姿見せようとしてるだけだと思うんだよなぁ……。
多分、わざわざ僕にそんなこと言ってきたってことはリリアの機嫌の調整に協力しろってことだよね。
冗談きつい。根っからの戦士タイプのリリアと根っからの文官気質のモーリス君の相性がいいわけない。
終わったかもしれん。
「エディン、南無なのです」
うるせえやい。
せめてこの結末が軟着陸するといいなぁ。
僕は祈るように胃のあたりをさすった。
※※※
一階に降りると、受付の人に手招きされた。
「学科試験お疲れ様です。続いて、実技試験会場へ案内します。準備いたしますので、少々お待ちください」
受付の人は奥へ引っ込んだ。
リリアは満点のアルカイックスマイルだ。非の打ち所がないほどの完璧な淑女の所作と笑顔。
しかし、それなりに会話を重ね、彼女と共闘した僕ならわかる。
後ろに仁王、あるいは修羅が立っている。
隣のモーリス君はご満悦の表情だ。
リリアほどの美人は滅多にいない。
隣でそんな美少女を守れて、カッコつけられるのがいい気分なんだろう。
僕とアルターは一歩外から様子を窺っている。
リリアの中で吹きすさぶ怒りの嵐が穏便に過ぎ去ることを祈るばかりだ。
あー……怖え。
しんどいのはリリアの怒りが臨界点を超えて刃を抜いた瞬間、止められるのが僕だけということ。
ヤバさに拍車をかけているのが、リリアからは定期的に本気で死合うことを求められている。
おそらく、リリアからすればどっちに転んでも構わないと思ってるんだろう。
頼むから勘弁してくれないかな。
死合うのウェルカムだけど、ギスギスしたまま試験は嫌だよ。
イルクは新聞を奥で読んでいる。
すごい苦笑しながら新聞越しに僕の死んだ顔を見ているのも視えた。
助けて……。助けて……。
「お待たせいたしました。準備が整いましたので、奥へお願いします」
しかし無情。
受付の人はさっさと僕らを奥の部屋へ押し込み、扉を締めてしまった。
「魔法陣――」
部屋の床には魔法陣が敷かれていた。
《蒼眼》で解析しようとした瞬間。
僕らの視界が真っ白に染まった。
※※※
目を開けた先は、薄暗い洞窟だった。
光量はかなり少ない。
隣にいるリリアもよく見えていない様子。
目を閉じ、気配の探知に意識を切り替えていた。
モーリス君に至ってはまだ白い光に包まれたままだと思っているようだ。
目をつむったまた微動だにしない。
『レディィス、&ジェントルマン! ようこそ、実技試験会場へ!!』
うわ、やかましっ。
爆音が壁から弾き出され、僕は思わず耳を塞いだ。
『今回実技試験に用いるのはこちら! とある儀式によって作り出しました、簡易迷宮! 君たちにはここで試験を受けてもらう!』
……女性の声か?
特徴的な声の高さ、自信のある人特有の声の大きさ。
やけに軽妙な調子から察するに、相当な自由人。
実力のある冒険者の女性。
さっきのヴァルガスさんとはまるで違うタイプだ。
『試験内容は簡単!
迷宮内にある魔物や魔獣を討伐し、肉や骨などの素材を回収すること。
同じく迷宮内にある鉱石を入り口に立て掛けてあるツルハシで回収し、迷宮の最奥まで持ってくること。その数と攻略速度によって冒険者試験の点数を決める! 以上』
プツン、と音を立てて一方的な説明が終わった。
やることは極めてシンプル。
迷宮を攻略すればいい。ついでに鉱石を獲得すればいい。更に魔獣と魔物を倒せばいい。
「さて、行こっか」
僕は拳を掌にぶつけ、背負っていた木剣を右手に握って歩く。
「暗いのです」
アルターが『光よ』と呟くと、空にぼんやりとした光の玉が浮かんだ。
光量が増え、周囲が更に明るくなる。
肉眼でも辺りが若干見えるくらいの明るさじゃないだろうか。
……ちょっとそれだと暗いか。
「ありがとう、アルター。僕も一応出しとくよ」
アルターと同じく、『光よ』と呟きながら魔力を調整し、空に光の玉を浮かばせる。
うーむ……。調整がほとんど効かない。
結構魔力も込めたんだけど、特に効果なしだ。
詠唱だけの魔法ってあんまり拡張性がないんだな。
「エディン君も【
「う、うん。ありがと……?」
モーリス君の言葉に、僕は曖昧に返事を返した。
な、なるほど……。
魔法に関してモーリス君は絶対の自信があるわけだ。
「ま、安心してよ。僕は【
僕は八万文字以上の<
何だったらその程度の魔法の構築は一秒もかからない。
うん、あれだ。
彼のプライドを刺激しないようにする。
つまりこの試験では魔法を使わないように立ち回ろう。
……なんでこんな気苦労ばかりが巡ってくるんだ。
僕は誰にもバレないよう、静かにため息をついた。
※※※
――石上モーリスは凡夫だった。
「ふっ……!」
エディンくん――。
翠髪の穏やかな少年の姿がかき消えたと思えば、次の瞬間には魔獣がひき肉に変わっていた。
粗末な木剣一本で、僕の身の丈よりも大きな魔獣の顔面を叩き折っていた。
残る一匹もエディンくんの足がぶれたと思えば振りぬかれた。
魔獣の首を蹴り折っていた。
目にも止まらない速さの、回し蹴りだった。
「ブヒコケーッ!」
イノシシと鶏が合体したような魔獣――。
イノ鶏と相対したリリアさんに援護しようと魔法陣を描き始めた瞬間。
「――他愛ない」
真紅の一閃だけが宙に残った。
イノ鶏が一刀で両断されている。
手には細身の真紅の剣が握られている。
レイピア。
細剣にしか見えない細さの剣で、リリアさんは魔獣を一撃で両断していたんだ。
――っ! 来る!
