アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
冒険者ギルド、地下試験場にて。
「…………ツル、ハシ」
階段に僕の声が響いた。
リリアもアルターも無言だ。
リリアはじっと銀のツルハシを見つめている。
死人と再会したような凄い顔を浮かべていた。
アルターは特に何も気にしていない。
リュックに銅のツルハシを引っ掛け、僕らの後ろをついてきている。
気にするどころか真剣な顔持ちで小型のそろばんと向き合っている。
パチパチとそろばんの珠を弾き、何かを計算しては空中に浮かべた魔力板に帳簿を記載していく。
「……ツルハシ」
ツルハシに僕は取り憑かれていた。
《蒼眼》を周囲に走らせている暇もない。
自然と入ってくる情報すらスルーし、ひたすらにツルハシをガン見している。
「便利なのですよねー、
ありえないルビを言葉に含ませ、アルターはそろばんを懐にしまった。
代わりに取り出した手帳へ魔法ペンで何やら書いていく。
「
アルターはツルハシの刃を手帳に当てた。
手帳が光り、一瞬で手帳と魔法ペンが消えた。
違う。消えたんじゃない。
ツルハシの中に光と共に収納されたんだ。
「――収納機能もあるのですよ」
「うん、なんで?」
なんで?
なんでツルハシに収納機能があるの?
「便利なのですよ? あ、理屈の話なら――」
「いや、いいわかるよ。そこはわかる。錬金術の応用でしょ?」
いや、理屈は説明しなくてもいい。
要は錬金術だ。
刃先で触れたものを解析し、情報を乗せた魔力光へ分解、ツルハシの中に収納している。
《蒼眼》で視ればそんなことはわかる。
僕が聞きたいのはそんなことじゃない。
「どうして! ツルハシにそんなものを!! つけようと思ったの!?」
ダン、と壁を強く叩く。
どう考えたっておかしいでしょこれ。
なんでツルハシにそんな機能をつけようと思ったの?
何を食ってたらツルハシと冒険者証の機能を一緒にしようと思ったの?
「
アルターは落ち着いた振る舞いでツルハシを見せてくる。
フッ、と小馬鹿にしたようにアンニュイに笑った。
何だその顔。しばき回されたいのかな?
「ギルド用の
「いらねぇ!!」
いらねぇ!! 本当にいらねぇ!!
何? ギルドに銀行あるの?
それ自体が初耳なのにツルハシがキャッシュカードなの?
「ていうかこんなデカイもんをキャッシュカードにしてどうするの? 持ち運びに不便じゃないか」
「ご心配なく。見ていてほしいのですよ」
アルターが満面の笑顔でツルハシに魔力を込める。
瞬間、ツルハシが光に包まれた。見る見るうちに光は小さくなっていき、担ぐほどのサイズだった
「こんな風に、小型化もできるのです」
「どうしてそんな無駄に多機能なんですか?」
い、意味がわからない……。どうなっているんだ……。頭がおかしくなりそうだ……。
「ええ……。読書機能もついていてオトクなのですよ。冒険者の方からも好評の一品なのです」
「……………………へぇ。冒険者も本を読むんだね。もっと豪快に生きてるのかと思ってた。どんな本読んでるの?」
「
「だろうね!!」
クソが! 知りたくない事実を知ってしまった!!
