アプレ・ラプルイの朝日〜聖劍と王冠、ヤンヘラ女神の御名において〜 作:鹿鳴弥
寿司はとても美味しかった。
寿司と比べたら東塔での食事が悪夢かと思えるくらいの甘露。
いや、僕の命を繋いできてくれた糧にそんなこと言うのは違うな。
『食べられる行為』じゃなく、『味』でここまで感動したのはイルクに初めてご飯を作ってもらった時以来かもしれない。
「美味しかったぁ」
そっと暖簾に触れ、布先を押し出して
日が西に傾き、空が夕焼け色だ。
夜の香りが、すっと鼻腔をくすぐる。
ほのかに酢飯と魚の脂、醤油が香った。
食べたあとなのに、鼻先と舌に寿司の香りが残っている気がする。
「ええ。魚を生で出されたときはどうしたものかと思ったけど。とても美味しかったわ」
リリアが暖簾を押して出てきた。
ニッコニコの笑顔だ。
超ご機嫌。
こんなに気分の良さそうなリリアは剣を振り回している時くらいだろう。
リリアはかなりの美食家だ。
立ち振舞いからしてお嬢様。
美味しいものには食べ慣れているリリアが、ここまで高評価なのも珍しい。
「さすが、長寿郎の寿司は美味しいのですよ。迷宮都市国家でも五本の指に入る美味しさなのです」
ホクホクの笑顔でアルターが店から出てきた。
暖簾は潜っていない。
背丈が低すぎて暖簾にアホ毛にすら当たってないからだ。
「五本の指ってことはここ以上に美味しい料理があるの?」
リリアの目がキラリと光った。
「――全然あるよ〜」
暖簾をくぐり一人の男性が姿を表した。
イルクだ。
会計を終えたイルクは腰に手を当て、だらりと半身を崩した。
「東の都、【
イルクは間の抜けた調子で、お財布をカバンにしまいながら出てきた。
お財布が明らかに軽くなっている。
なんであんなに減ってるんだろう。そうだね、僕が遠慮なしにいろいろ食べたからだね。
「あ、そうなのですイルク」
「なんです、アルターさん」
「アルター、イルク達の宿に引っ越すので。宿の貸し切りを解除してほしいのですよ」
※※※
「いやー、思ったより反発が少なかったのです。イルクはやっぱり超越者の中でも理性的なのですよねー」
ホクホクの笑顔でアルターは前を歩く。
僕とリリアは彼女の後ろをついて行ってる。
目的は市場での武器購入。
これから僕らは迷宮へ挑む立場。
なのにいつまでも木刀を振り回しているのが、イルクからすると心配らしい。
「そこら辺はアルターの方がイルクより詳しいのですよ〜。アルター、忘れられがちですけど行商人ですし」
アルターはウィンクした。
「ならイルクにも来てもらったほうが良かったんじゃないかな? 武器を選ぶなら複数の視点から持ってたほうが――」
「チッチッチ。そういうわけじゃあないのですよ、エディン」
アルターは人差し指を左右に振り、やれやれと肩を竦めた。
「武器は冒険者の命綱であり、相棒なのですよ? 本人の気に入ったものを装備したほうがいいのです。ですが、イルクがいたら、あれこれ口出ししてくるのです」
アルターは片手でメモ帳をめくりながら横目で僕を見てきた。
「イルクが自信満々でオススメしてきた、性能だけはピカイチだけど自分に合わない武器。エディンは断れるのです?」
「む……」
『そんなことない』と言おうとしたけど、言えなかった。
顎に手を当て、こすりながら思案する。
確かに……。
イルクが自信満々の笑顔でオススメしてくれた武器、か。
断れる気がしないな……。
「なのでイルクには宿に帰ってもらったのですよ。ちゃんと市に行くところまで許可してくれるとは思わなかったのですよ。イルクって過保護ですし」
「実際、『俺の迷宮特典何個かあげればよくな~い?』とか言ってたわよね。そんな気軽に渡すものでもないでしょうに」
アルターとリリアが肩を竦めた。
「あの……。無知を晒すようで恥ずかしいんだけど、『迷宮特典』ってなに?」
度々聞いているワードだ。
イルクの乗艦たる【赤戦神艦】。リモルさんが宿に使っている空間を拡張する魔導具も迷宮特典だ、って話してたな。
「ああ……。そういえば冒険者試験には、迷宮特典については触れてかったわね」
リリアは形のいい顎に手を当て、思案げな顔で語る。
「迷宮特典ってのは、まあ世界からのご褒美ね。