奥の奥。
僕の魔力探知に何かが引っかかった。
高速で近づく魔獣の姿にサーチを深める。
赤い火をまとった犬。イヌバシリだ!
エディン君を頼るまでもない。
あの可憐な少女に、少しでも僕の姿を焼き付けるため、魔法陣を描き始め――。
「よっ、と」
始めるよりも前。
エディン君の目が一瞬青く光った。
瞬間、靴ずれを直すようなちょっとした動作で、エディン君は右足で小石を蹴る。
小石が急加速した。
ありえない程の加速と貫通力を秘めた小石が直線で飛行し、イヌバシリの顔面をぶち抜いた。
イヌバシリは絶命した。
魔獣は死んだことにも気が付かずに走り抜け、地面に滑るように転んで物言わぬ屍になった。
「……エディンくん、良く、見えたね……」
「んー、勘だよ」
エディンくんはなんでもないかのような口ぶりで木剣を眺め、「うげ……。ちょっと歪んだかも。しばらく使うのやめるか……?」と言った。
……わかってはいた。
わかってた。
剣士としても優秀な護衛の兄さんが死を覚悟するほどの魔獣。
それを討伐した、新たな英雄の少年。
不自然なほど広まってないこの噂は、僕も興奮したように語る当事者の兄以外から聞いたとしても鼻で笑っただろう。
そんな、お伽噺のような強さの少年だと、わかっていたつもりだった。
「あー、直しとくのです。<
「ありがとー!」
エディン君の木剣を手に取り、光を手から零して木剣を直すアルターという少女。
見たことも聞いたこともない、異聞の魔法だった。
「いい加減エディンも剣使いなさいよ。真剣握ってたほうが気が紛れるわよ」
「やだね。リリアが所構わず切りかかってくる未来が見える。僕、治癒魔法覚えてないんだよ? わかってる?」
「あら。失礼ね。そんな狂戦士じみたことするように見えるかしら?」
「しないの?」
「愚問よ。するに決まってるじゃない」
「だからやなんだ。この話はこれで終わり。さっさと進むよ」
リリアさんは、エディン君にだけ話しかけていた。
僕なんて視界に入ってもいない。
興味すらないような仕草で、エディン君にだけ楽しそうに話している。
――僕は、村で一番魔法がうまいんだ。
天才って呼ばれてたんだ。
でも、剣が下手だから。
身体が強くないから、あいつらには僕の凄さがわからなくて、だから――。
「さて、バラすか」
エディン君はそう言うと懐から紙に包んだ何かを取り出す。
丁寧に紐を解いて黒い円形のナイフを取り出した。
黒曜石の、黒い円形の短剣。
扱いを間違えれば、自分の指を落としてしまいそうな形状のそれ。
「こういうのは鮮度が命なんだ。早くバラして、パパっと血を抜いちゃおう」
エディン君はマントを脱ぎ、マントを風呂敷のように広げた。
エディン君はその上でイノ鶏やイヌバシリ、ウマシカの肉を集める。
手慣れた仕草で解体していく。
不要な部位と必要な部位などをあっという間に解体していった。
「よし。あとはこれを魔法で洗……。あーいや。包んじゃおう」
「へー、器用ね。真剣に興味ないかしら?」
「その話は終わってるよ、リリア」
エディンくんは一瞬指先に魔力を込めるも、瞬時に霧散させた。
一瞬でマントを風呂敷のように包んでしまい、傍らにあったツルハシを担ぐ。
……僕の体重の数倍はある荷物を、小石でも担ぐような気軽さで持ち上げてしまった。
「いざとなればつるはしもあるんだ。無くてもこの程度の魔獣なら何とかなると思うけどね」
「それもそうね」
「アルターもそう思います」
三人は談笑しながら進んでいった。
ついていけてない僕は、凡夫だった。