「おかげで迷宮都市国家の識字率は上がってるのです。変態の国の異名は伊達じゃないのです」
「伊達であってよそこは。誇るべきところじゃないでしょ」
「識字率は上がってるので、多分良いと思うのですよ? ほら、エディン。この作品とかおす――」
「なんでアルターも持ってんだよぉ!!!」
刃先から光が投射され、壁にスケベな本が投射されかけていた。
ど、どうなってんだ……。
なんでアルターはエロ本を持っているんだ。
なんで公共の場でエロ本を垂れ流そうとしてるんだ。
なんでツルハシの刃先から本のデータが投射されるのか。
「冒険者にとって酒、肉、女は必需品なのです。ギルド内なら無問題なのですよ」
「冒険者の風紀はどうなってるんだ。ルールどうなってるんだ」
「冒険者はルール無用なのですよ」
「やっぱ怖いね、冒険者って」
考えがぐるぐると回り続け、益体もない思考ばかりが走り続ける。
あ、駄目だこれ。
「リリア、パス。僕着いて行けない。この風紀モンスターをどうにかしてくれ」
考え続けていると頭がおかしくなりそうだったのでリリアに放り投げる。
こう言うので一番怒りそうなのはリリアだ。
しっかり者の年長者の威厳を見せてほし……。
「……………………」
リリアの反応はない。
じっとツルハシを見つめたまま歩き続けている。
ひたすらに階段を登り続け、直進していく。
僕らは立ち止まる。
リリアはツルハシを見つめたままひたすら進み続けている。
ついには折れ階段の壁へと直進していき――。
「――あだっ」
思いっきり顔面からぶつかった。
一切減速することなく、壁に顔を激突していった。
「
リリアもだいぶ困惑している様子だった。
死人と再会したような顔の理由がわかった。
あれはマジで理解不可能な
こっちはダメだ。ああなったリリアに論理的な回答を求めるだけ無駄だ。
「むぅ……。この姉妹百合モノは悪くない出来だと思うのです。肉体の造形美も取れていますし」
「こっちも駄目か」
力なくため息を吐いた。
※※※
冒険者ギルド、地上1階フロア。
その入り口にはイルクが待ち構えていた。
「試験おつかれー! ……どうしたのよ〜、そんな疲れた顔して〜」
わしゃわしゃわしゃ、とイルクが頭を撫でてくれる。
「いや……ツルハシが……」
「
イルクは腑に落ちたように手をポンと叩いた。
「冒険者は知っての通り、鉱石取ってナンボ。魔物ぶち殺してナンボの世界だからね〜。冒険者証とツルハシは別々で支給していたらしいんなけど、『一緒にしたら楽じゃね?』って鶴の一声で変わったらしいよ」
「誰がそんなこと言ったの……」
「【勇者】アルフェウス・ジ・パン」
「アルフェウスがそんなこと言ったの!?」
思いのほかファンキーな人だな、アルフェウス。
いや……。
『世界再征服記』に記載されていたアルフェウスもぶっとんだ人柄だって書いてたからな……。
「わーしゃわしゃわしゃ……」とか言いながら僕の頭を撫で回していたイルクの手が止まった。
静かに僕の頭に手を置いたままだ。
イルクの目は鋭くなり、じっと僕の後ろを見つめている。
「やっほー、なのです。イルク。こうして会うのは200年ぶりなのです?」
イルクの視線が向いていたのはアルターだった。
200年……? アルターってそんな長生きなのか。
全くそんな風には見えない。
エルフやドワーフ、それに修行した人間は寿命が人より長いと聞く。
だけどアルターにはそんな肉体性能は視えない。いたって、ふつうの人という感じだ。
アルターの気軽そうな対応にイルクは格好を崩した。
「――アルターさん。まさか貴女がエディンのパーティに入っているとは思いませんでしたよ」
やれやれとイルクは肩を竦めた。
普段よりも低い声。感情の起伏が乏しい静かな話し方。
でもそこには不思議な親しみと、底しれない敬意が垣間見える。
僕の知らないイルク。
アルターが、それを引き出している。
……なんだか、変な気分だ。
「あの【伯方】でのタコ戦で助けてもらったお礼なのですよ。あの時イルクもアルターを助けてくれたでしょう?」