迷宮の最奥にいる理外の化け物を倒した時に、世界から貰える魔剣や魔導具よ。
異次元の性能を誇る、源流能力に迫る強さの道具」
「ついでに言うと本人以外には使えない仕様になってるのですよ。唯一無二のワンオフ品なのです。継承の儀とかをするなら話は別なのですが」
リリアの説明を先導するアルターがしてくれる。
「なるほど……。つまり、迷宮の一番奥にいる強いやつを倒したときに貰える、唯一無二のすごい魔導具ってことだね。
…………なんでイルクはそんなものホイホイ渡そうとしてくるの?」
「イルクは過保護なのですよ」
アルターが振り返った。
すごく澄んだ目だ。それ以上説明する必要があるか? と言わんばかりだ。
とん、とアルターは踵を鳴らし、手を広げた。
「さ、着いたのですよ。ここが【伯方】が誇る見本市。昼と夜の露店の道」
大きな門だ。
朱色の門に金の装飾が施された大看板が門につけられている。
時刻は夕方に近いのにも関わらず、人の往来が凄まじい。
人種の数もかなりのもの。
白い肌、黄色い肌、黒い肌――。肌の色だけではない。
尖った耳のエルフ。背が低いが、豪腕のドワーフ。獣と人が混ざったような獣人。人型の竜のような竜人。背が低い代わりに、膨大な魔力を持つ小人。
「――【伯方】の露店街なのです」
※※※
露店街。
武器区画に僕達は訪れていた。
「ほむ……」
手に取った武器を天にかざす。
剣だ。一点の曇りも、綻びもない直剣。
派手な装飾はない。
その変わり、武器の性能自体は素晴らしい。
魔力を通す。
それだけで刃の切れ味が上がり、周囲に舞う
「――ちょっと、長いな」
ただ、僕の間合いと比べて少し長い。
重さ自体は問題ない。
しかし、振ったときの感覚が違いすぎる。
具体的に言うと、遅い。
「あー、やっぱりか……。それが一番短いんだがな。坊主のサイズに合う剣なんぞ、オーダーメイドじゃねえと作れねぇぞ」
店主さんが困ったように語る。
「そうですか……」
僕は少しだけしょぼんとしながら剣を店主さんへ返す。
僕らはお礼だけ言ってお店を後にした。
「一番手に馴染んだのは槍なんですけど……」
「駄目よ。剣を今まで振ってきたのでしょう? 槍術を習ってるならともかく、剣術を学んできたのならそれを活かさないと」
リリアが腰に手を当てて語る。
こんなことを言っているが、僕と剣で士合いたいだけだ。
(言ってることはごもっともなんだけどね……)
肩には木刀を担いでいる。さっきの露店で買ってきたものだ。
「うーん、ここのお店もかなりいいお店なのですけどねー。ここの鍛冶師は錬金術も修めていらっしゃいますから、魔剣に一歩迫る性能のものばかりなのですが」
アルターはそんなことを言いながらメモ帳に線を引いた。
「うーむ。オーダーメイドしてもらうのが一番なのかな」
僕は悩みながら露店に並べられていた符を見る。
陰陽道の符だ。
リーリエさんの物ほどの性能はない。
だけど、即興で術式効果を発揮できるのは陰陽道の強みだ。
何も術式が刻まれていない符は……、っと、あったあった。
無記載の符を手に取り、10枚ほど購入して店をあとにする。
「オーダーメイドもいいのですけれど、結構時間がかかるのですよ? 明日にも迷宮に潜るって話ならあまりおすすめはしないのです」
アルターはペンを持ったまま、人差し指の節で自分の額を叩く。
「うーん……。なら、最後の手段なのです」
アルターはそう言うと、露店街とは真逆の道へ向かい始めた。
「一つ、思い当たるところがあるのです。そのお店に行きましょう」
※※※
「この先におすすめの鍛冶屋があるのですよ。ちょっとついてきてほしいのです」
あぜ道をアルターが先導する。
桜散るあぜ道に、夕焼けの日が照らす。
僅かな春の季節だけ残る、雪のような花。
儚い桜の中を、アルターは力強い足取りで歩む。
向かっているのは鍛冶屋らしい。
しかも錬金術師でもある相当なやりての人とのこと。
「でも、わたし達が今いるのは露店街の裏手のあぜ道よ? 地図によれば、この先には何もないじゃない。鍛冶屋をやるには少し不向きなんじゃないかしら」
たしかに。
鍛冶屋はもっと街の中央部とかにあるイメージだ。