アルターはイルクにウィンクをする。
「……風のように自由な貴女が帝国以外に止まり木を見つけるとは。お父君も喜ばれますね」
「と、父様の話は今いいのです! それより!」
アルターはツルハシを取り出し。堂々と見せつけた。
銅色のツルハシがギルドの武骨なシャンデリアの光を反射し、きらりと光る。
アルターが僕とリリアに目配せしてきた。
……なるほど、そういうことか。
いつの間にか復活したリリアも悪そうな顔で微笑み、僕もツルハシを取り出した。
銀色のツルハシを掲げ、イルクに見せつける。
「……えっ、銀級……? 最初の試験から?鉄級でも玻璃級でもなく? 冒険者の中でも上位に位置する銀級……?」
「それだけリリアとエディンは頑張ったということなのですよ」
アルターは堂々とした口ぶりで僕らに手を向ける。
「イルク。保護者として何かすることがあるのではないのですか? 育てのリヴェータさんがしてくれたようなことを二人にしてあげてもいいと思うのですよ。高いものをご馳走してあげるとか、ね?」
「……そう、ですね」
アルターがニッ、と僕らに笑いかけてくる。
……ふふ、さすがアルターの交渉術。
イルクが黙った隙に僕とリリアは目配せし、せーので言った。
「「――イルク(さん)! お寿司おごって!」」
イルクは困ったように頭を掻いた。
「もちろん。いい店知ってるから、そこ行こうか」
※※※
そこは【伯方】の裏道にある寿司屋だった。
黒塗りの門構えの店。
中はこじんまりとした狭さだ。
客は10名も入れないだろう。
「らっしゃい」
入ってすぐに厨房に立つ大将がぶっきらぼうに答える。
一本のヒノキを削り出した無垢材のカウンター。
机の目の前にある、お立ち台のような立派で長い台。
「大将。今から四人。いけるかい?」
「五人やったら夜まで行くるばい。座りぃ」
なまりの強い大将が着座を勧めたきた。
とても静かだ。
店内はぼんやりと明るい。
唐松が店の奥に飾られている。しかし、装飾はそれくらい。
飾り気がまったくない。
リステリアの高級店とは大違い。
高級店ってもっとこう、絵画とか高尚な音楽とか。個室とかが充実してるもんじゃないのか。
《蒼眼》で覗き見てたけど、もっと権威主義だった。
(……なのに)
凄まじく緊張する。
無の美学というべきか。調和の美学とでも言うべきか。
飾り立てない質素さ。
これを極限まで磨き上げた、自然の美。
未踏の神秘、未解明の美学を見せつけれている気分だ。
「……………………」
隣に座っているリリアも僕と同じくカチンコチンになっている。
当然だ。
箸使いはマスターしているとはいえ、ここでは何が無作法になるかわかったものではない。
「いやー、このお店に来るのも久々なのですよ」
アルターはそう言いながらお箸を取る。
「大将。この子は大食らいだ。おすすめをじゃんじゃん持ってきてくれ〜」
イルクはポンポンと僕の頭を叩いてきた。
「全然よかよ。おすすめば頼む形でよかや?」
「うん〜。慣れてないだろうからおすすめ全部お願い」
「今日は珍しゅう大盤振る舞いやね。よかよ、たくしゃん握っちゃる」
大将はそう言うと黙々と握り始めた。
何も語らない。
静かにヒノキの
軽やかでかつ、歴史を感じさせる重さで酢飯と白身魚を合わせて握っていく。
「今日の試験はどうだった〜?」
職人の手つきに見とれていると、イルクの声。
湯呑みの茶を片手に頬杖をつき、こちらを見ている。
「凄かったよ。モーリスくんって子とも一緒に試験を受けたんだよ。だけど途中で出てきたリーリエさんって人にボッコボコに――」
「まった、リーリエ!?」
イルクが驚いたような声を上げる。
危うく湯呑みを落としかけていた。飄々としているイルクが珍しく動揺している。
「あんのクソバカ、こんな辺境まで来てんの〜? めっちゃ厄介なんだけど〜」
イルクはうげぇ、と言った顔で湯呑みを呷った。
「……その、リーリエさんってどんな人なの?」
「最低最悪のカス」
イルクは珍しく吐き捨てた。
「マダラの吸い物です」
静かに吸い物が出された。
透き通った汁物だ。柚子の皮と桜を象ったお麩が入っている。
「人のことを全く考えてない外道中の外道。やらかしすぎて最上位の冒険者階級である黒晶級から黄金級に格下げを食らった、品性のない女だよ。だけど、実力だけは確かなんだ」
イルクは吸い物を呷り、一息ついて語る。
「迷宮都市国家最強――。武も術も源流能力も。すべてが人類の中でも最高峰一歩手前で修めてる。紛れもないハイエンドの女だ」
あいつもこっちきてんのかよ……。と苦い顔でイルクは天井を睨んだ。
お吸い物に口をつけ、透き通った旨味を味わいながらイルクに視線を向ける。
「でも、僕達には公正に試験してくれたよ? イルクがそこまで言うほどの人には見えないけど」
「ショタコンであり、ロリコンなんだよ。しかも、ああ見えて政治家でしてもやりてだ。リヴェータ様も、相当煮え湯を飲まされたって聞いたからな」
イルクは不快そうに頭を悩ませ、湯呑みに入っていた茶を一気に飲み干した。
また、リヴェータという名前が出た。僕の知らない、イルクと――。フレドリクス・アイネイアスという兄貴と同じ性の人。
彼女について、僕は知らない。
何者なんだろう、イルクにとって、大切な人なのかな。
でも、聞けない。聞くのが怖い。イルクにとって、核心に触れる言葉な気がして。
知ってしまったらイルクとの関係が、変わりそうな気がしたから。
「大丈夫だった? 変なことされなかった?」
ペタペタとイルクは僕の顔を触り、心配そうな顔で見てくる。
「……大丈夫。ちょっと危なかったけど、《蒼霆》叩き込んだし」
「よくやった!!」
イルクはわしゃわしゃと僕の頭を撫で回し、満面の笑みを浮かべた。
リリアは隣でお吸い物に口をつけている。
赤い髪をヘアピンで止め、耳の後ろに流している。お吸い物に髪が入らないようにしてるのかな?
大将は何かを察したのか、熱燗をイルクに渡した。
「……そうかぁ。油断してたとはいえ、あいつに一撃を入れられるくらいには進歩したんだ。そっかぁ。速いなぁ」
イルクは染み染みと語りながら、お猪口に熱燗を注ぎ、いっきに飲み干した。
「オニヒラメの昆布〆です」
大将は静かに寿司を差し出してきた。
ツヤツヤと寿司ネタが光っている。
薄く醤油がネタに塗られていて、不思議な色合いになっている。
「イルク、イルク……! これ、お箸で食べて大丈夫なの……?」
恐る恐る、イルクに聞く。
「だいじょうぶ。たんとお食べ」
箸で寿司を取り、口に運ぶと――。
「!」
旨味が爆発した。
まず広がるのは奥深い醤油の味。昆布の旨みが溶けた醤油の味。
遅れて酢飯の味が染み渡り、最後に旨味の塊となった昆布締めのオニヒラメの繊細でかつ、静かな味。
噛むたびにシャリとオニヒラメの味が混ざり合い、溶けるように喉の奥へ消えていった。
うまい。うますぎる。
言葉にならない。こんな、こんな美味しいものがこの世にあったのか。
寿司って、こんなに美味しいものなのか。
「……おい、っしい……!」
リリアが口に手を当て、静かに悲鳴を上げた。
その目は大きく見開かれている。勝ち気な口元は望外の美味しさに溢れ、自然な笑みが表に出ていた。
「どう? 美味しいかい、エディン」
イルクはすごく穏やかな笑顔で聞いてきた。
僕は言葉が出ない。
ただぶんぶんと頭を縦に振り、イルクに美味しさを伝えている。
「……ふふ。そっか〜。なら、俺のぶんもあげる」
イルクは箸でひょいひょいとオニヒラメの昆布締めをつまみ、僕の皿に移した。
「なんで!? イルク、美味しいよ!? こんなに美味しいの、イルクも一緒に食べてよ」
「んーん、いいの。俺はいつでも食べられるから。好きなだけお食べ」
イルクは優しい笑顔でそっと言った。
物言わぬ、イルクの深い感情がその一貫に宿っている気がした。
「……ありがとう! いただきます!」
僕はイルクに感謝し、お寿司を口に運んだ。
今まで食べたことのない、幸せの味だった。