【伯方】支部の近くでは鉄を打つ音も、焼けた鉄や炭の匂い、火の煙だってあちこちで立っていた。
だけどここでは匂いも感じず、何も視え……。
「ふっふっふ。そう思うのも無理はないのです」
アルターが大きな井戸の前で立ち止まり、指を左右に振った。
――地下にノイズが走った。
アルターが得意げに笑った。
ぽつんと佇む井戸の滑車をアルターが回す。
滑車が空転し、井戸の底から気の板が盛り上がってきた。
井戸などではない。これは木製の昇降機、その入り口であった。
「さ、早く行くのです。この下に鍛冶屋があるのですよ」
アルターが手招きする昇降機の足場上に僕らはおずおずと乗る。
井戸の滑車が回った。
がくん、と昇降機が落下の速度で落ちる。
「うおっ!?」
だけど、びっくりしたのも束の間。
最初の落ちるかもと思う速度はゆったりした速度に安定し、穏やかに地下へ向かっていった。
地上からだいたい十八メテルほど降りると、井戸の底へたどり着いた。
そこは、不思議な場所だった。
坑道のような洞穴が一直線に続いている。
竪穴の中は鉱石や武器、古びたツルハシや石。
資材を大量に積んだまま、壊れたトロッコが放置されていた。
洞窟の中はきらびやかに光っている。
暗いと思っていた坑道内には光る鉱石が配置され、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「はー……。こんなとこがあるのね」
「全部飾りなのです。こういうのが好きな人なのですよ」
「すごいね。ロマン主義者ってこと?」
「そうですね。錬金術師は皆そんなもんなのです」
へぇ、今向かってるのって錬金術師の住処なんだ。
武器って言ってたからてっきり鍛冶屋かなんかだと思ってた。
手掘りのような坑道を歩き続ける。
カン、カンと金属を叩く音が聞こえ始めた。
火の粉が漂い始め、炭の焼ける匂いや鉄の溶ける匂いが鼻をくすぐる。
扉だ。
やけに雰囲気にあっていない荘厳な石造りの門が見えてきた。
門が見えた途端、アルターがツルハシを構えて走り始めた。
「親方ー! いるのですー?」
ガンガンと扉をツルハシで叩き始めた。
銅色のツルハシのくちばしが勢い良く叩きつけられ、石造りの門が傷ついていく。
構わずアルターは扉を思いっきりツルハシで殴りつけ続けていた。
「じゃあっかあしいわあっっっ!! 人サマが作業してるのが、わかんねぇか!!!」
とんでもない声量のおじさんが現れた。
つるりと光る頭。禿げているというわけではない。
頭に白く光る
「って、なんだ。アルターじゃねえか。まあた大量発注か?」
「今日は違うのです。仲間の武器を探していたので、太郎坊さんの工房でお買い物しようかと」
「ははあ、なるほどねぃ」
おじさんはキラリ、と
「入んな。好きなの買ってけ」
※※※
「わあ……!」
剣、刀、槍、錫杖、大槌。
大扉を抜けた先には、大量の武具が所狭しと壁に立てかけられていた。
金床や水の入った槽、大量の魔晶石が入った箱が入口付近に並べられている。
設計図や砥石にやすり、彫刻刀が几帳面に整えられて机の上に置かれている。
巨大な鍛冶炉が部屋の奥で火を吹いている。
ぐつぐつと煮え滾るような炎がうねりを上げている。
近づくだけで火傷しそうだ。
積み上げられた炭や魔晶石が鍛冶炉の近くにある。
鍛冶炉には絶えず空気と魔力が送られ、爆発的な熱を発生させ続けていた。
「紹介するのです。偏屈でロマン主義者。人付き合いが嫌いすぎてこんな辺鄙な場所に拠点を持つ商売下手、人間国宝クラスの腕前を持つ太郎坊さんなのです」
「突っ返すぞ、クソチビ」
太郎坊さんはアルターを切って捨てた。
「武器を必要としてんのはボウズだな。お嬢ちゃんにはいらねえだろ」
「あら? 何本か見てみたいのだけれど」
青い猫のようなリリアの瞳が煌めく。
「バカ言え。己サマの腰のやっぱを超えるシロモンはここにはねぇ」
太郎坊さんは革袋に入った水を呷り、口元を手の甲で拭った。
「己サマの腰のそいつは神剣の類だろうがよ。
それもかなりの格のな。ここにある素材じゃ、天地がひ
っくり返ってもそんなもん造れやしねえ」
太郎坊さんは僕を睨みつけるように見てくる。
「だが、ボウズは別だな。己サマ、剣士だろう?
ああ、理由は聞くんじゃねえぞ。雰囲気で分かんだよ。
だが己サマは剣を持ってねぇ。
なら、アルターのクソチビが尋ねてきた理由もわかるってもんだ」
椅子を手に取り、手ぬぐいで汗を拭いながら説明してくれる。
「己は太郎坊兼定。凡と跳ねねぇ一流の鍛冶師。
魔剣、妖刀、聖剣、魔槍。なんでも揃ってる。自分に合うもん見つけてくんな」
※※※
「まず、魔剣や聖剣ってのは魔法と似た神秘を宿した、一種の魔導具だ」
宝箱を開け、太郎坊さんは武器を手に取る。
「何より、人を選ぶ。
こいつが厄介だが面白くてな。
邪な奴しか好まない魔剣もあれば、乙女しか握られたくない聖剣もある。逆に、邪な奴しか振れねえ聖剣もある」
複数の剣の中から太郎坊さんは一本を選び、僕に手渡してきた。
「まずは、ほれ。
『
心鉄は玉鋼と竜の髭の合成鋼。
刃渡り0.8メテル。頑丈で炎への適性が強い、はねっかえりだが内気な娘だ」
ぼう、と火が灯った。
剣身に竜を象った炎が迸り、僕にまとわりついた。
「ほお。気に入られたな。だが、武器を選ぶのもお前さんだってことを忘れるな。次。
『
心鉄は
切れば切るだけ鋭くなるし、魔力の乗りがいい。ずる賢い小生意気な娘だ」
今度は刀。
受け取り、鞘から抜いた瞬間に紫色の念が溢れ出てきた。
――気分が高揚する。
戦っている時のような多幸感。
ひりつきと圧倒的な充足感。
胸を焦がすような喜びを制し、刃を振り下ろす。
紫色の念が、刃に馴染んだ。
「ほほお。己サマ、相当な武器たらしだな。『
がさがさと宝箱を漁り、太郎坊さんは楽しそうに笑う。
「強ければ強いほど、キレイどころであればあるほど武器ってのは難儀な性格になっていく。別嬪さんと一緒だな」
「馬鹿なことしか言えないのです?」
アルターは辛辣だ。
しらーっとした目で太郎坊さんを見ていた。
『――おいで』
だが、どれもしっくりこない。
重さも、長さもどれをとっても満足以上。だけど、僕は《蒼眼》に映る違う、異質な魔力に気を取られてしまっていた。
「へいへい。なー、女ってのは煩い上に浪漫がわかんねぇのが多くて
太郎坊さんのことすら気にならない。
武器の山をかき分け、一番奥へ。神棚のようなものに飾られた、身の丈よりも遥かに大きな刀へ手を伸ばす。
「……っ、お前さん!」
太郎坊さんを無視する。
興味が、手が伸びるのは視線の先。黒い霧に覆われた、槍のような長さの大刀。
『――おいで』
呼ばれる声のまま、大太刀を手に取った。
青い、不思議な鉄で出来た柄だった。
ずっしりと、手に馴染むような革。滑らかだが、重みのある質感。相当高位の魔獣の毛皮をなめしたものだろうか。
空気が変わった。
部屋全体が淀みと神聖さが満ちた気に、塗り替えられる。
『おいで』
声に誘われるまま、柄へ魔力を食らわせる。
かちり。
錠前の外れるような音が、頭に響いた。鼓膜は音を捉えていない。
脳内でのみ、聞こえた音。同時に、刀の柄に感じていた抵抗が、消えた気がした。
抜くのもやっとな長さ。
周囲の時間が緩慢になる。
柄を握り、《統巡》の力場操作で鞘を浮かせ、一気に引き抜く。
鞘から放たれた大太刀の刃は、闇夜の色であった。
ぐ、と刀が強く僕の体を固定する。
黒い力が僕の身体を絡め、気魄と魔力を無尽蔵に吸い上げていく。
だが、問題ない。
固めていた魔力を解き、《流月》の応用で気魄を黒い大太刀へと流し込む。
欲しければくれてやる。代わりに、僕にすべてを魅せろ。
黒い霧が晴れる。
吸い込まれるような深い黒。しかし、光の当たり方によって色が変わる。
違う、黒じゃない。この刀は無限の色を秘めている。
色を一緒くたに見てたら本質が視えない。
もっと奥、その最奥へ――。
「――あ」
一瞬、刃の奥に何かが視えた。
――刀の重さが変わった。
感じる重さは羽毛のよう。
吸い付くように軽く、持っている感覚がない。手足と一体になったようだ。
4.5メテルあった刀身は1.0メテルへ。
鞘も縮み、僕の間合いに。背丈へ合う大きさへと転じ、吸い付くように僕の側に侍った。
「はあー……。たまげた……。まさか『
よく見れば、太郎坊さんが腰を抜かしたまま、刀を見て笑う。
「――『
神鉄は隕鉄と
刃渡りは4.5メテル。
持ち主の命を飲み、蓄える。寡黙でワガママ。それでいてミステリアスなお姫様……。お前さんが、なんで無事なのかはわからねぇが……。相当、気に入られたんだろうな」
太郎坊さんは手ぬぐいで汗を拭い、じっと僕を見つめてきた。
探るような……いや、違うな。心配するような目つきだ。
「……とんでもないものを見た気がするわ」
「ですね……」
リリアもアルターも凄い目で僕を見てくる。
「いいもん見せてもらった礼だ。銭はいらねぇ。持ってきな」